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2015年05月30日

        

里中満智子さんの描く持統天皇の死

category - 日記
2015/ 05/ 30
                 
「天上の虹」という漫画での、里中満智子さんの解釈です。


自分の死期が近づいてきたことを感じていた持統天皇は、
やり残したことはないだろうかと繰り返し自問します。

死ぬまでにやっておかねばならないこと
やっておきたいこと
できれば済ませておいた方が望ましいこと
それを言葉にして整理し、優先順位をつけようと思い立ちます。

第一に優先したのは、もちろん日本の安定でした。
諸外国(中国・朝鮮)の中で、独立した近代国家として存在するためにも、
法律の仕組みを確立することを推し進めてきた、夫である天武天皇の亡き後、
持統天皇も、日本を確固たる統一国家にするために尽力します。

しかし、地方の反発心は強く、反乱もあり、国家に不満を持つ者たちの
敵愾心を薄めたいと願った持統天皇は、視察旅行に出ることを決めます。

すでに死期が近づいているような状態での視察旅行の中、
三河地方で、火矢にうたれた持統天皇は、やけどと傷のため
更に体力を落としてしまいますが、これは漫画の話。

公式記録によると、三河に着いたのが10月10日で、
その後の動向については一行も記述がなく、尾張着は11月13日。
三河と尾張は共に愛知県内の地区のことで、近いんです。
1か月の間、三河にとどまり、その間の動向について一言もないのは不自然です。
尾張に着いた後の工程は順調だったようで、美濃(岐阜県)には11月17日、
伊勢(三重県)には11月22日着と順調に視察の旅は続いたそうです。



漫画「天上の虹」のストーリーでは、生きている間にすべきことを自問していた
持統天皇が、大津皇子のために寺を作ることを思いついています。

大津皇子は讃良皇女(のちの持統天皇)の姉の大田皇女
(持統天皇と同じく、天武天皇の妻)の息子で、
母親が生きていれば、次期天皇になってもおかしくありませんでした。

しかし、大田皇女は亡くなり、幼い大津皇子は政治的な後ろだてを失います。
讃良皇女にとっては、自分の息子草壁皇子を天皇にするためには、
能力も人気もあったとされる大津皇子は邪魔な存在でした。

謀反の疑いで姉の長男である大津皇子の命を奪った讃良皇女でしたが、
死を前にして、大津のために出来ることを思いつきます。
大津皇子のための寺を建てて、霊を慰めようと思ったのです。
この思い付きにわくわくし、床から立ち上がった瞬間、
持統天皇は倒れて、そのまま崩御したのでした。(漫画のストーリです)



見届けたいことはまだまだ残っているのにと思いつつも、
仕方ない、心残りなく死んでゆける人はいないはず、と考える持統天皇。

自分を弔う式典の様子を見ながら、
まだまだこの国のことは心配だけど、きっとみなで
知恵を出し合って国を支えてくれるはず、と考えて、
自分がいなければどうなる?などとは考えない持統天皇。

生きている間は、一生懸命に、どうしたら一番いいのか模索して進み、
命が尽きたら、この世から旅立つことに不満を言わずに去ることができること、
あとのことは、生きている人に任せていればいいと思えること、
この死に方はとても魅力的に思えました。

持統天皇は皇族で初めて火葬された方なんですが、
漫画では、自分の火葬の煙を見ながら、こんな感慨を持ちます。

   たしは
   煙となり


   空にとけこみ


   この国の

   すみずみまで

   ただよっていく


   やがて静かに

   舞い降りて


   大地にとけこみ


   国土と

   一体になり


   この国に生きる

   人々を見守り続ける


   永遠に


里中満智子さんって天才的。




            
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