FC2ブログ

2015年05月10日

        

私の常識は世界の非常識かもしれない(笑)

category - 日記
2015/ 05/ 10
                 
タイトルは大げさですが、そう思った方がいいかもと感じるところがありまして。(笑)

昨日、母の日のプレゼントのことを書きました。
昔、母の日のプレゼントに文句を言われていた私は、
自分が正しくシュウトメちゃんがおかしいと思いこんでいました。
シュウトメちゃんはシュウトメちゃんで、嫁はおかしいと思って、文句を言ったのでしょう。

私から見たら、シュウトメちゃんは非常識でしたし、

シュウトメちゃんから見たら、私は非常識でした。



買いたいものがあると言われたら、私はシュウトメちゃんを連れて、
いろいろなお店に買い物に行っていました。
そこで欲しいものが売っていなければ、探して買ってきました。

母の日に、お花の鉢植えを買うとき、好みは大体知っていました。
それをプレゼントして、「これと同じ花、同じ色のものを〇○さんも持っているなぁ、
どうせだったら、違う色が良かった」などと言われると、
知り合いと同じ服なら嫌だけど、花もダメ??〇○さんと仲いいのに?
〇〇さんがこの鉢植えを持っているって知らなかったけど・・・
買った鉢植えは一つじゃないから、別のは気に入ったのかな?
ノーコメントだからわからないし、聞く気も起きないけど…と感じていました。

服を買っても、カットソーとパンツをセットにして買ったときには、
「ズボンが2枚のほうが良かった」とか言うんです。
その後,カットソーはよく着ていて、カットソーが気に入らなくての発言ではなかったようです。

ズボンが欲しいと言えば、いつでも買ってくるし、
選びたければ、お店に連れて行っていました。
その場合はシュウトメちゃんのお金で、ですけど、
ウエストゴムの、裾ファスナーのついたズボンは、高いわけではありません。
シュウトメちゃんのお財布に響くとも思えません。
どうしてプレゼントはありがとうと喜んで受け取っておいて、
しばらくしたら、ズボンを買いたいと言えば済むのにそうしない??と
「私の常識」から外れたシュウトメちゃんの言葉が不快でした。

「私の常識」では、相手の欲しいものを推測して選んで送るのが
母の日のプレゼントというものでした。

受け取る側は、よほど的外れでなければ、喜んで受け取る「べき」でした。

でも多分、シュウトメちゃんにはシュウトメちゃんの常識があったでしょう。
同じお金を使うなら、これを買って欲しかったのに、
嫁はどういうものが欲しいのか、聞きもしない。
わしが自分でお金を使うなら、これを買っただろうに。
お金はわしの息子の給料だろうに。(以上、下世話な推測です)



嫁と姑の確執なんて、こういう「自分は正しく相手が非常識」という

思いの対立が多いのかもしれません。

嫁と姑に限らず、「イラッとする」とか「腹が立つ」って、そういうことですよね。



私がもう少し早く「シュウトメちゃんにとってプレゼントにサプライズなんて不要で、

欲しいものを指定して買う方が嬉しいのだ」と気が付けば、

その時から、文句から解放されたことでしょう。


シュウトメちゃん、私が嫁いですぐは、遠慮もあって文句はなかったんです。

慣れたころから文句が出だしたのですが、私はそれに気が付かず、

いきなり文句を言われるようになったと感じていました。

その時、私は若くて頑固だったので、余計に気が付くのが遅れましたね。

「何が欲しいですか?」と聞くだけで、ストレスから解放されたのに。


シュウトメちゃんも、今振り返って思うと、遠慮があったんですね。

当時は遠慮のない人だと思いこんでいて気が付きませんでした。

「もうすぐ母の日だけど、できたらズボンが欲しい」と一言告げていれば、

「ズボンですね!カットソーを付けましょうか?ズボン2本がいい?」と答えて、

シュウトメちゃん側のストレスも消えたことでしょうに。


もしかして、実家の母にも、そうしてあげたほうが良かったのかな・・・

もうやり直せないけれど。

母は遠慮深かったから、〇〇を買ってなどと言わなくて、

気持ちだけでいいよと言っただろうけど、そういうのも繰り返せば慣れたかも
遠慮深いことがいいことだという母の常識が壊せたかも。
それは母にとって、心地よいことになったかも。
そんな思いが湧きました。

常識という名の思い込みは、いろいろ多岐にわたって、
私たちの言動や思いを左右します。
「私の常識は世界の非常識かもしれない」という視点を持ったら、
少し、自分の常識が見えてきて、そこから自由になれるのかもしれません。


            
スポンサーサイト