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2014年11月04日

        

意識のタイムトラベルについて

category - 日記
2014/ 11/ 04
                 
先週、伊勢神宮に一緒に行った友達に言われました。
「スピリチュアル好きな人って、どうして神社が好きなの?」

「どうしてって言われても、他の人のことはわからないでしょう?
私は、気持ちがいいから好きなんだけど。」

スピリチュアル好きは確かに多分神社が好きでしょうが、
別にスピリチュアル好きでなくても、神社が好きな人は多いんじゃないの?

というか、スピリチュアル好きというのは、人種みたいなもの?
SF好きとかガーデニング好きとか、そういうのも人種みたいなもの?

そういえば、知井道通さんというスピリチュアルFXの方が、
昔は神社に行ったことなんかなかった、神社で祈る暇があったら
努力の一つでもした方がいいんじゃないかって思ってたって言ってたっけ。
努力して、努力して、努力の限りを尽くして、結果として大怪我して、
両足骨折か何かで(うろ覚えです)ベッドから動けなくなった知井さんが、
最高に不幸だろうというその状況で不意に悟って幸せいっぱいになっちゃったそう。
ぶっ飛んだ髪型のチャーミングな男性でございます。会ったことないけど。(笑)



話を元に戻しますが、神社がなぜ好きなのか。
気持ちいいから。それはそれで間違いはありません。

私、今回のお伊勢参りで、その問いに対する答えがわかった気がします。

あの神社の空気感。あれは日本人の精神の原点ですよ。
その原点の清浄な世界に実際に足を踏み入れて、清浄さを実感して、
そうしたら、いつでも、自分の意識をその時の清浄さに向けることで、
魂は原点に帰ることが出来るんです。



私たちは「思い出す」という形で、時々(しょっちゅう?)自分の意識を
過去に置かれた状況、過去に味わった感情に飛ばします。
意識というのは瞬時にその時に戻れます。
肉体ごとのタイムトラベルは出来なくても、意識にはそれが出来るんです。

愚痴っぽい人というのは、過去の嫌だった状況、嫌だった感情に、
何度も何度も意識をタイムトラベルさせている人と言えるかも。
自分はその状況の、何がそんなに嫌だったのか、
何にそんなに傷ついたのか、自分と会話をしていません。
被害者意識に浸るだけで、自分自身に聞いてあげるような、
自分への優しさが欠けているのではと思いました。

傷ついた自分をよしよししているようでいて、そんなに辛かったんだね、
どのへんがそんなに辛かったの?と聞いてあげない点が優しくない気がします。

何度も何度も思い出して、辛い思いを味わう時に、
その人が抱くであろう怒りや憎しみは、そこから少し客観的にならなくては、
溶けて消えて行ってくれないような気がします。

でもまあ、経験上、そういう時代は私にもみっちりとありましたから、
その経験から学ぶには、避けて通れない道なのかもしれませんが。



さて、嫌な気持ちを持った時に意識をタイムトラベルさせたければ、
飽きるまでやったっていいのですが、逆の方が楽しいです。
現実逃避になるかどうかは、感謝が持てるかどうかにかかっている気がします。

(今日のブログ、「気がします」が多いですね。
自分はそう感じるけれど、他の人がどう感じるかわからないんです。)

今、生きていることで、出来ていることがたくさんあるじゃないですか。
嫌なことも起きてくるかもしれませんけど、全部が嫌なことではないはずで、
自分の意識をどこに持ってくるかで、状況は同じでも、
受け取り方が変化する気がします。



神社の清浄さというのは、私たちの意識の中にもあるはず。
意識の中にないものは、感じられないと思うから。

小さな子が、お母さんと落ち着いた関係を持っていると、
外で冒険できるという心理は大人でも同じじゃないかなと思ったんです。
自分がしっかり根付ける、ホームグラウンドがあると、
この世で少々大変でも、これも経験だ~という元気が出てくるのでは。

そのホームグラウンドに、神社の清浄さはかなり適していて、
そこに意識をタイムトラベルさせることは、スピリチュアル好きにとって(?)
現実をよりよく生きるために、有効である・・・ような気がします。(笑)

現実の自然を眺めるのも、私にとってはかなり有効です。
大木を見上げたり、夕焼けを眺めたり、月を見上げたり、
風を感じたり、きれいな花に見とれたり。

スピリチュアル好きというのは、個というのは、
この世で生きるために必要な錯覚だと思っているので、
すっと自然と一体化しやすいのもあるでしょうね。



以前は瞑想が好きな私でしたが、今はもう特に瞑想しなくても、
意識のタイムトラベルや自然との一体感で満たされてしまうので、
そういえば、長いこと瞑想はしていないなぁと思い至りました。

私の心臓が動いていてくれるおかげで、
家族と話せたり、ご飯がおいしかったり、月がきれいだと感じたり、
いろんな経験が出来てありがたいです。

怪しい日記になったのかしら?
お読みくださった方、ありがとうございました。


            
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