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2017年02月22日

        

旅行の余韻について

category - 日記
2017/ 02/ 22
                 
私は旅行が好きです。
旅行中が楽しいのはもちろんですが、余韻があります。
その土地で感じたこと、知ったこと、予習から感じたこと、知ったこと。
そういうことが、自分の心に沁みこんで、浸透していきます。

昨年、沖縄の小さな島である小浜島に行った後は、
小浜島で、朝焼けを見て、夕焼けを見て、星空を見て、という毎日を過ごしたので、
自然と共にある生活ってすごくいい!という思いを強くしました。
空を見上げる回数が増えたと思います。(笑)

忙しい毎日を送っていると、いつも「効率」というのが頭にあるんですね。
これは無意識のうちにもあるわけです。
意識の上では決して、「ぼ~っと空を見ている間に、あれができる、これもできる」
そんな風に考えてないのに、私の脳みそは効率を優先して指令を出すみたい。
そんな脳みそを意識できるようになると、ちょっと待て~!って脳に言えるのね。

今月、長崎で知ったド・ロ神父と、映画「沈黙」の主人公であるロドリゴの一生が、
私の心に鎮座して、浸透して、影響を与え続けているのを感じます。

ロドリゴが?と思われますか?
実は、長崎で、ド・ロ神父の話を聞いて、ロドリゴのことを思い、すごく切なくなったんです。
ド・ロ神父は、誰から見ても立派な聖人でした。
神の道具として、出来ることをすべてやり遂げたいと願い、
完璧にやり遂げた人、という印象があります。

映画の中で、信者たちを拷問の苦しみから救うためには、
自分が命より大事に思っているキリスト教を、表面上であろうとも捨てなくてはいけなかった、
何よりも敬愛する主の顔の銅板を踏み続けなければいけなかったロドリゴ。
どんなにか、ド・ロ神父のような一生を送りたかっただろうと思って切なくなったのです。

キリスト教会から、ド・ロ神父に与えられた栄光と、ロドリゴに与えられた軽侮、
ロドリゴが、心から信じるキリスト教を否定しなければ信者の苦しみが続くという現実、
自分はクリスチャンではないと言い続けなければいけない心の痛み、
全部が、あまりに切なく胸を打ってきます。

で、その主人公ロドリゴは、普通のおばさんの人生と接点があるわけ?と言えば、ありません。
見えてる表面がすべてじゃないさ、というありふれた感覚が私の中で強くなるとか、
評価されたい!という欲からは、少し自由になった方がいい(難しい)と思うとか、
もしイエス様だったらこの場合どういう言動を取るのを良しとするだろう?と
ふと思ったり(その通りの言動をするとは限りません)、
そんなじわじわとゆるやかな感じで、長崎が、心の中に浸透していくのを感じています。

こういうのって、一般的には、旅行の余韻とは言わないかも?
でも私はこういうのが大好きなんですよ。

今日は今から出勤、ではありません。
シュウトメちゃんの通院日なので、午後2時にオットと施設へお迎えに行きます。
オットは半休を取っているので、1時までには帰るでしょう。
オットと自分のランチ用に、牡蠣ご飯を炊き、お味噌汁を作りました。
(長女は牡蠣が苦手なので晩御飯は白米。愛知県民なのでお味噌汁は赤だしです。)
あとは湯葉豆腐があるので、湯豆腐をポン酢で。
年寄りメニューだこと~。でも私、こういうメニューが基本的には好き。
いつもの出勤前に一人で食べるランチは
もっと簡単で、洗い物も少ないものです。

皆さんは今日はどんなランチかな~?
いい一日になりますように。


            
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