FC2ブログ

2017年11月21日

        

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ その5(最終です)

category - 日記
2017/ 11/ 21
                 
夜、キャシーの運転での帰り道、トミーは車を止めてもらいました。
気分が悪くなったのかと思ったキャシーでしたが、
離れたところでトミーは怒りに荒れ狂っていました。
トミーを探しに行ったキャシーは、トミーが振り回している腕に飛びつき、
しっかりと抱きかかえました。
それを振りほどこうとするトミーに必死でしがみつきました。
やがてトミーの叫びがやみ、身体から力が抜けて、
2人は抱き合いながら立っていました。

「何を考えている、キャス?」
「昔のこと。ヘールシャルムでああいうふうに癇癪を起したでしょ?
あの頃、あなたがあんなに猛り狂ったのは、ひょっとして、
心の奥底でもう知ってたんじゃないかと思って。」

普段の生活に戻る中、トミーに4度目の提供の通知が来ました。
たいていは4回も臓器を提供させられたら使命を終えるのですが、
終わることが確実というわけではありません。トミーはそれを怖れていました。
そしてトミーは、キャシーとは別の介護人にみてもらうことを希望しました。

「おれはな、よく川の中の2人を考える。どこかにある川で、すごく流れが速いんだ。
で、その水の中に2人がいる。互いに相手にしがみついてる。
必死にしがみついてるんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。
最期は手を離して、別々に流される。おれたちって、それと同じだろ?
残念だよ、キャス。だっておれたちは最初から、ずっと昔から
愛し合ってたんだから。けど、最後はな・・・・・永遠にいっしょってわけにはいかん。」

介護人をキャシーから別の人にかえたいと言われて、キャシーは怒りますが、
川の中の2人の話を聞いて、夜の帰り道にトミーにしがみついていたことを思い出しました。
そして、介護人をかえたいというトミーの気持ちを尊重しました。

最期の日、ルースの話やサッカーの話をして、2人は別れました。
軽くキスをしてキャシーは車に乗り込み、トミーは手を振りました。
それはこの世の別れで、もう会うことはないと2人ともわかっていたでしょう。

トミーが使命を終えたと聞いて、キャシーは用事はないのにノーフォークまでドライブしました。
このドライブを、キャシーは、「一度だけ自分に甘えを許しました」と書いています。

ノーフォークは、キャシーには特別の土地でした。
ヘールシャルムで「イギリス中の忘れ物が届く場所」とみんなで盛り上がった場所であり、
トミーと一緒に、ヘールシャルムで失くしたカセットテープを探して手に入れた場所。

キャシーにも提供の通知が来たようです。
小説の最後はこんな風に終わります。

トミーを失って2週間です。わたしは1度だけ自分に空想を許しました。

待っていると、やがて地平線に小さな人の姿が現れ、徐々に大きくなり、
トミーになりました。トミーは手を振り、わたしに呼びかけました・・・・。
空想はそれ以上進みませんでした。わたしが進むことを禁じました。
顔には涙がながれていましたが、わたしは自制し、泣きじゃくりはしませんでした。
しばらく待って車に戻り、エンジンをかけて、行くべきところへ向かって出発しました。

「一度だけ自分に甘えを許しました」
「一度だけ自分に空想を許しました」
「空想はそれ以上進みませんでした。わたしが進むことを禁じました」
「わたしは自制し、泣きじゃくりはしませんでした」

小説の最初から最後まで、キャシーは淡々と語っていますので、
自制心の強い人物であるというのは、最初からわかるのですが、
ここまでの自制のあり方は衝撃的でした。

提供とか、使命を終えるとか、ごまかしの言葉でぼやかされていても、
コピーでない人間を長生きさせるために、死んでも苦しんでもいい存在として、
内臓を何度も奪われ、最後は用済みとなって死んでいく、殺される運命の自分たち。

奪い取られてもいい命と、奪ってもいい命が、しっかり区別されている世界。

その運命を受け入れるしかないと教育され、せめて誰にも奪えない、
子供時代を与えようという施設だったヘールシャルム。

キャシーの思い出話の中の生徒たちは、先生に従順な、
学校の規則を絶対に守るような子ばかりだったのを思い出しました。

時折怒りを爆発させるトミーは、みんなの笑い者でした。

「あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、
あなた方に老年はありません。中年もあるかどうか。
いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、
提供が使命です。」
ルーシー先生が義憤に駆られて生徒たちにこんなことを言った時も、
生徒たちは、大騒ぎなどしませんでした。

トミーはこの理不尽に激しく怒りを持っていました。
怒ってもどうしようもないと知りつつも、怒っていました。
その怒りは、キャシーを辛くさせるだろうと、トミーは思ったのかもしれません。
自分も、怒りたいときには思いきり怒りたいと思ったのかもしれません。
トミーはキャシーを愛していました。
キャシーを苦しめたくはないし、自分も自制などかなぐり捨てたかった、
だから介護人をかえてもらい、キャシーから離れようと思ったのではないかと感じました。
理由は書かれていませんので、私の想像です。

ルーシー先生はこうも言いました。
「あなた方には見苦しい人生を送ってほしくありません。」
見苦しい人生とは何を意味したのでしょうか。
自分は「臓器提供用に作られた臓器を使える状態にしておくためのいれもの」ではない、
その運命を逃れる権利があるのだという気持ちをもってそれを表現すること?

キャシーに本当に怒りはなかったのでしょうか。
自制心の厚い壁で出来た鎧の下に、様々な感情があったのではと思います。
でもその厚い壁のお蔭で、多分キャシーは、模範的な提供者として、
大きく心を乱すことなく、死を迎えられたことでしょう。

ヘールシャルムで送った日々や、卒業後にルースやトミーと過ごした日々の思い出が、
内臓も、命さえも奪われ、苦痛にあえぐ時にも、キャシーを救ってくれるのでしょう。

長々と書いてきましたが、このあらすじを書くという読み直し方をすることで、
この作品をより濃く味わうことができました。
ごく少ないと思われる最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

            
スポンサーサイト