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人間はパイみたいなもの

category - 日記
2018/ 09/ 27
                 
「ライフ・レッスン」という本の中にある話です。

重い病気で苦しんでいる70代後半の女性が、
心配するお孫さんに言った言葉が好きです。

「あたしには何の不足もないんだよ。
あたしは充実した人生を充分に生きた。
おまえさんの目には満身創痍で、いのちのかけらしか
残っていないように見えるだろうが、あたしはね、
たっぷりの命をもらって生きてきたんだよ。
人間はパイみたいなものさ。
両親に一切れ与え、愛する人に一切れ与え、
子供達に一切れ与え、自分の仕事に一切れ与える。
だから死ぬ時には自分のパイがなくなっている人もいるだろうさ。
自分がどんなパイだったか、思い出せない人だっている。
でも、あたしは自分がどんなパイだったのかがよくわかってる。
これだけは誰もが自力で見つけるものだからね。
あたしは本当の自分の姿を知って、
この世から旅立つことが出来そうだ。」


この男性は、祖母の言葉に衝撃を受け、
全てがわかった気持ちになって言ったそうです。自分が死ぬ時も、
祖母のように、本当の自分の姿を知ってから死にたいって。
そしたらそのおばあちゃん、孫の耳元でささやいたんだって。
「自分がどんなパイなのか見つけるのに、
死ぬ時まで待つ必要はないんだよ。」

生きているって、パイを大事な人に配ることが出来るって言うことなのかもね。
今日も生きていたから、パイを配る機会が、パイを配る時間が、与えられた。
感謝!
そして、生まれてから今まで、たくさんのパイを配ってもらってきたことって、
それはなんて素敵なことなんでしょうね。
感謝!

パイはどんなに配っても、なくならない気がします。
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コメント

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No title
この女性と樹木希林さんが重なりました。
No title
沢山の人々から沢山のパイを貰って生きてきたというのは、少なくとも頭ではよくわかります。もし、人がいなかったら当然私は生きていけません。感謝すべきでしょう。つい忘れてしまうのですが。

しかし、年寄の辛さは、与えるべきパイがないことです。貰ってくれる人がいないともいえます。分かりやすく言えば、社会的にも個人的にも誰からも頼りにされることはないということだと思います。

年寄や病気の人も存在意味があるのだという人はいますが、そうでも言わないとその人の命を否定することになってしまうからです。

「パイもない、「あっても貰ってくれる人もいない」この事実から、老人の生はスタートすべきだと思っています。
No title
ねえねさんへ

樹木希林さんは、多分とってもきっぱりした方だったでしょうね。
自分の人生をきっちり愛した方だった気がします。
素敵ですね。
No title
sioさんへ

とても考えさせられました。
パイがなくなる人もいるというおばあさんの言葉が
私にはよくわからなかったのですが、
そういう意味だったのですね。

パイは愛情だと思いました。
愛情を込めてなにかをする。
もう少し掘り下げて考えようと思います。