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2016/02/28

2016年02月28日

        

感謝 受けた恩を ひとつひとつ 見つめ直す

category - 日記
2016/ 02/ 28
                 
今年度、お寺の新聞を配ったりする役が回ってきたので、
ご近所の檀家さん宅や、お寺に行く機会が増えています。

お寺には、入り口の黒板がありますが、
今の言葉は「感謝」でした。



つい、人に迷惑をかけないで生きている、みたいな気になってしまうのですが、
いっぱい迷惑をかけ、それを迷惑とも感じないで受け持ってくれた人たちがいて、
今の自分がいるし、これからもそうなんですよね。
いい言葉を、ありがとうございます。



梅の花がきれいでした。
ちょっとわかりにくいですが、右端に咲いています。



アップで写してみました。




これは別の木。
空は真っ青で気持ちいい!

人に迷惑をかけない、というのは立派な教育なのかもしれませんけど、
むしろ、人に迷惑をかけないで生きて行くのはほぼ不可能、ということを
自覚した方がいいんじゃないかなと、最初の黒板の言葉からの連想で考えました。
迷惑を受け入れあう社会を目指した方が、社会はぎすぎすしないんじゃないかなと思って。

感謝から迷惑を連想する感性はいかがなものか、と我ながらちょっと思いましたが。(爆)

私が生きて行く間にかけた迷惑の数々を、受け入れてくれてありがとう。
亡き両親を思うとき、そんな感覚があるんです。
あるときは笑顔で、あるときは苦痛と共に、迷惑を受け入れてもらった、と感じます。
両親は迷惑とは思わなかったでしょう。

私だって、子供たちのために頑張ったことを迷惑なんて思いませんでした。
振り返っても、子供が生まれてきてくれて、親の経験をたくさんさせてもらったと感じます。

それを思ったら、ヒドイ姑さんとして君臨してきたシュウトメちゃんのおかげで、
私はそこそこ大変な嫁の経験をさせてもらい、うたれ強くなったし、
同様の経験を持つ人の心の痛みがわかる人間になりました。

辛くて弱音が吐きたかった時も何度もありましたが、
そのたびに、そんな私の話を聞いてくれる人がいました。
親子に限らず、たくさんの人の「おかげさま」で生きてきました。

朝起きて、歯磨きをする歯ブラシ一つ、私は自分では作れないし、
食材も、食器も、洗濯用洗剤も、洗濯機も、化粧品も、車も、自転車も、
何も作れないけれど、普通に文化的な生活が送ることができています。

一つ一つに丁寧にありがとうを言っていたら、一日終わってしまいそうなほど
たくさんの恵みを受けて生きているんだなぁと改めて感じました。

今日もいい目覚めの朝を迎え、ご飯を食べ、洗濯物を干して、
あと1時間したら、自転車で元気に会社に行く、そんな平凡な毎日だけど、
感謝することがいっぱいの毎日が目の前にあります。感謝ですね。

            
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