FC2ブログ

Post

        

人を責め、自分を責め、運命を責める、怒りのエネルギーを消してくれたのは年月?

category - 日記
2016/ 08/ 29
                 
先週の土日は両方出勤で、普通の日より仕事が忙しく、
シュウトメちゃんの所へも通っていたので、昨日は疲れて夜9時就寝。(笑)
というか、土曜がハードだったんです。
午前中はシュウトメちゃん、午後から仕事で、夜は友人と会っていました。

とても久しぶりに、高校時代の友人たち4人で集まって、
イタリアンで夕食&おしゃべりを楽しんできました。
4人のうち3人は近隣の市に住んでいますが、1人は長野在住で、
老人ホームに入ったお父様のことは、お姉さんにお願いしているのですが、
隔週で、高速バスに乗って、土日に愛知に通い、
その間はお姉さんに休んでもらっているのです。

老人ホームですから、お世話はそこでやっていただけます。
入所前は、お母様が亡くなってからは1人暮らしをしていて、
畑仕事が好きなお父様なので、姉妹でお手伝いしてきました。

お父様はいろいろあって、骨折により歩けなくなり、
1人暮らしが大変になったので、老人ホームに入りました。
しかし、更にその後、人工関節に雑菌が入ってしまい、
治療には通っていますが、ちょっと辛いことになっています。

友人のお姉さんはほぼ毎日お父様の所へ通い、
遠方に住んでいる友人は、隔週で1泊2日で、通っているのでした。
入所し手からはそれほど経っていませんが、農業の手伝いなどに通っていたので、
姉妹の介護は、もう何年も続いています。

話を聞いていて、お父様が「もう一人暮らしじゃないんだから、
老人ホームで面倒を見てくれているんだから、毎日来なくてもいい。
週に2回来てくれたら充分だ」などと言ってくれないかなとふと思いました。

でも、言わないでしょうね。
来てくれると嬉しいから。
娘に会えない日の時間は長すぎるから。
シュウトメちゃんだって、絶対に言わないし。(笑)

言ってあげてよ~とは思いますし、私がその立場になったら言いたいとは思いますが、
友人のお父様が、そんなに娘に甘えるのは、けしからん!とまでは思いません。
人生の最後の日々に、娘2人に甘やかしてもらって、
それはそれで親子の大切な時間です。



別の友人は、小学生の時に、母親が脳出血で倒れてしまいました。
それ以来、長い長い間、もちろんお父様がメインで介護が始まりましたが、
彼女も、小さなお母さんとして、家族を支えてきました。
弟さんからすると、彼女は「とと姉ちゃん」ならぬ「かか姉ちゃん」だったでしょう。

そんな彼女が、お母さんはとにかく機嫌が悪くて怒っていることが多かった、
子どもの頃は、それが嫌で嫌でたまらなかった、と言っていました。

私はふっとシュウトメちゃんのことを思いました。
まだ若くして、いきなり発作で体の自由を奪われると、
あまりにも辛くて、気持ちは若いから、もっともっと動きたい!という思いは強くて、
現実とのギャップに耐えられないんだよね、という話になりました。



シュウトメちゃんが倒れたのは50歳の時でした。
長女はお嫁に出していましたが、次女は嫁入り前、
長男(オット)はまだ高校生でした。
シュウトメちゃんは「次女がお嫁に行けなくなってしまう!」と思ったそうです。
オットはまだ高校生だし男だから、介護は無理、
となれば、次女がその役目を背負うしかなく、嫁に行けない、というわけです。

今みたいな介護保険があるわけではなく、昔気質のシュウトメちゃんが、
そう思いこんだのも無理はありません。
そこでシュウトメちゃんの気の強さが全開になりました。

当時、リハビリも今のように進んでいませんでした。
田舎なので特にそうだったでしょう。
シュウトメちゃんは、自己流に、必死でリハビリして、
ベッドから立ち上がり、やがては杖で歩くようになりました。

気が強い人でなかったら、失意の中、寝たきりになったかもしれません。
何しろ、リハビリすれば歩けるようになります、指導しますよ、などと
今でしたら必ず言われるような言葉は、全く言ってもらえなかったのです。

その後、大病院でのリハビリの道も開かれるようになり、
シュウトメちゃんは、日常生活を、それなりにこなせるようになりました。

当時、大姑さんも家にいましたが、昔のことですので、
家事を引退して長い大姑さんが、嫁が半身不随になったからといって、
家事に復帰することは、考えられなかったそうです。
まあ、大姑さんの性格にもよると思いますが。

こうして次女さんをお見合いさせ、嫁に出すことができたシュウトメちゃんでした。
これで長男が結婚して、家を継いで、自分の介護をして、
大姑の介護もしてくれたら安泰、とシュウトメちゃんは思ったのでした。

私と同じ年のオットは、まだ23歳の時に結婚しました。
オットは、シュウトメちゃんに、家事が大変だから早く結婚しろと
せっつかれるようになりましたが、まだ早いし私が大変だと思ってはぐらかしていました。
しびれを切らしたシュウトメちゃんは、私や私の両親に早く嫁に…と言いました。

両親はぶっとんで(苦笑)、「うちの娘は、まだ、本家さんに嫁げるような躾が出来ていません、
もっときちんと家事を仕込んでからでないと、お役に立ちませんので・・・」と
娘可愛さで、自分たちが至りませんで、という言葉で逃げたのです。

それを聞いていた私は、親の心が読めず、シュウトメちゃんの前では黙っていましたが、
「私が何にもできないみたいに言わないで。家事くらいできるもん。
大体、不自由な体で、家事が辛くなってきたって言うんだよ、可哀想じゃない」
全く、コムスメだったので、世の中がわかっていませんでしたが、
自分ではわかっているつもりなので、タチが悪かったですね。

私は親の心配のあまりの防御に、逆に反応してしまいまして、
23歳で結婚し、シュウトメちゃんの介護とヒステリーの渦に巻き込まれていったのでした。

しかし、この時シュウトメちゃんは52歳でした。
本来なら、バリバリ動ける年代で、気持ちは若いのに、身体が動かない52歳。
私が嫁に行くまでは、腹が立つと、皿を庭に投げて割ってストレス発散していたとか。
私にはその怒りのエネルギーの強さがわかっていなかったのです。
普通に嫁いびりしたんじゃない、怒りのエネルギーの矛先が嫁に向いたんです。



友人のお母さんは38歳で、子供2人が小学生の時に、半身不随になりました。
50歳でそうなったシュウトメちゃんよりも、さらに深い怒りが、
身体の中に渦巻いても不思議はありません。

本当なら、今日の晩御飯なあに?とランドセル鳴らして帰ってくる年頃の娘が、
多分、遊びたいのに、ご飯を作らなくちゃいけないという不機嫌な顔で、
ガタガタ音を立てて、ご飯を作っている光景を想像しました。

我が子を不憫に思えば、優しくしてあげなくてはいけないとは思ったでしょう。
でも、それ以上に、わが身がふがいないと感じたのではないかと思います。
子どもたちはこんなお母さんで不幸だ!と自分を責める気持ちと、
そんな親の気持ちの知らずにぶすっとした顔をした子供を想像したら、
子どもたちの前で怒りっぽい母親であったとしても、責められない気がしました。

小学生だった友人が、心から優しい笑顔と声で、家事をしていたとは思えません。
そんなのは不自然で、自分を押し殺すことを思うと、かえって恐ろしいことです。

38歳で「役に立たない母親」になる辛さというのは、どれほど大きかったかと思います。
37歳までは、バリバリに母親業に励んでいたことでしょう。
子どもが生まれて、小学校に上がる前の忙しさは、私もよく知っています。

オトナだったら、ハハオヤだったら、子供の気持ちを第一に考えなさいよ、とは思います。
でも、人間は未熟なもの、完璧には遠いもの。
子どもの頃は、とにかく、またい母さんが機嫌悪い、と思うだけでうっとおしかった、
でも、今振り返ると、それもわかるのよね、と友人が言いました。

このお母さんは、亡くなったのですが、亡くなる前に施設に入っていた時には、
にこにこといつも機嫌よくて、可愛らしい笑顔をしていて、
スタッフさんたちに可愛がられていたそうです。
いつも〇〇さんの笑顔に癒されます、などとよく言われたそうです。
お母さんを包んでいた、人を責め、自分を責め、運命を責める、怒りのエネルギーが、
溶けて消えていたのでしょうか。

シュウトメちゃんにも思い当る節がありました。
怒りのエネルギーをあまり感じません。
シュウトメちゃんは、長年、不満と怒りのカタマリだったのです。
そういう目で見ると、シュウトメちゃんはずいぶん変わりました。
人を責め、自分を責め、運命を責める、怒りのエネルギーを消してくれたのは年月?

そんな話で盛り上がるあたりが、昭和35年生まれの年ってこと?と
お互い笑いあったけれど・・・やはりね、年の功ってあるんですよね。
酸いも甘いも噛み分けるオトシゴロの私たちなのでありました。


スポンサーサイト



                         
                                  

コメント

非公開コメント
        

No title
Koalaさんと旦那様、若い結婚だったんですね。
そんな大昔でもないのに、家と家の結婚のような~。
若かったから勢いもあったのかもしれませんが、
もうちょっと晩婚で人生を謳歌してたら、結婚しなかったかも。
若いって良いことですね(?)
No title
むやみやたらに怒ってる人、筋の通らないことばかりいって、
周りに迷惑かけたり八つ当たりしたりしてくる人。
も~いい加減にしてよ!と言いたいところですが、
そういう人にはそうなる人生を歩んできたわけで、
私が今そうではない人間で良かった、などとのほほんと思えているのも、そういう体験をしてないだけのことなのだ、と思います。
私も若くして不自由な身体になったり、自分の人生を誰かにひん曲げられたりしたら、そうならないとはいいきれません。
その人の人生はその人だけにしか分からないもの。

もっと広げていうなら、犯罪やテロを犯す人と、起こさない人との差は紙一重だということです。
今まではたまたまそういう人生ではなかっただけに過ぎない、
それだけのような気がします。

そういう人にはそういう風になってしまってもおかしくなかった
出来事の積み重ねがあったのだと。
だけどねえねは優しくないので、そういう人を遠ざけますが。
No title
お姑さんのヒステリーはたまったもんじゃなかったでしょうが、
それでも自分が不自由になった身体では、娘の縁談に差し障るんじゃないかとか、家を存続させなければ、とか。
正しかったかどうかは別として、お姑さんの価値観で、
お姑さんなりに、精いっぱいのことをされたのだという
立派さを感じます。
No title
私の周りにも、子供をもう少し開放してあげたらと思う介護される老人がかなりいます。私は歯を食いしばってでも孤独に耐えるつもりですが、どうなるでしょう。
No title
うちの舅も厳しい人でしたが、なぜかグループホームに入所してからは、性格や表情が穏やかになり、同じ冗談ばかり言ってますが、いつも機嫌が良く喜んでくれるので行きやすいです。
この日記を読んでいて、年月が怒りのエネルギーを解放したのかなとふと思いました。
No title
ねえねさんへ

おっしゃり通りだと思います。
ねえねさんはお若いのに、いろいろな経験をたくさんなさっていて、
こういうことのご理解が早いですね。
シュウトメちゃんは、シュウトメちゃんの価値観で、
精一杯、生きてきたのだと思います。
みんな、それしかできないんですよね。

そんな選択をするなんていけないじゃないかと感じる相手は、
世の中にもちろんたくさんいますが、
人はみんな未熟なので、その人の未熟さに見合った選択しかできません。

ねえねさんの好みの顔じゃないけど私はファンの賢者テラさんの先日のブログに
こんなのがあって、私はこの話、好きだなぁと思ったのですが、
(話の内容自体は目新しいわけじゃないのですが、切り口が目新しいし、好き)
http://ameblo.jp/eyeofgod/entry-12193531315.html
これってバリヒンズー的にはどうなのかなとふと思いました。
もし、時間があって、気が向いたら、教えてください。
超ご多忙なのは知っていますので、あくまで時間があって気が向いたらで結構です。
No title
sioさんへ

友人のお父様やうちのシュウトメちゃんんと真逆なsioさん・・・
真逆すぎて、驚きます。
中庸がいいと思いますが、人はどちらかに偏るんでしょうか。

ご立派な覚悟とは思いますが、それも美学とも思いますが、
父親に、歯を食いしばってでも孤独に耐えてほしいと願う子供は少ないです。
幸せな晩年を送ってほしい、出来る範囲のことはしたいと願うものです。
うちの義姉たちは例外だと思っています。

出来る範囲の親孝行をさせてあげるのも、子供孝行というものですよ。
何もしてあげられなかった子供は、後悔を背負うことになるかもしれません。
No title
かよさんへ

かよさんの義父さんは、ハーモニカの達人でしたよね。
社交的なんじゃないですか。
同年代の皆さんの中で、キラキラしていらっしゃるご様子は頼もしいですね。
でも昔は怒りっぽかったのでしょうか?

思うようにならないことを、若いほど諦めきれませんよね。
丸く穏やかに明るくなられたお舅さんに乾杯です♪
No title
前にも言いましたが、義父が私の建てた家に
「火をつけてやる」と息巻いたのも、長年君臨してきた
一家の主的な立場から蹴落とされる恐怖と執着からだったのでしょう。
慣れてくると「悦子のお陰よ」と言う事が多くなりましたから(笑)

いまふと思いました。
しゅうちゃくしんとしゅうちしん、似ていますね。
羞恥心は残し、執着心は捨てたいものです(爆)

でも、人様のお世話になるときには、あまりにも強い羞恥心は邪魔?

こんな時間にこんな事を考えながらサボっていると、
またsioさんに皮肉を言われますね。
No title
悦子さんへ

「火をつけてやる」なんてすごいセリフ、そうそう口に出す人はいませんが、
義父さんの気持ちも全くわからないではありません。
シュウトメちゃんも、自分が舅と建てた家だ!と絶対に立て直すことを許さず、
わしを殺してから家を壊せ、などと口走っておりました。
自分が建てた家に住まわせてやる、
だから生活費はお前たちが払えと言い続けた過去がありますので、
悦子さんの義父さんと同様の気持ちがあったのでしょう。

オットと私が費やしたリフォーム代は半端な額ではなく、
シュウトメちゃんのためのリフォーム代だけで1千万超えてます。
他にもいろいろリフォームして・・・古い家に。
地震が来たら壊れそうな家に。(涙)

>しゅうちゃくしんとしゅうちしん、似ていますね。
本当だ。(笑)
何に執着し、何を恥とするか、それも人それぞれですね。
私の価値観とシュウトメちゃんのそれは、あまりにかけ離れていて
お互いに理解不能に近く、疲れます。

sioさんの皮肉、楽しいですねぇ。
悦子さんとsioさんの掛け合いは、いつ読んでも面白いです。