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2012/01/27

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渡辺謙さんのダボス会議でのスピーチ

category - 日記
2012/ 01/ 27
                 
とても素晴らしいスピーチで、感動しました。
皆さんに読んでいただきたいと思います。
 
私はこのスピーチで映画「降りてゆく生き方」を思い出しました。
この映画の訴えることを上の文章から少し書き出します。
 
   降りていく生き方~私たちはなぜ映画「降りてゆく生き方」を、つくらなければならなかったのか~
 
これまで日本人は、「物質的に豊かになれば幸福になる」「多くもつものが幸福である」という、カネやモノをより多く得ることを欲求の対象として生きてきた。
しかし、何を得るかではなく、「何を手放すか、捨てるか」ということこそが、いまは大事なのである。 つまり、いらないもの、無駄なものをどんどんと「引いていき」、本当に大事なものを見すえるという「引き算の生き方」こそが、何が大切か分からなくなっている現代の日本人にとって大事なのである。
 
豊かさを目指して国民一体となって「昇っていく」時代においては、たくさん得ることがしあわせのように思えた。 しかし、いま我々は、経済成長がピークを迎え、下り坂の時代を生きているのだ。
人間圏が消滅の危機に瀕しているのは、石油や石炭といった地球システムに重大な影響を与える資源に依存する「ストック依存型」の生き方をするようになったからである。
従って、私たちが人間圏消滅の危機から脱するには、私たちの「生き方」を、地球システムが自然につくりだす物質やエネルギーの循環に依存する「フロー依存型」の生き方にしていく必要がある。

これは、「人間圏」をもういちど「生物圏」に近づける生き方ともいえる。すなわち、人間を「特別の存在」と考えるのではなく、「自然の一部」であり、他の生物と対等である「対称性」ある存在として、「天地自然の理」に則って生活する道を選ぶのである。
いきいきとした人々の場においては、第一の関心事はこれまでのように「お金」ではなく、「生命の躍動感」になっていくことだろう。
いのちがよろこび、心がわくわくするようなこと。そういうことで、つながりあうコミュニティ。
そんな新しいコミュニティをつくっていくことにこそ、私たちの未来への希望というものが見出せるように思うのである
 
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ここからは渡辺謙さんのダボス会議スピーチ全文です。
 
「みんな楽しくHappyがいい」からの転載です。
スピーチは東京新聞からの転載だそうです。

渡辺謙さん、ダボス会議でスピーチ 原子力からの転換訴える
東京新聞 2012年1月26日

スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、
各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、
原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。

渡辺さんは、震災発生直後から、インターネットにメッセージなどで被災者を応援するサイト「kizuna311」を立ち上げ、
現地を幾度も訪れるなど、支援活動を積極的に続けている。

スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。
渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。

スピーチ全文は次の通り。

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。
皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。
日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。
その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。
役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。
ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。
260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。
そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。
人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。
人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。
しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。
世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

それから日本にはさまざまなことが起こりました。
長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。
まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。
冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。
しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。
携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。
物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。
そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。
それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。
電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。
そこに何が残っていたか。
何も持たない人間でした。
しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。
それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。
それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

「絆」、漢字では半分の糸と書きます。
半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。
困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。
そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。
多くの外国から支援者がやって来てくれました。
絆は世界ともつながっていたのです。
人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、
すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。
私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。
しかし度を超えた成長は無理を呼びます。
日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。
人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。
こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。
「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、
再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。


私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。
がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。
今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。
しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。
心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。
そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。
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画像はNHK渡辺謙さん ダボス会議で絆を訴え1月26日 6時4分より
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コメント

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No title
共感とともに感動しながら読ませていただきました。

バリ人の友達で、大学で日本語を専攻している友人がいるのですが(現在は卒業)、卒論の手伝いをしました。
文献は、江戸時代に日本に渡った、宣教師を中心とする
外国人が見た日本。皆、日本人のことを褒めちぎっています。

随分日本は変わってしまった、と思いますが、本質は変わらないと
思うのです。窮地に立たされると、人間本来の姿が出ます。

震災の時、皆が助け合い、自分も被災者なのに、譲り合う姿を目にしました。外国から絶賛されました。
元々、日本人はこういう民族です。

しかし利益至上主義になり、自分の持ってる本質を忘れてしまっているだけです。
No title
「人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。
しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。
世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと」>バリでは田舎にいくとこんな感じです。

私、日本にいた時は、ブランド物をいっぱいもってて、いい車に
乗ってたんです。今はそうはいきません。
親は私のことを不憫に思ってるけど、バリにきて、日本では考えもしなかったことを、考えます。
バリに来たくて来たわけじゃないし、旦那も何の頼りにもならないけど、いろんなことを気づかせてもらえたなぁと思っています。

自分の事ばかり書いたけど、多くの人が、価値観を見直すチャンスになれば、震災の犠牲も無駄ではないと思います。
No title
ねえねさん

以前、ねえねさんのブログで、バリの人は
現代日本人よりずっとお金がないけれど、
幸福感が高いと書いていらっしゃいましたね。

日本の社会は、もっと業績を上げろと言い続けて
競争に勝っていくというシステムが出来ていて、
これは人を追いつめるなと感じていました。
鬱も自殺も多いです。

また、最近は引きこもりも多いです。
親が経済的に養えるというのもありますが、
効率的に動けないタイプの人、周囲とうまくやっていきにくいタイプの人を排除する面が強いのではないかとも感じています。

渡辺謙さんは、大スターになる前に、癌、借金、離婚など、運命の激変に苦しんだ方です。
その彼が「私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。」と語ったことが、しみじみと胸に沁みました。
素晴らしいスピーチだと思います。

価値観を見直すチャンス。
ねえねさんのおっしゃる通りだと思います。