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2018年03月

        

こゆきの散歩

category - 日記
2018/ 03/ 14
                 
実はこゆきは、日曜日に木登りを経験しました。

リードだけだと短いので、長いロープを結び付けて散歩していました。



こんな風に散歩しているのは平和なひととき。



日曜日、リードをつけたまま走って木に登ったこゆきに私はびっくりしました。
どうしよう?!と焦りました。
リードが絡まったら?降りられなくなったら?
私は登って助けには行けません。

こゆきはどんどん高いところに登ってしまいます。
ナナちゃんが来てくれましたが、降り方を教えてあげて~という私の声には応えてくれず・・・
見守ること1時間。(涙)

足が痛くて、痛風だとは思わないので休日診療の外科に行った夫が帰ってきました。
夫に言われて、とりあえず慌てて脚立を持ってきました。
近くに来た時、なんとか夫がリードを外してくれました。



                      右上にこゆきがいるの、わかりますか?

こゆきはまだ子猫で軽いので、どんどん上に登って行けちゃうのですが、
上の枝は細くて、折れたら大変なことに。

エサ入れを持ってきて、下の方で見せて降りるように誘いますが、
降りるのは怖いみたいで、途中まで下りてもまた登ってしまいます。

でも何とか脚立の届くところまで下りてきたので、確保して家に連れ帰りました。

懲りてくれたらいいけど、と思っていましたが、
こゆきにはこの冒険がとても楽しかったようです。(涙)

今日も、ものすごく外に出たがりまして、リードをつけて散歩に出ました。
最初は、一番最初の画像のように、のんびりお散歩を楽しんでいたのですが、
また柿の木の方に走っていくので、覚悟を決めて、リードを外して、
柿の木に登らせました。

やはり、前回と同じく、こゆきは降りるのが怖いみたいです。
怖いもの知らずの性格なんですが、以前高いところから落ちらことがあったのかな?
自宅でも、屋根裏に登ってたりしたのですが、降りたいときは鳴いて私を呼びました。

木から降りるのが上手になってきたら、さっと逃げだしちゃうかもしれません。
よそのお宅に迷惑をかけることをする確率が、ナナよりも高そうなのと、
注意深い性格ではないので危険が大きいことを思うと、逃がすのは怖いです。

でも、こゆきは、すごいおてんば猫。活発な子です。
先住猫のナナちゃんが、自由に家を出入りしているのを見ていて、
自分は窓から外で遊ぶナナちゃんを見たりしています。

出たい出たいとねだる気持ちもわかります。
万一帰ってこなかったら、どんなに心配になるかも想像がつきます。
よそのお宅に迷惑を掛けそうだというのも、かなり気になります。
飼い主の心は揺れに揺れるのでありました。



疲れて寝ちゃったこゆき。
あなたが家に来て、5月で1年ですね。
掌に載る大きさで、生後3週間とか言われて。
哺乳瓶でミルクが飲めなくて、スポイドを使って飲ませていた小さかったこゆきちゃん。
元気に育ってくれてありがとう。
このまま元気に成長してほしいのだけど。

                         
                                  
        

夫の痛風発作  ショックと反省

category - 日記
2018/ 03/ 12
                 
一昨日、夫は仲間と焼肉を食べに行きました。
私はおひとりさまで岩盤浴でまったり~とブログを書いた日のことです。
翌日(昨日です。日曜日)、足が痛い、と夫が言います。
アキレス腱のあたりが腫れてます。ぶつけた記憶もないと言います。

ネットで日曜の診察当番の病院を調べましたが、私が探したのは整形外科。
見つかったのは隣の市の外科で、夫はそこに行きました。
レントゲンで異常は見つからず、そこの病院では血液検査はしないとのことで、
でも、この症状は、多分痛風であると言われて、炎症止めと痛み止めを出してもらいました。
このまま内科に行った方がいいかと聞くと、同じ病名ですぐに次の医療機関にかかると、
健康保険で請求する時に通らなくなるので、1週間後くらいにして下さいと言われたそう。

お薬が効いて、1時間ほどで痛みも和らぎ、数時間後には痛みが消えたそうです。
でも、もちろん痛風発作の痛みが消えただけで、病気が治ったわけでもなんでもないです。

痛風だって!痛いとは聞いてきたけど、腫れあがって、こんな風になるんだ!
薬で1時間で痛みは治まるんだ!痛みは消えても、血中の尿酸はたっぷりのままなんだ!
来週にはかかりつけ医を受診して、詳しく調べてあったお薬が出るのだろうけれど、
尿酸を排出するための努力はすぐに始めないといけません。

夫がそんな病気になるなんて想像していなかった私はなんて甘かったことか。
もっと甘いのは夫自身だけど、それを言っても仕方ないし・・・。

尿酸は、7mg/dlまでは血漿の中で溶けるので、排せつされていくようです。
その値を超えると結晶化しますが、特に関節に結晶が付きやすいのだそうです。
この結晶がはがれて、激しい痛みを引き起こすのが痛風の発作ということです。
腎臓に結晶化することもあり、尿路結石や腎障害を起こすこともあるし、
動脈硬化が起こりやすいという、怖い病気です。

夫は一昨年ダイエットして8キロやせました。
その頃は、運動もして、食事も節制していました。

でもね、尿酸値が7.2mg/dlとか、とにかく7mg/dlを超えていたらしいです。
そして、高血圧でかかっているお医者様には、少し高めだから、
運動して、食べ過ぎない生活をして下さいねと言われていたそうです。
でも、そんなに強く言われたわけじゃないし、俺は酒も飲まないし、
野菜はたくさん食べてるし、運動不足とおやつの食べ過ぎは、
お前に指摘されて気にはしていたけれど、大丈夫だと思ってた、
温かくなったら運動は再開するつもりだった、と夫は言います。

一昨日のダイエット成功後、運動はだんだん消えていき、せっかくいい習慣ができたのにと
ハッパは掛けていたのですが、本人も私も危機感はもっていませんでした。
リバウンドも2年で2キロほど戻ったのですが、2年前-8キロで2キロ戻っても-6キロ。
血圧の薬を飲んでいるのだから、野菜をたくさん食べて、揚げ物はやめて、
ごはんはこんにゃく米を入れて炊き、お代わり禁止、
朝のパンもこんにゃくベーグルをお取り寄せしていました。
こんにゃく粉が40%も練り込んであるもので、便通にもgoodな低カロリー、低GI値のベーグルです。
その程度には気を使っていたのですが、尿酸はどんどんたまって結晶化してたんですね。
私は自分が血液検査に引っかからないので、どうも認識が甘いのかも。

ラジオ体操でもいい、軽いスクワットだけでもいいから、居間でやってほしいとお願いしても、
疲れてると言って、コーヒー飲んでおやつを食べてた、ついこの間の夫の姿が目に浮かびます。
私もね、配属先が変わって、慣れない仕事を毎日しているわけだから、
そりゃ疲れているよね、あんまり言ってもね、と黙っちゃった。

これを読んだ皆さん、ご存知でしたか?
痛風は、尿酸値を6mg/dl以下に保てば、防げる病気です。
プリン体の多いものを控え、アルカリ性食品を多く取り、
カロリーを抑え目にして、適度な運動をすれば、それは保てるものです。

夫のように、ダイエットに成功したからもう運動しなくていいという問題ではなくて、
体重管理と共に、尿酸管理も大事ということです。
もちろん他の値、例えば血糖値に問題があれば血糖値管理が大事ということも同じです。

こういう病気を防ぐ、いい習慣が、一昨年、小浜島に行った頃にはちゃんとできていたのに、
帰って来てからも、夫婦でプールに通ったりもして、しばらくよかったのに、
その後にがたがた崩れてしまいました。

義母さんが、肺炎で緊急入院したのは、一昨日の夏です。
それまでお世話になっていた老健は即退去しました。
検査の結果、結核性胸膜炎と判明して、1か月の入院。
入院中に一度意識不明になり、大騒ぎもしました。
入院中は毎日病院に通いました。

入院中の安静のためか、1人でつかまり立ちは簡単にできて、
少しなら歩けた義母さんは、完全に、「つかまり立ちもできない体」になりました。
退院後も毎月の通院が必要で、入所しながらの通院はできない「老健入所」は無理、
「短期入所専門施設」にお世話になることになりました。

環境がぐるぐると変わったため、義母さんの脳が混乱し、
「ここはどこ?」状態になってしまって、安心させるのと脳トレのため、
やはり義母さんの所に毎日通いました。
食欲もガクンと落ちて体力が落ちてきたため、食べられそうなものを毎日持ち込んで、
少しずつでも、好物を食べさせて、食欲と体力を回復させました。
(本当は多分禁止だったと思います。内緒で食べさせました。)

通院時も、月に2泊3日の帰宅時も、つかまり立ちできず、私一人でのトイレ介助が無理になって、
夫の生活も結構影響を受けました。

義母さんが退院して約1年、やや落ち着いた頃に、伯母のがんが発覚しました。
それが落ちついた頃には、夫の仕事の配属先が変わるという状況が待っていて、
その後もまたバタバタとして、夫の健康管理に視点がいっていませんでした。

これは結構陥りがちな状況だと思うんですよ。
健康管理っていうのは、ずっと続くもので、そこに視点がいっているというのは、
必要であり、大事なことなのですが、そこばかりに視点がいってしまうことが起きると、
健康管理について、まあ気にはなるけど大丈夫だろうってスルーしがちになりやすいです。
今はこんな状況だから仕方ない、とい台詞が曲者だと思います。

健康管理に気を使えないほど忙しい時って、ストレスも多いわけで、
ストレスはどんな病気にも悪い影響を与えるに決まっていますから、
そんな状況の時ほど、気をつけないといけませんでした。

皆様のご主人、尿酸値は大丈夫ですか?
高い尿酸値が、腎臓病や、動脈硬化に繋がるって、私、今まで知りませんでした。
動脈硬化症で高血圧症だと、脳血管の病気にもなりやすいじゃないですか。
ショックですが、とりあえず、重篤な事態でも、手遅れでもありません。
痛みもすぐに消えたので、状況は考えようによっては有難いです。
少しずつでも、尿酸値が下がるように、主婦としても頑張っていかないと。

                         
                                  
        

今日はおひとりさまです

category - 日記
2018/ 03/ 10
                 



晩ごはんはカレーうどんとサラダバー。

朝は夫と長女と3人で、義母さんの施設に行きました。
買い物をして、家でお昼を食べて、午後2時に日帰り入浴&岩盤浴に。

今晩は夫は仲間と焼肉。
私は長女に長女と長男の晩ごはんを頼んで、
おひとりさまで、まったりしています。
                         
                                  
        

今の庭の花とナナちゃん

category - 日記
2018/ 03/ 09
                 
お花の少ない季節です。
冬の間、玄関先を彩ってくれたのはパンジーとビオラ、ジュリアン。






水はけのため、少し水が溜まりやすい場所には、人工芝が置いてありますが、
春の嵐で飛ぶと危険なので、重りとして、パンジーの鉢を上に。



クリスマスローズが咲き始めました。



ミニ水仙も、少しずつ先始めています。



私が花の撮影をしていると、ナナちゃんが駆け寄ってきて、さっと木登りで自己アピール。
ナナちゃんが登っている木は我が家の木で、後ろの梅の木はお隣の木です。
梅の花は見頃できれいです。



何だかきりっとした顔をしたナナちゃんの顔のアップ。
「ナナちゃん~」と呼んでも、カメラ目線になりません。
聞こえてるくせにね。(笑)

                         
                                  
        

Sさんのご冥福をお祈りします

category - 日記
2018/ 03/ 08
                 
3月6日火曜日のこと。
うちの近くにある家族葬の葬祭センターに、知っている名前がありました。
我が家の亡くなった舅さんの従姉妹で、徒歩圏内に住んでいたSさん。
月曜がお通夜だったようで、火曜日がお葬式。
今日だ!仕事あるけど・・・もしもSさんだったらお葬式に出てあげたい、と思いました。

親戚ですので本来は連絡がある間柄ですが、Sさんはひとり娘さんを先に亡くされていて、
老後の面倒を見ていたのは、お孫さんご夫婦と聞いています。

Sさん宅の2件隣に、別の親戚が住んでいますので、聞いてみたら、
そんな話は全く知らないとのこと。
ちょうど、Sさんのすぐお隣の型の庭に出て見えたので聞いてみたら、
その方も、何も知らない、昨日も特に変わったことはなかった、とおっしゃる。
お通夜を近くの葬祭センターで行ったなら、多少は家に喪服で出入りする人もいそうです。
別人?同姓同名?
葬祭センターにもう一度行ってみても、車は3台だけで、外に立っている人もいません。
中に入ってお聞きするわけにはいかないし。
すぐ近くの水道屋さんの奥さんにラインで聞いてみました。
地元の業者さんだもの、何か知ってるかも。
結局何も知らないとのことでしたので、別人なのかなと思い、仕事に行きましたが、
その後、水道屋さんからラインが入り、お葬式が終わった後で、
ご近所だからと水道屋さんにご挨拶があって、Sさんのお葬式だったことがわかったのでした。

*********************************

義母さんがそこそこ元気で歩けた頃、このSさんが経営していた薬局に、
お散歩コースとして歩いて出かけ、喫茶店でコーヒーを飲むように、
その薬局の椅子で、リポビタンAを飲んで、おしゃべりして、帰ってきていました。

Sさんと義母さんは、一緒に中国旅行に行ったくらい仲が良かったんです。
義母さんの手術をしてくれた大学病院には、脳卒中友の会という会があり、
年に一度、お医者様と看護婦さんとボランティアさんが同行してくださる旅行が企画され、
安心して旅行に行くことができていました。
いつもそんなに遠くない国内旅行でしたが、何かの記念の年だったのか、
中国旅行ということになり、義母さんはSさんを誘ったのでした。

薬局は、Sさんと娘さんがやっている、小さな町の薬局でした。
お天気がいい日のお散歩の日課は、そしてそこでのおしゃべりは、
義母さんの健康寿命を延ばしてくれたと思います。
少なくても20年は通っていたんじゃないでしょうか。
似たようなお年寄りが、そこでおしゃべりしては帰っていきました。

そのうち、小さな町にも、大規模チェーンの薬局ができるようになり、
小さな町の薬局はそこかしこから消えていきました。
Sさんの薬局もなくなりました。

でも、その時点で、もうSさんはそこそこお年寄りでしたし、
お孫さんが家に入って一緒に暮してくれることになったということで、
Sさんはお幸せだったんじゃないかと思います。

小さいながらも薬局を経営して、薬を売っていたSさんは、
頭がよくてシャキシャキした方でした。
義母さんは、私に無理難題を言って、私が断ると、かあっとして家を出ていき、
この薬局に歩いて行って、Sさんに愚痴を聞いていただいたものでした。

義母さんの出掛け先は、ごく近所の知り合いか、この薬局でした。
かあっとした時に行くのは、ほぼSさんの薬局だったので、
あまり薬局にご迷惑をかけてもいけないと思い、ほとぼりが冷めたころに、
薬局までお迎えに行ったことも何度もありました。

**********************************

それにしても、健康年齢を過ぎて長生きしていくということは、
かつて親しかった人たちとの縁が切れて、亡くなったことも知らないで、
懐かしいなぁと時折思い出しても、会うこともなく、お互いこの世から去っていくことなんですね。
家族ぐるみのお付き合いがあるなど、強いつながりがあれば別ですが。

そう考えると、スマホの出現ってすごいことです。
スマホがつかえないほどの状況になったら仕方ないですが、
そうでなければ、お互い離れていても,近況を伝えられます。

Sさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
                         
                                  
        

ガイドさんとMOA美術館のエスカレーターについて

category - 日記
2018/ 03/ 06
                 
熱海日帰り旅行、楽しかったですが、久し振りに友人とたくさんおしゃべりできて、
素敵な場所をたくさん見られて、熱海の町を歩き回れたことがよかったです。
町を歩き回ると、その町の空気感が伝わってきます。
古くから温泉の町として栄え、立派な旅館がたくさんあって、
東京から著名人たちがたくさん湯治に来た、ハイカラな町、熱海。
海と山に囲まれた景観のいい、成功した実業家たちがたくさん別荘を建ててきた土地。

画像はあまり写しませんでしたが、小雨の中、海辺を歩きまわり、
立ち並ぶ温泉旅館・ホテル群を眺め、その奥にあるたくさんの路地の一部を歩きまわり、
案内してくださったガイドさんのお話を聞けて幸せでした。

ガイドさんは、元々熱海のお生まれなのかと思いきや、横浜のご出身でした。
ご主人の定年を機に、横浜と熱海を行き来する生活を始められたとか。
横浜も古くかTら栄えた港町で、海と山に囲まれていますね。
「以前から熱海がお好きだったのですか?」と伺うと、その通りだそうで、
ずっとお好きだった土地に、気ぜわしい旅行ではなくて、
ゆったりしばらく住んで、時々は自宅に、という生活はとても素敵だと思いました。
2ヵ所に住居を持つ資金が必要ですから、誰にでもできることではないですが。
大好きな土地と、長年暮した懐かしい土地の両方で暮らすって、すごい贅沢ですよね。

行ってみたかった来宮神社、見て見たかった大楠、とても素晴らしかったです。
日本人は昔から、自然の中に神を感じて拝んできました。
日の出に手を合わせ「おてんとうさま」を拝んできた日本人。
大きな木に神を感じ、祈ってきた日本人。
そんな日本人のDNAが間違いなく私の中にも流れているのを感じました。

ガイドさんは、シャキッと背筋が伸びて、ガイドさん用のジャンパーを羽織っていても優雅な雰囲気。
それでいて、さっさっと疲れなく歩かれて、とても素敵な女性でした。

そういえば、起雲閣出館内の説明をして下さる2人の女性にお会いしましたが、
そのお2人も、そんな雰囲気でした。
年を重ねた女性は、おばちゃんとマダムに分かれますね。
おばちゃん組のワタクシとしては、ないものねだりであの雰囲気に憧れました。

ここから少し話が変わります。
ネット友、sioさんが、MOA美術館のエスカレーターについて、
あれはどんな意味があると思いますか?と旅行前に聞いてくださったので書きます。
全くの個人的感想なので、正誤はわかりません。

MOA美術館は世界救世教渡欧宗教団体の作った美術館です。
ミホミュージアムは、宗教団体神慈秀明会が作った美術館です。

美術館のデザインなどは全く違うのですが、チケット売り場から展示物のある場所までの
距離が半端なく長いということと、その道のりが異空間を感じさせる点

高台にあり、広い窓には美しい景色が広がっている点

美術館のデザインも、展示方法にも、意匠が凝らされていて、
お金を惜しみなく使った感が強く感じられる点

あげていけばきりがありませんが、ユートピア思想を感じます。
現実にお金を払ってチケットを買うという現実世界から、
すぐには展示物の世界には到達しません。
異次元を感じさせる長い空間を通って、上に上って行きます。
魂の浄化とか、生まれ変わりとか、そんなものを暗示しているのではと感じました。

ミホミュージアムのチケット売り場から展示物までの間には、
夢のような枝垂れ桜の園や、SF映画に出てきそうな現実感のない橋を通ります。
MOA美術館では、長い長いエレベーターを乗り継いで行きますが、
前方には美しい光がさすように見えるように作られていて、
途中では、天井全体に、美しく花模様(だったと思う)が広がっている場所があり、
ライトの色が変化して天井全体の絵の色が変わっていくのでした。
そこには隅に椅子があり、天井の美しさを座って眺めることができました。

車やバスで美術館に出かけ、チケットをお金で買うような現実の世界から、
異空間を通って浄化されていき、美しい芸術品の並ぶ世界に入る。
そんなイメージで作られていたように感じました。
細部までこだわっているので、階段ひとつとっても美しいんですよ。



                         
                                  
        

熱海日帰り旅行 その2

category - 日記
2018/ 03/ 05
                 
MOA美術館は、熱海の高台にある
広大な敷地の中に建っている美術館です。

普通の美術館は、撮影禁止だと思いますが、
こちらはフラッシュや三脚を使わなければ撮影OKという太っ腹さ。



















美術館を出る頃には大雨。
おまけにすごい風。
駅近くの旅館で日帰り温泉に入りました。
こちらは休憩所です。



すごい雨が降っていました。
個々の露天風呂は屋根のある露天風呂で、町中なので、しっかり囲ってあり、
入浴中は、こんなに雨がすごいとは知りませんでした。



帰りに旅館の入り口を撮ってきました。
熱海駅から、アーケード街を通って徒歩2分。
しかし、熱海はそこかしこに日帰り湯がありますね~、びっくりするくらい沢山ありました。



アーケード街にあったお店で早めの夕食。
これで1500円はとてもリーズナブル。
それにしても、今日はほぼ野菜ゼロの食事になってしまいました。




お土産はちょっと有名な「熱海プリン」
温泉に入る前に大行列出来ていて、買うのは無理ね~と思っていましたが、
温泉から出てきたら、誰も並んでいない!
ラッキーとばかりに買いました。



ヘンな向きで撮っちゃった。
静岡名物、柔らかいチーズ入りの一口かまぼこ。美味しいのですよ。

家に帰ってからテレビでニュースを見たら、各地ですごい大雨だったんですね。
新幹線も電車も止まらず、無事に家に帰れてよかったです。
                         
                                  
        

熱海日帰り旅行 その1

category - 日記
2018/ 03/ 05
                 
今、熱海から名古屋に向かう新幹線に乗っています。
とりあえず、画像をアップしてから、
少しずつ文章を書き足していこうと思います。

熱海まち歩きガイドの担当のTさんは、
60代のとても魅力的な女性でわくわくしました。
私たちの希望は、来宮神社に行きたい!と言うことで、
まずは来宮神社へ向かいました。
電車に乗ればすぐですが、「まち歩き」なのでてくてく歩きで行きました。




温泉の豊富な熱海では源泉もいくつもあります。
ここは温泉としては使われなかった源泉らしいです。




来宮神社に到着しました。










樹齢2000年という大楠の周りを、願い事を口にしないで、
一周すると願いが叶うとか。

神社ではおみくじを引きました。
前回に、大きな苦難が来るようなおみくじを引いたので、
なかなか怖い思いを持っていたのです。

今回は大吉でしたが、苦難が終わっていくという内容でした。
苦難がきて終わっていくの?
どんな苦難を私は乗り越えたの?(大謎)




湯前神社。
秋に大きなお祭りがあるそうです。
熱海の温泉の湯は、江戸幕府に運ばれたと聞いて驚きました。
重いですよね!遠いですよね!
でもそれを運ばせるほど、熱海の湯がお気に召したということなのでしょう。




桜が満開でした。
有名なあたみ桜はもうすっかり葉桜でしたが、
熱海にはいろいろな種類の桜があるので、
今、満開で見頃の桜もあちこちで咲き、
ソメイヨシノはこれから先に咲くと言うことで、桜の時期が長いです。

ランチ場所で、ガイドさんとお別れしました。
こんな風に年を重ねられたらと私も友人も感じて、
素敵な方にガイドしていただいたことを喜びました。




ランチには、金目鯛の煮付け定食を食べました。
大きい身で大満足でしたが、他はご飯とお味噌汁とおつけものとひじきだけ。
ちょっとびっくりしました。
リーズナブルにするためにはこうなるのね。
何か単品で頼めばよかった。




食後は歩いて起雲閣に行きました。
元々は大正時代に、実業家の別荘として作られましたが、
昭和に高級旅館として生まれ変わりました。
目の覚めるような群青色ですよね。
部屋によって壁の色は変わっていました。
紫だったり、赤だったり、黄土色だったり。



洋館の床もこんなに素敵です。
京都の有名な方が、タイルの注文を受けて、窯で焼き上げ、
京都から運んで張らせた、とても贅沢な床です。
美しかったです。




ロマンチックで優美な天井。




向こうに見える建物の2階の部屋に、自殺する3ヶ月前、太宰治が泊まったとか。




暖炉の部屋。




部屋によって趣が違い、どの部屋も素敵でした。
















ローマ風浴室。
友人とため息(笑)

熱海に行かれたら、是非とも起雲閣をご見学下さいね。

ここまでは小雨で助かりましたが、
雨が強くなってきたので、タクシーでMOA美術館に行きました。

このあとはその2に続きます。
                         
                                  
        

義母さんの口喧嘩

category - 日記
2018/ 03/ 04
                 
昨日、義母さんの施設に夫と面会に行くと、同じ施設の利用者さんに、
何か言われた義母さんが、言い返すところでした。
施設には居間兼食堂のような場所があり、昼食前にそこで軽い運動をします。
手を挙げて、回して、などなど。その運動が終わった後に私たちが訪問したのでした。

たくさん言い返したかった様子でしたが、なだめて部屋に連れて行きました。
義母さんの場合は特に、怒っているときには話をとことん聞いてあげないと。
この施設は全室個室なので、そういう時には便利です。

ケンカ?相手は、4日前に新しく入所してきた人で、どうも義母さんが気に入らないらしく、
毎日、義母さんだけに突っかかって、嫌なことを言ってくるそうです。
昨日は、「あんたはよほど家の中を仕切っているんだろう」と言いがかりをつけてきたとのこと。
う~ん、そう言われた背景には、何かその人の前で、仕切るような発言をしたのかな?
義母さんは絶対に言ってないと言います。
こういうのは、受け取り方ですしね。

不快な言動を取られると、誰だって起こると思いますが、義母さんの場合は、
そのことで頭がいっぱいになってしまい、何度も繰り返しそのことばかり思い出し、
繰り返しずっと怒りが続く傾向が強いのです。
昔からそうなのですが、施設で過ごすというのは、極端に活動範囲が限られますから、
気分転換がとても難しいので、義母さん、その人が入所してからずっと怒っていて、
家に帰りたい、ここは地獄のようだという決まり文句を言い始めました。

前に上の義姉がこの言葉に嫌気がさして、「こんな至れり尽くせりの地獄があるもんか!
私は年をとってもこんないい施設には入れないよ!」って怒ったことも忘れちゃったんでしょう。

前に家に住んでいた時は、家の不便な部分に疲れはてて、施設に入りたいと言っていましたし、
ここの前の施設では、地獄だ、あの人が嫌だ、この人がひどいと不満を言い募っていました。
人間ってそんなものかもしれません。
完璧に自分に都合がいい事しか起きない、気分を損ねることは何も起きない世界など、
どこにもあり得ないんですけどね。

部屋で、義母さんと夫と私と、3人で話すのが、義母さんのデトックスになったかな。

「その人は施設に入りたくなんかなくて、でも仕方なくて、まだ4日目で慣れなくて、
イライラしたり不安だったりして義母さんに当たりたかったんだね。
当たられても困るよねぇ。嫌だったね、そんな風に嫌なことを言われて。」
「嫌なんてもんじゃない。地獄だ。昨日はこんなことを~」などなど。

「義母さんは月に3日だけ家に帰ってくるんだから、家を仕切りようがないよね?
今度同じこと言われたら、落ち着いた声で言うといいよ。
月に3日だけ帰って、何を仕切るんだい?何が起きてるかもわからないよ。
私にはここが家みたいなもんだよって。」
「落ち着いてなんかいられるかい。思い出すだけで震えが来るし、
大人しくしてるとなめられるから、大きな声で怒った方がいいんだ。」
「そうかもしれないね。それは自由だけど、義母さんが落ちついていてくれたら、
スタッフさんや周りの人は、○○さんは落ち着いた対応してくれて助かるわ、って思うよ」
     ↑本当はこんないい方は嫌いですが、義母さんには効果的な言葉。

「前の施設も、いやなことを言ったりしたりする人がいたよね、何人も。
でも仲良くしておしゃべりが楽しい人もいた。ここにも仲良しはいるでしょう?」
「いるよ。あの人だけなんだ、いやなことを言ってくるのは」
「その人だけなんだね。前の施設にもいたよね、そっくりな人が。」
「いたいた。あの人は本当に嫌な人だった。こんなこともあんなことも・・・」などなど。

「ここはおばあさんが立てなくても、2人がかりでトイレに連れて行ってくれるでしょう?
そろそろ老人ホームも見学して考えてくださいって、ケアマネさんに言われて見に行ったけど、
普通の老人ホームでは、一人のスタッフさんで介助できなかったらトイレは無理だよ。」
「・・・・・」

食事の時間が近づいたので、義母さんを部屋から居間兼食堂に連れて行きました。
「今日のお昼ご飯は何かな?ここは何もしなくても、ご飯を用意してくれて、
飲み忘れないようにお薬も出してくれて、皿洗いも全部してくれて、有難いよね」
「主婦は長いこと、朝ご飯は何にしよう、昼ご飯は、晩ご飯は、ってご飯に追われてきたよねぇ」
行く前にそう言うと、義母さんは遠い目をして言いました。
「本当だなぁ。仕事に追われてご飯に追われて。」

義母さん、身体を酷使して、いっぱい働いてきて、お疲れ様でした。
昔のお百姓は、今ほど機械化されていなかったので、本当に身体を酷使してきたと思います。

義母さんは本当は家にいて、夫と私がつきっきりで世話していて、
嫌な言動がまったくない施設にデイサービスに行って、
毎日気持ちよく暮らせる環境が欲しいのです。
でもそれは全く現実的ではありません。
それを要求するほどボケてはいません。

気分がそれなりに立ち直った義母さんに手を振って、エレベーターに乗りました。
でも今日もまた、その人は嫌なことを言って義母さんをカリカリさせたんだろうな。
義母さんの何かが、その人を刺激するのかもしれません。
かつて、私の中の何かが、義母さんを刺激して、ひどい言動があったように。
義母さんも昔私にそういうことしたんだよ。
私も、振り返れば、あの時あの人をこんな言動で傷つけてしまったという記憶があります。
気が付かないと治らないので、義母さんも、自覚はないけれど、
その人を嫌な気持にさせる言動があるのかもしれません。

とりあえず、怒って、ずっとそのことを反芻しているのは精神衛生に悪いです。
そこに集中しないで、少し視線が変えられるといいけど。
                         
                                  
        

岩合光昭の世界ネコ歩き 連想で伯母の話

category - 日記
2018/ 03/ 02
                 
NHK(BS)の番組に、「岩合光昭の世界ネコ歩き」というのがありまして、私、ファンです。



象と共存している猫。
ここにはたくさんの、観光用の象が飼われています。
猫は全く象を怖がらずに、ちょこまか動いているのでした。
象使いのおじちゃんたちに可愛がられて、膝の上で丸くなっていたりもしました。



海辺で暮らしている、仲良しの猫。



夕焼けのシルエットになっている2匹の猫は、上の画像の猫たちです。

動物写真家の岩合光昭さんの撮った映像と語りがとてもいい感じです。
岩合光昭さんといえば、亡くなった伯母の遺品に、動物写真家としての語りのCDがありました。
伯母はこういうのを聞くのが好きだったんだなぁと思いつつ聞きました。

お父様も、動物写真家だったんですって。
小さなころから動物の写真はいっぱい見ていて、高校生の頃には、
カバン持ちとして来ないかと学校の休みに誘われて、ガラパゴス諸島に。
その時は、ついでに少しアメリカに寄るというのが楽しみで行くと言いましたが、
行ってみると、ガラパゴス諸島はとても魅力的で、
その後に行ったアメリカの都会には心惹かれなかったとか。

ガラパゴス諸島で、持って行った水も減ってくるので、顔は海水で洗えと言われ、
海水で洗うくらいなら泳いじゃえと飛び込んだ海で、誰かが背中をたたきます。
振り向くと、アシカがひれをパタパタさせて、背中をたたいたというのがわかりました。
でも、怖いという気持ちは全く起きなかったそうです。

怖いと言えば、オスの象に思いきり威嚇されたことがあったとか。
思わず出た言葉は、「立派だなぁ」だそうですので、岩合さん、かなりの大物です。
威嚇した象は、まあいいか、という表情を一瞬浮かべて、
それ以上の攻撃はなく、去って行ったそうです。
しかし、メスの象が怒ったら、本当に怖い、と語っていました。
知り合いの写真家は、命は助かったけれど、怒ったメスの象に車を吹っ飛ばされましたし、
アメリカの女性写真家は、やはり怒ったメスの象に、殺されてしまったそうです。

ヌーの撮影でアフリカに行き、ヌーには詳しい岩合さん。
川を渡るのに、溺死するヌーはとても多いそうです。
その話をある所でしたら、どうして橋を架けないのですか?と質問されたとか。
ヌーは群れで暮らしていますが、とてもたくさんの子を産むそうです。
橋を架けて溺死を防ぐと、とんでもない増え方をしてしまい、
結局は餌がなくなって、大量死してしまうだろうと言っていました。

ヌーって、そんなに川で溺死するものか?と思って調べたら、こんな記事を見つけました。


普通に考えると、ヌーの溺死体は、魚や鰐のエサになって役立つだろうと思いますが、
生態系への貢献度が高いのは、意外にも「骨」なんだとか。
骨は分解されるのに7年かかるそうで、ゆっくり時間をかけてリンを排出します。
リンは、植物や動物の成長に欠かせません。
また骨の表面を覆うバイオフィルムという膜は、皮の魚の餌となるそうです。

他にもいろんなエピソードが語られ、面白いCDでした。
伯母は昔の女性なのに未婚でしたし、ずっと看護婦さんとして働いてきて、
晩年は右半身が麻痺、言語障害、骨折による歩行困難など、
大変なことが目白押しにやってきて、苦労した人です。

反面、元気な間は、自分の時間はたっぷりあり、好きに生きる事ができた人でもあります。
こういう仕事をしたいと思えば職場をかえて、転居するにも障害はありませんでした。

最初は、伯母の物を処分する時に心が痛んだものですけど、
伯母はこれを買った時、嬉しかったんだということに気が付いて、
この「伯母の物たち」は、手に入れた時伯母が嬉しかったというだけで、
もう値打ちがあったんだ、私はありがとうねと言ってねぎらうのが仕事だから、
捨てることに罪悪感を起こすことは必要ないんだ、と今は思えています。

綺麗な本やCDは、捨てないでブックオフに持って行きました。
伯母のCDは、講話やクラシックなので、売れ筋ではないです。
きれいですけど1つ10円。持って行く手間を思うと面倒な金額ではありますが、
ごみでなく、誰かがまた聞いてくれると思うと、ちょっと嬉しいのですよね。

伯母の本も、先日、1冊もらってきました。
「夢の途上 ラフカディオ・ハーンの生涯 アメリカ編」という本です。
読みはじめたらとても面白いです。

ノートも出てきて、旅行計画なんか書いてあります。
私と結構似てるとこがあったんだと改めて感じました。
本やCDの話なんて、伯母としたことがありませんでした。

伯母と義母さんは3歳違い、同じ田舎に生まれた女性同士。
でも全然違う人生を送って、苦労の内容も、喜びの内容も違いましたね。

不意に頭に浮かんだ歌は、「まあるいいのち」でした。

みんなおなじいきているから
ひとりにひとつずつ たいせつないのち