FC2ブログ
2014/11/30
2014/11/30

2014年11月30日

        

奈良旅行 その3 談山神社

category - 日記
2014/ 11/ 30
                 
紅葉の名所、談山神社の紅葉のピークは1週間前。
それは美しかったそうですが、その代わり、人がいっぱいで、
駐車場に入るのに2時間待ちだったとか。

色あせはじめではありましたが、充分きれいでした。



朝から歩き回っているので、少しこの階段が太ももにこたえてきつつありました。(笑)



談山神社は、大化の改新の談合が行われた場所だったとか。
中臣鎌足が蹴鞠の会で中大兄皇子とお近づきになったのもここ。
談合の場所とされているのは、もっと山の上の方でした。
(物好きなkoala夫婦は、後でそこにも行ってきました)








この後、本殿に上がって撮影しました。






神社の風情と紅葉って、本当によく似合いますよね。






十三重塔と紅葉。
ここの紅葉は、日当たりがいいためか葉が散る度合が高くて少し残念。







散った銀杏の葉の黄色が、目に鮮やかでした。







こういう景色にうっとりした後で、大化の改新の談合場所に上って行きました。
プチ登山でしたが、大した距離ではなかったです。



この後も、もう少しプチ登山しまして、展望台に行きました。
いい景色が見られましたが、写真はありません。
手前が山の木々で暗く、下を見下ろす景色は明るすぎたので、
私のスマホのカメラではうまく写せないと思い、撮影しませんでした。




すっかり歩き疲れたので、目の前のホテルにチェックインしました。
お部屋は3階でしたが、ちょうど目の前が十三重塔になっていい景色。

「多武峰(とうのみね)観光ホテル」といって、名前はホテルなんですが、
昭和の旅館のにおいがぷんぷん。
私が子供の頃は、今のようなお洒落なホテルなどあまりなくて、
こんな感じの旅館だったんですよ~。

私たちの部屋担当の仲居さんが決まっていて、
お部屋のお茶を持ってきてくださるのも、食事の時間を聞くのも、
食事の際、説明したり、お肉を焼いてくださるのもその仲居さん。

特に子供時代などは、高級な旅館など全く縁がなかったので、
気取った上品な仲居さんではなくて、親しみやすいおばちゃん風の仲居さん。

そう、この雰囲気。

タイムスリップしたみたいで、懐かしい雰囲気でした。

子どもの頃に旅行して泊まったのは、ほとんどが父の会社の保養所だったので、

保養所以外に泊まること自体が珍しく、記憶に残っていたのでしょう。

どこの場所だったのかは全く記憶にないんですが。(笑)




部屋からの景色。
こうやって見るとやはりかなり落葉していますね。

ライトアップを見に行こうと思ったのですが、お風呂に入ったら、
疲れが出てきたのと、部屋からもライトアップがそこそこ見えるので、
チェックイン後は、部屋でグダグダと過ごしました。



夕食は「義経鍋」というシンプルなお料理で、
この形は義経の刀のつばをモチーフにしているのだとか。
真ん中がお鍋で、周囲は焼き肉ができます。
ちょっと笑っちゃったけど、やってみると、これはなかなかナイスです。
余分な脂は六面ある焼きプレートのそれぞれの受け皿に落ちるし、
鍋と焼き肉を交互にも食べられるし。

この画像で焼いているのは、鴨とイノシシとウズラのモモ肉。
仲居さんが焼いてくれました。
この感じも懐かしかったです。

昔はもしかしたらつきっきりでお世話してたんじゃないかな、昭和には。
今はそれをすると却って嫌がられますもんね。

お肉を焼きながら、地元には猟師さんがいますのでとおっしゃる。(笑)
これだけ山に囲まれているのですから、鴨もイノシシも獲れることでしょうと言うと、
昔はキジなんかもよくお出ししたんですよとおっしゃる。
今はキジ肉でなく、豚肉と牛肉が出てました。
鴨もイノシシもウズラのモモ肉もとても美味でした。


食べ始めてから写したので、ちょっと減ってます。(笑)

お料理はシンプルで、目の前にはポン酢とこのホテル自慢との焼き肉のたれ。
いろんなお味の料理が次々と出るのに慣れちゃっていたので、
ここは違うんだねえと話しながら、写っていないけど、ビールで乾杯。

この盛り皿というかお膳というのか、これも年代を感じますね。
この間、母の夢を見たばかりなので、おかあさん、昔こんな感じの旅館があったよね、
あれはどこだったのか覚えてる?と心の中で話しかけたけど、
当然ですが、返事はありませんでした。(返事があったらびっくりです。)

お風呂も、昔の大浴場という感じのお風呂でした。想像通り!



翌朝、ホテルの5階から撮影しました。
雨が降ったりやんだりで、すこしけぶっていますがきれいでした。





            
スポンサーサイト



            
                                  
        

奈良旅行 その2 明日香村

category - 日記
2014/ 11/ 30
                 


明日香村へ行きました。これは石舞台古墳です。
教科書で見たことがあるだけで、実物は初めて。



中に入れるんですよ。
発見された時、石室の埋葬品は、すでに盗掘されていたようです。
洋の東西を問わず、権力者の立派な墓には高価な埋葬品がつきものなので、
盗掘は避けられないのかもしれないですね。
ピラミッド規模の、入りにくいよう、迷うように作られたお墓でさえ
かなり盗掘の憂き目にあっているのですから、これは狙われても仕方ない雰囲気。




なかなか広かったです。




埋葬されたのは、蘇我馬子ではないかという説が有力らしいです。



次に向かったのは、天武・持統天皇陵。
天皇のお墓なので、宮内庁の立札が立っていました。

オットに「天武天皇と持統天皇をお参りに行きたい」と言ったら、
「親せきの墓参りみたいに言うなよ~」と言われました。
・・・大変不敬な発言をしたかもしれません。両天皇、ごめんなさい。
戸籍を作ったり、歴史書を作ったり、律令を整えたりして、
我が国の基礎を作ってくださった御夫婦(この表現、まさに不敬・・・)。
歴史に疎いのであまり書くと、化けの皮がはがれるのでこの辺で。

ただ、伊勢神宮を特別に重視し、五十鈴川添いの現在地にしたのは
天武天皇だと聞いています。
また、伊勢神宮の式年遷宮を定めたのは天武天皇で、
第一回の式年遷宮が行われたのは、持統天皇の時代だと聞いています。
以上、歴史のテストには絶対に出ないレアな知識でした~。(笑)



ここが天武・持統天皇陵です。
周囲を一周、ぐるっと回って歩けるようになっています。




ここは高松塚古墳です。
壁画が見つかったことで有名ですよね。
ここは中に入るのはもちろん禁止ですが、
すぐ横に高松塚古墳壁画館があり、壁画の原寸大模型などを見られます。
小さな壁画館ですが、案内してくださる方から説明が聞けてよかったです。

やはりこの古墳も盗掘にあい、盗掘で掘られた穴から土砂や雨風が入り、
壁画の状態を著しく悪化させたとのことでした。
盗掘がなければ、もっと色鮮やかな壁画が出てきたのですけど。




美しい明日香村の風景。
こんな景色がそこかしこで見られます。

ここで明日香村を後にして、私たちは談山神社に向かいました。

続きはその3で~。