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義母さんについて その2

category - 日記
2018/ 03/ 01
                 
義母さんは、私が気に入らなかった点も多々ありましたが、
やはり世話をしてくれて、話相手になる相手ができたことは喜んでいたと思います。
心の中に、自分の苦労話が溜まっていて、吐き出す相手はご近所の友人や子供でしたが、
その話はもう100回聞いた、という相手に話すより、
何も知らない私に話すのは、新鮮な楽しみだったと思います。

毎日聞き続けないと癇癪を起される私には苦行でしたので、
時には、もうやめてくれと逆らいましたが、基本的には聞いていました。
いろんな話を聞いて、驚いたことも多かったです。

跡継ぎの長男は、他の男兄弟の家を建てる土地を提供し、家を建てるローンも背負う
そういうルールがあったそうで、義母さんの家のローンはとんでもない額でした。
その上、きょうだいの男女関係なく、実家の長として、きょうだいの子供が生まれたらこれを、
節句にはこれを、入学した際にはこれを、という高額な贈り物の義務があり、
働いても働いても、きょうだい甥や姪のために払うお金に消えていき、
暮らしは苦しかったと、義母さんと同居していた頃、その話を何度も聞きました。

それなりに気の強い義母さんは、大姑さんが亡くなった後は、
いろいろと反論もしてきたそうですが、妻は夫の言うことに従うものと確信している夫と、
嫁は義母の言うことに従うと確信している義母さんの大人3人、子供3人の生活で、
大人2人がそんな風でしたから、義母さんの負担はいつも重かったでしょう。

長男(koalaの夫)が高校生の時に、義母さんは夫を病気で亡くします。
生命保険には入っておらず、お百姓だったので退職金などもなく、
当時は農地はそこそこ高額で売れたのに、亡き夫の先祖代々の土地だからと売らず、
頑張って働きに出て、過労もあって、仕事から帰って家で倒れ、左半身不随に。

まだ下の義姉は未婚だったので、自分が寝たきりになったら、次女が嫁に行けないと、
次女さんのために必死で自力でリハビリした義母さんでした。
こういうところは、本当に努力家で、自分を甘やかさない人で、尊敬しています。

義母さんは、長女さんや次女さんをお嫁に出すときは、土地を売りました。
我が子の嫁自宅のためなら売るけれど、でも自分が楽するためには売らない、。
もっと自分を甘やかしてよかったんだよ、と心の中でつぶやいてしまいます。
自分が贅沢したいから売るわけじゃない、子供たちとの普通の生活を、
無理なくするための資金なのだから、後ろめたいことなどないのに。

男尊女卑を押し付けられた最期の?世代の義母さんは、
自分を大切にするなどというのは贅沢な我儘として生きてきたのでした。
それでも押し込められた本心の、哀しみや怒りは消えるどころか膨らんで、
koalaという嫁を迎えて、そのあとで自分の大姑さんも亡くなって、
ようやく嫁という立場から解放されて自由になったと思ったら、
家に来た嫁が命令に逆らうようなヤツだったわけです。

こういう人が私のような嫁を迎えたら、(女は苦労を乗り越えていかなければいけないんだ!
わしはがむしゃらに頑張ってきた!なのにコイツはなんて自分に甘い嫁なんだ!)と
怒り心頭だったのだろうと、今の私なら理解できます。
当時は理解不能でした。

おまけに小室哲哉さんの浮気疑惑、引退騒動で、高次脳機能障害についていろいろ知り、
自分の感情がコントロールできなくなるとか、簡単にできたことができなくなるなど、
そうか!と思うような事例をいくつか読んで、義母さんの言動について、
いろいろ認識も変わりました。

自分がもし、義母さんのような環境で生まれ育ち、嫁いで子供を産み育て、
脳出血を経験して、左半身が麻痺し、高次脳機能障害も負っていたら、
同じような言動を取ったかもしれないと思います。

またまた長くなったので、その3に続きます。
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