FC2ブログ

Post

        

「放下着(ほうげじゃく)」 と般若心経の最後の部分の超訳

category - 日記
2013/ 08/ 23
                 
仏教語シリーズです。(笑)

「下着」とは関係なく、「着」は強調の漢字だそうです。
「捨ててしまいなさい」という意味です。

あるブログでこの言葉を知りましたが、もっとわかりやすい説明はないかと
検索したら、ある住職さんのブログに説明がありました。


「エーイッ!四の五の言わずに全て捨ててしまえっ!」
素敵な訳でしょう?(笑)

解説もとても素敵です。

わたしたちは、何でもかんでもしがみつこうとしてしまう・・・

執着してしまう。

所有しようと欲してしまう。

所有したら手放すまいとする。

あらゆる「私のもの」という考え(概念)は妄想に過ぎないのに、
仮に付けられた名前(言葉)に過ぎないのにもかかわらず・・・。

私の伴侶、私の子ども、私の親、私の恋人、私の友人、
私のお金、私の家、私の車、私の名誉、私の地位、
私の体、私の命、私の心、私の・・・。

そしてそれらの「私のもの」が、私の思い通りに行かないと、悩み苦しむ。

そこで「放下着」。

「だったら全て捨ててしまいなさい!」ということです。  

禅はたった一言で言い切ってしまいます。

この言葉の指しているものは、物質的な所有に限りません。

いやむしろ、より本質的な意味で捨ててしまうべきなのは、
あらゆる物事にしがみつこうとてしまう私たちの執着心そのものでしょう。
            後略   


-------------------------------------------

「放下着(ほうげじゃく)」とは?
「エーイッ!四の五の言わずに全て捨ててしまえっ!」

この訳は、かなり気に入りました。
他にも般若心経の最後の部分の素敵な訳を見つけましたので、
ご紹介したいと思います。

-------------------------------------------

「風のたより」という、ある住職さんのサイトに載っています。

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
(ぎゃーてい ぎゃーてい はーらーぎゃーてい 
はらそうぎゃーてい ぼーぢー そわかー)
  
いまここだ! いまここだ! いまここでOKだ!
いまここが悟りの世界だ! みんなバンザイ!バンザイ!


「いまここ」は、この住職さんと仲良しの阿部さんのブログ名なんですが、
それはさておき、とてもパワフルで素晴らしい訳だと思いました。

-------------------------------------------

威厳のない薄っぺらい日本語しか理解できない馬鹿オンナという
非難をしそうな管理人さんのことが頭に浮かびましたが、
そう思う人がいてもかまわないじゃない?と自分に言い放ちましょう。
私なりの放下着(ほうげじゃく)
私を非難しないで、理解して、という執着を出しまくっているから
そんなことで心が乱れてきたのだと思います。
その執着の奥にあるのは安心を脅かされることへの怖れでした。

安心について、ちょうどいいタイミングで今朝、
「いまここ」の阿部さんが語っていました。

ちょうど、薄いシールがべったりと張り付いていて、
そのシールをベリベリッと引きはがしたような感じです。

そのシールには、信念、信条、考え方、ふるまい方、性格といった、
自分を表す個性がすべて含まれています。

あまりにも密着していたので、
その個性が自分だと思っていたわけです。


シールが引きはがされた時の解放感は、何物にも代えがたい悦びでした。

欲しかった自由は、シールからの自由だということもわかりました。

欲しかった安心も、シールがはがされたとき、
最初からそこにあったことを知りました。



それまで自分だと思っていた自分など、
存在していなかったというのが、目覚めの感覚です。


-------------------------------------------

シールべたべたの自分を感じています。(苦笑)
全部剥がれ落ちてきれいさっぱり!の境地ではないです。
どんなにか気持ちいいでしょうね!http://my.plaza.rakuten.co.jp/img/emoji/h415.gif
でも、きれいさっぱりの自分が、ちゃんと奥にいるのを感じます。
言葉で表現するのは難しいですが、その自分に時々戻ることで、
シールがはがれやすくなるのを感じます。

今日出合った、素敵な2つの超訳と「いまここ」の言葉で、
精神的にとてもリフレッシュしてシールがはがれかけた感じ。(笑)
今日も気持ちよく出勤したいと思います。
スポンサーサイト



                         
                                  

コメント

非公開コメント
        

No title
放下着ってそういう意味なんですね~。
なかなか「全て捨ててしまう」ところまでは成れないけど、
「いい具合に諦める術」はちょっとづつ身についてきてるかな、
と思っています。思い通りにならないことだらけだけど、それでも
そこそこ幸せに暮らしていけてるので。

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶>の訳読んで、
ロック♪の歌詞だわ~と思いました。

お仕事頑張ってください。ナイス♪
No title
下着を放り投げることかと思ってしまいますよね。(笑)

>思い通りにならないことだらけだけど、それでも
そこそこ幸せに暮らしていけてるので

この辺が、ねえねさんの素敵なところです。
お若いのに、素晴らしいです。
「この点が思い通りにならないと幸せになれない」なんて
条件をつけている間は、心がしばられていますね。

いい訳ですよね。
ロック?本当だわ。(笑)
No title
捨てることは、仏教の究極的な教えかも知れませんね。
建長寺派の管長は、仏教とは、幸せも不幸もスパスパと切ることだといっていました。寂聴は、こだわりを捨てなさい、それが仏教のこころだと書いています。

でもなかなかできません。

そこでこだわっていても、それはそれでいいのだ、という、他の仏教の教えに救いを求めています。
No title
sioさんへ

こだわりを捨てると、新しい世界が開けるのだと思いますが、
ではそうしますと即座に捨てられるものでもありませんよね。
何にこだわっているのか、自覚するだけでも難しいのに。

それはそれでいいのだとおっしゃっていただかないと困ります。(笑)

ああ、自分はこういうことに執着があるのだなと
気がつくのが、私にとっては、まず最初の一歩みたいです。