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橋爪文さんの被ばく体験 その4

category - 日記
2013/ 03/ 29
                 
5完.「あなたは原爆と原発と同じものだと思いますか?」「同じものです」と言いました。 8/5橋爪文氏(文字起こし)

当時は原爆症なんていう言葉も知らなかった橋爪さんは、
6日に被曝して7日の早朝にひどい下痢をしました。
それからずーーーっと下痢は続きました。

日にちははっきり覚えていないそうですが、20日くらい後には、
本当に、急性原爆症と今言われている症状になりました。

高熱が出て、それから全身が、熱のせいもあったかもしれませんが、
ガタガタに崩れるような痛み方、骨がバラバラになるような感じ。
それから鼻血、歯茎からも、口から血が出ました。
全身に斑点、紫斑が出来ました。

そんなになった大抵の方が亡くなっていくのに、
橋爪さんは不思議に生き延びました。

被ばく以来、体調がすっきりした日は1度もなかったそうです。
特に原爆ぶらぶら病という極度の倦怠感とだるさ。
気持ちがいくらあっても体が動かなくなる倦怠感が辛かったそうです。
それでも生活しなければいけない。
結婚すれば子育てもありますし。

そのうちにアメリカの進駐軍が来て
ABCC原爆傷害調査委員会というふうな施設ができ、
ジープが着て連れて行かれました。

放射能の人体に及ぼす影響を調べました。
病気をみんな持っていますけれども、治療は一切しません。
人間扱いをされなかった、まるで品物みたいに扱われた時に、
10代の少女だった橋爪さんは、非常に大きな屈辱感を覚え、
「私もあなたと同じ人間ですよ」と心の中で叫んでいたそうです。


被ばく者同士はあの時、「原爆の時の話をしてもいけない」
というような雰囲気をつくられたと橋爪さんは言います。
後になったらアメリカの指令があったそうで、
プレスコードをひいて報道陣も全部シャットアウトしていました。

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今は被爆者手帳があって、被爆者の方は医療費が免除されますが、
当時は全部自費ですから、お金が無いから行けませんでした。

被爆援護法が出来たのは12年後。
その間に、どんなに苦しくてもお医者さんに行けないまま、
死んだ人が沢山いたことでしょう。
橋爪さんのお父様は、外傷はないものの、紫斑、悪性貧血、
最後は大腸癌で亡くなりました。


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橋爪さんが本を執筆中に、あの福島の事故が起こりました。
「近い将来、世界のどこかで原発事故が起きるだろうな」と、
ある程度確信みたいなものがあったという橋爪さんは、
以前から、反原発を訴えて歩いていました。
今までは、原爆の話はみなさん真剣に聞いて下さるけど、
原発の事は、そんなに強い関心がなかったと言います。

「これがいつか起こる」と思って原稿を書いていて、
それがすぐ、日本で起きたという事に、大きな衝撃を受け、
広島の原点に立って最終稿を書こうと、橋爪さんは広島に行きました。
行ったらフランスの新聞・ラジオ・テレビ・マガジンから、
毎日インタビューがありました。
最初は1~2週間のつもりが結果的に40日滞在しました。
原発立国のフランス人が、これだけ関心を持つという事に、
橋爪さんは、感動を覚えました。

フランスの方に「あなたは原爆と原発と同じものだと思いますか?」と聞かれました。
「同じものです」と答えました。

原爆は人を殺すために、原発は平和利用として作られた。
全然違うじゃないですか?と言われましたので、
作る過程も、核を燃やしてエネルギーを作るのも同じだし、
放射能の被害があるというのも全く同じだから同じ事ですと、
その時に橋爪さんはハッキリ言ったそうです。

原発を動かしている限り、廃棄物は常に出ます。
それがどんどん世界中に溜まって行きます。
まだ処置の仕方も分かってません。世界のどの国も。

福島の原発で、あれだけのがれきができて、
放射能を含んだ水も漏れて地上も汚してるし、
水も土も食料も汚染し続ける事を思うと、
これは福島だけでも、日本だけでもない、もう世界の問題です。

将来はもちろんですが、先ず身近なところで次世代。
それに重いバトンを渡すことになってしまったことが、
今ずーっと福島以来気持ちを重くしていて、
橋爪さんは書く方が進まないとおっしゃいます。

こんなメッセージがありましたので、これは原文のまま。

地球上に生を受けているのは人間だけではありません。
人間が自らの利得のために、他の生物を犠牲にするのは不遜ではないでしょうか。
自然と調和して生きていく道を開くのが、人間の英知ではないでしょうか。
また、20世紀から21世紀に生きるわたしたちは、
長い人類史のほんのひと時を与えられているにすぎません。
先達(せんだち)から引き継ぎ未来へバトンタッチをする、
ほんのひと時を預かっているだけではないでしょうか。
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