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2015年12月16日

        

後悔について 昨日の続き

category - 日記
2015/ 12/ 16
                 
後悔について書きましたが、ちょっと補足です。

昨日の日記で書きたかったのは、ぞの時点の人間性や価値観、視野を持って、
それなりに懸命に生きていた自分をきちんと評価してあげたいということでした。
それだけでは説明としてちょっと片手落ちかなと思うので、長々とした追加分ですが、
興味のある方は読んでください。
ちょっと書きだしたら、とんでもなく長くなりました。(私にはよくあることですが)

はじめに愚痴めいたことを書きますが、説明したいだけで愚痴ではありません。
ただ、私の人生に、起きることが起きたのです。



私がかつて激しく後悔したのは、妊娠中のありかたでした。
子どもを産んだら、その子は先天性の病気を背負っており、
それは妊娠3~4か月の頃に、何かが起きて、お腹の中で病気になる種類の病気で、
何が原因なのかはまだ解明されていない、と説明を受けました。

それまでは後悔を知らなかったとは言いませんが、
たいていのことは自分が結果を背負うものだし、
人の気持ちを傷つけてしまう結果ということもありますが、
後悔してもしきれない、などというほどのダメージを与えることは、
そうあるものではありません。

でも子供の病気は、子供が一生背負うもので、変わることは出来ません。
原因がわからないのでは、後悔しても仕方ないのではと思われるかもしれませんが、
妊娠3~4か月の頃、私は、大姑さんの病院介護をしていました。
末期の大腸がんで、家族が交代で泊まりこんで、
身体をさすったりしてあげていたのです。

大姑の娘さんと家の嫁(シュウトメちゃん)の代理である私がそれをしていて、
私は週2回、泊まりこんでいました。
しかし、その時、ひどいつわりで毎日何度も吐いていた私は、
お腹の子を流産するのが怖くて、やめさせてほしいと頼んだのです。

大姑さんの病院で泊まりこむ日も、毎回吐いてしまいましたが、
夜の病院は声を抑えても吐く音が響いてしまい、看護婦さんが飛んできて、
つわりの妊婦さんを付き添わせるなんてありえない、あなたはどういうつもりなのか、
赤ちゃんが死んでもいいのかと怒られていました。

何度も、看護婦さんも・・・と説明し、泊まりの介護を止めたいとお願いしたことは、
シュウトメちゃんの心に火をつけてしまい、大荒れしてしまいました。
私には「嫁の仕事をしてお腹の子が死んだら、それは運命だ!」と怒鳴り、
オットに対しては、こんなことで流産などしないのに、神経過敏になっているだけと、
既に子供のいた義姉たちと3人で説明していました。
オットは、出産と育児を経験している3人に洗脳されていて話になりませんでしたし、
私にしても、考えすぎ、心配し過ぎと言われ続けて、そうなのかもという気もありました。

私はあまりにも無知で、流産を怖がっていたのですが、
ストレスのため、ホルモンのアンバランスが起きて胎児が病気になるとか、
そういう可能性はまったく考えていなかったのでした。

シュウトメちゃんが騒いだとしても、無理なので泊まり込みに病院には行けないと
実力行使する手だってありましたし、それでもめるのは必然でしたから、
家出するくらいの勇気があれば良かったですが、そんなことできませんでした。
自分のストレスが胎児に悪影響を・・と考えていれば、
泣いて不安がってばかりいないで、腹を決めて気分転換に徹することも出来ました。

私はただ、お腹をさすって、ごめんね、死なないでねと泣いていた、
若くて愚かな妊婦でした。

その愚かさを思いだしては、後悔の気持ちで苦しくてたまりませんでした。



死なないで、乗り切ってくれた・・・ありがとう、と思っていた赤ちゃん。
その赤ちゃんが病気で生まれてきた、それはお腹の中で病気になった・・・
母親の私しか守れなかったのに、守ってあげられなかったという事実が
私を打ちのめしました。

赤ちゃんは生きていて世話がかかるので、泣いてばかりいるわけにはいかず、
次第に私は前向きな母親になって行きましたが、
守れなかったという自分を責める気持ちは、胸の奥に居座り続けました。

私はそれなりに一生懸命に子供を育てる母親でしたが、
子供が成長して来て、それまでの子育てを振り返ると、自分の子育てのいい部分も、
欠落していた部分も、結果として見え始めてきます。
病気によるハンディを背負い続けることで、子供は苦しんでいました。

たいていのお母さんは、振り返ったって、いい部分ばかりではないはずですし、
子供が持って生まれた個性もありますから、全部が子育ての結果ではありません。
それはわかっていましたし、100点満点の母になりたいと思っていたわけでもありません。
たいていの子供はそこそこ偏った子育てをされて育ち、
自分の力でちゃんと生きて行くようになるものです。

そう考えつつも、私がもっと立派な母親だったら・・・という思考にしばしば乗っ取られ、
私の過ちの結果を私が背負うのではなく子供が・・・という思いに苦しみました。



これは、今の視点で見ると、ハンディキャップのある人に対する差別感です。
ハンディキャップを背負って生まれた人は幸せになれないのか?と聞かれたら、
若い頃でも、即座に、そんなことはありません、と答えたでしょう。
他人事ですもんね。(この冷たさの自覚がなかったんです)
でも、それが自分の子供だったら、答えはイエスなのか?という話です。
世の中にはたくさんのハンディキャップを背負って生きている人がいます。
その人たちは、上から目線で、お気の毒にと憐れまれる存在なのか?という話です。
私は自分の後悔の気持ちから、自分の差別感に気が付きました。

そして、私には、育ちの悪い人とその親に対する差別感もありました。
私が愚かな母だったから、こう育つといいのに、ああ育った、という後悔。

賢い母に育てられた人には、幸せな人生が待っていて、
愚かな母に育てられた人には、不幸な人生が待っている、と感じることは、
育ちのいい人(躾がきちんとしてる人)には、自分の子は下だ、と思い、
逆の人には、自分の子は上だと感じることに通じます。
そんなことをいちいち意識していませんでしたが、理屈から言えば、そういうことになります。

私の中の強い後悔というのは、差別感を肥やしにしていたのか!
それに気が付いたときは衝撃でした。
自分は差別感の少ない人間だとうぬぼれていたのです。

私以外の、ハンディキャップのある子を産んだお母さんも、
ちょっと愚かで行き届いた子育てができていなかったお母さんも、
自分なりに頑張って出産し、育児してきたのだと素直に思えました。

そして、そういうお母さんに育てられた子供たちも、
自分の背負った凹に負けないで、自分の人生を生きて行くのだから、
それを見下す自分に気が付いたら、心の中で合掌しよう、と思いました。
唐突に合掌などと書くとわかりにくいので説明しますと、
こういうとこ、嫌いだなぁと思ったとしても、多分それはお互いさま、
人の中にはみんな神様仏様がいる、という感覚で合掌しようということです。



大きな後悔は子供に関することですが、小さな、日常に転がっている後悔は、
考えてみると、みんな、カッコ悪いなぁという程度のことでした。

私は自分のことをそこそこ優しいほうではないかとうぬぼれていたのに、
こうやって分析してみると、こうすればよかったというのは、
一見、相手のためを思うようでいて、実は、その方が自分がいい人に見えたとか、
変な人に見えたかもしれない危険を避けられたというようなことでした。(爆)

例えば、あんな言い方をしないで、こういう言い方をすればよかった、と思った場合、
一見、その人がその言い方の方が、気分良かっただろうという理由がありますが、
実は、そういう気分のいい言い方が出来たほうが、自分の印象が良かっただろうという
思いやりよりも下心の気持ちで、そう後悔したんだなぁと分析できる場合、とかね。

私の場合はそんな風で、後悔の心の奥を覗いたら、差別感情と下心がありました。
それとともに、一生懸命生きていたじゃないか、という健気さもありました。

自分で自分を健気って言う?と思われるかもしれませんが、
人はみんな、ある意味、健気です。
そういう意味で、先ほど「合掌」と書きました。

とんでもないヤツがとんでもない人生を生きて、大迷惑…という場合でも、
究極の視点から言えば、それはそういう運命と生き方を受け持った人が
健気にそれを生きていると思います。
(この辺はスピリチュアル的な感覚なので、怪しくて無理という方も多いかもしれません。)

いずれにしろ、感情が強く動くことの背後には、自分がしっかり抱えている価値観があります。
その価値観がどういうものなのか、もしかしたら、私の差別感のように、
気づいて放り投げちゃった方がいいものかもしれません。
自分の気持ちの奥を分析してみるのはいかがでしょう。


            
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