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ご冥福のお祈りは、故人が御浄土に帰って行かれるのを後押しする気持ちで捧げる

category - 日記
2017/ 08/ 31
                 
昨日はご近所の方のお葬式でした。
私は本当にうっかりもので、ご近所の隣組という、お手伝いをするお付き合いの家は、
三日七日の法要にモデルというのを失念していました。
お葬式が始まる前に、ご遺族の方に、三日七日もご出席くださいと言われ、
そうだった!と思いだしたのでありました。
この日のお葬式の方のお母様が亡くなられた時も、隣組として、
三日七日に出席したのは私だったのに。
(オットが会社を休める時はオットが出ていました)

火葬場に向かう霊柩車をお見送りしてから、三日七日までは3時間弱。
シュウトメちゃんのお薬の処方箋を薬局に出して、施設に持って行く時間を考えると
伯母の施設滞在時間は30分。
無理そうだったら、三日七日が終わってから行けばいいので、大丈夫なんですが、
自分がそんなこともすっかり忘れるうっかりさんだというのを再認識しました。

昔はこういううっかりがわかると、自分を責めました。
でも、うっかりはなくならないんですよ。
世の中には、うっかりの脳みそを持って生まれる人もいると、今は開き直ってます。

注意しなくてもいいということではないんですけど、
そういう性質をもった人は、そう少なくない確率で存在します。
うっかりしない人とうっかりする人がいて、割合のバランスが取れているのかも。
うっかりする人は、うっかりが理解できるので、他の人のうっかりにも寛容になれる気がします。
特に今の私、満57歳のアラカンなので、うっかりの機会が増えて困っちゃう。
それはそれできっと意味があるんだなと思うようになりました。

責めるな!っていうのとも違うな、と思います。
頭にくると責める気持ちが湧くわけで、責めるな!なんて上から目線で自分に怒ると、
自分の頭に来た感情の行き場がないじゃないですか。
頭に来た感情というのは、自分で、そうか、頭に来たんだよねえ、という感じで、
受け止めてもらえないと、もやもやしたまま残るんじゃないかと思います。

シュウトメちゃんが無理難題を言って、私をコントロールしようとしていた同居時代、
私は頭にくることが頻発してて、よくHPで吐き出していました。
その頃は、ジャストシステムというプログラムを利用したHPをやっていて、
交流していた人が一緒に怒ってくれたり励ましてくれたりして、
何とか怒りを乗り越えて、シュウトメちゃんとの同居をこなせていました。
あの当時の怒りを全部押し込めようとしたらと想像するとぞっとしますが、
もしかして、シュウトメちゃんに全部吐き出して、面白い展開が待ってたかも?とも思います。

感情の浄化、という言葉がありますけれど、自分の感情は、自分が耳を澄ませて
きちんと聞いてあげないと・・・できたら死ぬまでに全部…と思うようになりました。

感情のエネルギーは想像以上に大きく、後々も残るものではないかという気がします。
今、シュウトメちゃんに対する怒りが残っているかと言えば、特にないんですけど、
かまってほしくなると心臓が苦しくなって、病院に行くべき?という症状を呈するのが面倒。(爆)

過去、ネットの日記とか、友人に会って話すとかで、それは腹が立つよ~、
聞くだけで腹立ってきた~と賛同を得られた?ために解消した部分も大きいと思いますし、
シュウトメちゃんが私の人格否定の暴言を繰り返しても、傷つく必要はなかった、
あれはほとんどすべて、シュウトメちゃんの問題だったと今は理解できるからです。
それが理解できるまでは精神的にきつかったですが、こうなるとすごく楽。

あの時は腹が立った~、悲しかった~と言って、気持ちがぶり返すうちは、
その感情は過去のものではなくて、現在も存在している感情だと思うんです。
嬉しかった~という感情なら、何度ぶり返してもいいですけど、
大切な自分の怒りや哀しみの告白は、ちゃんと聞いて、相槌を打ってあげたいものです。
怒りの対象の相手でなくていい、自分がその声にきちんと耳を傾けてあげればいい、
私がどんな気持ちだったか聞いて!と自分の中に訴えるものがあるなら、
自己解決できると思うんですよ。

そんな事を思いつつ、三日七日に出席し、会食の時間になりました。
斜め前の席にいらっしゃった方が、シャキシャキの81歳のおばあさま。
本当にシャキシャキで、81歳の頃のシュウトメちゃんや伯母を思うと、
シュウトメちゃんや伯母はどれほどこんなシャキシャキの姿でいたかっただろうと思われて、
あまりの違いに胸が痛みました。

お話をあれこれ伺っていて、この方は、もちろんとても恵まれておいでなのだけど、
その上に、とても自分に素直で、思ったことは口に出し、したいことはして、
ストレスをためない、常に発散してしまうことができる方なのだと感じました。

我慢する経験も大事な経験だったと思います。
でも、それはもう充分に経験を積みましたので、我慢っていう荷物は降ろしてもいいかな、
もっと自分の気持ちに耳を傾けて生きて行けばいいかなと思います。

お葬式の故人は、亡くなるほんの5分前に看護婦さんの巡回があって、
その際にも意識はしっかりしていて、話もできたそうです。
そんなことってあるんだと驚きました。

ご冥福をお祈りします。

そういう祈りは、故人が御浄土に帰って行かれるのを後押しする気持ちで捧げて欲しい、
日に何度も思い出して、応援してあげて欲しいと、和尚様が最後のあいさつの時に語られました。
いい言葉だなと思いました。

私が今ブログに書いたようなことも、自分がいつの日にか御浄土に帰っていく時に、
少しでも魂が身軽でありますようにという応援になるかもしれないですね。

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コメント

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No title
故人が御浄土に帰って行かれるのを後押しする気持ちで捧げて欲しい>いい言葉ですね。
自分がいつの日にか御浄土に帰っていく時に、
少しでも魂が身軽でありますように>この言葉も心に響きました。
いろんなものを持ってるとあちらへ持っていくのもしんどいわ。
No title
うちの母も若い頃からかなりのうっかりさんで、
私は自分がうっかりとかしない方だから、なんでこんなうっかりなの?と呆れたり腹立ってたりしてましたが、母も歳とってきたので、
うっかりでも危ない目にあわなければ、それでいいわ、と思うようになってきました。
頭良い人なんですけどね、考えられないうっかりがあるんですよ、
最近、大人の発達障害?を知って、ひょっとしてこれちゃうやろか?と思うくらいです。
うっかりミスがほぼない私でしたが、最近、わりとあるんです。
ひぇ~っ!って思います。ミスの多い人を心の中でバカにしてた
私の傲慢さを今になって気づきました。
No title
ねえねさんへ


和尚様の言葉、私もとても胸に響きました。
嘆き悲しむ遺族にとって、日に何度も思い出して応援してあげて欲しいというのは、
とても優しい励ましになるでしょうし、私のようにご近所というだけの者も、
ぜひそうしたいという気持になりました。

お母様もうっかりさんでしたか?
わたしと違って良家のマダムですけど、なんだか親近感が・・・
こういうタイプは人のうっかりにかなり寛大です。当然ですが。(笑)
多分ね、人類の一定数はうっかりさんなんだと思います。
注意しなくていいってことじゃないんですが。