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2019/06/22

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昨夜は叔父の七日念仏でした

category - 未分類
2019/ 06/ 22
                 
昨日の夜は叔父の七日念仏の日でした。
今は私の職場は人手が十分にあるので、七日念仏の日は全部お休みにさせていただきました。

七日念仏は夜7時からなので、夜6時まで働いて、急いで帰って着替え、駆け付ければぎりぎり間に合いますが、考えただけで疲れちゃうので。

朝から夕方までは、友人と日帰り温泉でまったりしました。

DSC_4512_(2)_convert_20190622110048.jpg

温泉施設の日替わりランチAセット、880円也。
この日はオムライスとサラダバーのセットでした。
こういう場所のお得なランチなので、期待はしていません。
880円はコスパがいいですが、オムライスはう~ん、まずくはない、という感じ。

お風呂でゆっくりして、ランチの後は、岩盤浴スペースに行き、リクライニングシートに座ってまったり。
だらだらしにきたので、それでいいんです。

昨夜の七日念仏はちょうど三十五日目に当たる日でした。
早いものです。
お経を声を揃えて唱えるのは好きなんです。
毎回、お経の後に、和尚様のお話がありますが、それも好きです。

我が家と同じ浄土宗で、詳しく言うと浄土宗西山派。
京都に詳しい方ならよくご存じの禅林寺(もみじで有名な永観堂)を総本山とする宗派です。
立派な三門で有名な知恩院を総本山とする鎮西派の方が大きいようですがその辺は詳しくありません。
法然上人の流れをくみ、阿弥陀如来をご本尊としています。

和尚様の読経後のお話で、一番心に残っているのは、2~3週間前に聞いたお話です。
ものすごく簡略にざっくりと言うと、という前書き付きでのお話しでした。おまけにその話を書く私自身は特に信仰心はなく、仏教に全く詳しくありません。そのつもりでお読みください(笑)

阿弥陀如来さまがまだ阿弥陀如来さまになられる前の菩薩だったときに(ややこしいですがご勘弁を)いくつもの誓いをたてられたそうです。
その誓いを叶えるまでは阿弥陀如来にならないという強い決心でたてられた誓いでした。
ものすごく簡略にざっくりと言うと、どんな人をも救うという誓いでした。

実はこの話を聞いても、ふ~ん、と思っただけなんですが、お経では阿弥陀如来さまのお名前を唱えています。
南無阿弥陀仏と何度も声を揃えて唱えるんです。
つまり誓いをたてられた菩薩さまが、阿弥陀如来さまにすでになっていらっしゃるという事は、すでにすべての人が救われているということになりますね?というお話。
こういう世界観、好きなんです。そういうことなんだ!って思いました。

そもそも、この世に苦しみが多いから、宗教が生まれたんじゃないかと思います。
特に信仰のないおばちゃんの個人的感想です。
人々が、苦しみ多い人生を生きていることに心の痛みを感じ、みんなが明るい心でよりよく生きていくためにはどうしたらいいのだろうかと真剣に考えた人たちがたくさんいた、権力などと絡んでややこしくなったのは後世のことであろう、という風に受けとめています。

イメージとしてとても素敵ではないですか?
(信仰心のある方、お話ししてくださった和尚さま、いいかげんですみません)
全ての人を救いたいと願い、その誓いは叶えられて、全ての人は実はもうすでに救われているというイメージ。
その清らかな救いの世界にいらっしゃる阿弥陀如来さまに感謝を込めて、人々が南無阿弥陀仏と唱えるイメージ。

よりよく生きるために、閻魔様の話が有効だった人もいるでしょうし、南無阿弥陀仏と唱えれば救われるという話が有効だった人もいるでしょう。

全国的に行って、七日念仏の法要自体が珍しいというのをブログのコメントで知りました。(苦笑)
毎週は大変ですし、行くたびに1500円ほどのお供えを持って行くのがこのあたりのしきたりです。
隣町ではお金を持って行くそうです。地区によって違うのね。

分け合える個別包装のお菓子をお供えに持って行く習慣のため、帰りにそれを分けていただくので、毎週お金がかかる+お土産にお菓子の分け分をいただくので甘いものを食べ過ぎるというのもありましたが、お坊様のお話を聞くのは楽しかったので、あまりストレスにならずに助かりました。

来週の七日念仏で、七日念仏はおしまいです。
その次は四十九日の法要になります。









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コメント

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No title
七日念仏はお寺さんで行うのですか?
それとも叔父さんの家で行い、和尚さんがその都度来て下さるのでしょうか?
もう無くなってしまったのですが、こちらでは近所の女性がお念仏を唱えるので、亡くなった方の家に集まって行っていました。
集まるのは殆ど年配の方達でした。その年配の方々も亡くなって
自然消滅したようです。
お坊さんは来ていませんでしたよ。
koalaさん、こんにちは!
うちも浄土真宗なので、南無阿弥陀仏と唱えます。亡くなるとすぐ仏様になって浄土できるので、49日までのお経はありませんでした。実家は曹洞宗で、宗教によっていろいろ違いますね。
私も和尚様のお話を聞くのは好きなのですが、うちの和尚様はお経も超短く、終わればつれあいと世間話ばかりして、義父母の話や仏教の話もしてくれず、あっけないものです。つれあいはお経がみじかくて助かるなんて言うんです。
信仰心はさほどないのですが、お経が上り仏壇に手を合わせても、物足りなさをいつも感じています。

No title
koalaさんちとうちの実家はよく似てますよ!
七日念仏もありますし、個別包装のお菓子をお供えに持って行き、
帰りにはそれを分けて渡します!
「おさがり」と実家の地方では言ってます。
法事の際は、5000円~10000円位の引き出物も渡します。
法要の引き出物の風習はないですか?

koalaさん、四十九日の法要が終われば、少し落ち着きますね。

お友達と朝から夕方まで温泉でまったり・・・最高ですね(^^)v
No title
こんばんは~~ 
いつもコメントありがとうございます。
休養してゆったりするのも必要ですね~~
私は特に信仰はないので、仏様になったら
拝んでもらえば嬉しいです。
私の近所では、もうまったく古い習慣はないので少人数の親戚だけです。
お寺でお経あげてもらうだけです。
No title
朝から夕方まで温泉でまったり~っていいなぁ~。
法要、お疲れ様です。もうちょっとで終わりですね~よかった。
No title
ブログを読んで思ったことなど。
以前知恩院に行ったら、あそこはお守りを売ってないんですね。つまり、死後の存在とか、ご利益という発想がないらしいと思い、びっくりしました。真宗の方でしょうけど。

すべての人はすべて救われているという発想は私も好きです。一度念仏を唱えれば救われるということと同じと思いますが、
「人はそのままで救われている」ということでしょうね。

苦しいことが多いから宗教が生まれたという考えは、日ごろのスピリチュアリズムに反すると思いますが、私の立脚点です。神は人間が作ったということですが、されど(ここからが重要だと思いますが)人間は神なしでは生きていけないところがありますね。

とりとめがありませんでした。ご容赦!
No title
Fukawa農園さんへ

七日念仏は叔父宅で行い、そのたびに和尚様が来てくれます。
うちのあたりでは一般的なことで、毎回
ご焼香もします。

昔はご近所の方も集まったものですが、最近はご家族だけのことが多いです。

お坊さんが来なくて、お念仏を唱える行事は、逆にこちらではないと思います。
いろいろなんですね。
No title
ちゃんちゃこりんさんへ

うちは浄土宗なんですが、浄土真宗との違いが私にはよくわかりませんでしたが、49日までの考え方が違うのかもしれませんね!

七日念仏をするのは、死後に一週間ごとに生前の生き方を審判されるので、その前に死んだの助けになるようにみんなでお念仏をあげると聞きました。

ただ、審判する側の本当の姿は菩薩さまや阿弥陀様など、人間を救ってくださる存在なので、罰が当たるというのではなく、生前の自分への反省を促し、悔い改める機会を与えるものだと聞きました。
こういう教えも宗派によって違うのでしょうね。

物足りない感じ、お察しします。
故人と心で会話する時間と割り切って合掌していればいいですよね。


No title
nicoさんへ

似てますね!
「おさがり」って、うちの方でも言います!

法事の際は、 5000円位の引き出物も渡します。一緒ですけど、nicoさんの方のご実家の方が気前がいいわ~。1万円の引き出物はないですね~。

法事は1万円包んできてくださるので、引き出物が5000円、法事後のお食事が5000円でちょうどいい、という計算なのかも。
2000円くらいの~3000円くらいのお供え物も持参してくださるので、おさがりプラスお饅頭の箱入りもお渡しします。

少し派手なおうちは、引き出物もお食事ももう少しプラスされている感じがあります。

でもこういうのも、私たち世代までかな、なんて思っています。
だんだん簡略化されていきますよね。
No title
yamanekoさんへ

田舎ほど昔の習慣が残るのは世の習いですね。
田舎って同居率が高いですし、お年寄りが発言力を持っていて頑固ですしね。
うちは田舎なんです。(笑)
法事も、家族だけにしろ、50回忌まで和尚様をお呼びして自宅で行います。

今は義母さんはそういうことに一切関心がないので、夫がやめようかといえば取りやめになるのですが、言わないので
やっています。
夫の祖父母お父さんの法事なので。

でも、これも私たち世代までかなと思っています。
No title
Rさんへ

叔父とは、GWにお見舞いに行った時が最後になりました。
また来ますね、と言ったのですが、その日は来なかったです。
あっけなかったですが、叔父は結構苦しんだので、苦しみが長引かないでよかったと思います。

最初の七日念仏の際に、嫌味を言われて先が思いやられましたが、その後はそういうこともなく和やかになりました。
もう少しで四十九日が終わります。
ねぎらってくださってありがとう。
おはようございます~♪
法要お疲れ様でした。
うちの方では・・・
三十五日で終わりにする家と四十九日の法要で終わりにする家に分かれていてその家の都合でやってます。
またすぐ49日と忙しいですね~!

温泉で法要なんて(・∀・)イイネ!!

No title
sionさんへ

苦しいことが多いから宗教が生まれたんだと思います。
スピリチュアル的に言うと、どうなんでしょうね?
苦しみと祈りの経験を重ねて、見えない世界に気が付いたと言えば問題ない?(笑)

知恩院は何度も行っていますが、お守りが売っていないことには気が付きませんでした。そうなんですね。

みんなすでに救われているから安心しなさい、感謝して善行を積みなさいという教えは個人的にとても好きです。真面目な基本的に善人な人向きですね。
でも人間の個性によっては、閻魔様の教えや地獄の教えが必要な人もいたと思います。

浄土宗には、善行については、功徳を積んでそれを自分の功徳とするのではなくみんなで分け合いなさいという教えもあるそうで、それも個人的に好きです。
No title
さっちゃんさんへ

三十五日にするか四十九日にするかは宗派なのか、亡くなった日が前半か後半かで決まるのか、それとも別の理由なのか??と思っていましたが、おうちの都合なのかもしれませんね。

次の金曜日が七日念仏、日曜日が四十九日で、その後は初盆かな。
叔母は淋しくなりましたが、今は息子さんが毎朝仕事前に電話してくれるそうでよかったです。
No title
今気づきました!
ブログ上にリンクしてくださってありがとうございます。
名古屋も7日ごとのおまいりが6回(1回目は葬儀のその日)続き、7・7日(49日)は、もっと大勢でおまいりします。
その後百か日と。
和尚さんと参列者とお経を唱和するのは無心になれて好きです。
出かけるのも大変ですが、迎える方も大変ですよね。旅立った人をいつまでも何度も何度も忘れないよ!って。

No title
永観堂、数年前に紅葉の時期に(少し早かったけど)行きました。
本当に綺麗でした。

こちらでも7日念仏は珍しいと思います。
宗派が違うからかもしれませんが、あまり聞いたことがありません。
お葬式の日に49日の法要を済ませる事の方が多いようです。
遠方からお葬式に戻ってきた家族が、何度も行き来しなくて済むようにと言う事だと思います。
勿論お坊様はお仕事ですから、7日毎にお詣りはしてくださるようですが。
No title
もこさんへ

こんにちは~。
もこさんのコメント欄に、リンクさせてくださいと書いたつもりがもしかして書き忘れたかも。こちらこそごめんなさい。

>名古屋も7日ごとのおまいりが6回(1回目は葬儀のその日)続き、7・7日(49日)は、もっと大勢でおまいりします。
その後百か日と。

一緒です!
叔父の場合は百箇日よりも初盆が先という時期に亡くなりましたが。
初七日って愛知県特有じゃないですよね??皆さん、知らないって方が多くてちょっとカルチャーショックです。(笑)
旅だった方を思って合掌する、お経を読むっていいことです。大変だけど。
No title
悦子さんへ

もみじの永観堂、きれいですよね。
大混雑ですが、私は日帰り圏内なので何度も行ってます。

七日念仏は、死後に七日ごとにあの世での審判があるという仏教のお話からきています。審判の応援をする感じ(笑)のものです。
こちらでも親戚まで呼ぶことはなくなりつつあり、お坊様とご家族だけでやることが多いですが、葬儀の日に四十九日をやるという話は聞いたことがありません。
うちの方は年寄りの力が強い土地柄なのかもしれませんね。