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「色」の世界、「空」の世界

category - 日記
2013/ 08/ 16
                 
お盆も終わり、今日は仕事です。
普段はあまりお仏壇の前に何度も座らない生活をしていますが、
本家の嫁としては、お盆はそういうわけにいきません。
お仏壇の前にお供えをして、合掌し、
生かさせていただいてありがとうございます、と祈り、
大河の一滴の自分を感じる日々は、いいものでした。
(五木寛之さんの本は読んでいないんですけどね。)

私のイメージの中の「大河」は、ご先祖様の命だけでなく、
この世のすべて、人間だけでなく花も木も動物はもちろん、
一般には命があるといわれていない物質も含んでいます。
物質は非常に速度の遅いエネルギーだって言いますよね?
そうやって考えていたら、そうか、これは仏教で言う
「空」のイメージなんじゃないかと思うに至りました。

仏教でいう「空」はどういう解釈なんだろうと、検索したら、
こんなサイトを見つけました。

色即是空、空即是色というのは どういう意味?

すごく簡略化して書きますとこんな感じです。
青字の部分はこのサイトの内容をまとめたものです。

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「色」というのは、目に見えるもの、形づくられたものという意味です。
木も草も犬も猫も人間もすべて「色」です。
この「色」は、実体としてあるものではなく時々刻々と変化しています。
今日の私は昨日の私ではないし、今日の私は明日の私ではない。
そのように「色」には不変の実体はないのですから
それはすなわち「空(くう)」だということです。


ここに柿の木が一本ある。秋には実がなる。
実がなるためにはまず地球があって、
柿の木が大地にしっかりと根を張っていなければならない。
その土には水分、栄養分がいる。
さらに太陽が照って葉に光が当たらないといけない。
もちろん空気もいる。

そのように柿の実というものは、そのものだけでは存在しません。
周りのものすべてのなかでの一つの表現としてそこにあるわけです。

すべてのものが網の目のようにお互いに関係しあって存在していて、
単独に存在するものはない。で
すべてのものは根本的には一つであるということです。

全部を一つと表現することにしていて、それを「空」というのです。

もとを正せば、宇宙に存在するものはすべて
目に見えないエネルギーのさまざまな表現形態だということになります。

そのエネルギーがすなわち「空」であり、
その「空」から生み出され、形に表れたものが「色」です。

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禅では「父母未生以前の消息」ということがあります。
父母が生まれていなかったとき、あなたはどこにいたのかという問いです。

今「色」としてこの世界に表れているあなたも、
もとは「空」の世界にいたわけです。
ですから、死ねばまたもとの「空」の世界に帰っていく。

決して無くなったわけではない。
「空」というのは、目に見えない常に変転してやまないエネルギーですから、
そこから再び「色」が生じる。

現実の世界では、猿と人間は違うし、人間も一人一人違っています。
それをすべて同じだと言ったら区別がつきませんし、
私のものはあなたのもの、あなたのものは私のものと言っていたら社会はなりたちません。

空即是色というのは、「空」は必ず「色」という
それぞれ個別の様相を取ってこの世に表れる。
もとは同じだが、現実に現れたものには、それぞれ区別がある。
それを忘れないようにしなさいという意味もあります。

仏教は生きている人間を苦と災厄から救うための教えですから、
現実に即していなければなりません。。


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今の私が、「色」として存在しているのは、
「因」あってのことなので、
生かされていることに感謝して、生きていたいと思います。
「色」として存在していることに、意味があるはずなので。

でも、大河の一滴として、「空」の中に溶けこんでいた
生まれる前の自分の記憶があるような気がします。
自由で、満ち足りていて、すべてだった頃の記憶が。

これは本当に記憶なのかな・・・?

すべてのものが網の目のようにお互いに関係しあって存在していて、
単独に存在するものはない。
すべてのものは根本的には一つ。

「空」は必ず「色」という
それぞれ個別の様相を取ってこの世に表れる。  

「空」というのは、目に見えない常に変転してやまないエネルギー


人間は「色」として存在しつつ、実は「空」なのでしょうね。
でも、完全に「空」の意識になってしまったら(多分なれませんけど)
「色」として存在している意味、役割が達成できない・・・。

単独に存在するものはないという「空」の世界でなく、
個々の違いがあり、それゆえの喜怒哀楽・煩悩のある「色」の世界で
生きている意味があるから、個々に存在している、
死んで「色」の世界に存在できなくなる前に、
「色」として体験できることを感謝とともに体験しましょう・・・。

仏教的には、解釈が違うのかもしれませんが、
現時点での私はそう思うようになっています。

仏教の教えについて、いろいろ読んでいきたいと思います。
お盆を終えた日本人の感想としてはすごくまっとうよね?(笑)
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コメント

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No title
空の説明はいろいろありますが、とてもよくわかる説明だと思いました。納得します。新井満が「般若心経」のあとがきでこんなことを書いています。
「いさぎよくあるがままを受け入れよう。そして成否にかかわらず、生起した現実に感謝することにしよう。そう思った瞬間、…気持ちが楽になったのだった。」
こうした心境を得られていらっしゃるご様子、うらやましいです。私は、頭では理解していても、実感できていません。
No title
sioさんへ

私もこの説明はとてもわかりやすいなと思いました。
他にも、色は目に見えるものだから「色」、目に見えないものは「空」という説明をしているサイトもありました。

色即是空で検索したらいっぱいヒットしました。
たくさんの人が、これはどういう意味なのだろうと、
調べるということなのですね。

私が新井満さんの書かれたのと同じ心境を私が得ているかどうか、ちょっと疑問です。
その心境に至れば、子供のことを不安に思わなくてもいいのだと
すとんと腑に落ちるのではないかと思うのですが、
頭では理解していても、心をのぞいてみると、ものすごく減りはしましたが、やはり不安は去っていないので。
No title
ヨーガでも、天地自然のものが全て自分の中にあり、宇宙と自分が
一体であることを教えられます。
koalaさんは多分複雑に書かれていただろう事を、いつも簡略に分かりやすくまとめられていて、
多分スポーツで言うと体幹がきちんとしておられるのだろうと感心しています。
読んでいていつもな~るほどと思います。
有り難うございます。