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2016年02月20日

        

最近の読書生活

category - 日記
2016/ 02/ 20
                 
昔は重度の活字中毒でしたが、最近は本当にあまり読まなくなりました。
読むのは好きなのですが、読んだあと、余韻に浸る時間が長いので、
そんなにたくさんの本はもう必要ないのです。

前回、図書館で借りた5冊の本について書いておこうかなと思います。
今回借りてきたのは、現在、読んでいる最中。

人はお金を使わずにはいられない  5人の作家による短編集
パピヨン                  田口ランディ
再婚生活                 山本文緒
私の息子はサルだった         佐野洋子
バイバイ、ブラックバード        伊坂幸太郎



「人はお金を使わずにはいられない」を最初に読みました。
面白く読んだのですが、作者と作品名を忘れてしまって、検索して書きました。(笑)
久間十義      グレーゾーンの人
朝倉かすみ     おめでとうを伝えよう!
山崎ナオコーラ   誇りに関して
星野智幸      人間バンク
平田俊子      バスと遺産

こういう色々な人の作品集というのは、読んだことのない作家のものを読む
とっかかりとしてとてもいいですよね。
久間十義さんって、名前は見たことがありましたが、縁がないかと思っていました。
「グレーゾーンの人」はサラ金の話なんですが、面白く読みました。
山崎ナオコーラさんも、やはり縁がないかと思いこんでいましたが、
高所得の女医さんが、10万円のスカートを買うのに、罪悪感を感じるシーン、
高所得は女性の場合はステイタスにならないと思うシーンなど面白く読みました。
読んでもいないのに、「ご縁はなさそう」と決めつけないで、読んでみるものですね。



先月の終わりに田口ランディさんのパピヨンを読んだことはブログに書きました。
重い本だったので、次に軽い本のつもりで読んだのは「再婚生活」というエッセイ。

山本文緒さんの日記エッセイで、図書館で借りてきていたものでしたが、
軽いどころか、うつ病で入院していた山本さんが退院し、
再び入院し、その後退院し・・・という日々の日記でした。

鬱々とした日記ではなく、ご主人も理解があり優しく、〇〇を食べに行ったとか、
カラオケに行ったとか、鬱が重くなると女性はご飯が作れなくなるとか、
淡々と書かれたものでした。山本文緒さんが鬱だとは知りませんでした。

抗うつ剤を減らした後、ちょっと状態が辛くなり、それは血中濃度の問題だという話に、
そういうものなんだ!と、目からうろこが落ちました。
体は長く続いたいろんなものの血中濃度に慣れるんですよね。
だから、抗うつ剤を減らすときも、減らせばいいというものではなく、
少しずつ様子を見ながら、無理しないで、大変だったら一時元に戻して、
身体が、抗うつ剤の減った状態になれることができるように減らす、みたいです。

田口ランディさんのお父さんがアルコール依存症だったのも、
身体がアルコールが血中にあるのに慣れてしまっているので、
本人が心地よいと感じるアルコール血中濃度に戻ろうとしてしまうんだろうか?

しかし、(素人の想像で描いておりますが)抗うつ剤というのは、
生きて行くのが難しいバランスになっている、
精神の安定に欠かせない物質の血中濃度を、薬で高め、
大丈夫な状態になったら、薬を減らしていくというものだと思いますが、
アルコール依存症の場合はどうなんだろう?と素朴な疑問を感じました。

そもそも、酩酊状態というのは、血中アルコールの濃度が、
人間として活動するのに不都合なほど高いわけですよね。
それが心地よいというのは、人間としての活動がしたくないということであろうか?
血中アルコール濃度が低いと、見えてしまうもの、味わってしまうものが、
耐え難かったというなら、それは何が見たくない、味わいたくないものだったのか?
知り合いでもない人のことが考えたってわかるはずもないと思いつつ、
そんな風に思っていたところ、清原選手の覚せい剤逮捕ニュースがありました。

アルコール依存症と同じく、覚せい剤依存症も、治らないみたいです。
マスコミが騒ぐのは、当然なのですが、「依存症は治らない」ことをもっと強調して、
誰かが最初の一歩を始めてしまう可能性を、摘むことができるかもしれない、
そちらに報道の主点を移行していかないありかたに、
いつもながら、がっかりしてしまいました。

犯罪者を糾弾する善良なマスコミ、というのはそろそろ卒業して、
誰しも犯罪者になる可能性を持っている、そちらの方向へ進まないために、
あるいは進ませないために、何ができるのか考える、
そっちがメインの報道になる日って、来ないのかなぁ。

そもそも依存症って何なんだろうか。
何かがなくては生きて行けないと本気で思ってしまうとはどういうことなんだろう。
まあ、そんなことをぐるぐる考えたところで、結論など出ませんが、
結論を出すのが考える目的ではない、ただ頭に浮かんだから考えるだけで、
そうこうしていると、すぐに次の本!っていう気にならないんですよね。



「再婚生活」の後は、佐野洋子さんの「私の息子はサルだった」を読みました。
とてもいい短編集でしたが、息子さんはこういう風に自分を小説にされ、
発表されるのが本当に嫌だったというのが、あとがきからひしひしと伝わってきます。

古いけど、太郎物語(曽野綾子さん)とか岳物語(椎名誠さん)とか、
いろんなプライベートなことを書かれてしまう、小説家の子供って、
考えたら大変だなぁと思いました。

親が愛情を持って、生き生きとした子供を描く作品を世に出すことは、
子どもの立場にしてみれば、自分が大事にしたい想い出を、
一方的な親の目線で世に公表されることなんですよね。
それを自分の周りの人が読んで知ってしまうって、どんな気持ちなんだろう。
まあ、これも考えたって結論は出ないし、わかるはずのない思考であります。(笑)

そんな風に、50代の私の読書生活は、まったりと、ゆっくりとしたものになっています。

図書館では1回に10冊借りることができますが、今はもう5冊しか借りません。
充分ですから。(笑)



次に読んだ、伊坂幸太郎さんの「バイバイ、ブラックバード」に思いのほか癒されました。

以前、私の母が末期がんでホスピスに入りましたが、併設の病院の売店に、
伊坂さんの本がたくさん並んでいました。
それまで伊坂さんの本は読んだことがありませんでしたが、
そこで何冊か読んで癒されたものでした。

売店の本の選択が面白く、文庫本コーナーには、一定の著者の本が並び、
かなり偏っておりました。
多かった作家は、赤川次郎、東野圭吾、浅田次郎、伊坂幸太郎あたり。
バイバイ、ブラックバードはその時には売ってなくて読みませんでした。

読み始めて、あら、これは太宰治のグッドバイのパロディ?と思いましたが、面白い。
そしてやはり、グッドバイへの愛情と敬意を持って作られた作品のようでした。

太宰治の「グッドバイ」は愛人がたくさんいる、闇商売で儲けている雑誌の編集者が、主人公です。
愛人と手を切り、田舎から女房子供を呼んで、闇商売も辞めてまっとうに暮らそうとします。
絶世の美女を連れて「これが女房だ」と別れ話を切りだせば、
この奥さんでは自分はかなわないと、愛人たちも諦めるだろうという作戦を考えました。
しかしこの絶世の美女は、実はガサツで大食いでがめつくて下品というおまけがつく喜劇なのですが。
この小説を書きおわる前に太宰は入水自殺してしまうので、未完になっています。

バイバイ、ブラックバードは、やはり主人公は彼女がたくさんいる男性、星野一彦。
5股をかけていたという設定です。

女たらしというよりは、ご縁があったら仲良くという優柔不断な人ですが、
女房子供を呼び寄せるわけではなく、得体のしれないバスに乗って、
どこか恐ろしいらしい場所へ行かなければいけないのでした。
この「得体のしれないバス」というのが伊坂ワールドですねぇ。
そんなバスに乗らねばいけないことを恋人たちに言いたくないので、
別れ話をして別れてきたい、というお願いを、繭美にします。

この繭美が、グッドバイの美女役になるのですが、
美女ではなく、とんでもない巨体という設定です。
性格ががさつで下品というのは、グッドバイと同じです。

この小説は、未完ではありませんが、ある意味、未完です。
エンディングでは「あのバス」が来て、星野さんはバスに乗り込みます。
その直前に、繭美は、別れた5人を使えば、バスに乗らずに済むという提案をしますが、
もう別れたのだし、迷惑をかけたくない
バスはどういうバスなのか、どこへ行くのか、なぜ星野さんが
そのバスに乗らなければいけないのか、借金のためとしか説明はありません。
見張りの繭美は何者なのか、どんなふうに出会ったのかもわかりません。
途中で、そうかなと思ったんですけど、謎解きは徹底的に何にもなし。

ラストシーンがまたぶっ飛んでいて、これは読む方のために内緒にしておきます。
え?そうきた?と、にやにやしちゃいましたよ。
その後、どうなるのかは一切におわせず…未完ですねぇ。



昔の私は、読者としてがっついていました。
自分が取るに足らない人間、中身の薄い人間なので、
いっぱい、いろんなことを知りたい、自分の薄さを何とかしたい、
そういう気持ちが強かったんだと思います。

そういう時期を経て、55歳になってみると、
がっついていたころの自分、足りない足りないと焦りを持っていた自分に、
「お疲れさまでした~」という感じがあります。

今、その頃より厚みが出ているとか、不足がなくなっているとか、
そういうんじゃないんです。
上手く言えないですが、足りないという問題があったのではなく、
足りないと感じて焦る経験が、その時期に準備されていたのだと思います。

本が普通に読める平和はありがたいですね。

さて、今日は久々に会う友人とのランチなので、今から支度して出かけてきます。
            
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