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塗り絵を盗まれたという義母さん

category - 未分類
2019/ 03/ 27
                 
日曜日に夫と義母さんに会いに行った時のこと。
義母さんの部屋には、3枚の花の塗り絵が貼ってありました。

「おばあちゃん、壁に塗り絵を貼ってもらってよかったねぇ。
白い壁が明るくなるね。上手に塗れたんだね。」と言うと、
にこにこして、「職員さんが貼ってくれたんだよ。」

義母さんは塗り絵が大好きです。
高齢者で、施設にいて、塗り絵が好きだと、いろいろ助かります。

「でもね、この間、盗まれたんだ。」
ん?何を言い出すの、義母さん?

「貼ってあるのがはがされてた。誰かが入って来て、盗んだんだと思う。」
夫が反応しました。「塗り絵を盗むなんてありえないよ。」
「だって無くなっていたんだから。あんなものを盗む人がいるんだねぇ」
・・・・・・いないと思う。(爆)
それに、義母さんの部屋から、貼ってある塗り絵をはぎ取って部屋から出てきたら、
誰か気が付くんじゃないかなぁ。
絶対とは言えないんだけど。

「職員さんが貼りかえてくれたんじゃないの?だから前のがなくなったみたいに見えたとか。」
この前に義母さんの部屋に行った時には貼ってなかったので、
最近、貼ってくれたんだと思います。
きっと、古くなったから貼りかえたのではなくて、その日上手に塗り絵が出来て、
「これいいですねぇ。貼りかえましょうか?」なんて言う感じで貼りかえてもらって、
本人はそのやり取りを忘れてる??というのが私の推測。

他の幻想には、そうなの~と付き合って受け入れることも多いのですけど、
施設で何か盗まれた系は、昔から、そんなことはないんだよと言い続けています。
前の施設では、各自の私服だったので、しょっちゅう服が盗まれたと言っていました。
知らない服があったら、ご家族が気が付くから、気のせいだよと言うのですが、
結構しつこく施設側にも主張したので、よく苦情のお電話がありました。

人気の老健だったので、いつでも出て行っていただいて結構です!と言われ、
妄想があるようで、注意していますが、なかなか治らずにご迷惑おかけして・・・と
毎回同じやり取りをしていましたが、今思えば、家族がもっとガツンと怒れ!
怒り方が生ぬるい?!ってことだったかもしれません。

これ以上盗まれたと騒ぐと、出て行かなくちゃいけないよ!ここが好きなんでしょう?!と
何度も至近距離で目を見て大説得してきたつもりなんですけど、結果が出ずにいました。
私はできることはした、と思っていたのですが、振り返ると自信ないなという気もします。

今の施設は、一応、服は自由なのですが、施設でレンタルできるお揃いのパジャマがあり、
クリーニング代込なので、それを利用している人がほとんどです。
義母さんもそのお揃いのパジャマなので、服が盗まれた妄想は消えました。
洗濯物を持って帰って洗ってという手間も、少々の私物以外にはありません。
義母さんも私も、本当に楽になりました。

義母さん自身も、ずいぶん衰えてきたので、強く主張することは減っています。
塗り絵が盗まれたと告白しましたが、怒っているわけではなかったです。
とても呆れた口調で、「あんなものを盗む人がいる」と言っていました。

前の施設で服が盗まれてと主張した頃は、口調も強く、しつこく怒っていました。
時間の流れを感じます。

義母さんは、強い態度でいないと舐められてコントロールされるという危機感があったのかも。
何しろ、自分自身、嫁にも強い態度に出て、マウンティングすることで、
あるいは、逆らうなら自殺してやると脅すことで、嫁をコントロールしてきた人です。

多分、義母さんは、私をコントロールしたかったんだと思います。
介護されるという弱い立場に立ちたくなくて、姑というのは偉いんだと言う事によって。
コントロールされたり、見下されたりすることを避けるために。
でも今は、もう、コントロールされたり見下されたりする不安から自由になってきて、
態度が軟化してるんじゃないかなと想像しています。

私は舐められやすいのであろうと思います。
義母さんに嫌われることは怖くなかったけれど、自殺されるかもというのはとても怖かったです。
舐められやすいというのは大きな反省点。
人間はもっと毅然としていないと。
昔から、揉めることが面倒で、丸く収めようとする傾向が強い上に、
ワガママで自己中な義母さんとの33年の同居生活で、耐える力が鍛えられました。

ヨガの先生が、自分の中にはいつも太陽がある、とおっしゃったのを、
バリ島在住のネット友のねえねさんは「祠(ほこら)がある」と表現しておいででした。
最近、その言葉がしっくりきます。
祠って、神さまを祀るための小さな建物です。バリにはたくさんあるようです。
これは結界では?というのが、私の中でしっくりした理由です。

私の奥に神様がいて、祠があると、祠は結界になりますから、
この世の汚れは結界で防がれて、誰もその神様を貶めることはできません。
人はみんな自分の中にそういう結界を持っている、見下してはいけない、
そして自分の結界は清らかに保たねば、という思いで生きていくのは素敵だと思いました。

結論が相変わらず怪しいと言われそうですが、最近そういう気持ちで生きています。







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コメント

非公開コメント
        

No title
『私の奥に神様がいて、祠があると、祠は結界になりますから、

この世の汚れは結界で防がれて、誰もその神様を貶めることはできません』
あ、これ素敵な考え方だなぁ~って思いました。
これはイイですね!!
No title
ミセスRさんへ

なかなかいいでしょう?(笑)
ご主人が過去に何をしでかしても、
ミセスRさんの中の神様を貶める事なんて絶対できないですよ。
義母さんが私にしてきたことも全部そう。
と思うと、ちょっと気持ちよくないですか?
No title
ほんと!きもちいいですね!
koalaさん、ありがとう。