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キャティオは計画練り直し

category - 日記
2018/ 07/ 04
                 
昨日、仕事帰りに、夫が工務店さんに寄ってきました。
猫のための小屋、キャティオの見積りを頂きに行ったのですが、
持って帰ったその図面と見積りを見て私はびっくり。
こんな大規模なもの頼んでないのに?!と夫に言いました。
説明したより、うんと大規模で、価格もすごかったのです。

私にとっては、呆れるような規模でした。
でも、夫は、担当者さんに、自分の膨らんだ希望を話したそうで、
私はその膨らんだ話を夫が工務店さんにしたときに、そこにいなかったみたいです。
工務店さんはさらにその話を少し広げた様子ではありますが、
図面はそこそこ夫の話に合わせたものでしたので、向うに落ち度はないのでした。

猫は可愛い。
確かに広い方が猫は楽しいだろうと思いますが、
いくらなんでもこれはないでしょう?私はそう思うけど?と言うと(鬼嫁?)、
夫も、確かにこの見積り額はないな、と言っていました。
見積り額がオッケーな範囲だったら、こんなバカでかいものを作るの?
後で困るような規模だったので、本当にびっくりしました。
夫の猫愛が半端ではないことを思い知ったのでありました。
猫が外で自由に散歩できないことに対して、夫は私よりずっと辛さを感じているのでした。
夫は図面をコピーして、コピーに縮小案をいろいろ書き込んでいました。
また工務店さんに相談しないとね。

ここから先は昨日のブログの補足です。
怪しい話はついていけないし気持ち悪いという方も多いかなと思うので、
迷わずスルーしてくださいね。

友達限定記事にしたかったんですが、「お気に入り」ではなく「友達」になっている方は3人だけ。
迷ったんですが、友達限定でなくても、私のブログを読んでくださる方は少なそうだし、
読みたくない方にはスルーしてくださいと書いておけばいいかなと友達限定はしませんでした。
怪しい人なのはもうばれてるし。(爆)

私のイメージでは、人間の魂って、海全体のようなもので、
「個性ある人格」は海からすくったコップ1杯の水。
チームは、このあたりの海域の海水、という感じです。

死んだら海に戻る。
この世の人はみんなコップ1杯の水。
聖人のような人も、残虐な殺人犯も、平凡な私も、広い目で見たらみんな同じ海の水。
気分を害する人がいらしたらごめんなさい。
私自身も理屈で考えると少し気分は悪いです。
理屈ではなくて、瞑想で浮かぶイメージです。

別の時に浮かぶイメージは大樹だったりします。
「個性ある人格」は1枚ずつの葉っぱで、チームは同じ枝の葉っぱ。

コップ一杯の海水にせよ、1枚の葉っぱにせよ、
この世に生きる上では、海全体でも大樹そのものでもなく、
あなたの今生は、こういう喜怒哀楽のある人生の経験をすることになってます~と
限られた時間の、限られた経験を、差し出されます。
それを一生懸命生きるんだけど、本当は私たちは海全体、大樹そのもの。

だから、アイツはダメだとか、自分はダメだとか、否定するのはやめようよ、と思います。
それでもなかなか否定は去ってくれないけれど、それはそういう経験をしてるってことで、
心がひりひりしてるよね、切ない経験だよねと、自分をハグしてあげていいと思う。

書いているうちにどんどん怪しくなってきますねぇ。
やっぱりkoalaさんって奇人変人で気持ち悪い!っていう反応を想像すると、
自己愛が傷つくので少し凹むし怖いです。
でも多分、うん、言ってること、何となくわかるよ、という方もいらっしゃると
楽観もしているのでした。

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コメント

非公開コメント
        

No title
個々信じてるものや民族や年齢によって、表現は違うけど、
どの宗教も結局Koalaさんの言ってるコップ一杯の海水・1枚の葉っぱ、そういうことを言ってると思います。
私は特定の宗教は持ってないけど、神様を信じているので、
ニュアンス的に同じように感じます。

神様の分け御霊が身体という祠に入っている。
だから自分(身体)を大事にしないとバチがあたります。
日々いろんな選択が無数にあって、それらは全部神様の試験なので、
あちらに還った時、いい点取れなくてもいいので、よく頑張りましたね、と言ってもらえるような人生歩めるように、という思いは、常に持ってます。落第だけしなければOK。
No title
「コップ一杯の海水」のイメージ、わかる気がします。

koalaさんの怪しいお話、好きですよ!
No title
おはようございます(^^)。

怪しい話?楽しいですよ!
私も同類なのでしょうね(^^)。

今日も笑顔で素適な一日を過ごしましょう。
No title
ねえねさんへ

>神様の分け御霊が身体という祠に入っている。
だから自分(身体)を大事にしないとバチがあたります。

いい言葉!自分のことをいじめるのも、他の人をいじめるのも、
神さまの分け御霊を大事にしていないという意味で、バチがあたりますね。
日本の社会の悪い面に目が行くと、ついブルーになりますが、
この世の中は陰と陽、ブルーになっていては神さまの分け御霊を
大事にしているとは言えませんね。
落第だけしなければOK。
本当にそうだわ。ありがとう。
No title
ミセスRさんへ

クリスチャンなのに大丈夫?(笑)
でも、臨死体験をしたシスター、鈴木秀子さんも敬虔なクリスチャンだからいいのね。

苦しいことが起きてきて、すがってきた人でも、鈴木秀子さんは、
その苦しみが消えますようにとは祈らないと、本で読んだことがあります。
それはその人が、人間として成長していくために必要な試練かもしれない。
だから、その人の苦しみとなっていることが消えますようにではなく、
その経験から、その人が人間として成長していくために
役に立つ力をお与えください、という祈りをするという話もありました。

ミセスRさんがクリスチャンだという連想から、そんなことを思い出しました。
No title
みゆきママさんへ

同類が多くて嬉しいです。(笑)
私もみゆきママさんも、ねえねさんもミセスRさんも、
本当のところはそんな名前の付いたいっぱいのコップの水じゃなくて、
同じ海水なのよね、と思うと楽しいです。
同じ海域だと思うと、もっと楽しい。(笑)
No title
私は、妖しいと言うより「変っている人」なので、大変興味深いですが、反論もあります。
うまくかけないので書けませんが、一度お話ししたいと思うくらいです。(*^_^*)
短くいうと、
「あの世は無いので、今が大切な毎日」なのだと思います。
その割に雑に毎日過ごしていますが…(*^_^*)

生きている今を考えることはとても大切なことだと思っています。
考えない人が多すぎるように見えますが、考えて、今を生活しているかもしれません。
ご主人様ともそういう話なさいますか?(^。^)
No title
みつきさんへ

あの世があるかどうかは死んでみないとわからないので、
みんなそれぞれ「こうじゃないのかな」とイメージしていますよね。
ご自身が臨死体験をしたとか、前世の記憶があるとか、
そういう特殊事情の方は少ないし、私もそうではないので、
ここに書いたのは、今感じている私個人のイメージです。
根拠はないので、みつきさんに反論されても、反論の反論は多分できないです。(笑)

正直なところ、死なないとわからないことは死んでからわかるんだから、
その時は来るまで待てばいいと思ってます。
生きている今が大事というのは、私も同感です。
夫は私ほど怪しくないのですが、たまにはそんな話もしますよ。
でも、現実世界のことにどう思うかという話の方がもちろん多いです。