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Eikoさんからの「HP押しかけメール便」

category - 日記
2013/ 02/ 16
                 
ネット友Eikoさんから、メールでの日記が届きました。
京都で「あそびま書」展を開いた時のブログは右の☆印をクリック⇒
3日間の個展で、300人近い方が来てくださったとか。
無料で、作品販売もしていないので、完全に趣味の個展です。
前向きな彼女に会いに来るお客様が多かったのでは。

ハンディキャップが色々加速してしまった彼女は、
パソコンでの更新をやめてしまいましたが、そのかわり、
親しい相手にメールで日記を送ってくれるのです。
メールのタイトルはいつも「HP押しかけメール便」

彼女のご両親は「障害児を育てているのではない。
自分の子供を育てているだけ。」ときっぱり言い切るようなお人柄。
経済的な自立を何とか身につけさせるのが大事と考える
養護学校の先生たちには、かなり睨まれたようです。

養護学校の先生たちのおっしゃることも、とてもよくわかります。
日本の障害者は、多分世界レベルで見れば恵まれていますが、
親が亡くなった後の生活費はどうなる?と考えると、
障害年金だけで生きるのは、けっこう難しいでしょう。

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Eikoさんのお母様は、1度だけ「社会の荒波に出さず、
温室の中だけで過ごさせたらダメなんですか」と逆らったとか。
そうしたら養護学校の先生は、「この子のために2千万
(当時の2千万は今では1億?とにかく大金です)貯めてやれますか?」
そうお返事されたとか。

養護学校の先生たちは、自分で自分の生活の面倒が見られることを
第一だと確信していたので、そうおっしゃったのです。
そこには善意と信念がありました。

お母様は、我が子が重いハンディを背負って生まれてきたのなら、
そのハンディを背負いながら人生を楽しむことを、
可愛い娘に、第一に教えたかったので、
更に自分の生活費を自分で稼ぐ義務があるなどという重圧を
娘に与えたくなかったのだと思います。
私の想像ですから、違うのかもしれませんが・・・。

彼女はとても深い愛情を注がれて、でもお姫様のようではなく、
いろんな経験をしてみなさいという厳しさも、
実はかなりのものだったと聞いています。

彼女が2006年にHPに書いたエッセイはこちら⇒

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親って、子供に良かれと思って、いろんな要求をしますよね。
でも、その根底に、今のままのお前じゃダメなんだという
メッセージがあると、子供には自己否定の心が育つでしょう。

自己否定の心が全く育たないような恵まれた子はいないでしょうが、
多くの人は成長して、自分の自己否定に気づきます。
否定しなくていいんだ、人も自分も、と気がつく日がきます。
その条件でがんばって見ようと思ってるんだね、すごいね、
大好きだよと、自分を受け入れるところに幸せがあるのだと、
気がつけたら、ずいぶん肩の荷がおりるでしょう。

Eikoさんが、経済的な自立を第一にという躾を受けたら、
こんなにも大らかな自己肯定感は持ちにくかった気がします。
お母様が養護学校の先生に逆らった信念は、
Eikoさんの場合は、とてもいい方向に実を結んでいると思います。

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でもそれは、経済的な裏づけがあるからでしょう?
そうなんですけれど、Eikoさんはお金持ちのご令嬢ではありません。
これはとても怪しい私の感覚が言うんですけれど、
ちゃんと道は開けていくと信じられる人には、
お金の問題も、ちゃんと道が開けていくんじゃないかと感じてます。
貧乏しないっていう意味じゃないんですけどね。

「HP押しかけメール便」にありましたが、彼女は11日に
ソプラノの森麻季と京都交響楽団によるバレンタインコンサートを
車椅子で堪能してきたそうです。

1人の親として、こんな風に人生を楽しめる子供を育てたら、
自分に花まるをあげたくなる気がします。
その裏に、とんでもない努力の日々があったことは
疑いのないことですが、子供への愛からの努力は出来ちゃうんだろうな。

Eikoさんのお母様、私は娘さんのファンですが、
それよりももっとあなたのファンかもしれません。
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コメント

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No title
私も16才のときに一生治らない病気だと医師に告げられ、25才ぐらいで死ぬのかなとのんびりと構えていたら、とうとう69歳まで生き延びちゃった。
今は小説〔駄作だから落選する〕を書いたり、高校の同窓会の責任者を務めたりして、結構忙しいです。

ジョーシンは発展的店じまいです。
二階建てにして一階は電気店、二階はゲーム機やおもちゃ専門店になるそうです。
田圃の隣にできるヤマダ電機を意識してのことでしょう。
わが村は一挙に市街化するようです。
居住となると難しいようですが、店舗なら農業委員会もスンナリのようです。←大東建託の社員から聞きました。
もうとっくに現役でなくなりましたので詳しくはわかりません。
No title
養護学校の先生が仰ることも間違いではないのですけど、
このお母様あって今のEikoさんあり!ということでしょう。
Eikoさんは障がい者だけど、障害とか健常とかに限らず
生きる才能を発揮できるかどうか親はじめ周りの大人達に
かなり左右されると思います。
スポーツ・芸術・勉学~なんであれ才能を伸ばしてくれる人と出会うかどうかにかかっています。
Eikoさんはこのお母様を選んで生まれてきたのでしょうかね~。

私も先の見えない生き方してるから、不安の要素はてんこ盛りなんだけど、楽しいことも苦しいことも、神様から与えられた“おいしいネタ”だと思って生きてますよ~。

ナイス★
No title
dkさんへ

そうなんですか。
実はEikoさんも、高校生の時に癌になって、
余命3ヶ月、腕を切り落としたら、半年持つかもしれないという余命宣告を受けていたので、
ハタチまで生きていられるとは、本人も親も思っていなかったんですが、寿命があったようです。
めでたく50代の人生を送っています。
dkさんも、寿命があったのだと思います。

ジョーシンはつぶれたわけではなかったのですね。
ちゃんと需要があったので、更にバージョンアップということなのですね。
お住まいの場所、どんどん発展して便利になりそうで何よりです。
No title
ねえねさんへ

養護学校の先生方は、何とか障害のある子供たちに生活の糧を稼げるようにすることが第一なので、おっしゃることは無理もないんです。
ただ、それは唯一の真実というわけではなく、
人生にはいろんな選択肢があることを、全否定しなくてもよかったのではという気がします。
彼女にも就職活動はしたんですけど、見つからなかったという失意の時期がありました。
でも、結果としてそれはよかったんじゃないかと私は思っています。

障害の部位もいくつもあって疲れやすく、癌の再発の危険もあり、疲れるとすぐ風邪などで長期ダウンしてしまう彼女が、自分の生活費は自分で稼がないといけない、と思い込んだとしたら、どんなにストレスだったかと思います。

毎年何度も寝込みながら、元気になるとコンサートに出かけていくような彼女の生き方は素敵だなと思っています。

ねえねさんの明るいブログも素晴らしいです。
バリの暗黒面もちらちらと知ってしまった今、
余計にねえねさんの生きる姿勢が素敵だなと感じています。
No title
いろいろ考えさせられました。Eikoさんのホームページを見てさらに考えさせられました。
一番気持ちの負担なく書けることは、赤い花というエッセイにあった、養護学校の先生方が考える自立は「精神の自立」、一般社会の考えるのは「自活」。私はこれまでこれがごっちゃになっていました。ハンディのため1日4時間(これ以上は耐えられない)だけ働いているご子息をお持ちの方がいるのですが、その方から自立という言葉を聞くとそれは無理だといつも思っていました。しかし、自立が心のことだと思えば、この方のご子息は十分自立しているのだと気づきました。
もう一つ思ったのは、これは理解できないと思いますが、新井満訳の
「般若心経」の「(それぞれのいのちは)、わずか一滴ではあるけれど、その一滴がなければ、宇宙大河はついに成り立たない」という言葉がすーつと心に入りました。感覚的なものなので説明のしようが今のところないのですが」。
No title
sioさんへ

自分のことを、自分で考えて決められるという「精神的自立」は、自分の人生を生きる上でとても大事ですよね。

私の高3のクラスの男子で、浪人時代に自殺してしまった人がいました。
みんなガリ勉と読んでいましたが、私は何となくわかったんです。
この人は、親に言われて、無理してやってる、それで無気力になってるって。
親の期待にNO!と言えるだけの自立心が育っていたら、彼は死なずに違う道を歩いただろうと思います。
私は彼をガリ勉とはやし立てたことは1度もありませんし、そういうシーンでやめなさいよと言ったこともあります。(今ならこれだけでいじめの対象になったでしょうね)
でも、それ以上、例えば「自分の好きに生きればいいんじゃないの」というような会話を交わすほどの親切心はなかったんです。
そんな会話があっても、彼は自殺したのかもしれないですが、後年、自殺したと聞いたとき、やはりショックで、心の中でごめんね、と思いました。

大河の一滴については多分sioさんの受け止め方とは違うでしょうが、自分も一滴、他の人たちもみな1滴で、大河として繋がっている、という感覚があ