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2017年07月18日

        

シュウトメちゃんや叔母の中の仏様、神様に合掌

category - 日記
2017/ 07/ 18
                 
シュウトメちゃんが左半身不随になったのは昭和56年のこと。
今から36年前、脳溢血で倒れた後遺症でした。
シュウトメちゃんはまだ50歳。今の私より6歳も若かったのです。

一緒に農業をしてきた舅を胃がんで亡くし、
生活のため働きに出始めたところだったそうです。
舅の一人息子であるオットは、父親が亡くなった時、まだ高校生でした。
上の義姉は嫁いでいて、下の義姉はまだ未婚で、会社員でした。

舅のがんは最初、原因不明と言われ、舅はどんどん弱っていったそうです。
シュウトメちゃんは、病院に通いつつ、1人で農業をして、看取り、葬儀などを行い、
その後、落ち着いてからとはいえ、慣れない会社の仕事に働きに出たのです。
心労と体の無理が重なったのではないかと思います。

私は、左半身が麻痺して動かなくなる前のシュウトメちゃんを知りません。
ものすごくよく働いた人だろうと思います。

時代錯誤の土地柄で、シュウトメちゃんはお見合い結婚しましたが、
お見合いというのは男性がその女性でいいかどうか決める場所で、
女性は下を向いて大人しくしているものだったと聞いています。
結婚相手は親が決めるもの、その親が決めた相手を断るというのはあり得ないことで、
選んでいただいて、ありがたく結婚して、夫とその家族に尽くすのが立派な女性。
シュウトメちゃんは立派な女性であろうと努力して、働き続けたのだと思います。

少しボケてしまって、自分が一人で立てないことを忘れてしまって、
トイレで洗面台の水を流しっぱなしにする横で、車椅子に座っていたシュウトメちゃん。
「トイレに行っておしっこをしたんだよ。」と答えるシュウトメちゃん。
「自分でトイレでおしっこしたんだ」と胸を張るように宣言したシュウトメちゃん。
目が据わってて異常さを感じましたが、誇らしい高ぶりの感じられたあの表情。

可哀想という言葉は使いたくありません。
「自分でトイレでおしっこしたんだ」と語った、その誇らしい顔の記憶が私を泣かせます。
私、いい子ぶるつもりはないからここにはっきり書くけど、
シュウトメちゃんの性格って昔から嫌いです。
でも、嫌いではあっても、長い間暮した情が、私を泣かせるのでした。

私は両親を末期がんで看取って、がんの最後の悲しいあれこれを見てきました。
でも、脳関係の発作で、身体が不自由になった老人が、
その機能を、末期がんよりはるかにゆっくりと失っていく場合の悲しいあれこれを、
これからシュウトメちゃんや叔母の姿から、見ていくんだなと感じました。

私は左半身不随になる前のシュウトメちゃんに会ったことはありません。
でも、わたしは、まだハンディが軽かったころのシュウトメちゃんとずっと暮らしてきました。

シュウトメちゃんはまだ、杖で長い時間歩けたので、知り合いの経営する薬局に歩いて行き、
喫茶店でコーヒーを飲むように、その薬局でリポビタンAを飲んでおしゃべりしていました。
庭の花を切り、自宅すぐ近くにあるお墓に持って行って、お供えしていました。
バスに乗る事さえできました。

出来たことが出来なくなっていくことを、人は老いとともに味わうけれど、
脳出血や脳梗塞の後遺症が重かったシュウトメちゃんや叔母は、
そうでない人たちよりも重く、その事実と向き合って生きて行く運命を生きています。
よく、その人の中に仏様がいらっしゃる、神様がいらっしゃる、という言い方がありますが、
そういう意味での、シュウトメちゃんや叔母の中の仏様、神様に合掌する思いが湧きます。
目の前にいるシュウトメちゃんや叔母の実像は、ワガママで自己中なおばあさんなので、
またそんなことを・・・という思いも同時に湧くんですけどね。

今日は仕事で、明日は叔母の造影剤使用のCT検査の日、明後日は仕事で、
その翌日は、広島旅行。先週と今週は特別に慌ただしい日々が続きます。

まだ広島旅行の日程が煮詰まっていない、支度も全然していないという状態です。
最初は宮島で2日間のんびりでいいかと思っていたのですが、
調べ出したら気が変わり、もう少し動くことに。
で、きっと、最後は盛りだくさんになるに決まってる私の性格。(爆)

シュウトメちゃんに入ってしまった変なスイッチが、大ボケへの道に進みませんように。
叔母の怪しい肝臓の影が、たいして心配のないものでありますように。
広島旅行が実り多いものになりますように。
可愛い2匹の猫、ナナちゃんと小雪ちゃんが早く仲良しになりますように。(毎日面会中)

            
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