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2015/01/10

2015年01月10日

        

シュウトメちゃんの所に行きました

category - 日記
2015/ 01/ 10
                 
4日にシュウトメちゃんを施設に送っていって
5日に施設から、盗難被害妄想の件で電話があり
6日にフクちゃんが死んでしまい、一晩家でフクちゃんの遺体と過ごし
7日にフクちゃんを火葬場に連れていき
8日には、普通に家事と仕事をこなすのが精いっぱいで

・・・ついついシュウトメちゃんの所に顔を出すのをさぼっていました。

昨日9日に、やっとシュウトメちゃんの所に行きました。

施設へは、着替えも飴もお煎餅もたくさん置いてあるし、
来ないなと思われることはあっても、困ることはないと思っていましたが、
その通りで、シュウトメちゃんは、穏やかな顔をしていました。

困ってなかった?と聞くと、困ってた、と言いましたが、
それはズボンを盗まれたとかいう話ではなくて、
眠るときに寒くなったので、もう1枚毛布が欲しいということでした。
いつもなら、これが欲しいと思うものがあると、
家に電話してきたものですが、たまたま不在だったのか、
それ程困っていなかったのか、遠慮するようになったのか。

目の前にいるシュウトメちゃんは、昔より一回り小さくて、
年を取ったんだなと改めて感じました。

お正月の時、上の義姉が、今度はまた来年のお正月にと言ったのに対して
思わず上から目線で、なんて薄情なと感じたものでしたが、
ふいに、きっとその方がいいんだと感じました。
薄情とは違うんだと思ったのです。

母親と価値観が違っていて、共感しにくい友人がいます。
彼女は母親との溝を埋めたくて、いろいろ試行錯誤しましたが、
溝が埋まらないのを受け入れるしかないことを悟りました。
彼女も彼女のお母さんも、母が、娘が、大事なんです。
でも、2人の溝が狭まることがないことを自覚するのはきついこと。
きついけれど、それはその人に必要だから起きてくること。
苦しいのに、無理をして、必要以上にその痛みを頻繁に感じなくてもいい。

シュウトメちゃんと義姉たちもきっとそうなんだいう思いが、
小さい老人となったシュウトメちゃんを見て、不意に強くわきました。

大事だという思いと、わかり合えないという現実があるとき、
その関係を自分の中に受け入れ、消化していくのは、
そうでない関係の母娘には理解できないほど大変なはず。

それが理解できないくせに、自分の母親なんだから、
もっと顔を見せてあげればいいのになどと
上から目線で見ている義妹koalaが、うざいのは当然ですね。

おまけにその義妹が全部世話をしているという弱みがあって、
その弱みは義姉たちの罪悪感を無意識下で刺激することでしょう。
罪悪感なんて必要ないと言い切るためにも、
自分のルーツを相手の中に見出さないためにも、
離れていたほうが平和という関係だってあるのです。

自分は罪悪感を感じているんだなと、
少し離れたところからその罪悪感を見つめて、認めちゃった方が
楽になるだろうと感じましたが、そんなのも余計なお世話。
余計なお世話というのはうぬぼれた上から目線かもしれません。

罪悪感を感じさせる母親シュウトメちゃんと義妹koala。
母親は愚痴ばかり言っている。
義妹はうぬぼれた上から目線で見ている。
これは顔を見るのも声を聞くのも不快で当然。
不快さをぶつけられてしまうシュウトメちゃんとkoalaも
これまた不快で当然なのでありました。

当然なのとそれでいいというのはまた違う問題ではありますが、
少なくともそれは義姉とシュウトメちゃんの問題であって、
私が「お盆も来てくださいね」などと口をはさむことではなかったと、
言っちゃったものは仕方ないですが(苦笑)、すとんと腑に落ちました。
あんた何様?と自分突込みでもしておきましょうか。

シュウトメちゃんが義姉たちを愛しているように、
義姉たちだって、シュウトメちゃんを愛しているんです、多分。
でもねじくれた関係なので、愛がある分、苦痛も強いのかもしれません。
今まで出しゃばってごめんね。



最後に、今日のフクちゃん画像。

やっと泣かないでフクちゃんの画像を見られるようになってきました。
まだ泣くこともありますけど、今、この場では泣いていません。(笑)

私の抱っこで、眠りに落ちていく直前のフクちゃん。
この顔を見て、別れは悲しいけれど、これでよかったんだと思えました。

フクちゃんが野良猫ちゃんのままだったら、こんな安心した表情で
暖かな毛布の中で、飼い主の愛情を感じながら、
眠りにつくことはなかったのですから、
あまりにも短かったけれど、フクちゃんはいい一生を送ったのです。
安心なこと、暖かいこと、愛されることは気持ちいいことだったね、フクちゃん。

目が見えなくなっていた高齢の愛犬メリーちゃんを
家族が散歩に連れていくと、その後を隠れながら(丸見えなんだけど)
下手なスパイのようについてきたフクちゃんの姿を思い出します。

よくフクちゃんを抱っこして「可愛い、可愛い」と言いました。
フクちゃんは、プライドの高い女の子の猫だったので、
たまにしか甘えてこなくて、「可愛い、可愛い」と抱っこしても、
そのうちすぐ手をすり抜けて一人で座っていたけれど、
(かまわれるのって時々うざいけど、愛されるっていいものよね)なんて
思っていたのかなぁと連想しても、今日は大丈夫、泣いてません。


            
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