FC2ブログ

2015年12月15日

        

後悔について考えた日

category - 日記
2015/ 12/ 15
                 
いきなりですが、55年も生きていると、いろいろな後悔がありました。

どうしてあの時、AでなくBの道を自分は選んでしまったのか。
どうしてあの時、〇〇と言えばよかったのに△△と言ってしまったのか。
どうしてあの時、やろうとおもえばやれた努力を自分は惜しんだのか。

しかし、今振り返ってみると、その時の自分にはそれしかできなかったのだと思います。

その時の自分の価値観では、Aを選んだ方がいいと思ったんですよね。
Aを選んだ方がいいと思いつつもBを選んだとしても、
そこには意地だったり見栄だったり恐れだったり、ちゃんと理由があったんです。

△△と言ってしまったのは、〇〇と言えばよかったことに、とっさには気が付かなかったり、
〇〇と言う勇気がなかったり、理由は様々にしても、その時の自分は、
〇〇と言えない自分だったんだなと思います。

やろうとおもえばやれたのに、と言うのはたやすいですが、
その時の自分の、例えば怠け心の度合いから言って、
実際にはできなかったのです。

その時の自分の言動の結果を味わって、しまった!と思うから、
後悔の念というのが湧くんじゃないかなと思います。

でも、結果を味わうことがなかったら、後悔しなかったかもしれません。
その一連の経験も、味わいたいものではない種類の経験ではありますが、
人生の貴重な味わいで、無駄ではないというのが、今の私の思いです。

その言動を選んだ時、背景には自分のどんな思い、価値観があったのか、
そこに思いを馳せると、自分がもっと見えてきます。
もしかして、見たくない自分かもしれません。
でもその自分は、一生懸命生きている自分なんですよね。
一生懸命生きているね、と自分が評価してあげなくてどうする?と
55歳になった私は思います。
それは自分を甘やかすことなんかじゃない、と思います。

どんな経験も自分の肥やし。
その思いは、人生の苦しみをなくしてくれることはきっとないけれど、
苦しい経験が起きてきたとき、それを受け入れやすくしてくれる気がします。
そして、後悔の念を起こさないようにはしてくれないけれど、
後悔の念にとめどなく巻き込まれてしまうことからは救ってくれる、とも思います。

こんな日記を書いたのは、決して、今現在、後悔の念に苦しんでいるからではなく、
昨日の賢者テラさんのブログを読んだ連想で、後悔と言う言葉が浮かんだからです。
(賢者テラさんのブログは後悔について書かれたわけではありません)

あと30分で出勤です。
今はいいお天気ですが、夕方から雨の予報が出ているので、
今日は車通勤で行くことにします。

皆さんもいい一日をお過ごしください。


            
スポンサーサイト