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2015年05月12日

        

ノートの中に、そうあって欲しかった現実があるのかも

category - 日記
2015/ 05/ 12
                 

明日はシュウトメちゃんの退所日です。



未だにシュウトメちゃんの大量の物たちの片づけは終わっていません。


1ページとか、2ページとか、少しだけ書いてあるノート類はどうしましょう。

シュウトメちゃんは、入院中とか入所中などに

ふと思うことがあると、ノートを買ってきてくれというのです。

そしてそこに、その時の思いを書きつけて、心が安定するみたい。

そのほとんどすべてが嘆き節ですが、ヒステリックではありません。



私の脳内によみがえるシュウトメちゃんのその時々の様子はヒステリックでしたが、

シュウトメちゃんの文章の中には、悲しみを抱えつつ耐えるお年寄りがいます。


視点が変わると、同じ物事はこんなにも変わるのだと改めて思いました。

文章の中には、実際は冷たかった義姉たちはノートの中では優しく、

そこにシュウトメちゃんの愛情がにじんでいたりするので、これはとっておこうと思います。


本来、日記のようなノートを嫁が読むなんて言語道断とは思いますし、

最初は抵抗がありましたが、たくさんのノートですし、シュウトメちゃんが、

プライベートの品を自分で管理できなくなった以上、誰かがやるしかありません。


病院や施設の気に入らない人に対するひどい言葉が書かれているノートは、

後で読んでも誰も幸せにならないので、さようならしようと思います。


物を捨てるときは、ありがとうと言って捨てるようにしています。

シュウトメちゃんの気持ちを落ち着けてくれてありがとう、といってごみ袋へ。

そんな風なので、大量の物に囲まれて、かなり大量に捨てましたし、

収納するものは収納したのですが、本当に作業がなかなか終わりません。




ちなみに、今日のも愚痴日記にしか思えないかもしれませんが、今の私は、

愚痴日記を書く必要もないくらい幸せですので、そうではありません。


シュウトメちゃんとの同居の日はごく少なく、義姉たちとの接点もほとんどない今、

ヒステリックになる人は周囲にいません。





ノートで、一番う~むと思ったのは、前にシュウトメちゃんが肋骨を折って、

休日外来で受診し、入院した時の日記。1ページだけ記入があります。






普通は肋骨の骨折は、入院してもすることはないので、家に帰されますが、

シュウトメちゃんは、肺に少し血が溜まっているのが見つかり、入院しました。

大学病院でしたし、その点が良くなったら退院してくださいとなりましたが、

すっかり足が弱ってしまって、家で大丈夫とは思えませんでした。

ケアマネさんが来てくださり、足をリハビリで少し鍛えないと、

また転んで骨折して入院と言うことになりかねませんよと強く言われ、

リハビリのある施設への一時入所を勧められました。


この時のことをシュウトメちゃんは、退院したら家に帰りたいと何度も書き、

施設に入れられるみたいだ、悲しくてたまらない、眠れない、

2人の娘にも相談した。家に帰って、koalaさんに迷惑をかけてはいけないから

息子夫婦の言うことに従う、施設に入ることにする、という日記でした。


可哀想な優しいお年寄りが、嫁に遠慮して泣く泣く施設に入る。

全ては嫁に迷惑をかけないため。

遠慮深い姑の私は悲しいけど嫁に従う。

自己評価はこんな感じなんだとよくわかりました。


あんなにオットもケアマネさんも、このまま家に帰ると危ないんだよ、

寝たきりにならないためにリハビリがいるんだよと繰り返し言ったのに、

自分の視点を変えることって、それほど難しいのだとため息も出ました。


義姉たちに相談したという表現も、胸を突かれました。

実際は一方的に怒鳴られたんですが、娘を悪く書きたくない母心は、

誰も読まない日記の中でも、娘たちを優しい姿で書くんですね。





シュウトメちゃんはどうしても嫌だ、家に帰るんだと言い、

転んで寝たきりになったら困るのは〇〇さんですよ、リハビリなしなんて無理ですと

ケアマネさんが一生懸命説得してくれたのですが、大騒ぎしました。


義姉たちに泣きついたシュウトメちゃんは、逆に義姉たちに怒鳴られました。

私とオットが説得しているときに、お見舞いで2人の義姉が来たのです。


「koalaさんが面倒を見られないというんだから、施設に入るしかないでしょう?!

私たちはあてにしてもらったら困りますからね!面倒なんか見られないからね!」と

義姉たちは怖い顔でシュウトメちゃんを責めました。


(これを「娘たちにも相談した」と書く理由は、娘の言動を冷たい方向に解釈したくない、

優しい娘に相談したという風でありたいという願いだったと思います。)



オットがそれを聞いて怒って、「おばあさんの足が弱って、リハビリが必要だから

一時的に入所して、頑張ってリハビリしてくれって頼んでいるのに、

どうしてそんなに前向きになるのを邪魔することしか言えないんだ」と言いました。


大部屋だったのに、そんな風で、後で同室の方に「大変ですね・・・」と

声をかけられ「ごめんなさいね、病室なのにみんな大きな声で」と謝ったのを覚えています。



義姉たちが帰った後、シュウトメちゃんは「もうわしなんか死んだ方がいい」と泣きました。

勿論本気で死ぬ気ではなく、慰めてほしかったのだと思います。


「馬鹿なこと言うもんじゃありません。おばあちゃんは大事な人です。

お姉さんたちだって本当はそう思ってます。悲しんでいないで、

リハビリして元気になって、お姉さんたちを安心させてあげればいいんです。」


義姉たちみたいに大きな声は出さなかったけれど、

同室の方には聞こえていただろうなと思います。

見ものだったのか、身につまされたのかなんて、当時は思う余裕もなかったです。

オットが一番根気よく、一生懸命シュウトメちゃんと話していました。

何を言っても、母親は理解しないし、理解しようとも思ってくれない、
とにかく、すごくヒステリックで、聞く耳を持たないと
オットが嘆いていたのを覚えています。

そういえば、今は母親に関心がないとしか思えないオットは、
この頃までは、本当に孝行息子だったわ。忘れてた。

オットが今のような無関心に至るまでには、たくさんの苦い経験があったこと、

なぜか私は忘れていました。思い出せて良かった気がします。




「寝たきりになっても家に戻る!」と大騒ぎしたシュウトメちゃん。

でも、日記の中のシュウトメちゃんは、冷静に耐える人になっています。

だから本当は、冷静な方がいいっていう意識はあったんだなって感じました。

自分は冷静で、嫁のために耐えるけなげな姑だったらいいな。
娘たちは2人とも優しくて、母親を大事に思ってくれたらいいな。
そう思ったんだよね、シュウトメちゃんは。
思い通りに行かないね、人生って。

ある意味、ノートの中に、そうあって欲しかった現実があるのかもしれません。

本当にそうあってほしかった現実は、退院したら自宅に帰り、

足も自然に筋力が戻り、転んだりしないで、楽しく自宅生活が送れた現実ですが、

そこまで脚色は出来ないので、できる範囲で美化したのでしょう。

最初にノートを読んだ時、「こんなにも自分流に現実を捻じ曲げるなんて」と
いい気持ちはしなかったのですが、読んでから1日経って、
感覚が変わっているのに自分でも驚きました。

もうヒステリックな言動にさらされない安全圏にいる余裕からかもしれませんし、
自分も年を取って、老いが身近になったこともあるかもしれません。

さあ、気を取り直して、整理を進めましょうか。
明日からしばらく、シュウトメちゃんとの同居生活が再開します。
シュウトメちゃんの目の前では整理はタブーです。
出勤前の時間が勝負だけど、今、結構長い間パソコンの前にいたような・・・(笑)

            
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