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2015年01月27日

        

昨日の日記の補足 飯田史彦氏「これでいいのだ」前書き

category - 日記
2015/ 01/ 27
                 
前に「これでいいのだ」という日記を書いた際に、
飯田史彦さんの「これでいいのだ」という本を見つけたのでポチしたと書きました。

その本の前書きに、昨日の日記の「欠け」通じるところを感じたので、
ここに書かせていただくことにします。

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はじめに ~読んでいただきたい人、いただきたくない人

世の中には「これでいいのだ」と思うことのできる人々と、
「これではいけない」と思ってしまう人々がいます。
もちろん、人生のあらゆることについて、その全てを
「これでいいのだ」の一言で済ませるわけにはいきませんから、
私たちの生活は「これでいいのか?」という疑問の数々で満ちているものです。

しかし、私の長年にわたるカウンセリング経験に基づけば、少なくとも、
次のように指摘することができるでしょう・・・・
「最も悩み苦しむ人生を送るのは、何事においても、『これでいいのだ』と
思うことのできない人々である」と。

ところが、私の見るところ、世の中では「これではいけない」と
自己変革していただきたい困った方々ほど、「これでいいのだ」と自己満足なさっており
逆に、「これでいいのだ」と自己肯定して楽になっていただきたい
素晴らしい方々ほど、「これではいかん」と悩み苦しんでいらっしゃるのです。
ああ、なんと、皮肉な現象なのでしょうか。

しかも、私のもとに相談においで下さる方々の多くは、その真面目さゆえに、
世の中にはびこっている「自己変革の人生論」をむさぶり読み、
「今のままの自分のままではいかん、何とかして変わらなければ!」と
自己否定することで、ますます、「悩みごとの底なし沼」にはまってしまわれているのです。

そのような悲惨な状況の方々を、ぜひとも、「悩みごとの底なし沼」から
救い出して差し上げたいと願って、本書が生まれました。
そのため、本書は「これでいいのだ」と自己肯定して、
もっと楽になっていただきたい素晴らしい方々にこそ、ぜひともお読みいただきたい内容です。
したがって、逆に、「これではいけない」と自己変革していただきたい困った方々は、
決してお読みになりませんよう、重々お願い申し上げます。(笑)

引用はここまでです。

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言葉は生き物で、どんな人にもぴったりする真理の言葉などない
いつも賢者テラさんが書かれています。
これは「これが普遍的な真実の言葉」という罠に読者が落ちないためと思いますが、
飯田史彦さんのこの前書きも、同様の意図で書かれたものだと思います。

「今の自分は×でなく○」「これでいいのだ」というのは、
「そのままで何も努力しなくていい」とイコールではないんですよね。

他者重視の視点は不要ですが、、自分が良ければいいわけではありません。
自分は○!正しい!以上!の人には、「これでいいのだ」は向かないんです。
(↑この言葉、日記の後半に出てきます。)

「これでいいのか?」という内省の言葉が向くのでしょう。

人それぞれ、いろんな環境で育ち、いろんな経験をして、今に至っています。
いろいろな智慧のある言葉の中にも、今の自分に必要な言葉は人それぞれ。

極端に走れば、「欠けがあるから生きている値打ちがない」とまでいってしまう感覚、
そこでいう「欠け」は幻ですからね、問題があるように見える状態が起きる、
波乱万丈に見える、それ自体が人生が順調な証で欠けではなく○ですからね、
幻に騙されないで、他者との比較でへとへとにならないで、
さてこの人生で、自分はどうしたい?何を選択したい?
この思いにエネルギーを注ぐか、人からどう見えるかにエネルギーを注ぐか、
あなたはどちらを選択しますか?後者でしょ?それを始めるのは今でしょ?
他者との比較視点から、自分視点にシフトしましょうよ、という話だと思うんです。

今の自分は○。この欠けのない私というしっかりした土台の上に
私が建てたい家はどんな家?
育てたい気はどんな木?
咲かせたい花はどんな花?
底なしの穴を埋めるんじゃなくて、土台の上に何か作ろうよということだと思います。
○だからずっと昼寝でもして楽してていいよということじゃなくて。
もちろん昼寝が必要な時は必要なだけ昼寝していいんですが。

土台の環境にケチ付けないのも大事かと・・・。
雪の降る寒い土地には、モルティブの水上リゾートコテージは不向きだし、
寒さに弱い木や花は枯れてしまうので、環境にあったものがいいんです。

その環境でできることがあるから、私たちはその環境に生まれたのでしょう。
まあ、ついないものねだりの気持ちもわきますけど、
こういう願望があるんだな、私~って気が付くのも面白いですよね。
ないものねだりして「欠けてる!」って被害者にならなければいいかなって思います。

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前書きにある「『これではいけない』と自己変革していただきたい困った方々」
これ、私は他人事には思えませんでした。

私は自分の「世の中を見るメガネ」を通して世界を見ているのですが、

基本的に「自分は正しい」という前提で見ています。

シュウトメちゃんや義姉などが、そのメガネから見て
「とんでもない」と見える言動をすると、「自分は正しい」という思いは
強化されていったように思います。

目の前で見ている事柄が、シュウトメちゃん、あるいは義姉と、
同じものと思っていたから。
でも、みんなメガネが違うんです。
同じものを同じように見ているようでいて、実は違うのでありました。

違う風に見えていたんだ!と言うことに気が付くと、
「自分は正しい、シュウトメちゃん(あるいは義姉)は間違っている」
その思いも違っていたんだと気が付きました。

みんな、自分のメガネで見えものにふさわしい反応をしているだけでした。

自分のメガネで見えることだけが真実だという思い込み。
これはまだまだ私の中にたくさんありそうな気がします。

自分は○!正しい!以上!の人って、私自身でもありました。
自分は○、でも相手は×
めちゃくちゃ傲慢なことですよね。(苦笑)

「『これではいけない』と自己変革していただきたい困った方々」

それは実は私自身でもありました。





            
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