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2015年05月19日

        

自己分析してみたら、心が軽くなりました

category - 日記
2015/ 05/ 19
                 
本日の日記の字はちょっとカラフル。(笑)

シュウトメちゃんは無事、機嫌よく、施設に入所しました。

しばらく離れていたので、すっかり忘れていた癖がありました。
そういえば、シュウトメちゃんは、「〇時に家を出ますよ」と言うと、
その時間を過ぎてからトイレに行く癖があったのです。

今日は約束の入所時間に20分遅れになりましたが、

高齢の利用者のことですから、誰も苦情など言いませんので、

私も何も言いませんでした。しまった!とは思ったけど。(爆)

約束の時間は10時半、着いたのは10時50分。

施設は入所者さんを食堂に誘導する準備に入っていて、忙しい時間。

ご迷惑をおかけしましたと心の中でお詫びしました。

ふと、シュウトメちゃんのこの「遅刻の癖」のことを考えました。
そうしたら、私の中でこの問題の結論は、こんなことでした。
「昔の私は自己評価が低くて、シュウトメちゃんにきちんとNOが示せていなかった」
「自分を大事にすることを、我慢の美徳で包んでごまかしていた」


もう15年以上も前のこと。
前の職場は午前パートでしたので、よく「病院に送って欲しい、
帰りはタクシーで帰るから」と頼まれました。
私はその職場に13年いましたので、その間、ずいぶん病院に送りました。
病院に行く頻度は月に1回程度でした。

いつもトイレが理由とは限りませんので、着替えが遅いのが理由だったり、
いろいろではありますが、お願いした時間ちょうどに家を出られることは少なく、
少なくとも10分ほどは、遅れて家を出ることになりました。

「では〇時には家を出ますから支度してくださいね、
絶対に守ってもらわないと困りますからね」と念を押しても、
時間は守られず、私はギリギリだったり、遅刻したりしてケンカしたっけ。

遅刻したくなくて、出発時間を早く言っても無駄でした。
出勤前に〇〇病院に送るなら、家を出るのは〇時と最初に行った時間よりも、
早く出る気は、本人にはなかったのですから。

振り返って思えば、そういう日は、送っていくのをやめちゃえばよかったんです。
一緒に暮らすルールというのは、双方で作っていくものですから。

シュウトメちゃんは怒り狂ったことでしょうが、
「もう仕事に間に合わないので、今日は行けません」って、
はっきりと「行動でのNO」を示した方がよかったです。

口でいくら困りますとNOを言っても無駄なら実力行使すべきでした。
送ってほしければ、次回から気を付けたことでしょう。
別に、行きだって、タクシーを予約すればいいんです。

我が家は玄関前の道が狭くてタクシーは来てくれず、
裏の道でタクシーを待たなければいけない特殊事情がありましたが、

嫁の事情に合わせた時間に家を出られないなら仕方ないんです。


良く言えば優しい、悪く言えばつけこまれるタイプだった私。
甘く見られてつけこまれたら、NOを示すことこそ、自分を大事にすることでした。

若い嫁にはハードル高いですわ~、とお茶を濁すこともできますが、
どうしてハードルが高かったのか、考えてみました。
(ちなみにこのころは福祉タクシーの存在もしりませんでしたし、
シュウトメちゃんの足はそこそこ丈夫で、杖で歩いて散歩していました。)



まず、大学病院の予約を取ってあった日に送ることが多かったので、
送らないことは、予約をダメにすることになり、それを避けたかったので。

ーーーーそれを避ける努力はシュウトメちゃんもすべきですから、
それが出来ないなら、予約を取り直してもらうのは仕方ないこと。

シュウトメちゃんは必ず、自分のいいように話をねじまげて、
義姉たちや仲のいい人たちに言いふらすに決まっていてそれが面倒だったので。

ーーーーどうせ日ごろから始終そういうことを言われていたのだし、

何を言われても、たじろぐ必要もなかった。

「急病でもないのに、遅刻するのは困りますから、約束の時間に家を出られないなら

タクシーで行ってもらうしかありません、お騒がせしてごめんなさいね」

そう言えばよかっただけ。ワルクチを恐れる必要はなかった。


障害者手帳を見せると、タクシー代が当時、半額になったと記憶していますが、

シュウトメちゃんは「嫌な顔されるから割引してもらわない」と言っていました。

「足が悪いから早く乗れない、早く降りられない、

タクシーの運転手さんがイライラして嫌なことを言う」とも言っていました。

それを行きも帰りもタクシーでは可哀想だという気持ちがあったので。


そんなにタクシーが嫌なら、嫁が提示した時間に間に合うように

身支度をすればいいだけで、本当に嫌なら早く支度できるはず。





その他、いろいろな理由を考えてみましたけど、

要は私、「いいお嫁さん」でいたかったんですね。


シュウトメちゃんからは決して「いいお嫁さん」の扱いは受けませんでしたが、

私は、悪く言えば、根が優等生志向、いい子ちゃんになりたいタイプ、

良く言えば人に親切にしたいタイプでした。


「いいお嫁さんは我慢しないと」なんて言わないけど、

実は意識しないで、そう思ってたんでしょう。


いい嫁は我慢しないと いい嫁は我慢しないと いい嫁は我慢しないと


うわ~、3回書いたら、気持ち悪くなってきたわ。

この思考回路、もういらない!(笑)


それがわかった今は、もうそのことで悩まなくてもいい立場になっていました。



しかし、この1週間、すごく疲れたのは、また「いいお嫁さん」を演じたためかも?(謎)
このことについても、考えてみました。

全てのことは、自分を知るカギになるというのは怪しい私の持論。(爆)
考えた末に出てきたのは「罪悪感」の問題でした。

シュウトメちゃんに、情はあるんですよ。
長年連れ添ってきた仲ですから。
でも、基本的に、義理がなければ近寄らなかったタイプの人だと思います。
しかし、その辺で割り切れない私は、罪悪感もあって疲れるみたいです。

私は実母の介護もしてきましたので、こうしてあげるといいなというのは
割と頭に浮かぶことがあるんです。
それを実行できる範囲が実母の時とかなり違うことに気が付いています。
それが罪悪感の根っこにあるんです。

同時に、嫁いで32年目、ずっと介護はしてきたし、
ひどい扱いばかり受けてきたので仕方ないという気持ちもあります。
もっと優しく尽くしてあげたい気持ちと、もう充分という気持ちとが、
私の中で分裂しているのを感じます。

実母の時は、末期がんという状況でしたので、こちらの心構えも違うし、
仕事も辞めて、時間は使えたし、
実母の通帳を預かって、必要なだけ使ってほしいと言われて、
実母の喜びそうなことにお金を使えたし、
第一、私は実母は好きで感謝していたけれど、シュウトメちゃんは違う・・・

と、こんな風に長々と自分の中で言い訳するくらい、罪悪感があるみたいなの。

頭にいい方法が浮かんでも、そこまでしてあげる気持ちになれない。
これは誰も責めることもないどころか、誰も知らない私の脳内でのこと。

そこで私は気がつきました。

義姉たちやオットがあまりに親孝行しないことにイラッとするのは、

この罪悪感を消してもらえないからじゃないのかな?


実の子たちに親切にされて、シュウトメちゃんが幸福感を感じていれば、

私の役割は減るわけだから・・・

そこでさらに気が付きました。

シュウトメちゃんは、幸福感を与えてもらわないと幸せになれない?
それはずいぶんと上から目線のとらえ方では?

そう!今日の自己分析の2つ目の大事な結論はきっとこのこと!
「シュウトメちゃんは無力だから、私が幸せにしてあげないといけない。」
私の中にあった、無用の思い込みはこれだと思います。

そう思ったら、重かった罪悪感がしゅ~っとしぼんでいった気がします。

シュウトメちゃん、ありがとう。
あなたとのおつきあいで学ぶことはとても多いです。

            
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