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2016年09月05日

        

「楽しまなくては人生ではない」人生と「いい娘・いい嫁というのは、人生を楽しんではいけない」人生

category - 日記
2016/ 09/ 05
                 
ネット友さんのブログで、田部井淳子さんの話を読みました。
女性で初めてエベレスト登山に成功したことで有名ですが、
今は、がんと共に生きている女性ということで有名。

ブログにあった、田部井淳子さんの言葉が印象的でした。

田部井さんは「楽しまなくては人生ではない」という信念を持っており、
みんなが山に行きたいといいながら山に行けないのは、
「子供がいるから、仕事があるから」と「行きたい。でも」というからだと
語っていらしたそうです。

これを読んだとき、とっさにシュウトメちゃんを思いました。
最近はとにかくシュウトメちゃんに時間を割いているためか、
脳みそにずっとシュウトメちゃんがいます。(爆)

シュウトメちゃんは、○○が出来たらいいなと思ったとしても、
すぐに「でも」と打ち消したに違いないと感じたのです。
「そういう風に思うことすらいけない」と思ったかもしれません。



それは主に両親から受けた躾が大きかったと思います。
女は我慢して働くもの、自分を抑えて家のために我慢するもの、
そういう躾に従うことで、結婚前には「いい娘」であろうとし、
結婚後は「いい嫁」であろうとしたに違いないシュウトメちゃん。
封建的な家に嫁いだために、本当に苦労したことと思います。
結婚相手も、親が決めて、娘は親に従うもの、だったんです。

気が強いからやり遂げられたのは間違いないでしょう。
逆に気が強いから、湧き上がる不満を抑える力も半端ではなかったでしょう。
とにかく嫁に指示し続け、怒鳴り続け、愚痴を言いまくった背後には、
自分の本当の気持ちを抑え続けてきたことのストレスがあった気がします。

若い頃、私の親の話をいろいろ聞いてきて、
見下した発言をするシュウトメちゃんは本当に嫌な人でした。

「お母さんは、会社に勤めて、恋愛結婚した?!
この辺ではね、そういう女はあばずれと呼ばれたものだよ。」
「結婚した時、家がなくて借家住まいだった?!
家もない男と結婚するなんて、想像もできないねぇ。」
このフレーズが気に入って、何度も繰り返していました。

私が反論すると、「姑に口答えするなんて、さすがあばずれの娘」だと言いだしました。
それが妙に嬉しそうで話が長くなるので、無視するようになりましたが、
どこまでクレイジーなんだと当時はうんざりしました。
いえ、思いだすと今でもうんざりするというのが本心かな。(笑)



こんなに嫌な姑さんなので、離れているのが一番なのですが、
介護がないと生きて行けない人でもあり、自殺してやると脅す人でもあり、
いつもこんなにヘンなのかといえば、時々ヘンで、普段は普通の人でもあったので、
心の距離を置いて、介護してあげるしかない、と思っていました。

でも最近、見る目が変わってきました。
脳を刺激するのに、何か好きなことで・・・と思ったのですが、
何にも好きなことがないと言うのです。
私には想像も出来ませんでした。
何も好きなことがないってどういうこと?!って思いました。

「若い頃、好きなスターくらいいたんじゃない?
日活の青春映画って流行ったでしょう?」
うちの親は結構そういう話題を振ると、そういえば・・なんて記憶がよみがえって、
いろいろ話してくれたので、シュウトメちゃんだって・・・と思ったのです。

ところが「嫁に行くまでは、家の手伝いで忙しかったな。
女の子はわしだけだったから、つまらんと思っていたが、仕方ない。
嫁に行ったら、映画なんて、行くはずないし、映画スターなんて好きじゃなかった。
子どもの映画は仕方ないから連れて行ったことがあるけど、わしは寝とった。」

こんなにスムースに会話は出来ませんけれど、こんな内容のことを話しました。
(こういう会話ができるので、まだまだまだらボケの部類と思います。)

好きなことをしちゃいけない、それは自分勝手で悪いことだと思い込んでいた?!
それが「正しい」ことだと思い込んでいたら、娘にもそれを強制したことでしょう。
義姉たちがシュウトメちゃんに近づきたくないのは、それがあるのかも。

ずっと近づきたくない姿勢を取ってきたわけではありません。
逆に、年中、うちに集まって、一緒に食事し、
下の義姉は子連れで毎月のように泊まっていました。
シュウトメちゃんがそれなりに元気な間は、親子関係は良好だったのです。

想像ですが、シュウトメちゃんの躾は、義姉たちの心の重荷になったことでしょう。
友人と旅行に行ったなんていう話は、日帰りですら、聞いたことがありません。
これ以上想像したり詮索したりする気はないのでやめますが、
「いい娘・いい嫁というのは、人生を楽しんではいけない」という価値観の母親がいたら、
これはどんなに重ぐるしいことか、と思います。
だからそういう母親が弱っていてもどうでもいいのか?という気持ちはありますが、
そういう母親を持ったゆえの葛藤を想像すると、それはなかなか大変な運命です。



ちょっとここから怪しい話になりますので、スルーしたい方はスルーしてください。
ここからの文章で、私が何が言いたいのか理解できる人は、
私と感性が似ているところがある、かなり変わった方だけかもと思います。(爆)

田部井淳子さんの発言を読んで、シュウトメちゃんと真逆の言動をしていると感じました。
この世には、あらゆる人生が満ちていて、陰と陽はワンセット、という怪しい考えからいくと、
ある人生観があれば、当然真逆の人生観がある、と思いました。

昔はそれが「いいか悪いか」ということに気持ちを奪われたのですが、
いいも悪いもなく、とにかくあらゆる人生観が存在して、
あらゆる人生観の元で生きて行く人生が存在する、
そのことをありのままに受け入れていけばいいのかもと思うようになりました。

情というものがあり、それが出来ないのが人間でもありますが、
受け入れられないなら、受け入れられない経験をするいう人生があるだけであって、
やはりそこにはいいも悪いもないのでは、と思います。

社会的には、いいとか悪いとかいう判断は、もちろんあるのですが、
そういう判断を下す、人間的価値観から離れた視点を持つ時間があると、
社会的立場に戻った時の心の揺れは減るかもしれません。
でも、揺れたって別にいいんだと思います。心が揺れる人生がそこにあるだけ。

ああ、書けば書くほど怪しい文章に。(苦笑)

シュウトメちゃんの人生に楽しみがなかったなんて言っているわけではないですよ。
苦労はあっても、子どもが育って行くのは楽しいことも多かったはずですし、
孫が生まれて、おばあちゃんとしての幸せだっていろいろあったでしょう。
ただ、積極的に、自分が好きなことを探して、それを楽しもうという心がけ自体が、
シュウトメちゃんには「正しいこと」とは思えなかったのだろうなと思うと、
何だか切ない気持ちになるのでした。

            
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