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嫁・姑の経験

category - 日記
2011/ 01/ 12
                 
シュウトメちゃんは嫁姑の苦労をした人でした。
大姑さんは、養子娘さんでした。
つまり、嫁になった経験がない人でした。

経験しないとわからないとまでは言いませんが、
嫁の経験もなく、想像力もない(使わない?)大姑さんは、
悪気はなくても、思ったことをそのまま言う人でした。

おまけに「嫁は家のもの」という昔の常識を疑いませんでした。
嫁が家のために苦労するのは当たり前のことであり、
そのために辛いというのはたわごとだったのだと思います。

私が嫁いでから、嫁姑時代の愚痴をよく聞きましたが、
例えば、農繁期に歯が痛くなり、歯医者に行きたいと言った時、
大姑さんは「こんな忙しい時に、何を言っとるね」と
一言で却下したそうです。
いくら痛くても、逆らって歯医者になど行けない時代だったそうです。

大姑さんは、歯が痛くても歯医者に行けなかったことなどないでしょう。
それがどんなことか、想像してあげる人だったらよかったのに、
忙しい時に嫁が働かないなんてありえないとしか思わなかったのね。
一時が万事で、そう言われたら相手がどう思うか、どうなるか、
そういう感性を姑が嫁に対して持つ必要など感じなかったでしょう。

夫も舅も大姑のいいなりだったのか、逆らうと余計荒れるので
諦めたのか、それは定かではないのですが、
そういう時代だったとシュウトメちゃんが言うのだから、
他の家のお嫁さんも似たり寄ったりの愚痴をこぼしあったのかも。
日本にはそういう時代があったのです。

私の母とそんなに年は変わらないのですが、
母は職場で出会った父と恋愛結婚して、核家族だったので、
そういうことは一切ありませんでした。
シュウトメちゃんの味わったような日本の農家の嫁の悲哀は、
私にとっては小説の中にしか存在しないような世界でした。

もっといいお家なら問題なかったかと言えば、そうではありません。
ある人の話を聞いたのですが、おじいさまが女性がお好きで、
おめかけさんが何人もいたそうなんですね。
そのおめかけさんたちに、お手当てを持っていくのは、
なんと正妻のお仕事だったそうです。
自分の夫の愛人達の別宅に足を運び、「おつとめご苦労様でした」と
お手当てを運ぶ正妻の気持ちを考えるとぞっとします。
でも、日本にはそういう時代があったのです。

そういう時代に、「嫁」は1人の女性なんかじゃありませんでした。
たくさんの「嫁」が、心を踏みにじられて泣いてきた時代があり、
それはおかしいということになった現代があります。
時代の波が押し寄せるのが遅かった片田舎に嫁いだ私は、
嫁の人権なんて当たり前、という時代への過渡期に嫁いだのでしょう。

「嫁は家のもので、嫁がシュウトメに尽くすのは当然の嫁の仕事」
その感覚が根っこをはやしているシュウトメちゃんの頭の中では、
全然尽くしていないと思える私が、悪者になってしまうみたい。
シュウトメちゃんの頭は時代についていけないのです。
来月80歳のシュウトメちゃんの頭が、今から現代化するとも思えません。

私とシュウトメちゃんの仲が悪いわけではないのですよ。
シュウトメちゃんも、私に山ほど文句があるのだけれど、
自分で自分のことが出来なくなってきたので、
私を怒らせると困るという認識はあって、遠慮しています。
それにデイサービスやショートステイでいろんな人の話を聞き、
私よりさらに姑に対する態度の悪い嫁の話も聞いているようです。
シュウトメちゃんなりの諦めも出てきたのです。

私は私で、いろんな大波を経験してきたので、打たれ強いです。
少し遠慮を知ったシュウトメちゃんなど何でもありません。
たまにはムッとしますが、こういう人だと諦めもついています。
もう若くないので、あまり要求が高いと、できませんと断ります。
若い頃は無理してそれをこなしたけれど、もう無理がきかない年代です。
シュウトメちゃんは不機嫌を隠しませんが、黙ります。
怒鳴り騒ぐ気力がもうないだけですけど、私にとってはすごい進化です。

日本の悪しき「嫁は家のもの・姑に尽くすもの」という「常識」が、
消えていくためには、長い過渡期が必要なのだと思います。
過渡期の嫁は、それ以前の嫁より10倍は楽してます♪
自由なお嫁さんと比べると10倍苦しいけど。(苦笑)

私の過去の嫁体験、悪いことばかりじゃなかったですよ。

実は私、幼い頃甘やかされて育った方なので、根っこは我儘でした。
弟が生まれるまで母が働いていたので、
母の仕事中の時間、祖母と叔母に預けられていたのです。
祖母はお嬢様育ちの人で、叔母は子供に恵まれませんでした。
他に、働いていた独身の叔母も私を可愛がってくれたので、
弟が生まれて仕事を辞めた母は、甘やかされた私と赤ちゃんの
2人の母親に急になった感じで、大変だったそうです。
思い通りに行かないとびっくりしちゃうし、
何でもマイペースで、急いでと言って通じない幼児だったそうです。

実母にそれなりには鍛えなおされたし、自分も世間に揉まれて変わったけれど、
シュウトメちゃんに打たれ続けた日々は、ショック療法でした。
今の私は、我儘どころか、非常に我慢強いです!(爆)
同居のお嫁さんと話すと、話が合うことといったら!(笑)
人を憎む経験だって、嫌な経験ではありますが、不要かと言われたら謎。
だって、他の人の憎しみの気持ちを理解するためには必要ですよ。
そして、時間の波と共に、その憎しみを克服できました。
どうして?って聞かれると困るのですが、許せている自分がいます。
憎しみを知らないと、憎しみからの開放の素晴らしさを経験できないですよね。

とにかく、人生は経験と感動だと思います。
どこかで聞いた言葉・・と思ったら、以前テレビでやっていた
「オーラの泉」で繰り返し聞いた言葉でありました。(笑)

「人間にはね、喜怒哀楽、全てがいるんですよ」
これはエジプト旅行で一緒になった女性と話が弾んでいた時、
彼女が言った言葉です。胸に沁みました。

無駄な経験はありませんよね。
経験を成長に生かしましょう。
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コメント

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No title
ご苦労様です、という言葉がふさわしいのかどうかわかりませんが。
Koalaさん、偉いなぁって思います。

バリの田舎では、同じような事どころかもっと凄いです。
お嫁さんが複数、同居してる場合もあるし。
ブロ友のニーあんさんは、ネパールの方と結婚して、
敬虔なヒンドゥー教徒のお姑さんと同居してらっしゃいますが、
それはそれはすごいです(ファン限定記事ですが)。

私は脱走組なので、偉そうなことはいえませんが。。。
嫌な想いさせられても、旦那を生んでくれた人なんですよねぇ。
No title
私の父親のお父さんは、koalaさんが言う酷いおじぃちゃんです。
今まで余り気付かないふりをしてきたんですけど、
7人兄弟の父親の中で、私の父親だけ残し後の兄弟と父の母親に
家を与え自分は娘と年の変わらない新しい嫁を迎え父と3人で暮らしたそうです。
その事もあり、父親は義理の母親にはイジワルされ
自分の本当の兄弟には、羨ましがられ溶け込む事が出来ず…。

私のお父ちゃんって、本当可哀想な人だったと思います。
もっと私も、しっかり父の味方が出来てたら。。。なんて。。。
出来ない事を思って悲しくなったりします。

でも、私は父の事でいい思い出しかないので…。
いい事を思い出してあげられるからいいかぁ…なぁ~んてね。(^^ゞ

あっ!私、義理の祖母に可愛がられ「ぷりんちゃんと将来住みたいなぁ~。」って
言われた事あったなぁ。(爆)

い~~~や~~~じゃ~~~!って言いましたけどね。(笑)

ほんと、辛い事や楽しい事って代わる代わるやってくるなぁ。(苦笑)
No title
こんばんは!

人には、お姑さんでもクラブや会社の先輩や上司でも、自分が上の立場の人に辛く当たられた時、それと同じことを下の人にしてしまう人と、その人を反面教師にできるの人の二種類のタイプがいますよね。

Koalaさんのお姑様は、タイプというよりは、それが当たり前の世界でずっとお暮らしだったからなのかもしれませんが、ご自分のご苦労があったので、嫁が苦労するのは当然、と心に染み付いていらっしゃるのでしょうね。

核家族で育ったKoalaさんが、そのような価値観の中に飛び込まれて、大変なご苦労だったかと思います。
本当に頭が下がります。

Koalaさんだからこそ、できることでもあると思いますhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s86.gif">
No title
ねえねさん

>バリの田舎では、同じような事どころかもっと凄いです。
お嫁さんが複数、同居してる場合もあるし。

バリ島は特にお供え物作りなど、女性の家庭の仕事が多いから、
それはそれは大変そうだとは思っていましたが、
それに加えてお嫁さんが複数同居だなんて・・・。
そんなこと、現代でもあるのですね。
私はこれ、耐えられないわ。
でも、親の命令で結婚などと言う場合には、
逆らえないのかもしれないですね。
バリ島もお嫁さんの人権に関して、
もっと開けてくるといいですね。

ネパールの人と結婚してヒンドゥー教徒のお姑さんと同居!
ファン限定記事なんですか?
読んでみたかったけど、残念!
それにしても皆さん、濃い人生を送ってらっしゃるのね。

しっかり者のねえねさんが脱走したくらいですから、
それは脱走して正解だったと思いますよ。
無理しすぎて、自律神経失調症や鬱病になった人を知っています。
危険だと思ったら逃げなくちゃいけないと思います。
No title
ぷりんさん

お父様、大変な子供時代を送られたのですね。
それにしても、新しい奥さんとの間に子供を作ればいし、
できないならできないでも困らないのに、
お父様だけ自分の所に残すだなんて、むごいです。

実は私の父親は、母親を早くに亡くしました。
父と父の兄の2人がその母親の子供でした。
父方の祖父は後添えをもらい、そこに4人の子供が生まれました。
そういう関係でも、けっこう大変だったようです。
それを思うと、ぷりんさんのお父様は、もっと過酷な状況ですよね。

でも、だからこそ、いい家庭を作りたかったでしょうし、
ぷりんちゃんみたいな可愛い素直な娘を持って、
お父様、結婚してからは幸せいっぱいだったのではないですか?(笑)

私も母方の祖母にはすごく可愛がられました。
ああいうのも、相性ってありますよね。
No title
スズパックさん

>Koalaさんのお姑様は、タイプというよりは、それが当たり前の世界でずっとお暮らしだったからなのかもしれませんが、ご自分のご苦労があったので、嫁が苦労するのは当然、と心に染み付いていらっしゃるのでしょうね。

そうなのだと思います。
嫁が苦労するのは当然なのに、koalaはほとんど苦労していないじゃないか、という感じでした。

シュウトメちゃんとしては、反面教師にしようという気持ちはあったのだと思いますよ。
忙しい時に医者に行くな、とは決して言うまいとか。
でも、行っていいですか?と聞かない嫁が来ちゃった。(爆)

大喧嘩して家を出ていたらどうなっていたかなって
時々、考えるんですよ。
考えたって無駄なんですけど。(笑)
No title
koalaさん、この記事読んで泣いてる自分です。
koalaさん、大変な思いをされてきたんですね。比べる事ではない
けれど、私の辛さなんかに比べたら…恥ずかしくなってしまいます。

私は今まで人と争うことから避けてきて、周りに合わせる事しか
してきませんでした。だから、周りからは言うことを聞いてくれる人
って見られていたんでしょうね。意見を言った時、周りは私は
必ず合わせてくれる人、って認識しているので「何を今更」みたいな
感じで受け入れて貰えない。だったらやっぱり黙っていよう、って
いう子供時代・学生時代を過ごして来たので、いつの間にか、
「何を考えているのか分からない人」ってなってたみたいです。

人が好きなんですが、人が怖い、とも思っている(た)自分。
それを思い出して…今この時に、この記事に出会えて良かった。
何度も何度も繰り返し読んでますよ!
No title
bellさん

>私は今まで人と争うことから避けてきて、周りに合わせる事しか
してきませんでした。だから、周りからは言うことを聞いてくれる人
って見られていたんでしょうね。
これ、とてもよくわかります。
争いが嫌いでしょ?
自分が合わせていればまるく収まるなら我慢できるし、我慢すればいいやって思っちゃいますよね。

本当に世の中にはいろんな人がいるので、
こちらがきっぱり言わないと、どこまでもつけ込んでくる人もいるんですよね。
私と似ているbellさん、お互いに負けないで行きましょうね~。