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2018/07/31

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三重旅行 2日目 その2 伊雑宮

category - 日記
2018/ 07/ 31
                 



このすごい木があるのは、伊雑宮。
「いざわのみや」と読みますが、「いぞうぐう」とも言うそうです。

内宮の別宮ですが、神田を持つ唯一の別宮です。
神田の画像はもう少し後です。

外宮も内宮も結構歩かなければいけませんので、足の痛い夫には無理。
伊雑宮は歩く距離がとても短く、それでいて神聖な空気感がある場所です。



実際に見ると、ちょっと圧倒されますよ。↑



ここから本殿に向かう途中、さあっと日差しが差して、とても神々しいものを感じました。
夫はそう?別に?と言ってたので、私の個人的感覚です。(笑)



本殿です。扉は閉ざされているので写真はOKかな。



伊雑宮の入り口に、近辺の見どころ案内がありまして、倭姫命の旧跡地とありました。
美内すずえさんの「アマテラス」のファンである私は、すぐに行きたくなりました。
夫の足は大丈夫だろうか?
ひとっ走り言ってくるからちょっと来るまで待っててもらおうか?
夫に聞くと、近くなんだから大丈夫と言いましたので、2人でてくてく歩きだしました。
ゆっくり歩いて5分でした。
上の画像は伊雑宮の斜め向かい側にある鰻屋さん。風情のある建物ですよね。



伊雑宮から少し歩くと、倭姫命旧跡地がありました。
倭姫命は、古墳時代以前の皇族。第11代垂仁天皇の第4皇女です。
斎王は、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、倭姫命の後も、天皇の代替わりごとに
皇族の未婚女性から選ばれて、都から伊勢に派遣されました。

倭姫命は、天照大御神をいただいて、天照大御神の鎮座にふさわしい土地を探して旅をしました。
最期は、伊勢は美しい国なのでここに鎮座しようとの天照大御神のご神託を受けて、
伊勢の内宮である現在地に祠を建てて天照大御神をお祀りしました。



倭姫命が引水されたと言われる千田の御池。
現在は10坪歩かないかという大きさ。



倭姫命の遺跡。天井石と呼ばれる石と、鏡楠の根元が祀られています。

大正末期に、樟脳の原料として楠を切り倒した時、木の下に石室が発見されました。
その石室から鏡や勾玉などが出土し、倭姫命のものではないかとされました。
いろいろ出てきたようですが、官憲に没収されてしまいました。
このへん、ネットで調べるといろいろ凄い説があって面白いのですが、きりがないのでこの辺で。
石室の蓋となっていたのが、この天井石とのことです。




昔はここから清らかな水が湧き出ていて、
参拝の前のみそぎに使われたそうです。
歩いて5分の伊雑宮に戻り、車に乗ってすぐの神田(地名じゃなくて神様の田んぼ)に行きました。



車に戻って神田へ。右に見える森は伊雑宮の森です。
(森部分には参拝者は入れません。)

伊勢神宮には御料の米を作る神田が2つあるそうで、ここがその1つです。
神田も、2000年前に倭姫命がお定めになったと言われています。




内宮には天照大御神、外宮にはその天照大御神と一緒にお食事なさるという豊受大御神をお祀りしています。
お食事は外宮でなさいますので、毎日2回、お食事の用意が成されています。
空襲の日も、伊勢湾台風の日もずっと欠かさずに、
神饌と呼ばれる神様のお食事のお供えが続いています。

伊勢神宮で使われるものは、お米にしろ木材にしろ、特定の定められた場所で育てられ、
儀式と祈りが繰り返されたのちに伊勢神宮で使われます。

神田では多くの品種の米が育てられていますし、田植えの時期もずらして行われるそうです。
天候不順や台風などの被害を最小限にとどめるためです。

稲に詳しくないので、見てもわかりませんけど。



その年に収穫された新米は、神嘗祭で大御神に奉られます。

今日の内容はマニアック過ぎましたか?(笑)
その3に続きます。

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コメント

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No title
石室とともに植えられてた楠を切り倒した!?https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_d162.gif">
鏡とか勾玉とか、そもそも石室があるような楠なのに!?
なんだろう、その頃にはもう祀られずに忘れられて、朽ち果ててたのかしら?
No title
まめクロさんへ

多分朽ち果てていたと思うんですけど、石室が見つかり鏡や勾玉が出てきて大騒ぎ。
警察が駆けつけ、ここで見聞したものは口に出さないように指示したそうです。

古くから伊雑宮こそ本当に天照大神が鎮座された場所であるという説がありましたが、
江戸時代に強い弾圧があり口封じさせられ打ち首となっていました。
この騒動でも、この石棺のことを口に出した者は処刑されたそうです。

倭姫命についても、いろいろ謎が多くて、調べると面白くて怖いんですよ。