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「般若心経」山元加津子心訳

category - 日記
2014/ 06/ 08
                 
こんなのを見つけたのでご紹介を。
とても素晴らしい訳!と思う個所もあれば、
元のお経の訳だけでなく、言いたいことが、
たくさん付け加えられすぎでは?という気もします。

般若心境の簡潔さを愛する身としては、
この長さと追加部分が気に入らなかったりしますが、
「訳」でなく「心訳」ですからね、
そう気難しいことを言うべきではないかもしれません。

「般若心境ってなあに?」なんていう若い人が、
これを読んで、ピンときて、仏教の教えに
興味を持つようになったら、それはとても素敵なことですね。

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宇宙(そら)の約束  (「般若心経」山元加津子心訳) 

自分の身体のその奥に 
確かに確かに座っている 
大きな宇宙の約束が 
いつもいつもささやいている 

いつかいい日の明日のために、いつもいつもささやいている 

忘れないでね 
大切なのは 
心の目と心の耳をすますこと、そして自分を信じること 

むかしむかしのことでした 
心の目と心の耳をすましたある人が 
宇宙の約束とつながって 
本当のことに気がついた 
すべてのものは  
どれもみんな  
その約束からできている 

約束は 
目にも見えず 
重さもなくて 
あるのかないのかわからないけど 
でも 
宇宙の何もかもが  
この約束からできている 

「いいことに気がついちゃった」と  
その人は 
苦しまなくてもいいんだなあ、悩まなくてもいいんだなあと 
とても嬉しくなりました 

宇宙に散らばっている 
たくさんのつぶつぶは 
約束のもとに集まって 
海を作り 
山を作り 
花を作り 
人を作る 

約束は目にも見えず重さも持っていないけど 
風をそよがせ 
雨を降らせ  
ときには星を輝かせる 

誰かと誰かを出会わせて  
誰かと何かを出会わせて 
涙や笑顔を作り出す 

私とあなた 
あなたとお花 
お花と 
石ころ 
みんな同じ 
同じものでできている 
違うのは 
だれもが持ってる約束の 
私が私である場所(とこ)や花が花である場所(とこ)に 
光があたっただけのこと 
スイッチが入っただけのこと 

あなたは 
私だったかもしれないし 
私はもしかしたら 
庭に咲くたんぽぽや 
降る雪だったかもしれないね 

約束は私を作り 
私の中に宇宙の約束が座っている 
すべてのものが 
約束の中にあり 
約束は 
すべてのものの中にある 

でもね 
忘れちゃいけないの 
約束には無駄がなく 
必要なものだけを 
いつもちゃんと作っている 

花がそこに咲くことは 
それが大切だという証 
私がここにあることは 
それが必要だという証 

宇宙の約束とつながって 
過去と今 
今と未来 
すべてのことを 
見渡すことができたとき 
きっときっとわかること 

すべてのことは 
いつもいつも 
いつかいい日のためにある 

嬉しいことも 
悲しいことも 
きれいなことも  
汚れたことも 
増えることも  
減ることも 
その約束の現れだけど 
現れているすべてのことがいつかいい日のためにある 

だから思うの 
生きていると 
いろんなことが 
あるけれど 

楽しいことも苦しいこと 
悲しいことも嬉しいこと 
雨や 雪や 月の光が 
空から降ってくるように 
手をひろげて受けとめていけばいいんだね 

怖がらなくてもいいんだよ、悲しまなくてもいいんだよ 
だってすべてが大丈夫 
すべてがみんな大丈夫 

揺れる、歌う、踊る、祈る…… 
跳ねる、描く、回る、思う…… 
約束とつながっていく方法はいつも私の中にある 
揺れて踊って、飛んで思って心の目と心の耳が開いてく 
そして本当のことを知る 

さあ明日へ歩きだそう 
大切なのは 
心の目と心の耳をすますこと 
そして自分を信じること 

花が咲くように 
雪が舞うように 
月が照るように  
あなたといたい 

鳥が飛ぶように 
風が吹くように 
海が歌うように  
あなたといたい 

広い宇宙の中で 
長い時間の中で 
あなたと出会えたこと 
きっときっと宝物 

星があるように 
山があるように 
空があるように  
あなたといたい  (「約束 般若心経は愛の詩」三五館)
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コメント

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No title
般若心経をこのように訳される方がいらっしゃるのですね。
このように考えると、ぐっと身近に感じます。
私も、改めて、考えてみたいと思います。
でも、わかんないだろうなぁ~https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s88.gif">
No title
仏教でいう因果の考えを「宇宙の何もかもが約束からできている 」
「約束には無駄がなく 必要なものだけを いつもちゃんと作っている 」
としたのはとても素敵だと思いました。

tetsumamaさんのような感性豊かな方は、
思考の範疇でわかろうとする必要などなくて、
すっと感じるものを素直に受け取れば、
それがそのまま般若心境の心なんじゃないかなって思いました。
No title
2度ほど読み返しました。山元さんの考え、またkoalaさんの発想からいうとこういう解釈になるのはとても理解します。
ただ、私はkoalaさんが、多分共鳴している点で考えを異にします(どちらが正しいといっているわけではありません。それぞれの理解があっていいわけですから)。

約束は「縁」と思いますが、「縁」は、いい日がくるとか、存在すべきものはその理由を持つとは言っていないと思うのです。

「空」が体感できれば、普通の意味では悪い日だらけであっても、存在が無意味であっても、なおかつ仏陀の最後の言葉のように「この世は甘美である」と言えることだと思うのです。

超飛躍した理解不能の文章になりましたので無視して良いのですが、もう一度飛躍すると「ああ生きてよかった」と最後にいえるようにいろいろと考えてゆきたいと思っています。
No title
sioさんへ

実は私も「いつかいい日の明日」って
どこを訳したのだろうか?というのがわかりません。
「いつかいい日の明日」というからには、今のこの時は「よくない日」なのか?
そもそも、いいとか悪いとか、そんな判断自体が般若心境的でないのでは?
今必要なこと、起きるべきことは、目の前にあるのでは?

緻密な縁の絡まりで現実が出来ているのなら、
その存在がないと、ジグソーパズルが完成しないと思うので、
意味はすべてあるんじゃないかという気がしています。
あってもなくても、実際の私の生活には関係ないので、
ぶっちゃけ、どちらでもいいんですが、
意味があると思っていたほうが、現実に起きてくることに
抵抗感というものが生まれにくいですよね。(笑)
私の半生の苦労は、この抵抗感から生まれたように思います。

「ああ生きててよかった」というのは、毎晩言うといいですよ。
「なんだかんだ言っても、今日生きててよかったなぁ」って毎晩思います。
こっちの方が理解不能の文章かも…?!
No title
実はたまたまなんですが、お寺の幼稚園に私通っていたんですよ(笑)
良く「園長先生からのお話」がありましたが、園児にはちんぷんかんぷんでした(笑)
山元さんのような感じなら少しは理解出来たかな?とふっと思いましたよ。
読んでいて、時間がゆっくり流れた気がします。
No title
素晴らしい解釈に脱帽ですhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s86.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s368.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s376.gif">

嬉しくなりました、身近に感じる人が多くなるのではとhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s378.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s378.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s378.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s376.gif">