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目を閉じて、自分の魂に語りかけてみました

category - 日記
2012/ 10/ 18
                 
タイトルには関係ない話からで恐縮ですが、
予約してあった、22日1泊の岐阜県の 匠の宿 深山桜庵 というお宿、
オットの仕事の都合でキャンセルすることになりました。
上高地の紅葉が見たいということで、
「平日上高地シャトルバス付・星見半露天風呂付き」で
予約できてたのに、残念です。
直前のキャンセル、お宿に申し訳ないですね。

私の遊び心は京都で満足したばかりなので、いいんです。
オットの仕事が忙しそうなので、覚悟はしてました。
でも、今年の紅葉の旅の計画は振り出しに戻っちゃったので、
来月見頃の場所の計画を立て直さなくては。

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ここからが本題です。

昨日は、出勤前にシュウトメちゃんの眼科送迎、
仕事の後には、叔母の老人ホーム行きで、
朝から夜までずーっと忙しくてクタクタでした。

シュウトメちゃんは最初、雨が降っていたので、
医者は明日にするって言ったんです。
自宅玄関から、眼科入り口まで車ですけど、
乗り降りする際に、時間がかかるので、
雨だとやっぱり嫌なんですね。
私も乗り降りの介助して濡れるから、雨は嫌。(笑)
でも、雨が一時止んだので、やっぱり行くと言い出しました。

私の方は、行かないといわれた時点で、
では叔母の所へ、と準備して車に詰め込んだので、
それでは仕事の後に寄ろうかということにしたんです。

最近思いついたのですが、私がこんなに人のお世話を
する環境に恵まれて(苦笑)いるというのは、
私自身の中に理由があると思うようになったんですよ。



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少し前の日記に、宮沢賢治の「永訣の朝」という詩を
学生時代に読んで、宮沢賢治の妹さんのとしこさんの
今度はこんなに自分のことばかりで苦しまないように
生まれてくる、という意味の言葉に、
とても胸を打たれたと書きました。

そして、思い出したんです。先月の大阪行きの時に、
新幹線の中で読んだ言葉と、講演会で同じ言葉を聞いたことを。
心を強く動かす事柄には、その人の執着しているものがあるという話。


怒りも悲しみも喜びも感動も、心を強く動かす事柄です。
人のために苦しむことに、私の魂がこだわっているから、
そういうことが、私の人生に次々起こってくるのでは?


これはきっと、今生のこだわりではないと感じました。

前世、自分勝手に生きたのを、死ぬ前か死んだ後に後悔して、
生まれ変わったら、人にために・・・と願ったのか。


その場合の執着は、自分の生き方は間違いだったという、
自分を責める思いですよね。これは解釈その1。

あるいは、役立たずと呼ばれ、情けない気持ちで生きて、
自分が役に立つということを証明したいと願ったのか。


その場合の執着は、役立たずと呼ばれて辛かったという
心の痛みですよね。これは解釈その2。

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目を閉じて、前世の自分について苦しんでいるかもしれない
魂に話しかけてみました。
しかし、次から次に言葉が出てきて自分でもびっくり。

自分の生き方が間違っていると自分を責めていますか?
でも、自分勝手に生きたのは間違いだったという思いを
抱くためには、それは必要な経験でした。
あなたは必要な経験をしただけです。

自分を責める必要はありません。もう充分です。
人は生きたいように生きていいんです。
そこから学ぶことがあるからです。
そして結果を全て自己責任で取ることが決まっているからです。
みんなそうして生きています。

だから人を責める事も、自分を責める事も、必要ではありません。
聖書で「裁くな」と書かれているのはそのことです。
(私の口から出た言葉であって、キリスト教徒の解釈は違うと思います。)
人は誰も裁く必要などありません。
もう自分を許してあげましょう。誰も悪くありません。


こんな言葉がすらすらっと出てきて、実際に口に出して、
実に怪しい光景ですみません。


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では、これは解釈その1が正しかったのか?
それはわかりません。
だって、解釈2のつもりで話し始めたら、
またまた言葉がぼろぼろ出てきたんですよ。

役立たずと呼ばれて、悲しかったですね。
どんなに悲しかったか、私にはわかります。
あなたはただ不器用だっただけで、一生懸命だったのに。

役立たずと罵った人たちは、不器用な人間の、
真心と悲しみを理解できない、未熟な人たちでした。
その人たちの魂も、きっと今はもっと成熟して、
あなたを悲しませたことを理解しています。
理解するための経験が起こりました。

魂は成熟を目指しています。
そのことを忘れないで。
あなたの悲しみは、あなただけの悲しみではありません。
地球上のたくさんの魂が、今までの歴史の中で、
同じような悲しみを経験しました。

あなたは1人ではありません。
あなたの悲しみも、あなただけの悲しみではありません。
魂は深い所で一つに繋がっています。
全ての魂が癒されることを祈りましょう。

あなたが取るべき道は、悲しみ続けることでなく、
愛を持って祈ることです。
悲しみの中でなく、愛の中で祈りなさい。

あなたの悲しみは癒されました。
世界中の人たちの悲しみも癒しへ向かっていることを
心から信じて祈りましょう。


こうして文字にしていくと、改めてびっくりします。
あなたの悲しみは癒されましたって言ってるけど、
癒されたのか・・・?
実はあんまり癒されていない感覚があるの。
誰だよ、前世で私を役立たずって罵ったヤツは。(苦笑)


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でも、よろしかったら、お試しください。
あなたが心を揺さぶられることって何ですか?
そこに何か執着があるとしたら、どんな執着だと思いますか?
その仮定の上で自分の魂に語りかけるとしたら、
どんな言葉が湧いてくるでしょうか。

何でもいいし、芝居臭いって感じてもかまいません。
自分の魂に影響を与える言葉が出てくるかもしれないですよ。
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コメント

非公開コメント
        

No title
Koalaさん、ご自分の感情を客観的に見つめられてて、
尚且つ過去の体験や影響を受けた書物などに自分の気持ちを
リンクさせて、偉いな~というか羨ましいというか(うまく言えませんが)。

私の心が揺さぶられることって何だろう?
何を課題に生きてるのか?それすらも分からないです。
トホホ。。。

ご旅行、残念でしたね。
また近いうちに機会に恵まれますように。
No title
何度も読ませていただきました。

自分が執着している事……目を逸らしたいことだけど、見つめて、問いかけることをしなくてはならないのですね。
No title
ねえねさんへ

私は読み逃げばかりしてるのに、コメントくださってありがとうございます。
心が揺さぶられる、と書きましたが、
単純に、嬉しい、悲しい、頭にくる、ということでいいんですよ。

例えば、デートするのが嬉しい度合いの高い人は、
遠距離になったり、失恋したり、死別したりということを、
嬉しい度合いの低い人より怖れる。それは執着であるという考えです。

例えば、非難されることが人一倍頭に来る人は、
激しい怒りが起こる感情のしこりがあるはずなので、
ああ、あの人はそういう考えなのね、などという風に流して考えられません。
その激しい怒りは、過去(前世も含む)に傷ついたまま癒されていない感情のしこりがある可能性が高いです。

ねえねさんは、神秘の島、バリ島にお住まいで、
おまけにご主人が僧侶なんて、最高にスピリチュアルな環境で生きていらっしゃるので、トホホなんてことは全然ないと思いますよ。
No title
tetsumamaさんへ

こんな怪しい日記を繰り返し読んでいただいてありがとうございます。

私は年をとったためか、執着することが見苦しいことだと思う感覚が消えてきました。
執着することは苦しいことです。
だって、それを失うことがとても怖くなるんですから。
自分が何に執着しているのかを知ることは、
失う不安を減らすことになるんですよ。
そう考えると、気が楽じゃありませんか?(笑)