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2015/05/15

2015年05月

        

自己分析してみたら、心が軽くなりました

category - 日記
2015/ 05/ 19
                 
本日の日記の字はちょっとカラフル。(笑)

シュウトメちゃんは無事、機嫌よく、施設に入所しました。

しばらく離れていたので、すっかり忘れていた癖がありました。
そういえば、シュウトメちゃんは、「〇時に家を出ますよ」と言うと、
その時間を過ぎてからトイレに行く癖があったのです。

今日は約束の入所時間に20分遅れになりましたが、

高齢の利用者のことですから、誰も苦情など言いませんので、

私も何も言いませんでした。しまった!とは思ったけど。(爆)

約束の時間は10時半、着いたのは10時50分。

施設は入所者さんを食堂に誘導する準備に入っていて、忙しい時間。

ご迷惑をおかけしましたと心の中でお詫びしました。

ふと、シュウトメちゃんのこの「遅刻の癖」のことを考えました。
そうしたら、私の中でこの問題の結論は、こんなことでした。
「昔の私は自己評価が低くて、シュウトメちゃんにきちんとNOが示せていなかった」
「自分を大事にすることを、我慢の美徳で包んでごまかしていた」


もう15年以上も前のこと。
前の職場は午前パートでしたので、よく「病院に送って欲しい、
帰りはタクシーで帰るから」と頼まれました。
私はその職場に13年いましたので、その間、ずいぶん病院に送りました。
病院に行く頻度は月に1回程度でした。

いつもトイレが理由とは限りませんので、着替えが遅いのが理由だったり、
いろいろではありますが、お願いした時間ちょうどに家を出られることは少なく、
少なくとも10分ほどは、遅れて家を出ることになりました。

「では〇時には家を出ますから支度してくださいね、
絶対に守ってもらわないと困りますからね」と念を押しても、
時間は守られず、私はギリギリだったり、遅刻したりしてケンカしたっけ。

遅刻したくなくて、出発時間を早く言っても無駄でした。
出勤前に〇〇病院に送るなら、家を出るのは〇時と最初に行った時間よりも、
早く出る気は、本人にはなかったのですから。

振り返って思えば、そういう日は、送っていくのをやめちゃえばよかったんです。
一緒に暮らすルールというのは、双方で作っていくものですから。

シュウトメちゃんは怒り狂ったことでしょうが、
「もう仕事に間に合わないので、今日は行けません」って、
はっきりと「行動でのNO」を示した方がよかったです。

口でいくら困りますとNOを言っても無駄なら実力行使すべきでした。
送ってほしければ、次回から気を付けたことでしょう。
別に、行きだって、タクシーを予約すればいいんです。

我が家は玄関前の道が狭くてタクシーは来てくれず、
裏の道でタクシーを待たなければいけない特殊事情がありましたが、

嫁の事情に合わせた時間に家を出られないなら仕方ないんです。


良く言えば優しい、悪く言えばつけこまれるタイプだった私。
甘く見られてつけこまれたら、NOを示すことこそ、自分を大事にすることでした。

若い嫁にはハードル高いですわ~、とお茶を濁すこともできますが、
どうしてハードルが高かったのか、考えてみました。
(ちなみにこのころは福祉タクシーの存在もしりませんでしたし、
シュウトメちゃんの足はそこそこ丈夫で、杖で歩いて散歩していました。)



まず、大学病院の予約を取ってあった日に送ることが多かったので、
送らないことは、予約をダメにすることになり、それを避けたかったので。

ーーーーそれを避ける努力はシュウトメちゃんもすべきですから、
それが出来ないなら、予約を取り直してもらうのは仕方ないこと。

シュウトメちゃんは必ず、自分のいいように話をねじまげて、
義姉たちや仲のいい人たちに言いふらすに決まっていてそれが面倒だったので。

ーーーーどうせ日ごろから始終そういうことを言われていたのだし、

何を言われても、たじろぐ必要もなかった。

「急病でもないのに、遅刻するのは困りますから、約束の時間に家を出られないなら

タクシーで行ってもらうしかありません、お騒がせしてごめんなさいね」

そう言えばよかっただけ。ワルクチを恐れる必要はなかった。


障害者手帳を見せると、タクシー代が当時、半額になったと記憶していますが、

シュウトメちゃんは「嫌な顔されるから割引してもらわない」と言っていました。

「足が悪いから早く乗れない、早く降りられない、

タクシーの運転手さんがイライラして嫌なことを言う」とも言っていました。

それを行きも帰りもタクシーでは可哀想だという気持ちがあったので。


そんなにタクシーが嫌なら、嫁が提示した時間に間に合うように

身支度をすればいいだけで、本当に嫌なら早く支度できるはず。





その他、いろいろな理由を考えてみましたけど、

要は私、「いいお嫁さん」でいたかったんですね。


シュウトメちゃんからは決して「いいお嫁さん」の扱いは受けませんでしたが、

私は、悪く言えば、根が優等生志向、いい子ちゃんになりたいタイプ、

良く言えば人に親切にしたいタイプでした。


「いいお嫁さんは我慢しないと」なんて言わないけど、

実は意識しないで、そう思ってたんでしょう。


いい嫁は我慢しないと いい嫁は我慢しないと いい嫁は我慢しないと


うわ~、3回書いたら、気持ち悪くなってきたわ。

この思考回路、もういらない!(笑)


それがわかった今は、もうそのことで悩まなくてもいい立場になっていました。



しかし、この1週間、すごく疲れたのは、また「いいお嫁さん」を演じたためかも?(謎)
このことについても、考えてみました。

全てのことは、自分を知るカギになるというのは怪しい私の持論。(爆)
考えた末に出てきたのは「罪悪感」の問題でした。

シュウトメちゃんに、情はあるんですよ。
長年連れ添ってきた仲ですから。
でも、基本的に、義理がなければ近寄らなかったタイプの人だと思います。
しかし、その辺で割り切れない私は、罪悪感もあって疲れるみたいです。

私は実母の介護もしてきましたので、こうしてあげるといいなというのは
割と頭に浮かぶことがあるんです。
それを実行できる範囲が実母の時とかなり違うことに気が付いています。
それが罪悪感の根っこにあるんです。

同時に、嫁いで32年目、ずっと介護はしてきたし、
ひどい扱いばかり受けてきたので仕方ないという気持ちもあります。
もっと優しく尽くしてあげたい気持ちと、もう充分という気持ちとが、
私の中で分裂しているのを感じます。

実母の時は、末期がんという状況でしたので、こちらの心構えも違うし、
仕事も辞めて、時間は使えたし、
実母の通帳を預かって、必要なだけ使ってほしいと言われて、
実母の喜びそうなことにお金を使えたし、
第一、私は実母は好きで感謝していたけれど、シュウトメちゃんは違う・・・

と、こんな風に長々と自分の中で言い訳するくらい、罪悪感があるみたいなの。

頭にいい方法が浮かんでも、そこまでしてあげる気持ちになれない。
これは誰も責めることもないどころか、誰も知らない私の脳内でのこと。

そこで私は気がつきました。

義姉たちやオットがあまりに親孝行しないことにイラッとするのは、

この罪悪感を消してもらえないからじゃないのかな?


実の子たちに親切にされて、シュウトメちゃんが幸福感を感じていれば、

私の役割は減るわけだから・・・

そこでさらに気が付きました。

シュウトメちゃんは、幸福感を与えてもらわないと幸せになれない?
それはずいぶんと上から目線のとらえ方では?

そう!今日の自己分析の2つ目の大事な結論はきっとこのこと!
「シュウトメちゃんは無力だから、私が幸せにしてあげないといけない。」
私の中にあった、無用の思い込みはこれだと思います。

そう思ったら、重かった罪悪感がしゅ~っとしぼんでいった気がします。

シュウトメちゃん、ありがとう。
あなたとのおつきあいで学ぶことはとても多いです。

                         
                                  
        

正直言うと、疲れてきました

category - 日記
2015/ 05/ 18
                 
シュウトメちゃんには悪いけれど、退所からたった一週間で、
私、本当にくたくたになってきました。
前はこれをずっとやってきたのに・・・。

もちろんシュウトメちゃんの状況は違いますけれど、
部屋の環境も違うので、苦労が増えたとは思いません。
でも、正直なところ、くたくたです。
私が年を取ったのと、楽な生活に慣れてしまったのと、両方が理由なのでしょう。

すごく大変なわけではないのですよ。
こんな風にパソコンの前に座る余裕だってあるし。(笑)
でも、くたくた。

環境が変わるのは、それだけで疲れます。
私もそうですから、シュウトメちゃんはもっとでしょう。
帰宅してしばらくの間、体調不良だったように、
施設に戻ったら戻ったで、しばらく疲れていることでしょう。

7日間という帰宅期間は、最初、(そんなに短いの?
せっかくリフォームしたんだし、もっと家にいたいのでは)と
私は思ったりしたのですが、施設の相談員さんの提示でした。
今にして思うと、本当にありがたいです。
これが続いたら、仕事の日にちをかなり減らしていただかないと、
私の体は持たないと思いました。

同室の方が嫌で、部屋を変わりたくて仕方なかったシュウトメちゃんは、
7日間で帰れば部屋を替えられるとわかって、その話に飛びつきました。

後で考えたら、シュウトメちゃんのことですもん、
部屋を替えてほしいと、相談員さんにも何度も言ったに違いありません。

実はね、この間、元婦人会役員の夕食会に行った時に、
たまたま隣に座った方のお嬢さんが、シュウトメちゃんの施設に、
デイサービスの職員さんとしていらっしゃるのですよ。
で、シュウトメちゃんがそこにいることを話していたら、
シュウトメちゃんがいる階は、状態がそれほどひどくはないけれど、
苦情が出る可能性が高いので、しっかり注意しないといけない人が
たくさん入っている階、と聞きました。

びっくりして、そうなの??と聞きましたら、
その人、表現に気を遣ったのでしょう、こんな風に教えてくれました。
「お金持ちでいい生活をしていた人とか、ご家族が熱心で、
うちの家族にきちんとしたケアをしているんでしょうね?と
いつも気にかけて、気になるとすぐ直してほしいとおっしゃる方とか・・」
うちの場合は、その2つではなく、ご本人からすぐ苦情がくる方、ですね。(爆)
それが本当かどうかわかりませんが、思い当たる面があります。

明日はシュウトメちゃんは施設に戻ります。
さほどの世話もしていないのに、疲れたと嫁がブログでこぼしてます。
自分の老後はどうなるだろうとふと考えます。
なるべく自分のことが自分で出来るように頑張りたいけれど、 
それが難しくなっても、お嫁さん(長男は独身だからいないけど、いたらの話)に
こんなことはさせたくないし、娘にもあまりさせたくないです。

あまり、というのはね、少しはさせたいの。
親が死んでいく時、何もしてあげられなかったというのは、悔いが残りますから。
出来ることはしてあげられたという気持ちを持つのは救いになります。

そんな先のことはどうなるかわからないので、思考はここで打ち切り、
今日のお世話と家事に戻って、時間になれば出勤しましょうか~。

今日は夕方から雨が降るという予報。
私に仕事は夕方6時までなので、今はいいお天気ですけど、
自転車はやめて、車で行こうかな。

自転車はいい運動になっているんですけどね。

自転車通勤片道15分×2と、休憩室に行く時の階段2階分が、

私の大事な運動になっております。

他にもストレッチはするんですが、みっちりでなく気持ち程度なので。


今日は雨の地域が多そうです。

皆さま、いい一日をお過ごしください。
                         
                                  
        

昨日の夜のお食事会と今日の入所準備作業

category - 日記
2015/ 05/ 17
                 
昨日の元婦人会の役員のお食事会、楽しかったです。
元役員っていつのこと?と思われたアナタ。
びっくりですよ。16年前でございます。(笑)
もっとお付き合いの密な元婦人会のメンバーさんたちは、
一緒に北海道やら沖縄など、ツアーに出かけるそう。

3年くらい前にも、婦人会の役員をしていますが、
その時のメンバーは、もう集まったりしていないです。
30年くらい前にやった時のメンバーは、
終わるときに1泊旅行に行っておしまいでした。
役員の年代や相性もあるので、千差万別ですよね。

16年前のメンバーのお食事会は出席率も良くて、
話も弾み、また1~2年後にやりましょうということになりました。
幹事は2人、そのうちの1人はkoalaでございます。(爆)

お食事画像はありません。
オットや友人と出かけた時には「ブログ用にちょっとごめんね」と
平気でスマホで撮っていますが、そうでないと撮りにくいです。
骨がないというか、遠慮深いというか・・・そうなんですよ、私。

昨日のお料理の最後、デザートの前に出たトマトが美味しかった!
完熟トマトを湯むきして、シロップに漬けて冷やした1品。
これは家でも作れそう。やってみようかな。
デザートはここはいつも和菓子とお抹茶です。



シュウトメちゃんの施設再入所は火曜日。
そろそろ荷物の準備を始めないと。
もう服は薄手にしようと思っていましたが、
連日シュウトメちゃんが寒いと言い、厚手を着て、
暖房を入れているので、厚手のものもある程度入れることにしました。

入所に必要な品のリストがワードで作ってあるので、
プリントアウトして、準備したものを消していきます。
大事なのは、準備した品を入れたバッグを
シュウトメちゃんの部屋に置いておかないこと。
荷物をどんどん足されてしまいますし、稀ですが、出されてしまうこともあります。

この作業は回を重ねてずいぶん慣れてきたので、

最初のころに比べると、かなり楽になりました。


実は最初のころは、本人にやってもらうのがいいだろう、
私がやった方が早いけれど、自立心に関わると思っていたので、
特に時間がかかったのです。

その当時はきっとそれがよかったのだろうと、
自分にいい方に解釈しています。
ある程度以上に年を取ると、自立心は減っていくのが自然です。

減っても大丈夫な環境にあれば、それでいいんじゃないかと思います。

その分の負担は、誰かが負うわけですが、

環境が許す範囲とその方の自立心のバランスが取れると、

一番気楽でいいんじゃないかなと思います。

シュウトメちゃんが、施設に持って行くものを自分で選びたいならともかく、
任せたほうが楽でいいと思っているんだから、
私がサクサクと片づけたほうがいいと思ってそうしています。
以前は、私が、そんな自立心のないことでは困ると思っていたし、
シュウトメちゃんにも今よりうんとこだわりがありました。
時間は流れ、物事は変化していきます。

多少は参加させた方がいいような気がしますので、
「この上着とこの上着、どっちにする?」
「これは持って行く?やめておく?」
という程度の参加はしてもらっていますが。

今日は快晴の日曜日。
職場はかなり混んで、忙しいことでしょう。
出勤前にあまり疲れ切って、仕事の集中力に欠けると困るので、
今日の出勤前の作業はこの辺で終了と切り上げ、
パソコンの前で油売ってます。(笑)

皆様も、いい1日をお過ごしください。

                         
                                  
        

シュウトメちゃんのMRI検査、結果良好でした

category - 日記
2015/ 05/ 16
                 
昨日はシュウトメちゃんの受診日でした。
MRIの予約がとってありました。

検査の結果は、2年前と大きな違いはないということで、これは快挙。
当然ですが、脳出血や脳梗塞は、一度やったらもう大丈夫というものではなく、
2度目、3度目の発作でひどい後遺症が起きることも多いです。

叔母がそうでした。
2回目の発作で、右半身の麻痺は、やや強くなった程度でしたが、
言語障害が出てしまい、本人が苦労することになりました。

脳の白い部分が少しずつ増えていくのは仕方ないですが、
最近のシュウトメちゃんの様子を見ていると、
ぐっと白い部分が増えたのでは?と覚悟していたのですが。
血管がすぐにでも詰まりそうなところがないのも、いいニュースです。

シュウトメちゃんは、施設から家に帰ると、たいてい調子が悪くなりますが、
環境の変化や温度の変化だけでなく、緊張の弱まりもあるかもしれません。
施設にいれば、周囲の人間関係など、いろいろと気を張ることも多いでしょうから、
家に帰ると、ほっとして、どっと疲れが出るのかも。
ちょっといい方に考えすぎかな?(笑)
家だと、スタッフさんがいないので、自分でしなくてはいけないことが多く、
それで疲れているというのも結構ありそうですしね。

実は昨日は、シュウトメちゃん、寒気はするわ、頭は痛いわで、
結構体調不良が深刻だったんです。
熱はないし、食事はとれるし、そう心配はなさそうでしたが、
セーターの上にベストを着て、暖房30度で毛布に包まって。
熱が出てくるかと思いましたが、最高36,5度で、そのうち寒気が収まってきました。
受診予約の時間には結構回復していまして、
念のため、ロキソニンが出ただけでした。

今日はなかなか体調が回復しましたし、昨日の夜は
上の義姉から「明日行きます」と電話も入り、
シュウトメちゃんの気力も回復しました。

上の義姉、一時はとてもシュウトメちゃんと険悪でしたが、
最近、すっかりいい感じになって、嫁としては安心して見ていられます。

今から、以前やった婦人会の役員の夕食会に出かけます。
私は婦人会の役員を3回やっていますが、2回目の役員の時のです。
1度目も3度目も、こんな風に、役員が終わってからも定期的に
集まってお食事したりしてということはありません。
お食事の会場は、すぐ近くですけど、美味しいし、器も凝っていたりして、
私の好きなお店です。
シュウトメちゃんは家族に任せて、行ってきます~。
                         
                                  
        

ポータブルトイレ再び・・・ボケって何だろうと考える朝

category - 日記
2015/ 05/ 15
                 
シュウトメちゃん、今回のショートステイの途中から、
夜から朝にかけてはベッド横のポータブルトイレで用を足していました。
同室の方がそうしていたので、そうしてもらったとか。
脳も体も寝ている時間に車椅子でトイレに行くのは大変だそうです。

帰宅した最初の日は、ポータブルトイレは部屋に置いてなかったので、
トイレまで車椅子で行って、用を足してくれましたが、
昨日は「ポータブルトイレをベッドの横に置いてくれ」と指示が。

それをずっと使うわけではなく、日中の間はトイレを使ってくれるそうですが、
その間、ポータブルトイレが邪魔になるので、毎日移動させてほしいとか。
木製で重いんです、うちのポータブルトイレ。
重い分だけ、安定感はあって、立ち座りにはいいんですが。
下に敷くマットを買ってきて、マットごと引っ張って移動させようかな。
タンスを移動して、ポータブルトイレを移動しないでいいような部屋にするという
方法もありますが、19日にまた入所ですし、
タンスの移動もなかなか大変なので、とりあえずはポータブルトイレを動かす予定。

軽いポータブルトイレは、便座暖房や脱臭機能が付いていません。
買うときには、毎日移動させるなんて想像していなかったので、
重くて機能の充実したのを買いました。

リフォーム工事もそう・・・。
すぐにこうなるかもと思っていたら、車椅子で行けるトイレではなくて、
ベッドサイド水洗トイレという方法もあったんです。
検討しましたが、トイレに行けるんだから、ベッドの横に
トイレがない方が気持ちいいだろうと考えました。

これからの介護リフォームをお考えの方、ベッドサイド水洗、お勧めかも。
しかしこういうことは全部ケースバイケースなので、

ベッドサイド水洗にリフォームしたけれど、車椅子で使えるトイレの

リフォームにすればよかったわと思っておられる方も多分いらっしゃるでしょうね。


物忘れに思考能力の低下、進んでます。
「声に出すと忘れにくいよ。例えば、歯磨きしたら、
ちゃんと歯磨きは終わりました~なんて言ってみると、

言わないより記憶に残るんだよ」と言ってみましたがどうでしょう。


着替えの服は、毎朝、シュウトメちゃんに「これでいい?

それともこっちにする?」と服を見せて選んでもらいます。

どれを着るのか決めてもらって、ベッドの上に置きます。


それでも、着替えのために脱いだ服が、脱いだものか、新しいものか、

すぐにわからなくなるようなのです。

どっちが脱いだ服で、どちらはこれから着る服か。

畳んである方が着る服でしょうと思われるでしょうが、わからないと。


施設では、スタッフさんが手伝って、ちゃちゃっと着替えが済んでいたようで、

どちらが?などと考える必要もなかったようです。

私は朝、そこまでつきっきりになれません。


シュウトメちゃんが着替えの時間を遅くしてくれれば出来ますが、

それは嫌みたいなので、自分でやってもらっています。

着替えで疲れると文句は言っていますが、ぐったりするほど疲れるわけではなさそうなので、

少し頭と体を使った方が良さそうではとも思って、鬼嫁になっています。


「忘れるなら、脱いだ服を見ながら、今、この服を脱いだと声に出して言ってみようよ。

次は、脱いだものは洗濯籠に、と言いながら、籠にぽいっと入れて。

きっと忘れにくいと思うよ。」


ベッドの近くに「脱いだ服をすぐ入れる籠」を置きました。

これも「すぐに入れる」のを忘れたら役に立ちませんけれど、

大きいプラスチックケースで、放り投げたら多分入るという距離ですし、

この服を今脱いだ、脱いだら籠に、と頭を使うことを

自分に課して欲しいなと思いました。ボケの進行を緩めるためにも。


でも、これがいいことなのか悪いことなのか、私には判断しかねています。
本人が、ボケをなるべく止めたいと思っているだろうというのは私の推測であって、
もしかしたら、本人は、もちろんなるべく止めたいけど、楽する方が優先と
思っているのかもしれません。

それが悪いことだとも思えません。
体力も気力も落ちたお年寄りが、なるべく楽に暮らしたいと思うのは、
ある意味、正常なことかもしれません。

それをよしとしないのは、周囲の負担を考えてとか、自立心が高くて、という
美意識のなせるわざなのかもしれません。

もうわかんなくなっちゃったさぁ~と努力放棄するのは、
ある意味、大らかで、幸せなことなのかもしれません。

介護と家事が一段落して、ボケって何だろうと考えるkoalaの朝。
コーヒー片手に、平和で、いい気なもんです。

昔だったら、車椅子で入れるトイレも、ベッドサイド水洗も、
ポータブルトイレさえもなかったのですから、
そういう状態になってしまったお年寄りは、

浴衣をほどいて作ったおしめを当てて寝ていたわけです。

介護する嫁は、そのおむつを替えて、手洗いしてたわけです。


楽な経験を受け持つ係でありがとうと誰にともなく心に呟きました。



上の画像は、野良から保護猫、そして家猫となり、生きるのが楽になったナナちゃん(笑)
                         
                                  
        

シュウトメちゃんの帰宅

category - 日記
2015/ 05/ 14
                 
シュウトメちゃんは、無事、昨日の午後に帰宅しました。
いつも家に帰って食べたいものを聞くと、
「特別食べたいものはないけど、まあ、お寿司かな」とおっしゃいます。
ホント、帰宅するたびに同じ答えなのですが、毎回一応聞く私。(笑)
毎日、ご飯はお粥にしてくれと言うのですが、なぜかお寿司は大丈夫。

シュウトメちゃんの帰宅は午後なので・・・と思い、
この春から通い始めた体操教室に行ったのですが、
ちょっと無謀だったかも。
疲れが出たころ、お迎えに行かなくてはいけなくて、
夜眠る前のお薬をシュウトメちゃんに用意したころは体がへとへと。
お風呂にも入らず、寝てしまいました。

夜中に呼び出しされることもなくて、一応オットが見に行ってくれたようですが、
シュウトメちゃんは、よく寝てたようで、良かったです。

介護生活が始まりましたが、今回は19日に長期入所が決まっているので、
そこまで乗り切れば後は安心という気楽さがあって有難いです。
家で一番怖いのは何と言っても転倒です。

車椅子で転倒?と思われるかもしれませんが、車椅子からベッド、その逆、
車椅子からトイレ、その逆、洗面所で顔を洗う時には、
それぞれ自分の足で立ち上がらないといけません。

もちろん、しっかり手すりなどにつかまって立つのですけど、
その際にフラッと来たら、その場で倒れてしまいます。
やはり、足が弱っているので、転びやすいんです。

ただ、手すりなどをつかんだまま転ぶので、
ばたん!と倒れるようなことはなく、倒れても、ゆっくりと倒れるために、
多分、骨折まではいかないんじゃないかと思うのですが、注意は必要です。

他にぜひ避けたいのは誤嚥ですけど、これも防ぎようはないです。
しかし、むせたときに、そのままで大丈夫そうかどうか、
注意していないと、肺炎を起こしたりすることもあるのです。

ご近所の、お年寄りを介護していた奥さんは、
お姑さんの寝室の隣の部屋に寝起きして、
夜中でも、何となく小さな物音がしたら、さっと起きて見に行っていたと言います。

そのお姑さんは90代で亡くなられましたが、
ショートステイとデイサービスの利用以外は、お嫁さんが介護しておられました。
まだらボケで、徘徊もあり、妄想による言動もあり、
「助けて!」とか「出してください~!」とか言う声が聞こえてきたことも。
夜に徘徊しないように鍵をかけると、そんな風になることがあったのです。

夜中もそんな風だったのに家で介護・・・・とても真似できません。
睡眠もこま切れだったので、お姑さんがデイサービスに行っている間、
仮眠をとって、乗り切ったとおっしゃっていました。

私は一週間ほど頑張ればいいだけ!

それでシュウトメちゃんは、「家に帰った」という満足感を感じてくれて、
施設に帰れば、同室が嫌だとずっと言っていた人と別の部屋が用意されていて・・・
ありがたい、ありがたい。(笑)

                         
                                  
        

ノートの中に、そうあって欲しかった現実があるのかも

category - 日記
2015/ 05/ 12
                 

明日はシュウトメちゃんの退所日です。



未だにシュウトメちゃんの大量の物たちの片づけは終わっていません。


1ページとか、2ページとか、少しだけ書いてあるノート類はどうしましょう。

シュウトメちゃんは、入院中とか入所中などに

ふと思うことがあると、ノートを買ってきてくれというのです。

そしてそこに、その時の思いを書きつけて、心が安定するみたい。

そのほとんどすべてが嘆き節ですが、ヒステリックではありません。



私の脳内によみがえるシュウトメちゃんのその時々の様子はヒステリックでしたが、

シュウトメちゃんの文章の中には、悲しみを抱えつつ耐えるお年寄りがいます。


視点が変わると、同じ物事はこんなにも変わるのだと改めて思いました。

文章の中には、実際は冷たかった義姉たちはノートの中では優しく、

そこにシュウトメちゃんの愛情がにじんでいたりするので、これはとっておこうと思います。


本来、日記のようなノートを嫁が読むなんて言語道断とは思いますし、

最初は抵抗がありましたが、たくさんのノートですし、シュウトメちゃんが、

プライベートの品を自分で管理できなくなった以上、誰かがやるしかありません。


病院や施設の気に入らない人に対するひどい言葉が書かれているノートは、

後で読んでも誰も幸せにならないので、さようならしようと思います。


物を捨てるときは、ありがとうと言って捨てるようにしています。

シュウトメちゃんの気持ちを落ち着けてくれてありがとう、といってごみ袋へ。

そんな風なので、大量の物に囲まれて、かなり大量に捨てましたし、

収納するものは収納したのですが、本当に作業がなかなか終わりません。




ちなみに、今日のも愚痴日記にしか思えないかもしれませんが、今の私は、

愚痴日記を書く必要もないくらい幸せですので、そうではありません。


シュウトメちゃんとの同居の日はごく少なく、義姉たちとの接点もほとんどない今、

ヒステリックになる人は周囲にいません。





ノートで、一番う~むと思ったのは、前にシュウトメちゃんが肋骨を折って、

休日外来で受診し、入院した時の日記。1ページだけ記入があります。






普通は肋骨の骨折は、入院してもすることはないので、家に帰されますが、

シュウトメちゃんは、肺に少し血が溜まっているのが見つかり、入院しました。

大学病院でしたし、その点が良くなったら退院してくださいとなりましたが、

すっかり足が弱ってしまって、家で大丈夫とは思えませんでした。

ケアマネさんが来てくださり、足をリハビリで少し鍛えないと、

また転んで骨折して入院と言うことになりかねませんよと強く言われ、

リハビリのある施設への一時入所を勧められました。


この時のことをシュウトメちゃんは、退院したら家に帰りたいと何度も書き、

施設に入れられるみたいだ、悲しくてたまらない、眠れない、

2人の娘にも相談した。家に帰って、koalaさんに迷惑をかけてはいけないから

息子夫婦の言うことに従う、施設に入ることにする、という日記でした。


可哀想な優しいお年寄りが、嫁に遠慮して泣く泣く施設に入る。

全ては嫁に迷惑をかけないため。

遠慮深い姑の私は悲しいけど嫁に従う。

自己評価はこんな感じなんだとよくわかりました。


あんなにオットもケアマネさんも、このまま家に帰ると危ないんだよ、

寝たきりにならないためにリハビリがいるんだよと繰り返し言ったのに、

自分の視点を変えることって、それほど難しいのだとため息も出ました。


義姉たちに相談したという表現も、胸を突かれました。

実際は一方的に怒鳴られたんですが、娘を悪く書きたくない母心は、

誰も読まない日記の中でも、娘たちを優しい姿で書くんですね。





シュウトメちゃんはどうしても嫌だ、家に帰るんだと言い、

転んで寝たきりになったら困るのは〇〇さんですよ、リハビリなしなんて無理ですと

ケアマネさんが一生懸命説得してくれたのですが、大騒ぎしました。


義姉たちに泣きついたシュウトメちゃんは、逆に義姉たちに怒鳴られました。

私とオットが説得しているときに、お見舞いで2人の義姉が来たのです。


「koalaさんが面倒を見られないというんだから、施設に入るしかないでしょう?!

私たちはあてにしてもらったら困りますからね!面倒なんか見られないからね!」と

義姉たちは怖い顔でシュウトメちゃんを責めました。


(これを「娘たちにも相談した」と書く理由は、娘の言動を冷たい方向に解釈したくない、

優しい娘に相談したという風でありたいという願いだったと思います。)



オットがそれを聞いて怒って、「おばあさんの足が弱って、リハビリが必要だから

一時的に入所して、頑張ってリハビリしてくれって頼んでいるのに、

どうしてそんなに前向きになるのを邪魔することしか言えないんだ」と言いました。


大部屋だったのに、そんな風で、後で同室の方に「大変ですね・・・」と

声をかけられ「ごめんなさいね、病室なのにみんな大きな声で」と謝ったのを覚えています。



義姉たちが帰った後、シュウトメちゃんは「もうわしなんか死んだ方がいい」と泣きました。

勿論本気で死ぬ気ではなく、慰めてほしかったのだと思います。


「馬鹿なこと言うもんじゃありません。おばあちゃんは大事な人です。

お姉さんたちだって本当はそう思ってます。悲しんでいないで、

リハビリして元気になって、お姉さんたちを安心させてあげればいいんです。」


義姉たちみたいに大きな声は出さなかったけれど、

同室の方には聞こえていただろうなと思います。

見ものだったのか、身につまされたのかなんて、当時は思う余裕もなかったです。

オットが一番根気よく、一生懸命シュウトメちゃんと話していました。

何を言っても、母親は理解しないし、理解しようとも思ってくれない、
とにかく、すごくヒステリックで、聞く耳を持たないと
オットが嘆いていたのを覚えています。

そういえば、今は母親に関心がないとしか思えないオットは、
この頃までは、本当に孝行息子だったわ。忘れてた。

オットが今のような無関心に至るまでには、たくさんの苦い経験があったこと、

なぜか私は忘れていました。思い出せて良かった気がします。




「寝たきりになっても家に戻る!」と大騒ぎしたシュウトメちゃん。

でも、日記の中のシュウトメちゃんは、冷静に耐える人になっています。

だから本当は、冷静な方がいいっていう意識はあったんだなって感じました。

自分は冷静で、嫁のために耐えるけなげな姑だったらいいな。
娘たちは2人とも優しくて、母親を大事に思ってくれたらいいな。
そう思ったんだよね、シュウトメちゃんは。
思い通りに行かないね、人生って。

ある意味、ノートの中に、そうあって欲しかった現実があるのかもしれません。

本当にそうあってほしかった現実は、退院したら自宅に帰り、

足も自然に筋力が戻り、転んだりしないで、楽しく自宅生活が送れた現実ですが、

そこまで脚色は出来ないので、できる範囲で美化したのでしょう。

最初にノートを読んだ時、「こんなにも自分流に現実を捻じ曲げるなんて」と
いい気持ちはしなかったのですが、読んでから1日経って、
感覚が変わっているのに自分でも驚きました。

もうヒステリックな言動にさらされない安全圏にいる余裕からかもしれませんし、
自分も年を取って、老いが身近になったこともあるかもしれません。

さあ、気を取り直して、整理を進めましょうか。
明日からしばらく、シュウトメちゃんとの同居生活が再開します。
シュウトメちゃんの目の前では整理はタブーです。
出勤前の時間が勝負だけど、今、結構長い間パソコンの前にいたような・・・(笑)

                         
                                  
        

どんなことも、全て貴重な経験でした

category - 日記
2015/ 05/ 11
                 
ここ2日間、私の嫌な性格を丸出しにしてブログを書いています。(爆)

シュウトメちゃんへの母の日のプレゼントに文句を言われ、
義姉たちからもらったものについてはべた褒めのシュウトメちゃんを見て、
褒められている義姉たちのプレゼントがしょぼいのを見下す気持ちになった
というのが、自分でも「本当にこれは性格悪い」と思うエピソードでした。

だって私、嫁でもあるけど母親でもあるので、わかっているんです。
子供が送ってくれたプレゼントがしょぼいなんて、母親は思いません。
自分のためにお金をたくさん使ってほしいとも思いません。
家に遊びに来るついでに、近くのスーパーで買ったものだって、
母の日おめでとうという気持ちがそこにあるんですから、
それは素敵なプレゼントに決まっています。

シュウトメちゃんが、私のプレゼントにだけ文句をつけるのは、
別に義姉のせいではありません。それもわかっていました。
それを、私は心の中で、間に合わせでスーパーで買った安いプレゼント!と
見下すことで、文句をつけられる口惜しさを減らそうとしたのでしょう。
それほど強い気持ちではありませんでしたが、自分の見下す気持ちが
醜いという自覚はあったので、ずっと記憶にとどまっていたのです。

今、その頃の私を思い出すと、「確かに性格悪いけど、気持ちはわかるよ~。
シュウトメちゃんもなかなかの性格の悪さだったから、
あれはあれで仕方なかったよ。性格悪い自分を責めちゃいけないよ。
人間だもの。」などと、ちんぷんかんぷんな言葉でもかけて、
励ましてあげたい気持ちになりました。



実は、昨日、長男がプレゼントをくれたんです。
普段日曜日は仕事のことが多い長男ですが、
昨日はたまたまお休みで、プレゼントを買ってきてくれたみたいです。
それを私に見せる前に長女に見せて、2人で大笑いしていたんです。
爆笑が居間から聞こえたので、何を盛り上がってるんだろう?と思いつつ、
夕食の準備をしていました。

夕食ができたよ~と声をかけると、長男と長女が笑いながら居間から出てきて、
長男が「母の日、休みだったらプレゼント買ってきたよ」と言いました。
大笑いの原因は、プレゼントがかぶったせいでした。

長女はエビスビール12本入り、長男はエビスビール6本入り+母の日の造花
ビールがかぶるだけならまだしも、エビスまでかぶったので笑っていたとのこと。

2人とも、私へのプレゼントに、ビールを買うなんて初めてのことでした。
去年は長女はオットとペアのランチョンマットをくれました。
長男は何年かぶりでしたけど、最後のプレゼントはコーヒーカップとお菓子だったわ。
ビールがかぶるだけでもすごいのに、2人ともエビスを!と笑ってたみたい。
プレミアムモルツとエビスがお気に入りで、どちらを買っても不思議はないのにって。
2者択一だから、かぶってもそれほど不思議ではないのですけど、
子供が楽しそうに笑っている姿は、やはり母親にとっては癒しなのでありました。



神様って粋なことをします。
長男がくれた安っぽい造花(ごめんね、長男)は、上の義姉が以前
シュウトメちゃんにプレゼントした造花を連想させました。
想像でなくリアルに、シュウトメちゃんの喜びを、
義姉の気持ちを、私は味わうことになりました。

そしてその、プリザでもなく、高級造花でもない造花を
長男が「お母さんに、母の日だから」と思って買ってくれた気持ちは嬉しく、
その造花は愛おしいものになりました。

私はお花が好きですし、造花にもそこそこ詳しいし、
その結果、造花でもいいものを知っているし、こだわりがあるのですが、
ただ単に、長男や義姉には、造花に興味もこだわりもなかっただけでした。

これは意地悪な気持でなく書くのですが、長男の今回の造花より
義姉の買った造花は安っぽくて、しかもプレゼントはその造花だけでした。
でも、上の義姉はケチというより、その頃、金銭的余裕がなかったのです。

事情を知っていたので、その時はさすがに私もケチとは思わなかったのですが、
自分だけ文句を言われて気持ちがくさくさしていたので、
こんな安っぽい造花を買うくらいなら、ハンカチくらい買った方がいいんじゃないかと
それは性格の悪いことを考えたのでありました。



これは今思うと、防衛本能ですね。
プレゼントに文句を言われるということは、選択能力の否定ですから、
私の方が義姉よりも、選択能力はあるわよと心の中で言うことによって、

否定された気持ちの傷を癒そうとしたのでしょう。

勿論当時はそんな風には全然思いませんでしたが。


私が長男の造花を嬉しく大切に思ってのと同じように、

シュウトメちゃんは、大事な娘が苦労している時期に買ってくれた造花が

本当に嬉しく、愛おしかったのだと思います。


だから何度も、これは〇〇が母の日に買ってくれたんだと

わかりきったことを私に言いたかったんです。

私としては、自分のプレゼントはけなされて、この造花は始終褒めるので、

「よかったですねぇ」と言いながら、心の中では面白くなかったんです。

どうしてそんなことまでしっかり覚えているかと言えば、
安物とか、間に合わせで近くのスーパーで買ったとか、
そういう連想をする自分が醜くて大嫌いだったからです。

それ以上に、私のプレゼントにだけ文句をつけるシュウトメちゃんが大嫌いでした。
私の親はプレゼントをすると大げさに喜んでくれる人で、
こういう扱いを受けたことがない私にはカルチャーショックだったのです。

そんなカルチャーショックを受けて、くさくさしたことも、
自分の醜さをいやらしい恥ずべきことと感じて暗くなったことも、
振り返れば、貴重なこの世での経験でした。
どんなことも、全て貴重な経験でした。



今回、長男が造花をプレゼントしてくれたことで、
私はあの日のシュウトメちゃんの気持ちを追体験させてもらいました。
私の感情とシュウトメちゃんのあの時の感情が
全く一緒だったわけではないでしょうが、かなり重なっていたと思います。

母親を喜ばせたかったんですよね、義姉さん。
嬉しかったんですよね、シュウトメちゃん。
あの時想像した時より、うんとリアルに2人の気持ちを味わいました。
ずっとずっと前のことなのに、記憶が鮮明に浮かび上がったのも驚きでした。

そして今、あのころ感じた自己嫌悪からも自由になりました。

私は自己嫌悪という経験をしただけでしたし、
その経験は私の糧になりました。
自己嫌悪を知らない人は、自己嫌悪の苦しみを知りませんから、
そういう苦しみを持つ人が理解できません。

もしこのブログをお読みの方の中に、自己嫌悪が苦しい方がいらっしゃったら、
その自己嫌悪は、防衛本能かもしれませんよ。
違うケースももちろんあるでしょうが、似たケースだってあると思います。
参考になれば嬉しいです。



何かで誰かに否定されたと感じたとき、馬鹿馬鹿しいと思えばスルーできますが、
自分もその否定をスルーできないで、自己否定する部分が大きいと、
苦しくなって、感情ははけ口を求めます。
はけ口になった状況に、自己嫌悪を感じたのが、かつての私の例です。
でも、必要なのは自己嫌悪ではなくて、はけ口を求めた感情を理解してあげることです。

一生懸命選んだプレゼントをまたけなされたが、
義姉のプレゼントは手放しで喜んでほめまくるシュウトメちゃん
           ↓
あなたのプレゼントはダメと否定された
(そんなことは誰も言っていないけど)義姉は◎でkoalaは×とされた

この時点で多分、私の感情は「否定された」過去の記憶と結びついて、

プレゼントの文句だけの問題でなくなっていたのだろうと思います。

私が×なら、義姉たちなんてもっと×でしょう、というのが、
プレゼントの見下しになったのかなと自己分析しました。(爆)

大事なのは、あなたは×なんかじゃないよと自分に言ってあげること。
母の日にプレゼントしようと思うだけで、もう〇じゃないですか。(笑)

この場合だったら、「何がいいですか?」ってすぐ聞けばよかったのよね。
感情のしこりが一切なかったら、すぐに聞けたと思うんですよ。
数年間、毎年文句を言われて、やっと聞くようになった私は、
すぐにストレスから解放されたんですから。

自己嫌悪に悩む皆さん、あなたの基本は〇です!
一生懸命誠実に生きようと思っているだけで十分〇です!

自分でもこんな締めくくりになるとは思わず書いたブログですが、
私も自分に「私の基本は〇!×じゃない~!」と宣言して締めくくりたいと思います。(笑)
                         
                                  
        

私の常識は世界の非常識かもしれない(笑)

category - 日記
2015/ 05/ 10
                 
タイトルは大げさですが、そう思った方がいいかもと感じるところがありまして。(笑)

昨日、母の日のプレゼントのことを書きました。
昔、母の日のプレゼントに文句を言われていた私は、
自分が正しくシュウトメちゃんがおかしいと思いこんでいました。
シュウトメちゃんはシュウトメちゃんで、嫁はおかしいと思って、文句を言ったのでしょう。

私から見たら、シュウトメちゃんは非常識でしたし、

シュウトメちゃんから見たら、私は非常識でした。



買いたいものがあると言われたら、私はシュウトメちゃんを連れて、
いろいろなお店に買い物に行っていました。
そこで欲しいものが売っていなければ、探して買ってきました。

母の日に、お花の鉢植えを買うとき、好みは大体知っていました。
それをプレゼントして、「これと同じ花、同じ色のものを〇○さんも持っているなぁ、
どうせだったら、違う色が良かった」などと言われると、
知り合いと同じ服なら嫌だけど、花もダメ??〇○さんと仲いいのに?
〇〇さんがこの鉢植えを持っているって知らなかったけど・・・
買った鉢植えは一つじゃないから、別のは気に入ったのかな?
ノーコメントだからわからないし、聞く気も起きないけど…と感じていました。

服を買っても、カットソーとパンツをセットにして買ったときには、
「ズボンが2枚のほうが良かった」とか言うんです。
その後,カットソーはよく着ていて、カットソーが気に入らなくての発言ではなかったようです。

ズボンが欲しいと言えば、いつでも買ってくるし、
選びたければ、お店に連れて行っていました。
その場合はシュウトメちゃんのお金で、ですけど、
ウエストゴムの、裾ファスナーのついたズボンは、高いわけではありません。
シュウトメちゃんのお財布に響くとも思えません。
どうしてプレゼントはありがとうと喜んで受け取っておいて、
しばらくしたら、ズボンを買いたいと言えば済むのにそうしない??と
「私の常識」から外れたシュウトメちゃんの言葉が不快でした。

「私の常識」では、相手の欲しいものを推測して選んで送るのが
母の日のプレゼントというものでした。

受け取る側は、よほど的外れでなければ、喜んで受け取る「べき」でした。

でも多分、シュウトメちゃんにはシュウトメちゃんの常識があったでしょう。
同じお金を使うなら、これを買って欲しかったのに、
嫁はどういうものが欲しいのか、聞きもしない。
わしが自分でお金を使うなら、これを買っただろうに。
お金はわしの息子の給料だろうに。(以上、下世話な推測です)



嫁と姑の確執なんて、こういう「自分は正しく相手が非常識」という

思いの対立が多いのかもしれません。

嫁と姑に限らず、「イラッとする」とか「腹が立つ」って、そういうことですよね。



私がもう少し早く「シュウトメちゃんにとってプレゼントにサプライズなんて不要で、

欲しいものを指定して買う方が嬉しいのだ」と気が付けば、

その時から、文句から解放されたことでしょう。


シュウトメちゃん、私が嫁いですぐは、遠慮もあって文句はなかったんです。

慣れたころから文句が出だしたのですが、私はそれに気が付かず、

いきなり文句を言われるようになったと感じていました。

その時、私は若くて頑固だったので、余計に気が付くのが遅れましたね。

「何が欲しいですか?」と聞くだけで、ストレスから解放されたのに。


シュウトメちゃんも、今振り返って思うと、遠慮があったんですね。

当時は遠慮のない人だと思いこんでいて気が付きませんでした。

「もうすぐ母の日だけど、できたらズボンが欲しい」と一言告げていれば、

「ズボンですね!カットソーを付けましょうか?ズボン2本がいい?」と答えて、

シュウトメちゃん側のストレスも消えたことでしょうに。


もしかして、実家の母にも、そうしてあげたほうが良かったのかな・・・

もうやり直せないけれど。

母は遠慮深かったから、〇〇を買ってなどと言わなくて、

気持ちだけでいいよと言っただろうけど、そういうのも繰り返せば慣れたかも
遠慮深いことがいいことだという母の常識が壊せたかも。
それは母にとって、心地よいことになったかも。
そんな思いが湧きました。

常識という名の思い込みは、いろいろ多岐にわたって、
私たちの言動や思いを左右します。
「私の常識は世界の非常識かもしれない」という視点を持ったら、
少し、自分の常識が見えてきて、そこから自由になれるのかもしれません。


                         
                                  
        

もうすぐ母の日  今日は午後から母の日会に出てきます

category - 日記
2015/ 05/ 09
                 
今日は午後2時から、シュウトメちゃんのショートステイ先で
母の日会が催されます。

昨日は母の日のプレゼントを買ってきました。
友人が店長さんをしているお店が近くにありまして、
サイズや希望を言って、出していただいた服が
もう完璧にシュウトメちゃんの好みだったので、即決。
亡き実母には、般若心経を唱えました。

考えたら、シュウトメちゃんに、母の日のプレゼントをするのは
嫁の私しかいません。
その嫁は、「予算より安くすんじゃった~」なんて言っててごめんね。

昔はシュウトメちゃんも、義姉たちに、
ちょっとしたプレゼントをもらっていて、喜んでいたんですよ。
私は嫌な嫁で、心の中でケチだ~なんてひそかに思ったんですが、
今にして思えば、本当に嫌な嫁でしたね。

シュウトメちゃんも、嫁の母の日のプレゼントには文句をつける人だったので、

私とはおあいこでしたけど。(苦笑)


義姉たちの何倍もお金を使って、一生懸命選んで、
それでも文句を言われるので、そのうち希望を細かく聞くようになりました。
そうしたら、とても細かく希望を言うのです。
鉢植えのお花がいい、こういう花で、こんな色の・・・とか、
今度は薄手のジャケットがいい、袖の長さはこうで、色は・・という感じ。
最初から、希望を言いたかったんですね、シュウトメちゃんは。
なのに私がシュウトメちゃんからしたらトンチンカンな物を送るので、
文句が出てたというわけ。
好きなのを買ってあげますから、お買い物に行きましょうと言えば一番よかったかも。
お買い物は、その頃は時々連れて行っていましたが、
自分の欲しいものは自分のお財布で買っていました。
なので、プレゼントは多少はサプライズがあった方がいいと勝手に思いこんでいた私。

もちろん実の娘には注文も文句もなく、感謝だけでしたよ。
今振り返って思いだすと、可愛いじゃないかと思えるのですが、
〇〇が母の日だからと靴下をくれた!なんてはしゃいでいるのを見ると、
そこのスーパーの靴下じゃないの、この家に寄る前に
間に合わせで安いプレゼントを買っただけ。(性格悪い感想です)
それはそんなに嬉しくて、
どうして私のプレゼントにだけ文句言うわけ?!と苦々しかった私でした。

多分、その私の苦々しさは隠してもなんとなく伝わっていたと思います。
お金を出せばいいと思っている、(例えば)靴下を見下す嫌な嫁と感じていたのかな。
私のプレゼントに文句を言われなかったら、靴下を見下す気分には
ならなかったと思うけど、きっとお互いさまでしたね。

でもあの頃、シュウトメちゃんは、義姉たちがしばしば来てくれて、
振り返れば、幸せな時期だったのだと思います。
その時期にも愚痴ばかり言っていたけれど、そんなものなのかもしれません。
シュウトメちゃんに限らず、その時は特に意識しなかった幸せの素晴らしさを、
失ってから初めてわかるっていうこともありますよね。

私が長女からもらったのは・・・1ダース入りのエビスビールの箱でした。
なんか、すごく柄の悪いお母さんみたいじゃないですか?(笑)
さっそく冷やして、昨日はブルーの缶のをいただきました。
長男は昔はくれたんですが、最近はスルーです。

2人とも元気でいてくれて、それが一番の母へのプレゼントですけどね。
シュウトメちゃんも同じかもしれません。
あまり会えないけど、そりゃ、会いに来てくれれば一番ありがたいけれど、
そこそこ元気で娘2人、息子1人(オットです)が暮らしているということ。
それはもしそれを失くしたらと想像すると、本当に貴重な幸せですもん。

シュウトメちゃんの孫8人も、そこそこ元気で暮らしています。
本当はシュウトメちゃんの孫は9人でしたが、
2010年に姪が急死しました。
人生に起きてくる、あらゆる大変なことを想像したら、
今の平安は本当にありがたいことですね。