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2019/09/23

2019年09月23日

        

晩年には、人生に風が吹き通るように身軽になる

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2019/ 09/ 23
                 
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晩年はいいことづくめだ。晩年には、人生に風が吹き通るように身軽になる。

ネット友sionさんのブログに、曽野綾子さんの言葉の中でのお気に入りが書かれていました。
その中の一つがこれ。
いい言葉だなぁとしみじみ思います。

人は成長すると、家庭や職場、地域社会などでも、少しずつ「責任」というものが増えていきますけれど、老人になってくるに従って、そういうものが減ってくるんですよね。

私も、子育て期は終わったし、義母さんは施設に入っているし、両親は看取っているということで、おおいに肩の荷は下りました。

私が頑張らなくてどうする、という時期から、いつのまにか、もういつ死んでも、そう困る人はいないから、好きに生きていればいいという時期に移行していたんですね。
晩年には、人生に風が吹き通るように身軽になる。
素敵な表現です。

責任があると、責任を果たすことに気持ちが向かいますよね。
親としての責任なら、小さい子がいたら、面倒を見る責任は大きいし、高校生にお弁当を作るとか、大学の学費を払うなどの実務的なことや、躾やメンタル的なこと。

私がもっといい親であったならという後悔はありますが、それはそれで捨てたほうがいい執着です。
年齢的にもう子育ては完了していて、後は頑張れワカゾー!(古い)と心で応援する立場になっています。

両親の看取りは辛かったですけれど、それぞれ、驚くほど幸せそうな笑顔で亡くなりました。
あの笑顔には本当に救われました。
あの世はきっととてもいい場所で、両親はその世界に旅立ったんだと思えました。

義母さんの介護は、両親の看取りとは別の意味ですごく辛く長い日々でしたが、今はもうそれも月に2泊3日だけ。
義母さんはすっかり穏やかになり、私を罵倒する人はいなくなりました。

忙しいとなおざりになるのが自分の心との対話。
今までも、ブログのお蔭で、そういう時間を作ってこられましたが、責任の荷が降りつつある今からは、もっと自分の潜在意識に寄り添っていきたいなぁと思っています。

頑張らなくてはいけない時期には、怒りや悲しみをとりあえず飲み込んで前に進んでいかなくてはいけなかったけれど、「あの時は悲しかったね」「悔しくて頭に来たね」と潜在意識に目を向けて、声をかけて、未消化な感情とも付き合っていきたいと思っています。
(↑もしかして怪しいでしょうか?笑)

ヨガもね、自分の身体に向き合うことだと思うんです。
身体のある部分をぐ~んと伸ばしてみると、気持ちよく伸びる部分があったり、伸ばすと痛い部分があったりします。
気持よい伸びを感じたり、痛い場所は、ここが縮んでいたんだね、無理しないで少しずつ伸ばそうねと自分の身体と対話しながら身体をいたわることが出来ます。

年を取って、効率的に動けなくなってきたという感覚が強かったですが、効率的なんていう価値観から身軽になるために起きていることかもと考えるとちょっと楽しかったりします。
そこを逆らって、今回は効率的に動くぞ♪と思うと、脳トレになりますしね。

画像は朝ご飯を食べているナナちゃんとこゆきちゃん。
猫の世界には効率なんてないよね、きっと。


同年代のブロガーさんと出会いたいなぁと思って、アラ還主婦というカテゴリーに参加してみました。

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