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緩和ケアを勧められました

category - 日記
2017/ 07/ 25
                 
便秘以外の自覚症状はないまま、検査入院した叔母でしたが、
日曜から吐くようになったそうです。
私たちが面会した日曜の朝には、そんなそぶりはなかったのですが、
少し気持ち悪いのを我慢していただけかもしれません。

昨日(月曜)に病院から電話があり、午後3時に大腸の内視鏡検査をするということでしたので、
職場にお願いして、休みをとって、病院に行く準備をしていました。
そうしたらまた電話があり、叔母が気持ち悪いと訴えていて、吐いてもいるので、
今日の検査はしませんが、病状について説明がありますとのこと。
5時に来ていただけますかということでしたので、そうしました。

悪い予感しかしませんでしたが、実際は予感よりはるかに悪い話でした。
叔母が吐くのは、小腸から大腸に繋がるあたりからその先の大腸までのがんが、
予想よりはるかに大きくなっていて、詰まりかけていたからでした。

かかりつけの病院で撮ったCT画像も私は見ていまして、
がんが大きく、転移もしていることは理解していました。
だから、腸の検査をしてステントを入れてもらわないと、食事もできなくなってしまうと思い、
検査もしないという叔母を説得して、入院してもらいました。
しかし、今回の画像を見ると、ステントどころではない、そういう時期は過ぎたとわかりました。
がん用の、消化のいい、大腸に負担をかけない液体食料があるので、
それなら口にできるのですが、私の両親も、それはマズイから欲しくないと言っていたので、
叔母がそれを口にしたがるとは思えません。

結果から言うと、叔母はこれ以上口から何かを食べると吐くだけなので、
昨日から食事はストップとなりました。
点滴をしていますが、水分が血管からダダ漏れしてしまうようで、
少しだけあった胸水がうんと増えていました。
酸素が足りなくなるので、鼻からの酸素吸入が始まっています。
点滴を止めたら、すぐに死んでしまうでしょうが、
普通量の点滴も、続けるのは避けた方がいいのでしょう。

本人の苦痛が一番少ないのは、ごく少量の点滴に変えることかもしれませんが、
先生に伺ったら、その手を使うと余命は2~3週間とのこと。
点滴を続けられたら、数か月。
絶句しました。

緩和ケア病棟があるので、希望を出しますかと聞かれました。
私が検査入院を勧めたのは、病院とのつながりを切ってしまうと、
緩和ケアに入りにくいと思ったからでもありますが、そんなに早く勧められるとは、
全く思っていませんでした。ショックでした。

私は、先生から説明を聞いて、緩和ケア病棟に行くことに賛成しました。
叔母は老人ホームに帰ることを希望していたので、少し帰してあげたいとも思いましたが、
それが今の叔母の身体にどれほど負担になるかを考えると、現実的ではありません。

その後、先生と一緒に叔母の病室に行き、叔母の意志を確認しました。
自分のがんが手の施しようもないレベルであることを理解した叔母は、
手術も抗がん剤もしないこと、緩和ケアに入ること、延命治療はしたくないことを
先生に説明を受けつつ意思表明しました。

両親が、末期がんであと半年だとか3か月だとか言われた際でも、
2人とも、普通に歩けましたし、普通の食事ができました。
会いたい人に会って話もできたし、少し遠出の旅行も平気でした。
叔母は入院して一週間で、食事禁止で、腸は詰まりそう。
私の想像を超えていて…叔母だって一緒でしょう。

叔母は、15年前に、脳梗塞で右半身が麻痺していましたが、
それからは検診を受けるのは嫌だと言って、受けていませんでした。
検便だけでも受けていたら、初期に見つかったと思いますが、
本人が検診は嫌だと言って、市の検診をパスしていた叔母が、
その後、大きな骨の骨折を繰り返して車椅子の身になり、
かかりつけ病院と住民票のある市は違うので、余計に検診はいらないと言いましたが、
私もそれを放置していました。

でも考えてみたら、例えば10年前に検診で発見されていれば、
叔母は73歳で、持病があって、それでも切ってそのまま大丈夫だったのかな?
それは誰にもわかりません。
誰にもわからないのだから、あの時こうしていればと思うのは愚かなのでしょう。
叔母の言うように、検査入院などしないで、あのまま帰っていたら、
もしかして、ピンピンコロリに近い状態で逝けたかもとも思いますが、
人生にもしもはなくて、目の前の道がその人の人生。
今のこの状況も、そこそこピンピンコロリに近くなるかもしれないと思ったりもします。
19日のCT検査まで、叔母は普通の生活を過ごしていました。

私は宮島で、叔母にとっていい方向に進みますようにと祈りました。
精神的・肉体的苦痛がゼロという死はなかなかないので、
その中でも、まだベストに近い道を歩いているのかもしれないという気もします。
思いたいだけなのかもしれませんが。

両親をがんで看取りましたが、がんによる死は、私の思うには、
自分の一生を振り返る余裕がある点と、苦痛の緩和がかなりできるという点で、
お年寄りには優しい死ではないかと私は思っています。

それにしても・・・!



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コメント

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No title
人生の最終ステージに当たって(というのも不謹慎かもしれませんが)、ほぼ理想的な条件がそろって、叔母さんは恵まれていると思います。あやかりたいです。
信頼できるkoalaさんがいて、患者の立場を考えるドクターがいて、自分の意志を伝えることができれば、これ以上のことはありません。

ああすればよかったと過去を振り返るのはまったく無意味です。この点では、仏教の業の思想が正しいと思います。今歩いている道以外なかったのです。そしてその道は良い道だったと私は思います。

苦痛の除去だけでなく、幸せにも浸ることができるよう祈っています。
No title
おはようございます(^^)。

ショックでしょうが、、、どうぞ心落ち着かせてhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s350.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s376.gif">
痛み無く残りの日々を過されますように祈ります。

考え過ぎないで下さいませ。
No title
sioさんへ

叔母は今、痛みはないのですが、気持悪さと空腹にいらだっています。
胃には転移はなくて、お腹は空くのですが、
大腸が詰まりかけているので、日曜から食事はゼロになりました。
小腸には普通は何もないのですが、詰まりかけた大腸に繋がっているので、
いろいろ溜っているものがあり、何かを入れるわけにはいかないんです。
大腸がんだった父が、栄養があり消化のいい液体を処方されていましたが、
叔母の場合は無理だろうかと聞いてみました。
仕事帰りに行ったので、看護婦さんに聞いただけですが。
先生に聞いてみますが、とおっしゃった看護婦さんの表情を見ると絶望的かも。

>今歩いている道以外なかったのです。そしてその道は良い道だったと私は思います。
私もそう思います。でも、他の運命も想像してしまうのですよね。
ああしていたらどんな展開があったんだろうかと。
そちらが結果としていいかどうか誰にもわからないのですから、考えても無駄ですが、
後悔とはちょっと違う思いです。怪しい人間なので、パラレルワールドを思います。
No title
みゆきママさんへ

やはりとてもショックです。
いつも、普段の生活がこのままずっと続くわけではないとわかっているのに、
どうも脳みそは、普段の生活と言うのに慣れて、突然それがひっくり返る日を
あまり想定していないのですよね。私の場合だけかもしれませんが。

何がしてあげられるかなぁと考えると、会いに行って、顔を見せて、
手をパッチンするくらいなんですよね。
私と叔母の、サヨナラまた来るね、の挨拶は、手をパッチンと合わせることでした。
伯母は機嫌の悪い時も、手をパッチンする時は笑顔でいてくれました。