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2018年05月03日

        

私の心はまだ半分、長野に漂っているのかも

category - 日記
2018/ 05/ 03
                 
旅行から帰ってきて、特に心に残っているのは、泊った宿の温泉と、
夜の散策時に見た、いくつもの、廃業して放置された温泉旅館の建物です。

採算が合わない、後継者がいない、そうなると壊すこともお金がかかるので、
そのまま放置されて荒れていってしまう。
日本中にたくさんこういう光景があるのだろうと思って歩いていましたが、
風情ある素敵な温泉街の佇まいよりも、放置旅館の方が、後から心に残るなんてね。
いえ、素敵な佇まいだったからこそ、惜しい気持ちが強く湧いたのかもしれません。
営業していらっしゃる旅館はきっと、後継者が熱意をもって、
今の時代に合った経営をと頑張っていらっしゃることでしょう。

長野オリンピックで湧いた土地で、スノーモンキーは世界的に有名になりました。
地獄谷野猿公苑はこの近くなんです。

湯量の豊富ないで湯の郷。
これからも盛り上げて行ってほしいと思いました。

私は、子供がみてくれるとはいえ猫を飼っているし、まだまだ働かないといけないしで、
いつも駆け足の旅行ばかりしているので、こういうひなびた温泉でぼ~っと過ごすのに憧れます。
でも多分、そうなったらぼ~っとはしていないだろう性格で・・・ないものねだりですね。(笑)

小布施の北斎館もとてもよかった・・・。

70歳までに描いたものは取るに足らぬものばかりだと本人が語っていたそうです。
90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては、神妙の域に達するであろうかと語り、
言葉通り、80代の作品も、少しも衰えを感じさせないばかりか、美しく力強く、
進化を遂げていく天才画家の面目躍如です。
どんどん新境地を切り開いていく北斎は天才中の天才だと思いました。
北斎は数え年90歳で亡くなりましたが、絶筆と言われた、富士山の上の空に登る龍の絵、
展示されていましたが、気力体力の衰えも感じさせず、素晴らしかったです。

最期の言葉は、もうあと5年長生きできたら、本当の画工になることができたものを、
という意味の言葉だったそうです。
常にもっと上を目指して描き続けた天才画家だったのですね。

私は特に成し遂げたいこともなく、寿命まで生きていればそれでいいと感じています。
画家としてのもっと高みを目指せなくなったのが残念だった北斎さん
(隣のおじさんみたいに呼んででごめん)に、
私の5年を分けてあげられるものなら分けてあげたかったかも。
う~ん、でもやはり、北斎さんには、90歳がちょうどいい寿命だったのだと思い直しました。
人間は万能ではないのだから、もっと高みを目指したかったと感じて亡くなるのは、
幸せな亡くなり方だったことでしょう。

昨日旅行から帰ってきて、普段の日常生活に戻っているのですが、
私の心はまだ半分、長野に漂っているのかも。
13時から仕事開始なので、そうなればすぐ戻るでしょうけどね。(笑)


            
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