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2017/09/24
2017/09/22

2017年09月

        

伯母さん、ありがとう

category - 日記
2017/ 09/ 29
                 
伯母の笑顔の写真を見ると、7月19日に入院した時の様子が浮かび上がります。
検査に通うのは大変だから、入院した方がいいね、と入院したあの日。

末期がん宣言はあったので、ショックは大きかったですが、
それまで普通に生活してきましたし、私の両親も末期がん宣言を受けて、
余命半年と言われた父は2年9か月、3ヵ月、もって半年と言われた母は1年10ヵ月、
最期の日々以外は、それなりに生活を楽しめたので、そういう経過かと思っていました。
だから予定通りに広島旅行にも行き、広島を楽しんできました。

それがみるみる伯母は衰えて、2ヵ月もしない間に逝ってしまいました。
あのあっけなさ。
この世の命って、こんなにもあっけないんだという思いは、悲しみとはまた別の感情です。
近しい人が亡くなるたびに、生きているって当たり前のことなんかじゃないと思い知ります。

伯母と私は、気が合う仲というのではなかったですし、
一緒に暮らしたこともないですし、特に接点が多かったわけではありません。
たまたま実家の隣に、仕事を定年になった伯母が家を作って引っ越してきました。
その後、伯母が脳梗塞など起さずに、生涯を背負うことなく暮らしていたら、
そのまま私と伯母は、そう接点のないまま暮していたと思います。
とても行動的な人でしたから、仕事から自由になった生活を満喫していたでしょう。

でも現実には、伯母は右半身が不自由になり、人が聞いてわかる言葉を失い、
骨折によって歩く自由も失って、私が世話をするようになりました。
近くに世話する姪がいてよかったとも言えますが、これだけのマイナスを背負った結果でした。
ご縁があったのだと思います。

伯母を亡くして以来、今まで特に意識してこなかった「血縁」という意識が出てきました。
母方の血縁と父方の血縁、両方のご縁があって私が生まれ、
嫁ぎ先の血縁とのご縁があって、私の子供たちが生まれました。
血縁という魂のグループ、流れ、という意識が生まれました。
怪しい世界の話が好きな私ですが、それまでそういう意識はあまり感じたことがなかったですが、
ご先祖様、という言葉が、初めて実感を持って感じられました。

形式でなく、ご先祖様に手を合すことが日課になりました。
伯母の導きかと思います。
個人的には、気の合うタイプのご先祖様もいらっしゃれば、
とんでもない性格だったご先祖様もおいでのことでしょう。
みんな一生懸命自分の運命を生きたご先祖様です。

単に私が年を取って感覚が変わっただけかも?

でも、今、生きていて、いろんなご縁を頂いていることに感謝しています。
長男の魂が私の子供に生まれてきてくれたこと
長女の魂が私の子供に生まれてきてくれたこと
オットの魂が私のオットになってくれたこと、
シュウトメちゃんの魂がオットの母になってくれたこと
会ったことのないシュウトの魂がオットの父になってくれたこと
亡くなった母の魂が私の母になってくれたこと
亡くなった父の魂が私の父になってくれたこと

血縁だけじゃないですけどね。
友人一人一人の魂が、私の友人になってくれたことも
ネットで出会った皆様の魂が、私のネット友になってくれたことにも
その他、今までの人生で、私を手助けして下さった名も知らない方々にも、
そうでない方々にも、深く感謝を感じます。

いつもそうだったら天使みたいですけど、もちろんそうではありません。
でも、それが人間ですよねぇ。

この感謝は伯母が与えてくれたもの。
伯母さん、ありがとう。



            
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ナナちゃんとこゆきちゃん

category - 日記
2017/ 09/ 27
                 
時々会わせているけれど、母屋と離れで別に暮らす我が家のにゃんこたち。
ナナちゃんは小雪ちゃんの存在にずいぶん慣れてきたようではありますが、
会った日には、タンスと鏡台の隙間にこもって寝ることが判明。
ナイーブすぎる猫、ナナちゃんでありました。
まあ、仕方ないけどね。慣れてもらうしかないし、
仲良くなれば、楽しいこともあれこれあるのではと思うよ、ナナちゃん。
ナナちゃんのこと、大好きだから、何も心配ないんだよ。

さて、一昨日、こゆきちゃんは予防接種を受けに行きました。
ナナちゃんが5種ワクチン接種後にかなりぐったりしたので、心配はありましたが、
ナナちゃんが外に出る猫なので、やはり3種ではなくて5種の摂取をしました。
ありがたいことに、こゆきちゃんは多少元気がなくなって食欲は落ちましたが、
ナナちゃんのようなダメージはなくて、今朝もご飯を食べています。

写真を撮ってみましたが、暗かったですね。
と言い訳を書きつつ、修正なしで載せます。



寝てたのに、カメラの音で目が覚めた?ナナちゃん




朝ごはんを食べるこゆきちゃん

来月末くらいに、こゆきちゃんの避妊手術はどうですかと獣医さんに言われました。
まだ5か月くらいなのに?と思いましたが、そのくらいがいいそうです。
子猫を買うのは初めてなので、知らないことがいっぱいです。

実は来月末はシュウトメちゃんの帰宅が控えています。
いろいろありまして、今月は1度返ってきたのですが、いつものように4週間後ではなく、
3週間後のご帰宅で、今週の金曜日に帰ってきます。
来月は平常通りに4週間後で、月末の金曜日の帰宅。

10月末か、11月の上旬か、手術日の予約に迷っています。

10月末、25日は私は仕事休みです。この日に手術させようか思案中。
私のシフトは、26日、27日は仕事ですが、
28日からシュウトメちゃんの帰宅中ということで3連休。

3連休の間、シュウトメちゃんの介護のため、私とオットはずっと家にいて、
こゆきちゃんの様子を何度も確認できるので安心ですが、
普段はシュウトメちゃんの部屋にいるこゆきちゃんを、
もっと小さなころの居場所だった土間に移動させることになります。
ストレスになるかな・・?

先代猫、フクちゃんが避妊手術をしたのは、大人になってからでした。
その頃家にいた愛犬に懐いて保護した時、1歳を超えていた様子なので。
おなかを舐めまくることもなく、異常なかったですが、
中には傷口のあるおなかを舐めまくってしまう猫ちゃんもいるらしいです。
2.2キロの子猫のお腹を手術で切ると思うと、フクちゃんの時より切ない気分。


                         
                                  
        

今日の仕事帰りの景色

category - 日記
2017/ 09/ 24
                 
夕方6時までの仕事が終わったら、自転車で帰宅。
いつの間にかこんなに日が短くなって、
おまけに今日は何だか肌寒かったです。
出勤時には暑くて首に冷却タイを巻いていったのですけど。



自転車を時々止めて、夕焼けを写してみました。



どんだけ田舎道を走ってるんだ?と言われそう。
田舎道なんですが、交通量と明るさはそこそこある道沿いなので、怖くはないですよ。



夏は6時なんて昼間みたいな明るさだったのに。
あと1週間で10月になります。すっかり秋ですね。
                         
                                  
        

昨日は友人と

category - 日記
2017/ 09/ 22
                 
仕事はお休み。車検の予約が入れてありました。
そろそろ車を変えようか、オットのお盆休みに車を見て回ろうかなんて
それとももう少しだけ乗ろうかと迷っていたところ、伯母のがんが発覚。

もう少し今の車に乗ろうということで、車検で直すのは最小限にお願いしたのですが、
車が古いから、あちこちガタが来てて、あちこち部品交換なども必要になり、
結構な金額になりました。仕方ないけどトホホです。




友人と、近くに新しくできたお店でランチ。
海鮮丼ランチも美味しそうでしたが、地元愛知県産の鰻のランチがあったのでそちらをオーダー。
鰻屋さんではないけれど、かりっと香ばしくて中は柔らかい、美味しい鰻でした。
右上のお刺身もついて、これで1500円は感動的。
でも土日はランチ営業はしていないんですって。夫とのランチは無理だなぁ。
美味しくいただきました。




お世話になった方にプリザのプレゼントをしたかったので、
講師でもある友人のご指導をお願いしました。
う~ん、いい感じ。今からの季節にピッタリ。




超多忙な友人にランチ、お茶、プリザの材料の買い出し、指導まで、
みっちり時間を使わせてしまった・・・
おしゃべりもいっぱい楽しめた・・・すみれさん、ありがとう。

明日は仕事で、明後日はまたお休み、明後日はケアマネさんとシュウトメちゃんの施設で会い、
介護予定表を頂いて、印鑑を押してきます。

美味しいものを食べて、友人とおしゃべりして、きれいなものを見て作って。
いい一日を過ごすことができました。

                         
                                  
        

日常生活に戻る

category - 日記
2017/ 09/ 19
                 
このまましばらくぼ~っとして過ごしたい私ですが、
職場にこれ以上ご迷惑をかけるわけにもいきません。
仕事と家事をこなす、普通の日常生活に戻っています。

私は半日パートですし、職場の人たちは優しいので、
9連休いただいても、温かく迎え入れていただきましたが、
考えたら、正社員で、普通の職場にいたら、もっと親しい関係の、
親きょうだいの亡くなった場合の忌引きだってもっと短いかも。

私の場合は忌引きではなくて、休暇なので話が違いますが、
忌引きに有休を足してお休みできる職場と、
仕事が回らないから、そんなにも休めない職場があるんだろうな。
私みたいに、半日の仕事でもまだぼ~っとしていたいなんて、言っていられない、
そんな方たちの気持ちが少しでも癒されますように。
今朝はそんな気持ちが湧きました。

今日は、仲が良かった同僚の最後の出勤日。
定年なんですよ。明日がお誕生日。
とてもいい人だったので、寂しくなります。


                         
                                  
        

2メートル先には伯母の笑顔

category - 日記
2017/ 09/ 14
                 
伯母のお骨は、実は私のパソコン椅子から2メートル東の壁際にあります。

実家でお葬式をしましたが、お骨になってからの七日ごとのお参りを、
毎週、三十五日の法要の日まで、実家でするのは大変なことです。
(私の嫁ぎ先の方では四十九日法要なのですが、こちらのお寺では三十五日法要みたいです。
宗派の違いなのかどうか、そういうしきたりのことはよくわかりません。)

七日念仏は火葬した日の曜日ごとに、夜に行います。
実家の電気がすぐ復旧する状態ではないというのも、もちろん大きな理由ですが、
それは正式に電力会社に依頼すれば、間に合うかもしれません。
取り外したメーターを改めて設置工事するのが1週間以内に出来れば、
半年契約を結んだら、すぐに電力再開はできるはず。

それよりも、通うのに大変すぎるので、どうしようかと思っていました。
私一人なら、毎週水曜日に仕事を休めば行けますけど、オットも毎週早引き?
妻の伯母、ですもんねぇ。親なら頼みやすいけど・・・。
それとも、和尚様と私の二人だけで七日念仏?それもちょっと・・・。

葬儀屋さんは単純明快に言いました。
「今はやらない人も多いです。お葬式をしない人も増えているくらいですから。
お寺さまに、率直に、七日念仏はやらないと伝えても大丈夫です。」

昔ニンゲンの私とオットは、やはり少したじろぎましたが、
オットの決心はすぐでした。
「お骨と御位牌と写真は家に持って帰ろう。いつでも拝めるし、伯母さんも喜んでくれるさ。
母屋には仏壇があって宗派が違うから置けないけど、離れの家に置けばいい。」
葬儀屋さんは、「この白木の台を差し上げますから(買うんですけど。笑)使ってください。」

考えてみたら、私がたじろいだのは、伯母が嫌がるという気持ではなくて、
和尚様が、koala夫婦を、この人たちはこんな考えなのかと嫌な気持になるだろうと思ったからで、
よくある(人に嫌われたくない、悪く思われたくない)という見栄だったと気が付きました。
両親もお願いした和尚様なので、よく思われたかったんですね。

そこに気が付いたら、もうたじろぎは消えて、どう思われてもいいから、
出来る範囲で、自分たちらしく伯母を弔おうという気持ちがストンとおりてきました。

仏教的には、もちろん七日ごとのお経には大きな意味があるでしょうし、
それをやめますなんていうのは、和尚様にとっては、不謹慎なことでしょう。
不謹慎なことを言ってごめんなさい、という気持はありますが、
仕方ないと割り切っているドライな姪でありました。

伯母の笑顔の写真を日に何度も眺めて拝んでいます。
リハビリの先生と写したスナップ写真を加工していただきました。
がんばり屋だった伯母は、リハビリに熱心な人でした。

服は普段着のまま、加工してありません。
これは両親の時もそうでしたので、父の時、父の弟さんには不評でした。
どんなきちんとした服装だって、頼めば着替えさせてもらえるのにって。
でも、私は、生前の姿をより彷彿とさせてくれる写真の方が好きなんです。
きちんとしていたほうが立派に見えていい、という叔父の感性とは馴染みません。

伯母のお骨の横には、お花と果物をお供えしてあります。
私の子供たちも、離れに来ると、伯母を拝んでくれます。

七日念仏を普通にやってあげられないけど、
写真の中の伯母の笑顔は可愛くて、
何度も叔母に話しかけたくなります。
これでいいよね、伯母さん。
三十五日の法要は、また実家でやってもらいますからね。

                         
                                  
        

伯母のお葬式が終わりました

category - 日記
2017/ 09/ 13
                 
すごい時間にブログを更新。目が覚めてしまって。

伯母のお葬式は、最初に予定していた葬儀会場で行えませんでした。
亡くなったのは10日の夜で、その日は友引でした。
その前に亡くなった方たちのお通夜、お葬式は、当然ですが延期。

月曜に亡くなったのに、その週は、金曜日までずっと予約が詰まっている状態だったのです。
そして土曜日はまた友引でした。日曜まで待つ?まさか。

急に冷える季節には、亡くなる方が急増するそうです。

代替案をいくつか葬儀屋さんに出していただいて、考えていましたが、
伯母のがんは肝臓にも転移していたので、顔色が黄色く、
時間が経つと、顔色はさらに悪くなってしまうとのこと。
それも何だかかわいそうなので、なるべく早くしてあげたい・・・。

亡くなった次の日、オットが提案しました。
「koalaの実家を使えないだろうか?電気を止めてあるのを再開すればどうだろう?」
電力会社に電話して、あれこれ聞きました。
ところが、うちの実家は、電気を止めただけでなく、メーターを回収してありました。
その場合はすぐに電気を復旧するのは無理だと判明しました。

その線は諦めるしかないかと思った時、葬儀屋さんが言いました。
「自然光で大丈夫です。家族葬なので時間もそんなにかかりませんから、
真夏でもないし、少し暑いくらいは大丈夫じゃないですか?」

伯母が生前、はっきり意思表示していたのは、葬式には誰も呼ばなくていいということでした。
一番近い親戚は私のような姪や甥で、最高齢の姪は79歳東京住い。
一番若い甥は私の弟ですが、アメリカ住まい。
双方、連絡はしてありますが、その際は伯母をお願いしますということでした。

友人、知人の多い人でしたが、脳梗塞の後遺症で右半身不随になり、
手紙などが書けなくなり、更に、言語障害で電話で話すこともできなくなって、
かなりお付き合いは減ってしまったと思います。

さらに9年前に、骨折して手術、車椅子の生活になってから行動範囲が極端に狭くなって、
私が老人ホームを探して入所させましたが、連絡したい人はいないと意思表明していました。
過去の年賀状から、親しそうな方だけには連絡しましたが、
やはり皆さん高齢ですし、伯母の意向もあります。

入院した時にお手紙を出した際に、お返事をくださってお見舞いに来てくださった方には、
もう長くないと言われた時点で、その旨をお手紙でお知らせしましたので、
それでよしとしようということにしました。

そう決まったら、実家の大掃除です。
実家の仏間でお葬式をという考えは、全くなかったので、
仏間と、玄関から仏間までの間を、オットと2人で大掃除しましたが、
この時は電気がなくてエアコンがないのがやや辛かったです。

そして昨日(12日)がお葬式の日でしたが、朝から雨で割に涼しく、
部屋中を開け放したら、風も吹き抜けていました。
葬儀が始まる時間には雨が上がり、霊柩車に乗せる時間には晴れていました。

ご近所の、伯母と以前親しくしてくださっていたのを知っている方には、
お葬式の前日に、ご挨拶に伺いました。
葬儀は伯母の要望で密葬にさせていただいておりますとお伝えしました。
元気だった伯母の話を聞かせていただいて、心が温まる思いでした。
その頃は、私の実母が元気で、伯母の面倒を見ていたので、
私はその頃の伯母をよく知らないのでした。
葬儀の前に来てくださり、手を合わせてくださって、感謝です。

私の実家の横に伯母の家があり、伯母はよく遊びに来て、
実家の居間のテレビを見ていました。

葬儀会場が予約でいっぱいで…と最初に聞いたときは、困ったと思いましたが、
伯母さん、ここでテレビを見ていたんだよねぇ、なんて思いだしながら、
白い葬祭用のお布団に、ドライアイスと共に横たわっている伯母に話しかけられたので、
実家でお葬式をできたのはいいことだったと思いました。

伯母はお骨になってしまいました。
でも、後半生の伯母の身体には、あまりに過酷なことが続いたので、
燃やされてしまうなんて・・・!という思いよりも、
今まで本当にお疲れ様でした、不自由な体から自由になれたね、
そんな思いが強く湧いていました。

もう歩けるね、それどころか走れるね、声だって出るし、歌だって歌える、
もしかして空も飛べる?なんて、伯母の遺体に話しかけてきた思いが、
骨を見た時にも崩れませんでした。
とても怪しい思いなのかもしれませんが私には普通の感覚です。

過酷な運命を、頑張って生きてくださって、ありがとうございますという感謝の念が湧きました。
伯母は我が道を行く人でした。
面倒を見る側の立場で言うと、ワガママで自己中さんでもありました。
末期がんになったって、動けない体になったって、それは変わりませんでした。
嫌なことは嫌だと,しっかり自己主張をする人で、亡くなる前日までそれは変わりませんでした。

伯母のことを可哀想などと表現することは、伯母に対する冒涜になると思っています。
敬意を込めて、本当にお疲れ様でした、あっぱれでした、と言ってあげたいです。

大変な運命を生きる、と言えば、私たち一人一人がみんなそうですよね。
伯母に手を合わせていたら、そのことに気が付きました。

私の中には、面倒を見てやってきたという思い上がった気持ちもありましたが、
大変な運命を生きる叔母とご縁を頂いて、一緒に過ごす時間を頂いたのだと思うと、
改めて、涙が流れたのでした。

そして、自分も、身近な人たちも、振り返るとみんなそれぞれ大変な運命を
一生懸命生きている、健気な人間だという思いが湧き、
自分にも、身近な人たちにも、ありがとうございますと手を合わせています。
朝の3時とか4時とかそんな時間に。怪しいな、私って。(笑)

人が亡くなると、その後にはいろいろな事務処理も残されて、
明日まで休みを取ってくれているオットと一緒に、今日はあちこち回ってきます。
今日で終わらなかった分は、翌日、私が何とかしなくちゃね。

                         
                                  
        

伯母は安らかに旅立ちました

category - 日記
2017/ 09/ 11
                 
10日に日記を書いてから約6時間半の後、伯母は永眠しました。
シュウトメちゃんが帰宅した日の夜に亡くなるなんて、
まるで待ってくれたみたいに。

私は伯母に、今日から泊るからねと挨拶して、部屋に寝具など持ち込んで、
夜にお風呂に入らずに済むように、昼間、オットと伯母を看るのを交代してもらって、
家でシャワーを浴びたり、夕食を買って持ち込んだりして、準備しました。

午後からの伯母は、すっかり反応が無くなってしまいましたが、
聴覚は最後まで残るというので、うるさくない程度に話しかけたり、
YouTubeで音楽を流したりして、伯母と過ごしました。

その時は、美空ひばりの「川の流れのように」を流していました。
息遣いがおかしくなって、これはもしかして・・・と不安に駆られながら、
頭を撫でたりしていましたが、伯母の呼吸は止まってしまいました。

死亡診断書の時間は夜の7時45分でした。

皆さま、伯母の最後が安らかであるように祈ってくださってありがとうございました。
伯母は本当に安らかに旅立つことができました。

                         
                                  
        

伯母さん

category - 日記
2017/ 09/ 10
                 
実は昨日の朝、伯母の状態が怪しくなったと
病院から電話が入りました。
シュウトメちゃんが帰宅中でしたが、朝の排便と朝食が
済んだ後たったのは不幸中の幸いでした。

何とかするから病院に行けとオットも言ってくれたので、
伯母の元へ行くと、目が開いている状態なのに
呼び掛けても反応がなく、呼吸浅いようでした。

結論から言うと、伯母は小康状態で、たまに意識が戻ります。
血圧、脈拍、酸素量、体温などに問題がなかったので、
私は緩和ケアには泊まらず、朝早く来ました。

シュウトメちゃんは、昨日の朝から夕食まで施設に緊急にお世話になりました。
部屋は埋まっていたので、夜は自宅で過ごし、
オットに頼みましたが、今朝、施設に元気に戻っていきました。

伯母の枕元で、懐かしいだろうと思われる音楽を流します。
今朝もずっと流していたので、少し耳を休ませるために、音楽を中断しました。

伯母は美空ひばりが好きだったので、ひばりさんの歌をよく流します。
私はすっかりひばりさんの曲に詳しくなったかも。
知らなかったですが、持ちうたも多い上に、
いろんな他の人の歌も歌っていたのですね。

伯母さんが好きなひぱりさんは天才だねぇと話しかけています。
話せない伯母は、何を今さらそんなに当たり前のことをと思ったでしょうか。

たまに伯母が意識を取り戻した時は、私の話しかけに頷いたりしてくれます。
ほとんどないけど、昨日だって今日だってゼロではありません。

伯母はもしかしたら、私と昔の音楽を聞く経験を、
もう少ししようかなと思って、生きていてくれているのかも。
馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、
ふっと浮かんだこの考えは、
案外当たっているような気がします。

伯母は自分の家族を持ちませんでした。
今、私の存在は擬似娘という感じかもしれません。

伯母の兄弟姉妹は全て亡くなっています。
伯母さん、だからね、一人じゃないから怖くないんだよ。
みんなでお迎えに来てくれるから心配ないんだよって、
人が聞いたらなんて縁起でもないとドン引きしそうなことを
伯母に話しかけました。

伯母が苦しかったり、不安だったり、怖かったり、
それは多少は仕方ないことと思っていますが、
そういうことが、できるだけありませんようにと、
それが私の願いです。
                         
                                  
        

もしもの時に、着せてあげたい服

category - 日記
2017/ 09/ 06
                 
伯母のいる緩和ケアの看護婦さんから、お別れの時が近づいていると言われました。
もしもの時に、着せてあげたい服があったら、そろそろご用意くださいって。

伯母はまだ意識はしっかりありますし、血圧も正常で、
受け答えも、寝ていない時はできますけれど、
うとうとする時間が増え、呼吸も少し苦しくなってきました。
そして肌の感じが、熟練の看護婦さんの目から見ると、
その時が近づいている感じの肌になっているようです。

老人ホームで来ていた服は、洗濯機でじゃぶじゃぶ洗えて、
身体の不自由さがあっても着やすい服ですが、旅だちに着るには味気ないです。
少し若作りになってもいいかなと、伯母の好きだった雰囲気の服を選びました。
繊細なビーズ刺繡がたくさんある白いブラウスと、淡いベージュのスカート。
こういう服を着て、少しヒールのある靴を履いて、早足で歩いていた伯母を思い出しました。

私が行くと、ちゃんとわかりますし、スマホの音楽を聞いているのですが、
今日は30分くらいしっかりしていた後に、眠っていきました。
いつもは私がいる間は意識がしっかりしているんですが。

眠ってしまってからも、伯母が懐かしいだろう曲、リンゴ追分とか、
憧れのハワイ航路とか、そんな音楽を流しました。
いい夢を見てね、伯母さん。又明日ね、と言って帰ってきました。

シュウトメちゃんの部屋のエアコンの設置工事は2時間で終わりました。
リフォームで6年くらいたっているエアコンを外してつけ直しすると、
やり方がまずいと、少ししてから壊れやすいそうです。
引っ越しの多い人のエアコンも、壊れやすいそうです。
一旦外してまたつけるというのはエアコンという機械にとってダメージを受けやすいのでしょうね。
明後日がシュウトメちゃの帰宅日です。

7月に伯母のがんが発覚するまでは、これからもずっと伯母のために老人ホームに通うつもりでしたし、
昨年の7月にシュウトメちゃんが入院するまでは、シュウトメちゃんの老健に通うつもりでした。

今、伯母は緩和ケアで最後の日々を過ごしていて、
シュウトメちゃんは、老健を出てショートステイ専門施設にいて、まだらボケ。

変わらないものなど何もないのですよね。