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見えるハードル、見えないハードル

category - 日記
2019/ 03/ 20
                 
全く別の関係の知り合いの女性2人から、同じような話を聞きました。
ご主人は好きなんだけどもっと自由な時間が欲しいというのです。

1人はバリバリ正社員で働き続けてきた人で、もう一人は少しだけ仕事してるけれどほぼ専業主婦。
違う点が多いので、今まで考えたことがなかったけれど、この2人、ある意味とても似ていたかも。

2人とも、そこそこ年上の、実行力もあり賢いご主人と結婚しています。
1人の友人のご主人は「お前は俺が育てた」と言うんですって。
自信のある亭主関白タイプで、とても奥さんを大事にするご主人です。
経済力もあり、2人ともお金に苦労した経験はないはず。
知り合いの女性の方も、2人とも働き者で明るく、家事だって手抜きしない性格です。
奥さんは50代後半、ご主人は60代前半。
どこから見てもおしどり夫婦なんです。

「仲のいいお友達と1泊で出かければいいんじゃない?
ご主人と一緒の世界から、2日間だけでも出たら、羽が伸ばせるわよ~。」
「それは無理!許してもらえない!」

1人は高齢の義母さんと同居だから無理という理由。
介護保険は必要ない程度にしゃきしゃきの義母さん。

もう1人は、ご主人の職場が近くて、毎日お昼に帰ってくるので、
定年前から毎日3食作っているくらいの世話女房だから無理という理由。
この人に至っては、お友達とのランチも年に数回、遠慮しながらするのだとか。

共通しているのは、ご主人の辞書に、奥さんが友達と泊まりで出かけるという項目はないこと。
奥さん側には、それはとてつもなく高いハードルに思えること。

「何か理由をつけて、一生に一度のお願い!とか言ってみたら?
ハードルを飛び越えるのに、最初のハードルが一番高く感じられると思うけど。」
などと言いながら、これは無理だなと私も感じていました。
私にも、別の件で、飛び越えるには高すぎるハードルと思えるものがあったし、今もあります。

例えば、この間からブログに書いている、依頼心がとても強い叔母の電話にNOと答えること。
大騒ぎされると、病気の叔父まで巻き込みそうだし、大変そうなので、長電話に付き合って、
手術の立ち会いだっておかしいと思いつつ、当然行きますみたいな顔で出掛けています。
かつては、義母さんがヒステリーを起こすと、収拾をつけるのが大変だったので、
他にも、義姉さんたちが無茶苦茶な理屈を言い出すと、もう付き合いたくないので、
丸く収めるには、嫌なことは嫌だと言いたいという自分の気持ちを飲み込む方を選んできました。

そんなわけのわからない叔母さんや義母さん、義姉さんたちと、
知り合いの立派なご主人を同様に扱うなんて?!と思われますか?

私は、心の中では、誰しも役割を超えた自由な魂であるはず、と思っているので、
その自由を奪い取ろう。、相手を囲い込もうとする意図を持つ人は、
本当はその意図を捨てるべきだと思っています。

自分の自由を勝ち取るためにハードルを飛び越えたほうがいいんじゃないかと思っています。
でも、その意図がとても強く、譲る気持ちがない相手の場合、
そのハードルを越えようとすることが、大きな抵抗を産むことも身にしみて知っています。

かつて、義母さんが私の周りにめくらせたハードルは、数も多く、高さも高く、
私は大変なストレスを持って同居してきました。
今、そのハードルは急激に縮小して、昔と比べればほとんどないくらいです。

義姉さんたちも同様で、かつては怒鳴り込まれたものの、今は関わりはとても薄くなっています。
こちらのハードルはほぼないです。私はそのハードルを飛ぶ自信はあるのですが、
面倒だし、実害もほぼないので、ハードルが見えないふりをしているだけ。
実害が大きいハードルが見えたら、面倒は覚悟で飛び越えるでしょう。

叔母さんに関しては、叔父さんが元気なうちは巻き込みたくないので、
ハードルが見えないふりをするつもりですが、大きな負担はありません。

ここまで書いていたら見えてきたことがあります。
私はこの知人女性2人と似ています。
私たち3人は、介護に深い縁のある人生を歩んできた50代女性3人。

2人は義母さんと同居し、もう1人は実親さんと同居してきました。
そして3人とも自分の親を看取ってきました。

自分を守るためのハードルは飛ばないんだけど、
相手のためにと感じる、介護のハードルは飛ぶんです。
自分を守るためのハードルを「できません」の一言で飛んで去っていく人を横目に見ながら、
そういうハードルを飛んで走って、次のハードルをまた飛んで走って、
ああ疲れた・・・と思った時、自分を振り返ったら50代後半。

知人女性2人が似ているだけじゃなくて、私も似ていたのだと気が付きました。
60歳が目の前に迫ってきて、囲い込まれた人生だけで終わるの?と
もっと自由に生きるべきじゃないの?もっと自分を大切にしなくていいの?
「大切にする」ってことは、心の奥の声にきちんと耳を傾ける事じゃないの?
そんな問いかけが潜在意識の奥から起きてくる年代なのかもしれません。

私たちの目のまえには、ハードルに見えるものがあるし、
もしかしたら意識していないので見えていないハードルもありそうです。
世間的な役割が減っていく年代になって、
見えてくる世界があるのかもしれないという気がしました。




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コメント

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No title
[自分を大切にする」ということを聞くといつも亡くなった登山家の田部井さんの言葉を思い出します。「みんな山に行きたい」と言います。そのあとに「でも」といいます。子供が小さいから、主人が嫌がるからと「でも」のあとに行けない理由が長々と出てきます。それでは、山になどいけません。
厳しい言い方になると思いますが「自分を大切にしたい。でも・・」という人は、結局自分を大切にすることはないのでしょう。

ただ、仏教的な発想なら、自分を大切にしてもしなくても、縁によって生きているのだから,それでよい」ということになるのかもしれません。
No title
1人の友人のご主人は「お前は俺が育てた」と言うんですって。
自信のある亭主関白タイプで>いや逆に自信がないんだと思いますよ。
自信があれば、奥さんに快く「行っておいで」と言うはず。
許さない理由はなんでしょう。奥さんが自分差し置いて楽しむのが面白くない。そんなところだと思いますよ。