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2017/02/13

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長崎旅行2日目 キリシタンの里そとめ(外海)ツアー その1

category - 日記
2017/ 02/ 13
                 


画像ではわかりにくいですが、雪がすごい勢いで降っています。
ホテルの朝食の席から撮りました。

この日は現地でのバスツアーを申し込んでありました。
キリシタンの里そとめツアー。そとめは外海と書きます。
荒々しい海と山に囲まれたやせた土地にひっそりと隠れキリシタンが暮らしていました。
以前はここは長崎市ではなかったようですが、市町村合併で長崎市になりました。




雪は降ったりやんだりで、バスは外海に向かいました。



「道の駅そとめ」の駐車場から見える、遠藤周作文学館です。
少し前のブログに書いた「ド・ロ神父」さまが生涯を捧げた土地、外海。
道の駅で「ド・ロ様そうめん」と「長崎スパゲッチー」を購入しました。
漁師の夫を水難事故で失い、残された妻子があまりにも困窮していたのを見て、
そうめんやスパゲティの麺の作り方を教え、売る先も見つけて、
生活が成り立つようにしたド・ロ神父は素晴らしいです。
そうめんやスパケティの麺を作る際に出る、商品価値のない端っこの部分を食べれば、
生活費もかなり節約できます。
ド・ロ神父は、みんなと同じ、こういう端っこの麺などを食べて質素に暮らしました。

その作業場で着る作業着もド・ロ神父がデザインして作られました。
神父は、型紙も作ることができ、ミシンも使えました。
ミシンなどの道具はフランスから最新式の物を取り寄せたようです。
自分は質素でも、最良のものを村人に買い与える人でした。
ド・ロ神父のお蔭で、ひもじい思いに苦しむ人はいなくなりました。

1階は素麺やスパゲティやしょうゆなど食品を作る作業場、
2階は、布を織ったりする作業場でした。
作業中、15分に一度、時計が鳴るように設定されていまして、
マリア像などもお祈りのために設置されていました。

作業しながらでも、15分に一度時計が鳴ると、
女性たちは少し作業の手を止め、神さまに祈るのでした。

2階には、女性たちが寝泊りできるスペースがありまして、
押入れに布団を入れてありました。布団を敷くまでは広いスペースが使えます。
素晴らしいオルガンがありました。
鍵盤を一つ押すだけで和音が出る仕掛けもあり、
難しい演奏ができない人でも、上手にオルガンが弾けるようなものでした。

これも当時のフランスの最先端のオルガンを取り寄せたもので、
オルガンを修理してくださる方の手が入っているおかげで、今でも美しい音が鳴ります。
(内部の写真撮影は禁止ですが、皆さんの記念にだけなら撮影してけっこうですと
建物を説明してくださったシスターさんがおっしゃいましたので、
記念の撮影だけさせていただきましたが、アップは自粛させていただきます。)




こちらはド・ロ神父が設計し、資金を出して建てた、出津(しつ)教会堂です。
内部は撮影不可ですが、見学させていただき、教会守さんのお話も聞けました。
現在もここでミサが行われています。



左がド・ロ神父の像、右はド・ロ神父の片腕となって働いた中村近蔵さんの像。



これは井戸なのですが、水脈を見つけて掘ったのはド・ロ神父だとか。
水汲みの重労働から解放されました。



こちらは昔、イワシ網を作る作業場としてドロ神父が作られたのですが、
イワシ網作りは作るのに時間がかかりすぎて採算が合わず、じきに断念。
この場所は、子供たちを預かるのに使われたそうです。
現在はド・ロ神父記念館になっています。

ド・ロ神父は、独学で医学の勉強をしましたが、医師ではありません。
しかし、医師を雇って診療行為をしていました。
病名を診断し、取り寄せた薬を調合して患者に渡していました。
赤痢が流行した時も、率先して働きました。



画像の右側の建物が、そうめんやスパゲティの麺、しょうゆなどを作り、
2階は織物をする作業所で、立派なオルガンのある部屋もある建物です。



ランチ付きのツアーで、これにピラフとキッシュが付きました。
ヴォスロールという所でのランチでしたが、修道場の食堂という雰囲気。
そういう雰囲気に作ってあるというのではなくて、ド・ロ神父の記念館に用事があったり、
ここでミーティングするような人が利用するのが基本で、一般の人で食べられる、という感じ。
実際に、隣のテーブルでは、映画「沈黙」が外国人にどう受け取られているかの
意見交換が交わされていて、ちょっと聞き耳立てちゃいました。(笑)

「原作を読んでいる人といない人とでは全く受け取り方が違うようで、
読んでいない人にとっては、なんて日本人は残酷なんだという感想で終わってしまう」
そんな声が聞こえたので、その発言主の感想ではないのですけど、
そっちだって魔女狩りしてたくさんの女性を殺したでしょう?とムッとしました。日本人魂?(笑)

主人公の神父が、自分の信条も教会内での悪評判も省みず、
目の前で苦しむ信者を救うことにした、その心の軌跡をスルーしてあの映画を見て、
ただ、日本人は残酷だという感想で終わってしまうなんて、それは冗談じゃないわ・・・
感想は人の自由ですけど、遠藤周作ファンとしても、あの映画に感動した一人としても、
とても残念な発言を聞いちゃったわ、と思ったことでした。



こちらは「沈黙の碑」
ここから眺める景色は、何とも形容しがたいほど美しいです。
遠藤周作さんは、ここからの景色を「神様が僕のためにとっておいてくれた場所」とおっしゃり、
こよなく愛しておられたそうで、この碑の場所として最適なところだったでしょう。



人間が
こんなに
哀しいのに
主よ
海があまりに
蒼いのです



バスはまた細い道を進みました。
着いたのは、大野教会堂です。



大変不便な土地の小高い場所に建っています。
この地区に住む人が、はるばると奥の境界に来るのが大変であろうと、
ド・ロ神父が建ててくださったそうです。
石と石の間を、石灰と砂を混ぜたもので補強する壁の作り方もド・ロ神父直伝のワザ。



教会っぽくありませんが、台風の風がまともに当たるため、
頑丈さを優先に作られたそうです。

そしてバスはまた細い山道を進んでいきました。
ここは最初に「雪がひどくなったら安全のため、行くのを中止するかも」と言われていた場所です。



西洋の遺跡みたいですけど、農機具置き場。
ドロ神父はこの近くの土地を買い、開墾して農地としようと考えました。

土が固く、鎌などの刃がすぐボロボロになったので、丈夫な刃の鎌を取り寄せ、
開墾に励んだ結果、その土地は立派な農園になり、小麦や芋や綿などのほか、
苺やトマトも育てて居留地の外国人に売り、いい収入減になったそうです。

ドロ神父は74歳に死去しました。
お墓は出津の共同墓地にあります。




下の画像はバスチャン屋敷跡です。
修理工事中なのですが、写真写してもいいよ~と言われたので写しました。

森の中の隠れ家といった佇まいの小屋でした。
バスチャンは、徳川家光の時代の日本人キリシタンで、
神父が殉教していなくなってしまった後、信徒指導をしていたと言われます。

いろいろなところに隠れ住み、最後にこの出津の森の中に隠れていましたが、
食事の支度のための火の煙によって見つかってしまい、
拷問の末、殺されてしまいました。

バスチャンは、キリスト教の信仰の自由が認められる日が来ることを予言していました。
また、キリスト教の暦を持っていました。
迫害の中、指導者も失った信者たちに、希望と規律を与えてきたと思われます。



長くなりましたので、2日目の続きはその2に分けます。
こんなにも長くなったのに、最後までお読みいただいてありがとうございます。
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コメント

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No title
おはようございます。

長崎の旅、koalaさんの丁寧な文章を読ませていただいて、その場所にいるように感じられました。
その場所に行かないと解らないことも多いですね。お陰様でとても興味深かったです。
その空気、風、気配とか、実際に行かれたkoalaさんにとって、長崎は興味だけではないものを感じられたようで、私もなんだか旅したくなりました。ありがとうございますhttps://s.yimg.jp/images/socialproducts/blog/img2/emoji/088.png">
No title
私は長崎は市街地と福江島のほうにしか行った事ないですが、外海のほうまで行くと、長崎のまた違った面が見られますね。

「日本人は残酷だという感想で終わってしまう」
私は、小説の「沈黙」は読みましたが、映画のほうはまだ見ていないのですが、う~ん、なんでしょう。キリスト教ベースの西洋人にはキリスト教が全てで、「何で受け入れないのか!?」ってむしろ疑問で、そしてそれを排しようとする者は残酷だ、悪だって、ただそれだけで片付けてしまうのかもしれませんね。魔女狩りなんて、もっとエゲツナイ残酷さだと思います。。。
No title
koalaさん、
とても丁寧な旅のお話。ありがとう~
ド・ロ神父様の存在、そして功績に感動しました。
すばらしい人がいるものですね~!!
No title
ライムさんへ

私は地元のガイドさんにその土地を案内していただくのが好きです。
今回の旅行も3人のガイドさんにお世話になりましたが、
全員地元の方で、イントネーションが長崎弁でした。
長崎を愛する気持ちも十分伝わってきて、どんな方なのかも、
世間話の間から垣間見えて、よかったです。
読んでいただいてありがとうございます。
No title
まめクロさんへ

福江島に行かれたのですね!
移住キリシタンが隠れ住んでいたといわれる島ですね。
長崎は島が多く、魅力的ですけど、五島列島は遠い・・・
すごいです!

外海も、行ってみると、なるほど、潜伏するにはいい場所だろうと思いました。
しかし、最後の画像の隠れ家などを見ると、しっかり森の中で、
そこにひそかに住んでいても、見つかって捕まってしまったことに、
キリシタン弾圧の執拗さを感じて胸が痛みました。

厳しい自然に囲まれた、貧しい村の人たちを
どれほどド・ロ神父が明るくしえくれたかと思うと、手を合わせたくなりました。

映画「沈黙」のガイジンの感想(聞き耳を立てましたが、どこの国の話かわかりませんでしたがアメリカ?)ひどすぎますよね。
No title
ミセスRさんへ

ドロ神父は持病がありました。フランスへ帰る話が起きた時も話を蹴っていますが、
フランスへ帰って、きちんとした治療と病気に優しい環境で暮らせば、
痛みに苦しんだりすることはなくて済んだかもしれません。
でも、神父の望む人生は、外海で出来ることを果たすことだったんですね。
素晴らしい方です。

殉教で亡くなっていった、あるいは転向して棄教の誓いを書き続けて生き残った
他の神父さんたちも、どんなにか、こんな風に生きたかっただろうと思いました。
日本のために尽くすことができたという誇りを持って、
住民に感謝されて生きたかっただろう、でも時代はそれを許さなかった・・
そう思ったら切なかったです。