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昔を思い出して

category - 日記
2011/ 01/ 07
                 
昨日、法事のことを書いたためか、いろいろ記憶が蘇り、
改めて、シュウトメちゃんが年を取ったと感じました。
もちろん私自身も、同じだけ年を取っているわけですが。(爆)

私がkoala家に嫁いできたのは、もう二十七年前。
今回二十七回忌を行う大姑さんは、まだとても元気でした。
ご存知かもしれませんが、一周忌の翌年に三回忌になるので、
二十七回忌は二十七年前というわけではないのですよ。
大姑が亡くなったのは、昭和六十年のことでした。

後で思ったことですが、大姑さんは検診を受けていなかったです。
血圧が高かったので、近くの町医者に行っていましたが、
それも、薬がなくなりそうなときに行くだけでした。
血圧と膝の痛みがある以外はぴんしゃんしていて、
良く食べ、よくしゃべりました。

シュウトメちゃんと大姑さんは仲が悪かったので、
間に入って、私はちょっと困りましたが、
大姑さんが亡くなってから、シュウトメちゃんの私への圧力はダイレクトになりました。
大姑さんが、私とシュウトメちゃんの間の、
クッション役だったのだと気がつきました。
でもまあ、この大姑さんがシュウトメちゃんに対して、
きつい姑役をした後遺症と思うと、どっちもどっちですけど、
日本の農家の嫁・姑って、きついのが当たり前の歴史があるのですよね。

大舅と大姑と舅の3人の法事があるので、
割にひんぱんに法事をしてきました。
昔は家でお料理を食べたので、仕出屋さんの割子の他に、
7種類の料理を並べたものでした。

まだ元気だった叔母たちが、割烹着を着て台所に集まりました。
叔父たちは法事の部屋で座り、叔母たちは私と一緒に台所、でした。
下の義姉は子供連れで前日から泊まっていました。

泊まるのは手伝いのためと言って、里芋の皮むきをしてくれましたが、
晩ご飯やお洗濯が増えるし、寝具の準備が大変なので、
(布団類を干し、シーツに糊付けとアイロン)、内心私はイヤでした。
若かったんですよね。ご飯やお洗濯や寝具の準備なんて、
それほど大変じゃなかったのに、里芋の皮むきと比較して、
不合理だと心の中で怒っていたんです。
シュウトメちゃんにとっては、娘が泊り込んでくれるという、
いつか失ってしまう大事な時間だったのにね。

台所で一緒に煮物やおひたしを作った舅の下の妹さんは昨年亡くなり、
舅の上の妹さんは、長い時間の法事が辛くなってきました。
この妹さんのご主人は亡くなっています。
舅の上の弟さんの奥さんは健在ですが、弟さん自身は亡くなっています。
下の弟さんは元気ですが、もう定年を過ぎ、髪も白くなりました。

シュウトメちゃんも、昔は張り切って掃除のチェックをし、
ここがまだ掃除が足りない、草取りはどうなってる、などと
家の内外を歩き回って指導?していました。
そう、昔はシュウトメちゃんは、バスにだって乗れたんです!
今はバスに乗るどころか、バス停まで歩くのも無理ですが。
張り切って掃除の指示を出すどころか、お経の間、
ソファに座っているのも疲れてしまうとぼやいています。
(座布団に座るのが辛い人のために、ソファや普通の椅子も出すのです。)

法事も段々と近代化?されて、食事は外で、という家が増えてきたときも、
シュウトメちゃんは断固として首を振っていました。
でも、上の義姉の家の法事が、外で食べる方式に変わったところ、
ころっと意見が変わり、あれはいい考えだと言い出して、
我が家も自宅で作ることから開放されたのでした。
後で気がついたら、家で作るようにしないと、下の義姉が
法事のために前日から泊り込んでくれなくなりますね。
シュウトメちゃんは「外で食事にするなんて、怠け者の嫁のすることだ」と
反対理由を主張していましたが、下の義姉に1回でも多く、
泊まって欲しかったのもあったのかもしれないです。
でも、上の義姉が外で食事方式にした以上、
「怠け者の嫁のすることだ」とは口が裂けても言いたくないし、
ジレンマだったのでしょうね、あの時のシュウトメちゃん。
その時は(何を勝手なことばかり言ってるのよ)としか思わなかったけど。

私が嫁ぐ前は毎週、下の義姉は泊まりに来ていました。
嫁いだ後も数年間は毎月泊まっていましたが、
シュウトメちゃんはそれが不満でした。
「あんたが来る前は毎週泊まって行ったのに。
あんたがあの子に気を使わせるんだよ!」と当たられたものでした。

シュウトメちゃんが義姉とおしゃべりしたいだけと当時は思っていましたが、
下の義姉は義両親と同居していたので、シュウトメちゃんは、
少しでも娘に楽な時間をあげたくて、泊まらせたかったんだと今は思います。
泊まった時の義姉には、自分の下着も、コップも洗わせませんでした。
義姉の下着に関して、シュウトメちゃんに抗議したら、
シュウトメちゃんはヒステリーになって怒鳴り返してきました。
間違った愛情ではありましたが、シュウトメちゃんは娘が大好きだったのね。

昔のことを思い出すと、当時は辛かったことなのに
今は何だか懐かしいです。
特に昨年亡くなった叔母は、くるくるとよく動く働き者の叔母でした。
別の叔母は、いろんな引き出しまで開けてチェックしてイヤでしたが、
亡くなった叔母は、そんなこともしないで、にこにこ笑っていました。
この叔母は、何度も大病をしているのに、愚痴もなく明るい人で、
私は舅側の親戚の中で、この叔母が一番好きでした。

威張って怒っているシュウトメちゃんは大嫌いでしたが、
そのパワーが減るためには、こんなにも体力も気力も落ちる必要があったとは。
若くてぴちぴちだった?私も、更年期に片足突っ込んでおりますけど・・。

時は流れた・・・と感じます。
あの日はもう戻らない、とも。
あの頃の嫁いびりが戻ったら困りますが(爆)、
元気だけは少し、戻してあげたいです。
できないのですけどね。

今のこの時間も、今持っている体力も、気力も、
全部過ぎ去っていくものですね。
過ぎ去った後に、周囲の人たちの中に残る私に関する記憶って、
私自身の記憶とは、かなりずれてるんだろうなとか、
死ぬ時に私の中に残る大事な記憶ってどの記憶だろうとか、
あれこれ考えていたら、感慨深い気持ちになりました。
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コメント

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No title
おはようございます。
Koala家の歴史を垣間見れるお話です。というか、少し前まで
よくあったストーリーですよね。
うちも本家で親戚の多い家系だったので、母は大変だったと
思います。でも、父にも母にも女兄弟がいないので、小姑の
苦労はなかったみたいです。母は長男の嫁として、親戚付き合いも
ちゃんとし、典型的な日本の嫁として立派に役目を果たしてきたので、私の生き方が理解できないようです。
母もkoalaさんと同じで、当時は嫌な事も多かったと思いますが、
今は懐かしんでいる節があります。

法事は大仕事ですね。お疲れのでませんように。
No title
そうなんです。少し前まで普通にあったことですよね。
地域によっては、まだこういうところもあるかもしれませんが、
減っていく運命なのは、嫁としてはありがたいことです。

私は自分がしてきたことを娘にさせたくないです。
これは、その当時の私が嫌々やってきたことだからでしょう。
苦労は人を育ててくれる側面もありますが、
自分の意思で選択していない苦労には、
人の黒い心を刺激する側面もあります。
シュウトメちゃんへの憎しみが消えるまでは、
自分の中の醜い心に苦しみました。
娘には、自分で選択した苦労ならいいけれど、
そうでなかったら避けてやりたいと思います。
避けてやることはできないと理解しつつ、ですが。

お母様はきっと、いやな事はあっても、
胸を張って、自分の仕事としてこなしていらしたのだと思います。

典型的な日本の嫁として頑張ったお母様の根性が、
ねえねさんに受け継がれているからこそ、
自分で選択した末の苦労ではあるものの、
ものすごい苦労をなさったに決まっている今のねえねさんがいらっしゃるのですよね。
その頑張りの共通点が、私にはねえねさん
No title
おはようございます!
Koalaさん、いろいろと辛い思いやご苦労をされていらっしゃったでしょうに…
改めてKoalaさんの心の広さ、優しさに頭が下がります。
実家でも、少し前まで自宅で法事をしておりました。
里芋の皮、私も剥きました(笑)
お嫁さんは大変ですよね。
私はそのような苦労がほとんどないので、ありがたいです。
お姑さんが、嫁より娘を大切にして…
というお話はよく聞きますが、Koalaさんの場合もそのようなことがあったのですね。
私も全てを許して受け入れる、Koalaさんのような素敵な女性になれると良いのですが…
あ、ウチも今月舅の三回忌です。
No title
スズパックさん

>実家でも、少し前まで自宅で法事をしておりました。
里芋の皮、私も剥きました(笑)

そうなんですか?!
親近感、湧きますね~。(笑)
実の娘に手伝ってもらえて、お母様、幸せでしたね。
シュウトメちゃんもそうしたかったかもしれませんが、
脳出血の後遺症で、左半身が麻痺してたのでできませんでした。
その代わり、シュウトメちゃんは、下の義姉が里芋の皮を前日の夜にむくのを、
それは自慢しまして、助かるだろうとえばっていましたが、
布団やシーツ、食事、洗濯の世話一切と里芋の皮むきと引き換えって割が悪すぎ~と思っていました。

むかついた記憶がいとおしいって不思議ですね。(苦笑)
No title
私も、今回主人の実家に行って同じような事を思っていました。
若い頃は、(今でも若いって自分では…笑)
義お父さんの食事のマナーや義お母さんの事など
嫌な事ばかりで、帰って来るといつも姉に電話して
「お姉ちゃん!聞いて~。」なぁ~んていつも言ってたのですが
今回義お父さんを見ていると、段々体も小さくなってきたように
思えて、亡くなった私の叔父と同じ前立腺ガンが治ったばっかりだった…。
って色々思っていると、何でも許してしまえたりしました。
姉にも、「あんた、大人になったや~ん。」って
50歳の姉に44歳のぷりんが、言われていました。(爆) (^^ゞ
一頃言ってあげるだけで、こんなにも喜ばれるって
こっちまで、嬉しくなってきました。 ぽちっ。