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命はそんなにやわじゃない  杉浦貴之さん

category - 日記
2015/ 10/ 27
                 
突然ふっと思い出して検索して見つけたHPがあります。
杉浦貴之さんという末期がんのサバイバーの方で、
余命半年、2年後の生存率0%という宣告を受けた方です。


自分史はこちら↓

母が末期がんで闘病中、通っていたビワの葉温灸の診療所に、
杉浦さんの出していた小冊子「メッセンジャー」が置いてありました。
ビワの葉温灸の診療所は愛知県西尾市にありまして、
杉浦さんは西尾市出身の方だったのでした。

母の場合は2年後生存率どころではなく、
いつどうなってもおかしくない、しいて言えば余命3か月、
半年は難しいという宣告を受けていました。

その先刻を聞いたのは私だけで、母自身は聞いていなかったのが救いでした。
先生は余命についてなんて言っているのかと聞かれるたびに、
「あの先生は余命は当たらないから言わない方針なんだって。
お父さんの時でもそう言えばそうだったじゃない。
半年って言われたけど、3年近かったでしょう?
それもそこそこ元気で、いろいろ旅行なんかにも行けて。
当てにならないなら、言わないっていう方針もわからないじゃないわよね」
そんな風に言い切って、ごまかしてきました。
本人が余命なんか聞くと、洗脳されると思っていました。

杉浦さんは、そんな私にとって、ヒーローでした。
小冊子「メッセンジャー」を読んだ当時は余命宣告から9年目でした。
母が死ぬなんて想像しただけで辛かったので、
余命宣告9年後にして、元気に飛び回っている杉浦さんと
その仲間の存在は、私には、明るいニュースでした。

ビワの葉温灸を1時間してもらうと、母の身体はぽかぽかになって、
顔色もよくなって、母も気持ちよくなったと喜んでいたものです。
その後は、西尾市から少し行くと蒲郡市の海辺へ出るので、
カモメを見て散歩したり、ランチに行ったりして、歩き回ってから、
母を家に送って行ったものでした。

母は亡くなりましたが、余命は大幅に更新しましたし、
最後の入院からホスピスの日々を除けば、
そこそこ元気で、私と出歩いていました。
アメリカから母の所に向かう、弟の声を私の携帯で聞きながら、
幸せそうな顔で、母は旅立ちました。

間に合わなかったと弟が泣いていましたが、
あなたの声を聴きながら、一筋涙を流して、笑顔で亡くなったんだよ、
生きているうちに何度も来てくれて、お母さんは喜んでいたし、
今、自分の所にあなたが向かっていると思いつつ、
声を聴いて、あの世に逝ったんだから、お母さんは幸せだったよと弟に言いました。
(弟はアメリカのオハイオ州にいて、飛行機だけでも17時間かかるんです。)

そのうち、私は杉浦さんのことを忘れて行きましたが、
たまたまふっと今朝思い出して、どうなさっているだろうと思い、
お名前で検索したら、とてもお元気そうな日常を送っておいででした。
今年でその宣告から15年目を迎えているそうですが、
お子さんも生まれて、日本各地でトークライブされているようでした。
24日~27日は北海道ライブ!なんて書かれていました。

私自身はトークライブに行ったこともないのですが、
たくさんの人が杉浦さんの影響で元気に、前向きになっていらっしゃることでしょう。
何だか心が温かくなって、ご紹介したくなったので、書きました。

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コメント

非公開コメント
        

No title
母上様に弟さんともども最後まで寄り沿ったこと素晴らしいことです。

最後に手を握る(精神的な意味でも)人がいること以上に恵まれた旅たちはないと思います。
No title
母上様の最期、とても心温まりました。
最高の旅立ちをされたと思います。
No title
素晴らしいお話ですね!
旅立つ日が誰にでも来るわけですが、勇気をもらえますね。
No title
こんばんわ(^^)。

私も余命を宣告され長く生きた方を存じております、生命力?何かが生かしてくれるのですねhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s86.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s14.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s379.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s376.gif">

今夜も素敵な夢を!!https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s310.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s316.gif">
No title
sioさんへ

死に目に間に合わなかったという気持ちを引きずるのは可哀想ですよね。
携帯電話のある時代でよかったと思いますし、
母が逝く時、弟は飛行機の乗り換え待ち中だったので、電話に出られたんです。
母の目から、涙が一筋こぼれたことは、昨日のことのように覚えています。
母は、幸せだったと思いますよ。
No title
もこさんへ

母が亡くなって、あと2か月で7年経ちます。
月日に流れるのは早いものですね。
最後の日々の母は、ほとんど寝ているように見えましたが、
携帯の弟の声ははっきり聞こえたようでした。
No title
ミセスRさんへ

いろんな死に方があり、選べないですよね。
孤独死なさる方もあれば、突然の事故死をなさる方も・・・
私は父の時には間に合わなかったんです。
母が一人で看取りました。
母の時には私が一人で。
自分の時はどうなるんでしょうね?
No title
みゆきママさんへ

オットのいとこも、余命1年と言われて、その後ずいぶんと・・
少なくとも25年は経っていますが、定期的に通院はしていても
そこそこ元気で、法事などの時も普通に懐石料理もぺろりと召し上がっています。

余命宣告されてから、生き方をがらりと変えた方に、
そういう人が多いような気がしています。