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2015年02月07日

        

まぐだら屋のマリア

category - 日記
2015/ 02/ 07
                 
たまたま読んだブログで「まぐだら屋のマリア」という本にとても感動したとあったので、
読んでみたら、私にはちょっと残念なレベルの小説に思えました。
感動にしても、残念にしても、どの点が自分をそういう気持ちにさせたのか?と
考えることで、自分を知ることができると私は考えています。

人生って、つまるところ、自分を知る旅なのかもしれないとすら思ってます。
今日は時間がないのでできませんけど、時間のあるときに、
自分の残念ポイントを掘り下げて考えてみたいです。

全部残念だったら、最後まで読めません。
良かったポイントももちろんあったのですよ。
少しだけ書いてみます。

「まぐだら屋」というのは、「尽果」というすごい地名のバス停のそばにある
食堂の名前で、マリアと呼ばれる女性が一人で切り盛りしています。
本名「有馬りあ」 ありま・りあ  あり・まりあ それでマリア。
ちなみに「まぐだら」というのは、この地方に伝わる伝説の魚の名前。
こういうこじつけ設定がどちらかといえば私は苦手。

他の登場人物の名前も、シモン、マルコ、ヨハネなどなど・・・けっこうすごいです。
名前がすごいので、よほどのキリスト教的な深いテーマがと期待しますが、
そこで読み進んで、感動となるかう~んとなるかは感性の違いなのかも。

この食堂に、死に場所を求めて紫紋(シモン)という男性がやってきて、
料理の腕を生かしてそこで働くことになるのですが、
この紫紋の作る料理がとても美味しそう。

美味しい料理というのは、無条件に人を癒してくれる気がします。
そこにある思いも一緒に取り入れられる気もします。

私が一番感情移入したのは、シモンのお母さんでした。

シモンはかつて、お母さんが大好きな子供で、成長してからは、
東京で一流の料理人になって、地方で暮らすお母さんを呼びよせて、
うまいものをいっぱい食べさせてやるんだと誓い、
一流料亭で見習いに精を出すような、とても純朴な青年でした。

料亭の偽装問題とそれを内部告発した仲間のごたごたに巻き込まれます。
もっと手ひどく巻き込まれた紫紋の後輩は自殺してしまいます。
後輩は、内部告発を後輩に頼んだ、同じ料亭で働く女性と一緒に、
死のうと約束して、彼女を待っていました。

彼女は死ぬ前に紫紋に会って話をしてから、と思い、
その話を聞いている間、後輩が何度も携帯で電話してきたのに、
電話に出なかったのでした。

待ち合わせの時間に彼女が来ない、先輩に電話しても出ない、
そういう状況で、紫紋の後輩は自殺してしまいます。
警察に呼ばれ、後輩の遺体を確認した紫紋は、
激しい後悔と罪の意識にさいなまれ、生きていけない、
母親のところへも帰れないと感じたのでした。

母親は、何度も、帰っておいでとメールをします。
メールを送ることしかできないのです。
紫紋の携帯の充電は切れていたので、それを読むことができません。
小説の最後の方で、充電された携帯で、そのたくさんのメールを
紫紋は読むことになるのですが。

紫紋は、一緒に働くマリアに惹かれていて、まぐだら屋の仕事も大好きで、
ここにずっとマリアといたい、と思うのですが、
マリアはお母さんのところに帰って、そばにいてあげてほしいと言います。
紫紋は、故郷に戻り、マリアは一人でまぐだら屋を続けます。

私が紫紋のお母さんだったら、そこが息子にとって、
自分の居場所だと心から思える場所ならば、
そこにいなさい、と言ってあげたいと感じました。
お母さんは一人で大丈夫だから、時々元気な声を聴かせてくれれば、
それだけでとても嬉しいのだから、と息子に言うでしょう。

実際には多分、紫紋は、そんな話を打ち明けないで、
故郷で、母親の面倒を見るのでしょう。
一人の母親として、そんなのは嫌だと感じておりました。

少しだけ書くと言いながら、結構長いじゃん。(爆)
出かけなければいけません。ではまた~。
皆さん、いい一日をお過ごしくださいね。

            
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