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2019/11/27

2019年11月27日

        

還暦までの1年、私は何を捨てていけるかな?

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2019/ 11/ 27
                 
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今日は私の誕生日です。59歳になりました。
この年の誕生日に似合うのは、バラじゃなくてビオラくらいかな?(笑)

年を取ると誕生日なんてめでたくないという人もいますが、
59歳の誕生日を自宅で平和に迎えることが出来て、本当に有難いと思います。

59年前、苦しい思いをして私を産んでくれた、今は亡き母に感謝します。
父も母も、自分のできる範囲で、私を大切に育ててくれたと思います。
誕生日は、今まで生きてきて、私に手を貸してくれ、あたたかい思いを注いでくれた人達に感謝する日です。

年を重ねるとそういう思いが強くなってきます。
両親の亡くなった年に1年1年近づくせいもあるのでしょうか。
私の両親はそれぞれ73歳で亡くなりました。
あと14年だわ~。

若い頃は罰当たりで傲慢だったので、父のここが不満、母のここが不満、なんていう気持ちも結構ありました。
自分が親になってみたら、いい親になろうという意気込みはあったものの、自分のレベルの子育てしかできませんねぇ。
両親もそうだったんだと思い至ることが出来たのは、自分も親になって苦労したおかげかもしれません。

振り返れば、あの時はこんな風に考えたけど、私の間違いだった、こう考えるべきだった、なんて思うんですよ。
でもその時の自分には、その考えは浮かばなかった。
あるいは、こうした方がいいと思いつつも、大変だからできなかったということもあります。
それもその時の自分の器というものがあったのです。

振り返って自分を分析するのは大切ですけれど、若い頃はその反省は自分を責めるという形になりがちでした。
感情的な反応ですね。

子育てに限らず、過去のことを反省するのなら、もう少し過去の自分との距離を取って、客観的に広い視野で、その時の自分の置かれた状況を見るのが大事かなと思います。
感情的には、悔いよりも感謝で締めくくれたらいいですよね。

昨日のブログで、義姉に非難された話を書きましたが、あれも自分のせいである部分がありました。
我が家に、義母さんが帰ってきた際に、夫が席を外しているときに、義姉さんが2人揃って、私を責めだしたのです。
意地悪な顔で、「なんて恥ずかしいことを!」と長い時間。

以前から、私には何を言ってもいいという空気があったからそうなったんです。
私はおとなしく言いなりになる義妹ではありませんでしたので、憎たらしい義妹だったと思います。
そして、ぎゃんぎゃんと言いたててくる義姉さんに、少し反論することはあっても、同じように言い返すようなことはしませんでした。

今振り返ると、「ぎゃんぎゃんと言いたててもいい相手」という認識を与えるような義妹でいたんですね、私は。
「同じ舞台に上がるな」と自分に言い聞かせていましたが、同じように感情的になっていなければ、同じ舞台に上がって「NO!」という姿勢を示した方がよかったと思います。

義姉さんたちは、いい子ぶりっこして「NO!」と言わなかった
自分に問題はないですか?という問題提起を私にしてくれたのでした。

脳のピークは27歳か28歳くらいらしいです。
いろんな情報を脳にインプットする能力のピークという事ですよね。
私は59歳になりましたから、インプットのピークを30年以上過ぎ、どんどん情報を捨てていく能力が進化しています(笑)

その極み、認知症にはなりたくないですが、これは自分の人生に不要だと思うことを捨てていきたいです。

「いい子ぶりっこ」の能力?も捨てていかなくちゃね。
還暦までの1年、私は何を捨てていけるかな?
ちょっと楽しみだったりします。
大事なものを捨てないようにしなくちゃね(笑)

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