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2019/11/07

2019年11月07日

        

過去の後悔にエネルギーを奪われ過ぎないこと、という先生の言葉

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2019/ 11/ 07
                 
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今月は私の誕生月。
10年前の誕生日を、私は母のいる緩和ケアで過ごしました。
お母さん、私を産み育ててくれてありがとう。
死が近づいている母に心の中で合掌したのを覚えています。
探したらありました。ブログってすごい。
母はそれから10日後に亡くなりました。

母はスキルス胃がんでした。
父と2人暮らしだったのが、父が平成16年に亡くなってからはひとりぐらしでした。

母には兄がいまして、その奥さんから母によく苦情の電話が来ていました。
自分がどんなにあなたのお兄さんに苦労させられてきたか、今もさせられているかと、電話して来て1時間以上なじるっていました。

控えめながら私にそのことを打ち明けた母に、そんな電話、途中で切ってしまえばいいのにという私に、でもお兄さんがそのせいで辛い目に遭ったら困るからと私に言っていた母。

母が亡くなってから、愚痴相手をなくした母の兄嫁さんは、私に同じような電話をかけてくるようになりました。
私は、母に申し訳なくてたまらなかったです。
どうしてこんな暴力的な電話に、父を亡くして自分も末期がんになってしまった母を、一人で立ち向かわせてしまったんだろうと思ってももう遅いのです。

母の兄嫁さんは自分の人生が上手くいっていないと感じ、それを全部人のせいにしたい人なのでした。
夫が悪い、夫の妹たちが自分に手を貸してくれないのも悪い、
自分を置いて家を出てしまった長男夫婦も悪い、残った次男と自分は被害者だ、という意識が強いのだろうと思います。

母の兄嫁さんの長男夫婦さんはまともな方たちなので、相談すれば何とかしてくれたかもしれません。
それよりも私が夫に頼んで、ガツンと言ってもらえば、ああいう人は強く出る人には弱かっただろうとも思います。
それでもダメだったら、NTTに申請すれば着信拒否もできたんでしょうか。

母は、お兄さんが困ることになってはと耐えていたんですが、そういう電話をして憂さ晴らししているような奥さんが、介護の必要なだんなさんに親切にしていたはずがないんです。
苦情を言いつつ、施設はお金がかかるから困ると繰り返したのは、施設のお金を母が出せば電話しないでも済むのにという意味もあったんでしょうか。

私は何もしてあげなかった。
後悔が残っていました。
母にしてあげられなかったことはいっぱいありますし、全部もう終わってしまったことだし、仕方ないと思っているのです。
でも、12月に母が亡くなったので、寒くなってくると、どうしても心の中に蘇ってくる後悔の気持ちでした。

母の兄ももう亡くなったので、あの世で握手してるよねと思うことにしているのですが。

そんな思いを抱きながら、昨日ヨガに行きました。
ヨガの先生が言いました。(相談したわけではない、普通の会話です。先生はよくこういうお話をします。)

「不安は未来に意識があることですし、後悔は過去に意識があるということ。そこから全く自由になるのは難しいことだけれど、必要以上に未来への不安や過去への後悔にエネルギーをとられて生きるのはもったいないよ。」

「例えば頭に来た!という怒りだって、目の前のことだけに怒りを持っているのではなくて、たいていは、前もこういうことがあったとか、ちゃんと言ったのにとか、いろんな過去の怒りがごちゃまぜになって、今の怒りにプラスされてることが多いです。そこに気が付くと少し怒りが収まってくるかも。」

「今日のアロマはユーカリとオレンジ。このにおいが嫌いな人は言ってね。別のアロマも持ってますからね。
人はにおいがすると本能的に深い息をしてそのにおいをかぐんです。安全か危険か確かめる本能があるから。
嫌いなにおいだと感じる人は、そのにおいが危険だと判断しているので、そのにおいの中でヨガしちゃいけないんです。だから苦手だと思ったらちゃんと言ってくださいね。深呼吸したくなるにおいのなかで体をほぐしてほしいから。」。」

「今日ご一緒にヨガができる体と心の余裕があったことに感謝して、自分の呼吸や体の伸びを感じてください。
決して痛いところまで伸ばさない。怪我のもとですし、ヨガはそういうものではないんです。
ヨガが筋トレじゃなくて、自分との対話です。どれだけ気持ちよく筋膜を伸ばせるかを感じてください。」

「ヨガを宗教だという人もいますけど、宗教って、神さまや仏様を崇め奉るもの、その高い存在に何かをお願いするものですよね?ヨガはそういうのはありません。今の自分に還っていく、それがヨガです。」

書きだすときりがないですが、母のことでの後悔に胸が痛かった私にはタイムリーなお話しでした。
過去の後悔にエネルギーを奪われ過ぎないこと。

私の後悔なんかを母が聞いたら、「そんなことをまだごちゃごちゃ考えてるの?人生を無駄にしちゃいけません!」と呆れてくれるでしょうか。


母の晩年について大きな後悔がまだあるんです。
血管がボロボロになって行って、点滴を刺すのに何度も刺し直したり、場所を変えないといけなくなってきた時、母は主治医の先生にきっぱり言いました。「もう点滴はしません」
私は母が早く死んでしまうのが怖くて猛反対しました。
でも翌日、もう点滴は刺せなくて、極小の点滴に変わりました。
母の感じる、点滴を何度も刺し直す痛みをなくして、安らかに旅立たせてあげる事より、死んでほしくないという現状否認でそう言ったんだと後から思いました。
「その反省はもう聞き飽きたよ」と母は言うでしょうか。
「人間はそんなに強くないからそういうこともあるよね。私も母親として理想の人なんかじゃなかったから、あなたが娘として理想の娘なんかじゃなくて当たり前。終わったことをごたごた言っていないで、前を向きなさい。私は72歳で死んだけど、あなたがその年になるまで、あと13年しかないんだよ。目の前の人生を大事に生きていきなさい。」
母はこういう話しかたをする人じゃなかったです。
これは私の脳内で私が作り上げた会話。

ヨガの先生の言葉に影響を受けて、脳内の母との語らいはこんな風になりました。(笑)
先生は自分がこんな影響を私に与えたことは知りませんけど、
心から感謝したひとこまでした。


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