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2017年06月

        

そうか、私は自分の中のこういう見下し心理がとても嫌だったんだ

category - 日記
2017/ 06/ 30
                 
昔の自分の日記を読み返して、気が付くことがいろいろありますが、
とても不快だったのが、この日記の中の一文。

何と言うこともない文章ですが、この中の「パラサイトシングルだけにはさせません!」
この言葉の中にある自分のおごりというか、見下す気持ちに、ハッとしました。

最初にお断りしておきますが、今から書くことは一般論ではなくて、
私の中の、私が気になる棘についての話です。
常々、誰にでも当てはまる話なんてない、と思っています。
今の私にとっては、こういうことだと思う、という単なる自己分析ですので、
これを読む他の人が、それは違う、と思われても、それはまた当然のこと。
私とその人が違う人生を歩む違う人だというだけのことだと思います。

本題に戻りますが、昔はパラサイトシングルっていう言葉がはやったんですよ。
自立していないで、親に寄生して、楽して生きている独身男女をそう呼びました。

あの頃は、引きこもりとか、ニートっていう言葉がそうメジャーでなかった気がします。
パラサイトシングルっていうのは、ニートのことではなくて、
普通に会社員をしているけれど、生活費の負担や自分のための家事もしないで、
お給料は全部お小遣いで、チャラチャラ遊んでる、というイメージがありました。

でもそれって、単に私のイメージです。
実際にそう呼ばれるような人たちがチャラチャラ遊んでいるのを見てたわけじゃありません。
どんな事情がその親子にあったのかも知りません。
知らないけど、見下していたんですね。

マイナスイメージの言葉っていっぱいありますよね。
パラサイトシングルもそうですし、引きこもりも、ニートもそう。
引きこもりの人たち、ニートの人たちというのはここの事情が違うでしょうし、
私の知らないどんな苦しい事情があるのかも私は知りませんが、
このマイナスイメージの言葉を聞いて、見下す気持ちは全く湧かないかといえば、
48歳の私がパラサイトシングルを自覚なしに見下していたよりは少ないですが、
ゼロではないというのが本当です。

「このハゲ~!」と怒鳴った議員さんがいましたが、ハゲもデブもブスも、
そうでない人よりも見かけが劣っているという意味で同様。

人間は比べる能力があるし、自分がどの位置にいるか確認したがる生き物だし、
感情というものが豊かなので、始終比較をして、感情を揺さぶられていると思います。
本当はそれ、不要だよ、もうそろそろ卒業しようよという気持ちが、
この48歳の私の日記を読み返して不快になった理由だと思いました。
完全な卒業は人間として現在に生きて行く上に無理なので目指しませんが、
今回湧き起こった、自分の中の不快な気持ちを見つめると、そういうことでした。

私はシュウトメちゃんに見下され発現をいっぱいされて嫌でした。
職場のジャイアンも、やたらにいろんな人を見下すのが嫌です。
マウンティングについて先日もブログを書きましたが、
あれも見下すことで自分を上だと思いたい心理が嫌だと思っています。
で、私も同じことしてました。
そうか、私は自分の中のこういう見下し心理がとても嫌だったんだと気が付きました。

コイツは自分よりも下なんだと馬鹿にすること。
この心理に相いれなさというか、不快感を持っているから、
人からそれが感じられることにも、うんと反応していたんだなと納得しました。

パラサイトシングルというのはみっともない、そんな事を許す親もみっともない、
私の子供も私自身も、そういうみっともないことにはならない、
そういう思い上がりが、48歳の私の中にあるのが見えます。

他にもたくさんある「みっともない」こと。
それを自分の中に見つけるたびに、私は凹んできました。

例えば、さっき聞いたことを忘れたり、人の意図にすぐに気が付かないことは、
年を取って増えましたが、「頭が悪い」ことなので、「みっともない」んですね。

だから、「私って頭が悪い~!」と感じる時、私は凹むんですが、
年を取ってスルーが上手になったので「頭が悪いと感じることは無駄じゃない。
頭の悪いことをする人も世の中に一定数いるし、それは必要だからいるんだ」と思えます。

「あの時はこうしたらスマートだったのに、みっともない反応をした」
これも凹みますが、その時にそのことに気が付かなかったのであって、
今はそれに気が付くことができた、人はそうやって生きて行くんだ、と思えます。

でもね、やっぱり「理想の自分」なんてものがあるみたいで、
そこから逸脱している自分には大きな「欠け」があるみたいに思えるんですね。
だから人の欠けを見つけた気がすると、「あの人あそこがあんなに欠けてる!」と感じて、
「私の欠けよりかなりひどいんじゃない?私の欠けなんて問題じゃないくらいよね?」と
自分のダメージを繕うのに、見下しが必要だったのに違いありません。

いえ、過去形じゃなくて、自分の心の奥を覗いてみると、現在進行形なのですが、
それは社会で生きる上で、仕方のないことだと思います。
ただ、自分の中にそういう気持ちがあるという自覚が大事だし、
それは本当は不必要だと感じることも、私にとっては必要なことに思えました。

私にはここにもあそこにもいっぱい「欠け」がある~!と思わなくていいのですよね。
それは「欠け」ではなくて「特徴」だと思います。
頭が悪いと思える失敗をするだとか、見かけが悪いとか、そういうことばかりではなくて、
病気や怪我だとか、家庭環境とか、運命だとか、そういう事を全部ひっくるめて、
あらゆる人が、あらゆる特徴を持って、あらゆる人生を生きているのが現世なのだと思います。
(この辺、普通に読んだら怪しいんでしょうか?私には普通ですが。)
社会的に「欠け」にしか思えない特徴や運命を、たいていの人はいくつか背負って生きているし、
それを引き受けて生きて行く(克服するのも含めて)のが定めかなと思います。

自分に宛てた手紙を読み返して、みんなそれぞれ違う特徴を背負って、
頑張って生きているんだから、相手の特徴をあざ笑うなんてやめようよ、という気持になりました。

ちょっと長いですが、コピーして載せます。
あと約1年5ヵ月後(現在56歳7ヵ月)の私に向けて書いた、
楽天ブログの中の48歳の私からの手紙です。
読み返すと、自分の思い上がりを感じますので、私にはいい教訓になりました。
ブログを書いていくって、そういう利点もあるんですね。

カテゴリ:思ったこと
10年後、58歳のkoalaさん、こんにちは。
元気で
笑顔で
胸を張って
生きていますか?
しょぼくれてなんかいないでしょうね


38歳から48歳までの10年間を振り返ると、
私のテーマは「親子」
だった気がします。

長男、長女が中学、高校、専門学校や大学へと
思春期を駆け抜けていく大事な時期
であり、
親としての仕事の最終仕上げの時期でもありました。

それはまた、実家の両親が、それぞれ末期癌宣告
を受け、
父が宣告から3年弱の平成16年、母が2年弱の平成20年に、
あの世に旅立った
時期でもありました。

あの子たちの母親でよかった
と思いますし、
あの両親の子供でよかった
と思っています。
子供たちも両親も、もちろん私自身も、欠点だらけで、
完璧とはほど遠い所にいて、文句
を言えばきりがありません。

いっぱい間違いながらでも、自分の足で歩いていく事が、
とても大事だというのが、48歳の私には見えて
きました。
38歳の私には、それがよくわかっていませんでした。

58歳の私は、今より体力も落ちて、疲れやすいことでしょう。

シワもシミも増えて、お肉も今以上にたるんでいるでしょう。

でも多分、今の私には見えないものが見えているでしょう。

それが何なのか、今から楽しみです。


10年後、長男は33歳で、長女は30歳になっています。

自分の58歳より、更に想像できないです

幸せな結婚をして、かわいい子供がいると嬉しいけれど、
子供の人生は子供のもの、わかりませんね。
でも、パラサイトシングルにだけはさせません


すっかり大人になっている年齢には、
色々辛い事も起こってきているかもしれません。
親はもう手出しできない年齢です。

しっかり乗り越えて成長してくれることを、信じましょう。


オットと私は、まだ
仲良し
でしょうか?
58歳になるまでの10年間、職場のストレスを乗り切って、
2人で生活をのんびり楽しむような環境にいたいものです。


想像したくない筆頭はシュウトメちゃんの介護
ですが、
したくないことはしないでおきましょう。

私の両親は、介護といっても、遠慮と感謝があったので、
してあげられることは何でもしてあげたかったですが、
シュウトメちゃんは、別格のご老人ですからねぇ・・・。


今も26000円貸しているのですが、お見舞い金が入ったら、
まず美容院に連れて行ってと言い、パーマと毛染めをして、
私の貸したお金を返すどころか、快気祝い代も、
自分は出さないんですって。

弟夫婦と甥夫婦だから、お返ししなくていいって言うの。


私のお金で勝手に快気祝いを買ってくるのだったら
かまわないってことみたいです。
欲ボケ?いいえ、これがシュウトメちゃんの性格。


58歳のkoalaさん、こういう人の介護を、
私はちゃんとこなしましたか?(過去形がすごいでしょ

自己中の義姉たちに負けないで胸を張っていますか?

58歳のkoalaさんが、笑顔でいる
ためにも、
今からの10年間、がんばっていきますね。

だからきっと笑顔でいてくださいね。

 
        48歳のkoalaより 

            
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叔母は来月、超音波検査

category - 日記
2017/ 06/ 28
                 


雨の日の紫陽花は風情があっていい感じなので、本文とは関係ないですが、載せておきます。
わが家には10本以上の紫陽花の木があります。
一部は叔母からもらったものです。

下の赤い紫陽花は、叔母からもらったもの。(上の画像は私が以前買ってきた紫陽花です)
似た品種の物が3本植わっています。
この花を見ると、まだ叔母が元気で、庭に紫陽花を植えて喜んでいた頃を思い出します。



昨日は叔母の定期的な診察の日でした。
糖尿病や高血圧、高コレステロールがあるので、病院に通っています。
状態は安定していて、診察に来るのが大変なこともあり、
今は2ヵ月に1度の診察にしていただいています。

機能の検査結果で、わずかではありますが、肝機能の数値が以前より高くなっていて、
問題にする程ではないけれど、どうして数値が上がったのか、
このまま上がってくることはないかと見極めないといけないので、
超音波検査を来月中旬にすることになりました。
叔母と私に、問題のない数値だと何度も強調してくれて、優しいドクターです。
検査はシュウトメちゃんの帰宅の2日前。
朝早くお迎えに行かないといけません。
この週はちょっとハードになりそう。

叔母はシュウトメちゃんよりも3歳年下で、満83歳です。
病気や怪我など、人生がガラッと変わる大きなことが3度ありました。
最後は平成20年の大腿骨の付け根の骨折で、そこで車椅子の身になり、
長い入院生活を送り、自宅で一人暮らしが危険になり、老人ホームへ入所しました。

その後はそこそこ落ち着いていましたが、やはり少しずつ衰えて、
足に縟瘡が出来たり、今回の様に、肝臓が少し心配になったり、
いろんなことは起きてきますね。
大したことになりませんように・・・。

叔母は自分の肝臓が心配になったのか、帰り道、不機嫌でした。






墨田の花火も柏葉(カシワバ)紫陽花も、見頃を過ぎ、少しくたっとなっていますが、
今日の雨で少し復活しないかな?



ホウキグザが雨で生き生きとしています。
今は「ホウキグザ」というより、「コキア」と呼ぶことが多いですが、
私の子供時代は「コキア」という呼び名は聞かず、「ホウキグザ」でした。

                         
                                  
        

古い日記を読み直す

category - 日記
2017/ 06/ 27
                 
小林麻央さんが亡くなったことで、がんで家族を亡くした私のような人たちが、
麻央さんを悼むと同時に、亡くした家族をより一層思い出したのではないかと思います。

あのころ、たくさんの方の癌ブログを読んでいました。
末期がんを宣告された人は私の母だけではなく、
がんの進行に心が折れそうになるのも私の母だけではありません。
当たり前のことですが、同じような立場の方たちや、
私の気持ちをわかってくださる方たちと、語り合ったり、
情報交換したりするのは、私の心を救ってくれました。

母ががんと共存していた頃、楽天ブログを書いていましたので、
読み返すと、すっとあの頃のことを思い出すことができます。

調子がよかったころの母との時間、こんなブログを書いていました。
母は、興味のある場所に連れていくと、母は喜んで、結構な距離でもてくてく歩いていました。

過去ブログは画像のあるものを選んだので、よろしかったら画像だけ見られます。










母のがんが見つかった時、余命3か月、もっと早いかもしれない、
実はいつその時が来ても不思議ではない、半年は無理だと思ってください、そう宣告されました。
がんの告知は母の診察時、私と一緒の時にいきなりの告知がされましたが、
この余命告知は私だけにされたので、私は母に何度聞かれても、
「余命診断は外れやすいから、あの先生はやらないんだって」と言い切ってこられました。
奇跡が起きて、1年7か月、母はそこそこのQOLを保った形で生きていてくれました。




勧められて、お受けしました。
空きが出るまで待機で、そのうち特別室が空き、次の普通の個室に入りました。

ホスピスに入ってからの母は、どんどんと弱っていきました。
痛みのコントロールはかなり機能していて、母はそれほどは辛い思いをしないですんだと思います。
もちろん、私に見えていたよりはずっと苦しいこともあったでしょうけれど、
穏やかな表情の母は、うとうとしていることが多かったです。


ホスピスに入る、ほんの1か月前には、お出掛けを楽しんで、歩き回っていました。


その更に一か月前には、夜の花火見学に出かけるくらい元気でした。




最後は寝たきりでしたが、意識はあって、時々おしゃべりしました。
母の命のロウソクが消えそうなのは、私にもわかりました。
この画像を写してから、1か月弱で母は亡くなりました。

72歳の母を亡くして8年半、私は56歳のおばちゃん、それでも、読み返すだけで涙が出ます。
34歳の若さで逝かれた麻央さんのご家族の喪失感はどれほどのものかと思います。

母とは関係ないのですが、こんな日記も見つけました。


自分の読んだ話、それも感動してブログに書いているのに、
全く忘れていました。
背筋がしゃんとしました。

「おばあちゃん。おばあちゃんと別れるなんてとても出来ないよ」
それに答えた70代後半のおばあさんの言葉が素敵でした。

「あたしには何の不足もないんだよ。
あたしは充実した人生を充分に生きた。
おまえさんの目には満身創痍で、いのちのかけらしか
残っていないように見えるだろうが、あたしはね、
たっぷりの命をもらって生きてきたんだよ。
人間はパイみたいなものさ。
両親に一切れ与え、愛する人に一切れ与え、
子供達に一切れ与え、自分の仕事に一切れ与える。
だから死ぬ時には自分のパイがなくなっている人もいるだろうさ。
自分がどんなパイだったか、思い出せない人だっている。
でも、あたしは自分がどんなパイだったのかがよくわかってる。
これだけは誰もが自力で見つけるものだからね。
あたしは本当の自分の姿を知って、
この世から旅立つことが出来そうだ。」
                         
                                  
        

庭に蝶々がきました

category - 日記
2017/ 06/ 26
                 


庭に蝶々が遊びに来ました。
蜜を吸っては隣の花に。
花はランタナです。



桔梗が咲き出しました。
亡くなった母が好きだった花です。
奥の鉢に紫の桔梗、手前左の鉢に薄紫の桔梗が咲いています。
他にも何本か植えてあるのだけれど、そちらはまだ咲いていません。



百合も、終わったものもありますが、見ごろな百合もちらほら。



元気カラー、黄色の百合も。



木陰で咲いているのを写したら、色が不明な感じに写ってしまいました。
純白の百合です。

この間、友人と三島に行って、ランチで鰻を頂いたお店では、
窓から庭園と建物が見えました。
その建物は、今は誰も住んでいないようでしたが、
ご両親のご両親の隠居部屋として建てられたとガイドさんが教えてくれました。

隠居部屋から見えるのは、広い、手入れされた庭園。
素敵だなぁと思いました。

毎日目に触れる景色は大事ですよね。

・・・というなら、家をもっときれいにそうじしなさいよと
私の中の「もっともさん」が呟きました。
「う~ん、でも仕事前にあんまり忙しくしたくないよ」と私の中の「ぐうたらさん」が答えました。

人間バランスが大事よね。(←言い訳)
「もっともさん」と「ぐうたらさん」の中間を行く掃除をしてから仕事に行こうと思いました。(笑)

                         
                                  
        

小林麻央さんのご冥福をお祈りします

category - 日記
2017/ 06/ 25
                 
海老蔵さんに「愛してる」とおっしゃって旅立たれたとのこと。
ご家族に囲まれて、子供たちのことも安心して託すお気持ちになって、
笑顔で旅立てたのではと想像しています。

幼いお子さんを残して旅立っていくのに笑顔なんてと思われるかもしれませんが、
麻央さんは、力の限り、生きる道を見つめて頑張ってこられました。
悔しい、とか、残念、という気持よりも、
本当にお疲れ様でした、と頭が下がる気持ちでいっぱいです。

私は両親をがんで亡くしていて、2人とも、輝く笑顔で旅立ったので、
若くして亡くなった麻央さんとは違いますが、何だか思いが重なってしまいました。
浮腫み、酸素吸入、発熱など、麻央さんの症状は両親がたどった道と同じでした。

72歳の親を亡くしても、辛くて悲しくてたまりませんでしたが、
心の奥には、お疲れ様でした、という気持ちがありました。
お若い麻央さんの闘病の辛さを想像してブログを拝見して、
いつも、なんてすごい人なのだろうと思っていました。
マスコミは、もっとそっとしてあげておいて欲しいなぁと思っていました。
今は、麻央さんのご家族をそっとしておいてあげて欲しいですね。

麻央さんの真っすぐな生き方に、いつも感銘を受けていました。
麻央さんのご冥福とご家族のご多幸を祈ります。

                         
                                  
        

マウンティングについて思ったこと

category - 日記
2017/ 06/ 23
                 
友人の職場に、ジャイアンのような女性がいるそうで、それがストレスと聞きました。
ドラえもんのジャイアンも、とにかく威張りたい、自分が上だと認めさせたいキャラですが、
今はそういうの、マウンティングって言うんですってね。

自分の自慢と相手の否定と自分の価値観の押し付け。
書きだすだけで面倒くささが募りますが、友人の職場は職員が少ないので、
私や同僚たちが自分の職場でジャイアンに使う「とにかく距離を置いて逃げる」という手が使えません。

友人がけがで少しお休みしている間に、そのマウンティング女子さんは、
リーダーの男性ととても仲良くなって、不倫とかでは全くないんですが、
職場なのに、きゃっきゃっとボディタッチなどしているのだそうです。
リーダーの男性はまだ若い独身男性で正社員、友人とこの女性は子供のいる主婦。
若い子ならまだいいのよ、私としては。でも子供2人いて、みっともないじゃない、と友人。

友人はこの2人の先輩なので、見かねて注意したそうですが、
こういう人は、注意しても、聞く耳ないですよね。
経営者の方は滅多に来ないし、仕事に支障なければ何も言わないでしょう。
マウンティング言動に加えて、不必要にリーダーにべたべたしている後輩と、
狭い空間で、少ない人数での職場がストレス~とこぼす友人。

それはストレスだよねぇ・・・気にしないようにって思っても、目の前だし、
マウンティングしてくる人って、そもそも多分コンプレックスが強くて、
それを補おうとしてやってくるから執拗だし。

先輩である友人にまで(同僚にもしてる)マウンティングしないではいられないのも、
職場で若い男性にボディタッチするのが大好きでも、
それはその人にある問題が表面化しているわけで、お気の毒な話。
心からそれだけ思えたら、ストレスは激減すると思うから、
そこを目指して頑張ろうね~とお互いの健闘を祈った(?)私たち。
でも、そう思っても、やっぱりイラッとしますよね。

私の場合、上から目線で責められるとイラッとする、その心の中には、
その上から目線を跳ね返すだけの自信が足りないのかもと思いました。
そういう人は、上に評価されたくて仕方ない病気を持っているような人だから、
人に説教などして、勝った!と思う瞬間が幸せなんでしょう。

と、ここまで書いていて、ふと思いました。
シュウトメちゃんの嫁いびり、あれも一種のマウンティングだったかも??

自分の娘はあんた(koala)と違って、こんなに素晴らしい嫁をやっているという自慢はすごかったです。
その根拠となるのは、私から見たらとんでもない価値観の押し付けでした。

「お昼ごはんの準備をしておきました。ごめんなさい、前に行ったように、今日はお友達と・・・」
「独身時代のお友達とランチをしてくる?!
うちの娘たちはね、結婚したらキッパリ独身時代のお友達とは手を切っているから、
昔のお友達とランチなんてしたことがないよ!あんたの3倍は働き者だ!」
義姉たちが本当に独身時代のお友達とは手を切ったのかどうかは知りませんが、
それがシュウトメちゃんにとっては「正しい嫁の在り方」だったので、押し付け意見が多々ありました。
自分の娘と嫁を比べて、嫁を否定して、マウンティングを味わってたシュウトメちゃん。

娘だけじゃ気が済まなったので、育てた自分も自慢してました。
「あんたのお母さん、恋愛結婚?そういうの、昔は、あばずれって言ったんだよ。
わしは見合いで、見合いの席では空いての顔を見なくて、結婚式で見てがっかりしたもんだ。
え?なんで顔を見なかったかって?昔の恥じらいのある女は、そんなことしなかったし、
親の決めた相手と会って、結婚するかどうかを男が決める時代だったからね。」

母親をあばずれと呼ばれて絶句した私でしたが、シュウトメちゃんの扱いに慣れた面もあり、
たまに「傷付きますよ~」「その考えは古すぎます」と反旗を翻すものの、
たいていは、適当にスルーしていました。
この時は、心の中であっかんべをしながらですが、
「お義母さんは美人でしたからね、選ばれたんですね」とおだてておきました。

最初の頃なんですから、わかったような顔をしていないで、
怒りが収まらないふりをして、「なんてこと言うんですか?!
私の母があばずれって言うんですか?ひどすぎます!謝ってください!」と
強い強い態度に出て、大騒ぎしていたら、少しはその後が変わっていたのかな?
言い返すと、ヒステリー起こすし、プチ家出(仲良しの薬屋さんですが)するし、
長引く面倒くささに物分かりのいい嫁を演じましたが、これで良かったのか悪かったのか。
まあ、過去の選択をどうこう言っても始まらないので、考えるのは無駄ですが。

自分が下だと思うのが耐えられないから、上だと言い張ってくるのがマウンティング?
だったら、上とか下とか考えなきゃいいのにね、と今の私は思います。
でもその時は、また失礼なことを言い出して・・・人間的に下の下!と、
上から目線には上から目線で答えていました。

みんな自分の目の前の人生を一生懸命生きているので、
自分のために、あるいは大事な人のために、こうするのが一番いいだろうと
思えることをしているわけです。
マウンティングしてくる人ははた迷惑ですけど、
それが自分を守るいい道だと思うからやってるのでしょう。
上から目線には上から目線で、ではなくて、
そういう生き方は疲れますね、お疲れ様です、と思えたら楽かもしれません。

それにしても、友人の職場環境は、モチベーション下がりやすそうで同情します。
エールを送っているからね~!
                         
                                  
        

ナナちゃんと小雪ちゃんの面会、今日もやめちゃった

category - 日記
2017/ 06/ 22
                 








ナナちゃんと小雪ちゃんの面会は、今までシュウトメちゃんの部屋でしてきました。
シュウトメちゃんの帰宅で、部屋からゲージを出しまして、帰宅中は面会どころではなくて、
その後もいろいろ慌ただしく、しばらく面会していません。
ナナちゃん、明らかに、怖がってるし。
こんなに小さな子猫が怖い?と思うけど、穏やかなナナちゃんから見たら怖いかも。

小雪ちゃんのお転婆ぶりは、ホントに驚くほどです。
ナナちゃんがもう使わなくなって久しいキャットタワーを土間に入れましたが、
170センチほどの大きめのキャットタワーなので、万一落ちると危ないからと
周囲に毛布やマット類を敷き詰めましたが、全然心配なかったみたいです。
土間を開けると、タワーの上にいても、すごいスピードで降りてきます。
木登りのように、立っている私の足から肩まで、爪を立てて素早くよじ登ってくるので、
痛いし危ないし(場所はキッチンなので危険はいっぱい)ということで、
現在、よじ登り禁止の躾?真っ最中。
写真を撮ろうかと思ったけれど、撮る余裕なくて~。

小雪ちゃんのママ(推定)は、今日も来ました。
ちょうど縁側にわたしがいる時に、縁側の近くの草の茂みにちょこんと座っていて、
又も私と目が合いました。
「小雪ちゃんは元気でいるからね。大丈夫だよ。」と今日も声掛け。

小雪ちゃんがもっと大きくなって、もう少し落ち着いたら、
行動範囲をもっと広げてあげられるから、そしたら今日の私とママ猫のように、
ガラス越しでご対面できるかもしれません。
でも、ママ猫が大騒ぎしてしまうだろうか?
そして、子猫ってどのくらいで落ち着いてくるのかしら?



                         
                                  
        

三島ウォーキング その3

category - 日記
2017/ 06/ 21
                 


三嶋大社の本殿には見事な彫刻が施されています。






わかりにくいのですが、右側の彫刻のアップです。遣唐使として唐に渡り、
中国で危険視されてとらえられた吉備真備が何か勝負をしています。
先に亡くなっていた安倍仲麻呂が吉備真備に知恵を与え、勝負に勝たせたことで、
吉備真備は日本に帰ることができたという逸話が描かれています。




中央の彫刻です。
天照大神が天岩屋戸からお出ましになった時の様子が彫られています。
神社に施される彫刻としてぴったりの光景ですよね。
この他左側にも、そして中央、左右それぞれの裏側にも、別の彫刻が施されているそうです。

ここからまた歩いて、「三嶋暦師の館」に行きました。
ここでは専属のガイドさんにお話しを伺い、最後に暦の印刷体験をしました。
画像は友人の印刷体験の様子です。
エプロンは服に墨が付くのを予防するための物で貸し出していただけます。




三嶋暦は、仮名文字で作られた日本最古の暦と言われているそうです。
暦は農作業の目安になる大切なものでした。
字や絵を木版で一枚ずつ印刷して売っていましたが、体験用のものは木ではなく、
忠実に作られたプラスチック製のもので、墨に糊を混ぜたもので印刷します。
文字がまた美しいです。







他の画像はしっかり人物が写っているので割愛してお庭の花の写真を。




三嶋暦師の館から三嶋大社は近いです。
戻って、入り口のすぐ横のお店でお茶休憩。
こちらの和菓子は「福太郎」といい、草餅をこしあんで包んだ上品なお味でした。
福太郎2つとお茶のセットでなんと200円でしたが、
私たちはツアーについていたチケットと交換で、無料で頂いてしまいました。

そしてまたてくてくと川べりを歩いて行くと・・・数人の人が集まっていました。




ここにもカルガモの親子が!
すごいところですねぇ、三島市!



公園の中を横切って歩きながら駅に向かいました。
あちらにもこちらにも湧水の美しい水、そして地面には溶岩。
三島駅近くでガイドさんとお別れしました。



私は今まで、ボランティアガイドさんとは言うものの、市の観光PRに役立っているのだから、
市から謝礼は出ているものだと勝手に思っていましたが、
今回丸1日ガイドさんとご一緒してお話ししてみたら、本当に無料ボランティアなんですって!
歴史が好きな人が勉強会に出席して、その土地を深く知り、
その中で、ガイド担当をしてもいいという方が請け負っておいでとのこと。
びっくりしました。今までお願いしたほかの土地のガイドさんも・・・?!

今回は、JR東海ツアーズの企画に協力したわけなので、寸志はありそうな感じでしたが、
丸一日、お客さんに気を遣い、歩き回って説明するのですから大変なお仕事です。
勉強して、お客さんの興味と体力を測りつつ、時間を気にしての案内です。
しかし、人と会ってそういう仕事をするというのは脳の活性化に最高、
おまけに歩き回るのでとてもいい運動、というのは私と友人の一致した意見で、
こういう老後は素敵だなぁと思いました。
しかし、本当にボランティアだったとは・・・頭が下がります。



いっぱい歩いたね~ということで、日帰り温泉へ。(笑)
駅前のドーミーインホテルに天然温泉とありまして、ガイドさんが、
ここは日帰り利用できるんじゃないかなぁ、時間的に厳しいかもしれないけど、と
おっしゃるので、行ってみましたが、NGとのことでした。
ここはバスで最寄りバス停まで行き、徒歩9分の極楽湯。

もっと時間があれば、三島駅から伊豆方面に電車で20分、更にバスで10分行くと、
長岡温泉に着いて、そこは立派な日帰り温泉施設があるとのことでしたが、
安い「こだまの自由席ならどれでも乗れるチケット」で来ているので、そこは諦めました。



バスで駅前に戻って、駅のすぐ前に会ったお店に入り乾杯しました。
お皿にあるのは「静岡おでん」で、真っ黒なおでんに魚粉がかかっています。
ぜんぶお箸で半分に分けられるおでん。仲良くはんぶんこ。




友人は梅サワーと生シラス定食、私はビールと海鮮丼。
静岡らしい晩御飯を食べて、帰途につきました。

日帰りでしたが、かなり堪能できました。
カルガモ親子に2か所で会えたし、いい旅でした。

三島ウォーキングはその3で終わります。
読んでくださってありがとうございました。
                         
                                  
        

三島ウォーキング その2

category - 日記
2017/ 06/ 20
                 
ランチ場所のすぐ近くにあるという三島梅花藻の里に行くと、
こんな可愛らしいカルガモの親子がいました!


















ずっと見ていても見飽きない可愛らしさでした。




三島梅花藻の里の全景です。
奥の方にカルガモ親子がいました。



三島鰻を美味しくいただきました。
画像はありませんが、この鰻屋さんの横には佐野美術館という個人の美術館があり、
食事処からは庭園が見えます。



食事を終え、三嶋大社に行きました。
源頼朝が伊豆に流されていた時、源氏の再興を祈願して、100日こちらの神社に通ったそうです。
見事に祈願成就、旗揚げを果たしたわけで、神社の名声も上がったことでしょう。



この石は「たたり石」とあったので、怖いエピソードでもあるのだろうか??と思いましたが、
「たたり」は「糸のもつれを防ぐ」という意味だそうです。



立派な大鳥居です。



こちらの社は厳島神社の分社とのこと。
厳島神社に来月行く予定を思うと、偶然とは思えず、ありがたくお参りしました。



三島には、有名な石が7つ、有名な木が7本あったそうですが、
7本の木のうち、現存しているのは、この木だけだそうです。



舞殿。こちらで巫女が舞ったり、雅楽の演奏があるのでしょう。
ここに来る前に、ちょうど夏越しの祓の茅野輪がありまして、
ありがたくくぐらせていただいてきました。
人が多かったので、写真は写しませんでした。



樹高10メートル以上、天然記念物の金木犀です。



本殿はこちらです。

その3に続きます。
                         
                                  
        

日帰り三島ウォーキング その1

category - 日記
2017/ 06/ 20
                 
三島駅にガイドさんがいらっしゃるからそこで待ち合わせ。
そこでわかったのは、その日のお客が私と友人の2人だったこと。
(2名以上で催行のプランでした。)
ガイドさんはとてもいい方で、楽しい1日を過ごしました。

最初に楽寿園という緑豊かな広大な公園に向かいました。三島駅から近いです。
中に楽寿館という素敵な建築が残っています。
明治維新で活躍された小松宮彰仁親王のために作られた別邸でした。
1回30分の館内案内がありまして、10時半からの案内に参加しましょうということになり、
そのじかんまで、楽寿園の中を散策しました。

1万年前に富士山が噴火した時、溶岩は三島市まで流れてきました。
溶岩は、表面は冷やされて固まっても、中は熱く、ガスも出ますので、
亀裂や隙間が多く、空洞もできやすく、地下水の通り道になりました。
この楽寿園でも、いたるところに溶岩が見られます。
溶岩の上に苔が生えて幻想的な景色になっている場所もありました。






下の画像の奥に見えるのが、楽寿館です。
溶岩がごつごつして見えるのは、小浜池と呼ばれる池ですが、水がないですよね。
この日は水位-25センチとの表示がありました。
マイナスの水位って??と不思議に思いましたが、水位を測る穴がありまして、
地下には水があるわけなので、マイナス表示は全く珍しくないそうです。
富士山の雪が解け始める頃から、水が増えだしますが、満水になるのは最近は7~8年に1度とか。




住宅も増え、地下水の利用も増えて、小浜池が池らしく見えることは減っていますが、
この楽寿館が出来たころは、立派な池でした。
ここの舟を浮かべ、舟遊びを楽しむことが出来たそうです。

楽寿館の建物から見た小浜池の景色は、この画像とはまた趣が違って素敵でした。
残念ながら、楽寿館のなかに入ることは出来ますが、写真撮影は禁止なので、
建物からの景色をお見せすることは出来ませんが、さすが宮家のために作られた建物です。
優雅な、凝った造りで、見事な襖絵、天井画、板戸絵が見られますので、
機会がありましたら是非ご覧ください。お勧めです。




この建物が楽寿館です。
下には人がいて、記念撮影なさっていたので、屋根の部分だけ。
青紅葉がとてもきれいでした。紅葉もさぞかし美しいことでしょう。



三島市は、源兵衛川、御殿川など、美しい湧水の川がたくさん流れていて、
川沿いの散策は涼しくて楽しいものでした。
上の画像は源兵衛川です。川の中に歩くための通路と飛び石があります。



川に左側に見える建物の2階に鐘があります。
時の鐘と呼ばれる鐘で、宿場町の人々に時刻を知らせる鐘でした。

三島市は、箱根の山を越えてきた人たち、あるいはこれから箱根の山を越える人たちが泊まる宿場町で、
箱根は大変だった~!とねぎらいのどんちゃん騒ぎをする客たちと、
これから箱根超えをするのだから、栄養を付けようとする客で賑わったそうです。




この画像、何だと思いますか?
大きな井戸の中を写しました。
済んだ湧水が湧いているところです。



これがその井戸、雷井戸です。
名前の由来は諸説あるそうで、わかりません。
昔の由来は、分権が残っていないとわかりませんものね。



これは梅花藻の花です。
春に滋賀県の醒井宿に行った時に、まだ花が咲いていない梅花藻を見ていたので、
ここでお花が見られて嬉しかったです。
水がきれいでないと育たない植物ですが、それに加えて、水の外に出ている部分には、
ごみが溜まりやすく、それを取り除かないとダメになってしまうそうで、手をかけないと咲きません。



川一面に広がる梅花藻は、手をかけている証拠でもあります。



お花は小さくて可憐でした。

日帰りではありますが、1度では書ききれませんので、その2に続きます。