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2017年11月20日

        

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ その4

category - 日記
2017/ 11/ 20
                 
トミーは3回目の提供を終えた後、体調が回復してきましたので、
4度目の提供の話が起きるとも限らない状況になりました。
トミーとキャシーは、「猶予」をマダムに願い出ることにしました。

本当に愛し合っていると認められたカップルは、しばらく提供が猶予され、
2人だけの時間を持つことができるという噂に、2人は期待していました。
ルースのメモにあったマダムの住所を2人で訪ねて、猶予を願い出ました。

2人はマダムに会うことができました。
マダムだけではなく、そこにはヘールシャルムのエミリ先生がいました。
その噂は根も葉もないもので、猶予などというシステムはないと言われました。

生徒たちに絵を描くのを奨励し、よく描けている作品を校外に持ち出したのは、
描いた人の魂がそこに見えるから。
「あなた方にも魂が、心があるということがそこに見えると思ったから」と言われました。
心があるのは当たり前。
でも一般には、クローン人間は人間ではないという認識があったのです。

ヘールシャルムのような、クローン人間に教育を与える環境ができる前は、
クローン人間は医学のためのものでした。
人間以下の、試験管の中で育つ得体のしれない存在。

「こういうことは動き始めてしまうともう止められません。
癌は治るものと知ってしまった人に、どうやって忘れろと言えます?
不治の病だった時代に戻ってくださいと言えます?
そう、逆戻りはありえないのです。
あなた方の存在を知って少しは気がとがめても、それより自分の子供が、配偶者が、
親が、友人が、癌や運動ニューロン病や心臓病で死なないことの方が大事なのです。」

「世界は臓器移植を必要としている。そうである限り、あなた方を
普通の人間とみなそうとすることには抵抗があります。
私たちは長い間それと戦って、待遇の改善という成果をあげました。」

「モーニングデールという科学者が、望む親に、能力を強化した子供を産ませる研究をしていました。
特別に頭がいい、特別に運動神経が発達している、そういう子供です。
法律の定める限界を超える研究が発覚して、研究は中止になりましたが、
そういう特別な子供たちが生まれたら、世界はそういう子供たちに乗っ取られてしまう。」

「臓器提供用の生徒たちを作り出すのは仕方ない。でも普通の人間より明らかに
優れた能力を持つ子供たちが生まれたら、この社会はいずれ乗っ取られてしまう。」

ヘールシャルムは、臓器提供用に生まれた子供たちを、せめていい環境で育てる施設でした。
クローン人間は、人間的な感情を持ち、優れた感性、知性もあるという証明が、
校外に持ち出された作品群だったのです。
スポンサーもついて順調でしたが、モーニングデールの件が起きてしまったので、
世間では、臓器提供用に生まれた子供たちに、日陰に戻ってほしい気持ちが高まりました。

エミリ先生は、語りながら、臓器提供用に生まれたクローンという運命の子供たちの人生を
せめて少しだけでもましにしたという自負を語りました。

トミーは、ルーシー先生のことを聞きました。
ルーシー先生はヘールシャルムで生徒たちに、きっぱり将来の話をした人です。
もっと話したそうでしたが、それ以上言えなかったという状況で、学校を去りました。
ルーシー先生は「子供たちに、自分が何者か、もっとはっきり教えたほうがいい。
それをしないのはだますことに他ならない。」と主張しました。
学校ではこの件が検討されましたが、却下されました。

「ルーシーは理想主義的でした。現実を知りませんでした。
わたしたちは生徒に何かを、誰にも奪い取られることのない何かを与えようとして、
それができたと思っています。どうやって?主に保護することです。」

「わたしたちはいろんな面であなた方をだましていました。
だからこそあなた方には子供時代があったのです。
わたしたちの保護がなかったら、今のあなた方はありません。
授業に身を入れることも、図画工作や詩作に没頭することもなかったでしょう。
将来に何が待ち受けているかを知って、どうして一生懸命になれます?」

エミリ先生は用事で退席することになり、マダムが残ります。
退席する前に、エミリ先生に、マダムはわたしたちのことを怖がっていると告げると、
エミリ先生は、わたしたちも怖いです、と答えました。
正しいことをするためにはそういう感情に負けてはいけない、自分は勝ったとも言いました。

最期にキャシーはマダムとヘールシャルムでの「あの日」の話をします。
キャシーが「わたしを離さないで」の曲をかけて歌いながら、
枕を赤ちゃんに見立てて踊っているのを見かけたマダムは泣いていました。
決して赤ちゃんを産むことはないキャシーが母親でいることを想像して踊っていた、
歌詞の意味を勘違いしていたのだけれど、わたしの心が読めたのですかと聞きます。

マダムの感じたのは違うことでした。
新しい世界がやってくる。科学が発達して効率もいい、でも無慈悲で残酷な世界でもある。
そこにこの少女がやってきた。胸に古い世界をしっかり抱きしめている。
心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、しっかりと抱きしめて、
離さないで、離さないでと懇願している、わたしはその姿を見たのです、とマダムは言いました。
「あなたの姿に胸が張り裂けそうでした。あれから忘れたことはありません。」

でもマダムには、その少女を救う力はないのでした。
猶予のシステムは存在せず、臓器を取れるだけ取られて、
若いうちに死んでいくのが臓器移植用の人間の運命というレールが出来上がっています。
せめて子供時代に豊かな経験をさせてあげたいという施設がヘールシャルムでした。

帰りの車の中でトミーは言います。
「ルーシー先生が正しいと思う。エミリ先生じゃない。」

トミーは、猶予の希望を抱いていました。
自分がどういう人間か、絵で判断してもらえるかもしれないと考えて、
たくさんの絵を描き貯めて持ってきていました。
もしも3年の猶予がもらえたら、キャシーとどうやって過ごそうか夢想したことでしょう。
開放でなく猶予で、猶予が終わればまた「提供」して「使命を終える」にしても。
本当のことを全部知っていれば、希望を抱くこともなかったでしょう。
私はこの言葉に、トミーの失望の深さを感じ、エミリ先生の自負の中にある驕りに対して、
トミーは強い怒りを感じたのではないかと感じました。

「ルーシー先生が正しいと思う。エミリ先生じゃない。」
どちらが正しいのかはだれにもわからない問題だと思います。

臓器移植用の人間というとんでもない運命を「あり」としたのは、
クローンは人間ではなく、、その命も運命もコントロールしていいものだという結論を出し、
長い間それを推し進めてきたこの小説の中の人間社会です。
その根本の大きな過ちを動かせないまま、個人ができることは何か。
ルーシー先生とエミリ先生ではその見解が違いました。
自分は正しいことをしているという自負については、偽善ですし不快を感じました。
でも、ヘールシャルムの保護官たちは、「臓器移植用の人間なんか自分には関係ない」と
目を閉じることはしなかった人たちです。
ルーシー先生の考えもエミリ先生の考えも、クローン人間からの臓器移植を是とする社会の中で、
自分に出来ることは何かと考えた結果の結論でした。

その5に続きます。



            
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「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ その3

category - 日記
2017/ 11/ 20
                 
「わたしを離さないで」のカセットテープをある中古品の店で売っていたのをキャシーが見つけ、
それをトミーが買いました。トミーはずっとキャシーの失くしたテープが気になっていたのでした。
そして「猶予」の噂の話をキャシーに始めました。

ヘールシャルムでは誰もそんな話はしていなかった。
でも噂が本当だとすると、つじつまが合うことがある、というのです。

例えば展示館。絵ややきもの、詩やエッセイといった生徒の作品で、
優秀なものは校外に持ち出されるのだが、それはなぜか。
先生が口を滑らせたことがある。絵も詩も、作った人の魂を見せると先生は言った。
愛し合った2人が、一緒に暮らす時間の猶予を願い出た時、それが本当かどうかわからない。
そこで、生徒の小さい頃からの作品があれば、その生徒の人間性の判断材料になる。
自分の考えをトミーはキャシーに話しました。

ヘールシャルムでは、先生たちは繰り返し、創造性が大事だと言っていて、
絵や詩の上手な生徒は鼻が高く、出来の悪い生徒は真面目に努力していないと怒られました。
絵の苦手なトミーはそれが苦痛でしたし、ルーシー先生が、絵は描かなくてもいいと
言ってくれたことは、当時のトミーには大きな救いでした。

でも猶予の話が想像通りなら、自分はチャンスをどぶに捨てたんだとトミーは言います。
絵の下手なトミーでしたが、小さく書けばそうでないことがわかってきました。
まだチャンスがあるかもしれないと、トミーは絵を描き始めていたのです。

この後、キャシーは介護人になる決心をして、コテージを去ります。
介護人は、臓器提供した提供者の世話をする仕事です。
3回ほどの臓器提供で、死ぬ提供者が多いですが、
2回でも死ぬケース、4回目を果たすケースもあります。

提供者は不安と苦痛でいっぱいですし、介護人は長時間その姿を見守るので、
睡眠時間も細切れで、精神的にも肉体的にもストレスの大きい仕事です。
提供者の不安と苦痛は、全てのクローン人間が味わうものです。
介護人以外の仕事にはつけませんし、介護人を辞める時は提供者になる時です。

ある場所で、キャシーは同じ介護人をしているかつての旧友ローラに会います。
いたずらっぽい笑顔と、止まらない冗談が印象的な少女だったローラは、
疲れはてていて、昔の面影はありませんでした。

ルースの最初の提供がひどくて、介護人ともうまくいっていないので、
仲が良かったキャシーに、ルースの介護人をしないのか聞かれました。

また、ヘールシャルムが閉鎖されてなくなってしまったことなどを語り合いました。
土地も建物もホテルチェーンに売却されたようです。
キャシーはその話を、ローラに会って話し1年くらい前に聞いていました。

ローラに会ったキャシーは、ルースの介護人になることを決めました。
ルースは、座礁した船が見に行きたいと言います。
船のある場所は、トミーがいる所の近くでした。
トミーは2回目の提供を終えていました。
カップルであっても、提供が別々の地区で、それきり別れになるのはよくあることでした。
キャシーはトミーに連絡をして、ルースと3人で船を見に行きます。

帰り道で、ルースはキャシーに謝ります。
私がやった最悪のことは、トミーとカップルになるのはあなたのはずだったのに、
わかりながら邪魔し続けたことだと謝り、許してほしいけど許されることとは思わないと言います。

そして「猶予」の話を持ち出します。
とても愛し合っていることが証明できるカップルには、提供を猶予されることがあるという噂話です。
ルースは、マダムの住所を調べ上げていました。
キャシーは泣いて遅すぎると言いますが、ルースはそんなことはないと言い張り、
マダムの住所の書いてある紙を、トミーに渡します。

船を見に行く外出の後、キャシーとルースの間に長いことあった
ぎくしゃくした感じは消えていました。
ルースはキャシーに、トミーの介護人になることを勧めました。
そして2回目の提供が始まり、今度は乗り切れないと、誰の目にも明白でした。
激しい苦痛の中にいる提供者には、一瞬、頭脳が明晰になる瞬間がくるそうです。
その瞬間に、キャシーは、ルースに、トミーの介護人になることを告げました。
その声は聞こえなかったかもしれないけれど、2人の視線が結び合ったそのとき、
お互いの思いが通じたという感覚がありました。

船を見に行ってから1年後、キャシーはトミーの介護人になりました。
トミーは3回目の提供を終えたばかりでした。


このブログはもう一度本を読み直しながら書いています。
時間がかかるので、まだ終われません。その4に続きます。