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2014/11/18
2014/11/07

2014年11月

        

賢者テラさんのライブ その2

category - 日記
2014/ 11/ 19
                 
私たちには本当は「欠け」はないという話に大きくうなづきました。

欠けを埋めるという発想から自由になろう、というのです。
昨日の日記に書いた現状も○だが、◎にできるかもと考えて、
現状は×だからそれを〇にという発想をやめようというのです。

これは長年「欠け」を感じ、「欠けを努力で埋めなくては」と思い、
それができなくて「私はダメだ。もっと進歩しなくては」という思いを、
大事なこととして評価してきたけれど、年を重ねて考えが変わってきた
今の私にはとても納得できる話でした。

ここから先の黒い文字の文は私の感想で、テラさんの言葉ではありません。
私はある時は、頑張った結果「進歩」した気になり、
私はやればできる子~と悦に入りました。
またある時は、努力が面倒だったり実を結ばなかったりして、
私は怠け者で能力が低いから思ったようには進歩しないという
自己否定の気持ちが湧いてきました。

今振り返ると、全て人との比較の産物だったと思います。
あの人みたいに出来ていない自分とか、
あの人以上にできている自分とか。

プラスの差が自分の価値で、マイナスの差が自分のダメなところ。
そう思っていたし、その感覚が抜けてきた今も、
それはやはり残っているのですが、今の私はそれを
「この世ルール」と思っています。
私は肉体を持って生きているkoalaとしての人間の側面と、
それを超えた魂という側面を持っているので、
この世ルールとあの世ルールがあるのを自覚した方が生きやすいんですよね。



テラさんは、この話を、夜回り先生のたとえ話で語ってくれました。

夜回り先生、水谷修さんが、繁華街を回って非行少年たちに声をかけます。
「いいんだよ」と言います。
今、あなたが存在している、その価値の確かさは、
たとえあなたがぼろぼろになっていても絶対に変わらないよという真実があります。

しかし、現実問題としては、暴力団に入って犯罪を犯してたら、
覚せい剤を止められなかったら、それは「よくない」でしょうよ?
それは現実世界の上での真実。

物事にはすべてその2極性があって、それはワンセット。
「いいんだよ」も真実で、「よくない」も真実。
この2極の視点をバランスよく持てるのが大事。


いいお話を聞いたなぁと素直に思いました。

ここ数年、自分でも感じていたことなんですが、再確認できた気がします。



貧乏と金持、これが対極に見えることがワナ。

この世には豊かさしかない、違うのは豊かさの種類。

経済の豊かさ、人間性の豊かさ、感受性の豊かさ、才能の豊かさなどと同様、
貧しさも豊かさのバリエーションの一つ。
だって、この世で生きていなくてはできない、得難い経験なのだから。

だからもし貧しいからいやだと感じているのなら、
貧しい自分はよくないという発想から出発しないで、
貧しいという経験は充分味わったから、そろそろ豊かになってもいいかなと
そんなスタンスがいいんじゃないか。

宝くじで大金を手にした人を追跡調査したら、
8割の人が不幸になっていたというデータがあるそうです。

扱いきれない大金が降ってきて、不幸になった人たちは、
経済の豊かさを手に入れたけれど、別の豊かさを失ってしまったわけで、
お金が試練のこともあるという話でした。

この世には豊かさしかない。
そんな風に考えたことはなかったけれど、
全ての経験、辛いという思いすらも、
人類の経験のあらゆる形の一つのバリエーションなのかもと思いました。

テラさんのライブの話はこれで終わります。
読んでくださってありがとうございます。

                         
                                  
        

賢者テラさんのライブ その1

category - 日記
2014/ 11/ 18
                 
賢者テラさんのライブが名古屋であると、いそいそと出かけていくワタクシです。
毎日、内容の濃いブログが無料で読めるので、
読者は多いのだけれど、ライブは満席ではないです。

ブログも無料だからという手かげんは一切ないテラさんですし、
御愛想を振りまいて、来てくださいね~と書く方ではないのですが、
こんな話をリアルに聞ける面白さは、満喫しないともったいない。



陰と陽は、直線状の左右じゃないんですよ、
左右だと思うと、絶望的に遠いイメージがあるけれど、
私は円形だと思うんです、と言いながら書かれた図とテラさん↓

右側に、病気・お金とあるのは、質問を書きとめたものです。



円形の下部にある+が陽、-が陰を表しています。
円形の周囲に小さな線がありますが、
極度の陰、極度の陽の間の、どのポイントも「程度」である、という図です。

左にある赤い図は温度計です。
100パーセントの暑さ、寒さなどというものは存在しません。
温度の程度があるだけ。

同じように100パーセントの純粋な善も悪も存在せず、
そこには「程度」があるだけ。
世間的に認められる方向が善と呼ばれ、
認められずねじまがった方向に見えると悪と呼ばれるが、
全ては「程度」だと語っています。




テラさんの特徴は「私はこう考えています」と語るところです。
これが絶対正しいんだから信じなさいというニュアンスでは決して言いません。

盲信や依頼心を持つことを常に心がけて避けるように、
あなたの宇宙はあなたが王なのだから、自分を信じるように、
何度も何度も繰り返し、注意を促してくれるのです。

盲信や依頼心で、財布のひもを緩める人が多いというのに、
そういう姿勢は健全ではないときっぱりはねつけちゃうところがすごい。

その話をライブ後の懇親会で話したら、すごい話を聞きました。
依頼心を募らせて、もう一度相談したいと頼んできた方に、
テラさんに頼らないと自分はダメだという依頼心を断つ必要性を感じ、
わざと嫌われ軽蔑されることを言って離れて行ってもらったそうです。

儲からないことだけでなく、嫌われて軽蔑されることが怖くないんだ、この人!

私は人に悪く思われたっていいやという心境に至りたいと思いつつ、
悪く思われるかもと思うと怖いという感情を未だに満喫中ですが、
テラさんのおかげで、そういう感情があっても別にいいんだなと思えるようになれて、
私はなんてダメなんだろうという思考回路に走らないですむようになりました。

今はまだ、みんなに好かれていないと大変なことになるという価値観を
手から放すのは怖くて嫌なのね、と自分に言ってみたりします。
みんな好かれてる人なんていないっていうのも、私は当然そうじゃないのも、
ちゃんと知ってるよね?と突っ込んでみたりもします。(自虐ではないですよ~)
ダメにならないためにどうすればいいかと努力するのもいいけど、
ダメなところが人間味で可愛い、とぎゅっハグしちゃうのもいいですよね。



私が今回、そうか!とぽんと手を打つ気持になった話は、
「歴史は発展しているように見えるはそれは幻想」
「陰と陽のバランスという視点で歴史を見れば、トータルバランスは変わらない」

そんな風に考えたことはなかったので、とても新鮮で、目からうろこ。

現代社会は、昔に比べ、格段に平和で便利で生きやすくなっている(陽)
強い生の実感が失われ、便利な生活の維持のため不条理を強いられ、
精神的に生きにくくなっている(陰)

この世界はもぐら叩きで、何かをたたいて凹ませば、何かが凸になって出てくる。

すごく納得がいきました。
今の世の中、なっていない!というのはおかしいんですね。

いつの世も、これから先も、トータルバランスが一緒である限り、
ここが問題だと思われることが消える日は来ないんです。

今までの社会を構成してきた人々が歴史を作ってきました。

こういう選択が良かろうと選択してきた結果が今の社会です。

今の世の中、ダメダメだ!という意識からスタートするのではなくて、
今までの人間たちが、これがいいと思って突き進んできた結果が、
この今の社会であるのだから、それをいったんよしとする姿勢が必要。

今の時代も、みんなが頑張った結果なんだから○。
でも、○は◎にできるんじゃないか、という発想がいい、テラさん。

社会だって自分だって、こういう視点は一緒だと感じました。
今の自分がダメ、という視点は捨てたほうがいい、
今まで頑張ってきた自分の選択の結果が目の前にある、
それをいったん受け入れて前に進もうと思いました。

家事と仕事がありますので、今日はこの辺で。
明日はその2を書く予定です。
怪しい日記を読んでくださった方、ありがとうございます。

                         
                                  
        

金山ボストン美術館  ピカソ・マティス、ウオーホル展

category - 日記
2014/ 11/ 17
                 
昨日は賢者テラさんのスピリチュアルライブに参加するため名古屋へ。
テラさんのライブと懇親会、いつもながらとても良かったです。

詳細はまた明日のブログに書こうと思います。


ライブは1時半からでしたので、早めに家を出て、
まず金山ボストン美術館へ行きました。
ピカソ・マティス、ウオーホル展を開催中なのです。
今朝のブログはその話を。

この3人の作品がそれなりに多く展示されているかと思ったのですが、
ピカソ5点、マティスなんて2点だけで2点とも木炭の裸婦のデッサンでした。
いえ、木炭の裸婦のデッサンが悪いわけではないのですよ。
若いころのデッサンと、円熟期のデッサンが並べて展示されていて、
粋な計らいだなぁと思いましたし、良かったのですが、
マティスの色彩が好きな私としては木炭デッサン2点だけだったのは残念。

ウオーホルは6点でしたが、レコードジャケットに使われたものなど
ミュージシャンの顔が5点、マリリンモンローが1点。

ちょっと思ってたのと違うわと感じましたが、
やはり実物を至近距離で見られるというのはいいものです。

展覧会の目玉は、ピカソの「ザビニの女たちの略奪」の日本初公開。
キューバ危機の報道を見たピカソが本作を描き始めたと言われているそうです。
ゲルニカの流れをくむ、もう戦争など止めようという気持が強く伝わってくる絵です。

伝説なのか史実なのかわかりませんが、絵の背景はこういうことだそうです。
昔、ローマ人が国を維持し繁栄させるために多くの若い女性を必要とし、
近隣の国だったザビニに交渉したが断られたことから、
ローマ人は武力を持ってザビニの若い女性たちを略奪しました。
略奪された女性たちはローマ人と結婚することを強要されました。
子供が増えなければ、国が絶えて行ってしまいます。

すぐに戦争とはならず、戦争が起きたのは、略奪された女性たちの多くが
子どもを産んでからでした。

女性たちにとっては、我が子がいる国と、親兄弟がいる国との戦争です。

闘う男たちと戦争をやめさせようとあがく女たちが描かれています。

マイケル・メイザーという、名前も知らなかった画家の
「閉鎖病棟 彼女の場所」という絵に心惹かれました。
精神病院の閉鎖病棟の椅子に変な姿勢で座っている女性の絵。
いろんな人生があるんだという気持ちが突き上げてきました。

こういう機会でないと目にすることないだろう絵画をいろいろ見られ、
楽しいおひとりさまの時間を過ごしました。

今日は11時から友人と早めのランチをしてから仕事に行きます。

読んでいただき、ありがとうございました。

                         
                                  
        

元気だったころのシュウトメちゃん、若い嫁だった私

category - 日記
2014/ 11/ 15
                 
シュウトメちゃんの寝室でない方の部屋、別名タンス部屋を整理し始めて、
10年も20年も前、もしかしたら30年以上前のものなどもあるのを見て、
昔のもっと元気だったシュウトメちゃんの記憶がよみがえってきました。

懐かしかったのは、私が嫁いできた頃、シュウトメちゃんが
よく着ていた普段着の簡単な綿のワンピースや、
真冬になると部屋でもかぶっていた毛糸の帽子。
たくさんあります。捨てられなかったんだね。

ワンピースは少なくても20年以上前のもの。帽子も?
そういえば今の方が寒がりなのに、帽子はかぶらなくなっています。

車椅子どころか、シルバーカーも必要なくて、
杖をついてはいたけれど、バスにも乗れたシュウトメちゃん。



近くにあった薬局でいただいたらしい、たくさんの試供品の化粧品。
多分そこで粗品としていただいた、賞味期限を15年過ぎた缶詰類。
姑ちゃんがさわるなというので、放置してあった段ボール箱を
一つ一つあけながら、昔を思い出していました。

杖をついて、薬局にいくのが散歩コースでした。
喫茶店でコーヒーを飲むように、薬局でリポビタンⅮを飲んで。

薬局も年配の女性がおひとりでやっていたので、
そこでご近所のお年寄りは一休みしておしゃべりし、
お嫁さんの愚痴を吐いて気晴らししていました。

だから嫁koalaに気に入らないことがあって怒鳴った後、
ぷいっと出て行って、何時間も帰らない時は、
他に行先はないので、居場所はここ。

しかし、どこかで倒れている可能性もゼロではなく、
そんな少ない可能性よりも気になったのは、
そんなに長時間粘られたら、空いてる薬局でも、
経営の女性と仲良しでも、やはりご迷惑ではと思い、
薬局にお迎えに行ったものでした。

その薬局もずいぶん前に廃業し、薬局は怖し、
立派な家になって、同居されて、経営者の方もお年なので、
デイサービスに通っていらっしゃるはずです。



シュウトメちゃんが触るなというのは、私が捨ててしまう、
あるいは、こんなの捨てましょうと言われるのが嫌で、と思っていました.
もちろんそれはいちばんの理由だと思います。
もしかしたら、こんなものも捨てないで、ぐちゃぐちゃにしてある、
でも、だらしない人という風に、嫁に見下されるような不安も、
理由の一つだったかもとふと思いました。

見下したり、馬鹿にしたりなんかしませんよと心の中で言いながら、
う~ん、でも、若いころだったら思い切り見下したかも?と思います。
「信じられる?!絶対に使わないのに、取ってあるんだよ?!」
若いころだったら、本人には言わないかもしれなくても、
友人に言いまくって、馬鹿にしてたかも。

元気だったころのシュウトメちゃんも、若い嫁だった私も、
今の状況など、全く想像できていませんでした。
これから先の5年後、10年後だって見えません。
それでいいんです。
今日も朝、起きたら生きてました。(笑)
目の前のことを大事に嚙みしめるための命をいただいています。



方丈記の最初の部分を思い出し、しかし、続きが思い出せなかったので、
ネットで調べてみました。ネットってなんて便利なんでしょうね。

しかし、例えば古典の勉などを、一見、受験が終われば不要の
役に立たない勉強という人っているじゃないですか。
でも、あれは実に皮相なものの見方だと思います。
淀みに浮かぶうたかたは・・・えっと・・・続きは何だっけ?などという
年を重ねて、その程度の記憶しか残っていない者にとっても、
調べて味わいなおしたこの文章に、胸をうたれました。

学生時代にはこの文が言えましたし、文章の意味の上っ面は理解していました。
でも、内容が胸にしみてわかるのは今です。
深い意味が分からない時期にインプットしておくのも大事なこと。
余談ですが、そう思いました。
横書きで勝手に改行して、読みにくいかもしれませんが、
よろしければ声に出して読んでみてください。


ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  
たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、
世々経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、
昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。
あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。
所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、
二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。
また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。
あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。
あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。



出勤前の大掃除って疲れるけれど、感慨深いものがあります。
土曜日は基本はお休みなのですが、明日はちょっとお出かけするので、
土曜出勤、日曜休みにしていただきました。
今日も頑張ってお仕事してきます~。
                         
                                  
        

リフォーム見積もりのためにはまず片付け・・・

category - 日記
2014/ 11/ 13
                 
ハンガーを忘れてしまって、取りに戻るアクシデントはありましたが、
シュウトメちゃんは、昨日、無事に入所しました。


部屋をフローリングにして、部屋と洗面所の出入り口はバリアフリーにと、

それが気になるようで念を押されました。

急いでも、お正月に戻るまでには無理なので、
その辺を勘違いないように念を押しておきました。


その後、夜8時に電話してきたので、何かあった?と驚きましたが、
上着がないという電話でした。

今回、ハンガーを忘れて、家に取りに帰ったのですが、
私は歯医者の予約があったので、いつものように、
上着をハンガーにかけてあげる暇がなくて、口で言ったんですよ。

「シャツはここ、ズボン下はここ、靴下とパンツはここ、
パジャマはここで、ズボンはここ。
ロッカーの中に服の入った袋があるけれど、上に着る服は全部
この袋の中にあるからね。上着は下の方に入っているから、
自分でハンガーにかけてね」

夜になってその言葉を中途半端に思い出して、
袋の上の方を見たけれど、上着はないので、電話したらしい。

寒い時に上着がないと困ると何度も訴えるので、
その袋の下の方に絶対に入っているから見てみてと繰り返す私。
「ないんだよ、上っ面を見たけど。上着がないと寒いと困る。」
「上の方じゃなくて、下の方にあるんですよ。」
「見当たらんのだ。困るんだよ、上着がないと。」
「全部袋から服を出してみた?」
「服はたくさんだから、そんなことしてないよ」
「でも、しないと上着は出てこないですよ。袋の底に入ってます。

不毛な会話~。ちょいとボケも入ってるんでしょう。
私はここで余計なことを言いました。
「もう夜だから、明日にしたら?今はパジャマだし、上着はいらないでしょ?」
「パジャマはあるんだよ。上着がなくて困ってると言ってるのに!」
・・・だからそれは袋の底の方だってば。作戦変更。

「おばあちゃん、ごめんね、今からはもうそっちに行けないの。
面会時間は8時までだから入れてもらえないの。
一緒に探してあげられなくてごめんね。」

「そうか」の一言で、電話は切れました。




シュウトメちゃんの部屋である6畳2間の、寝室でない方の部屋は、
母屋でトイレに行く際の通路の部分は開けてあるものの、
それ以外のスペースは、物で溢れかえる魔窟となっていました。

今の状態で、業者さんを呼んでこの部屋に入ってもらい、
2部屋をフローリングにして、引き戸を壁にして云々と、
説明できるほどのクソ度胸、ワタクシにはありません。

タンスの中身は捨てるなとのお達し付きではありますが、
タンス自体や段ボールや衣装ケースなどは捨ててもいいとのことなので、
魔窟の掃除に励みだしました。

中身は捨てないとは言ったけれど、さすがにこれはいいのではと
思われるものは、ナイショでサヨナラしております。
鬼嫁なので、後で問い詰められる事態になっても、
シラを切りとおすつもりでおります。
捨てちゃってごめんね、今まできれいにしてあげなくてごめんねと
物にも部屋にも謝って、感謝とともにサヨナラです。

しかし、出勤前にあまり張り切ると、夜の食事作りまで体が持たないので、
あまりやり過ぎないようにと自分にブレーキかけてます。

もうそろそろ仕事に行く仕度を始めないと。

                         
                                  
        

わがまま言っちゃいかんな、とシュウトメちゃん

category - 日記
2014/ 11/ 11
                 
今朝のシュウトメちゃん、少し荒れていました。
洗面所へ行き来するのが、段差のせいで不便です。

段差解消用のスロープはつけてありますし、
1センチ弱の段差ですが、スロープを車椅子で自力で上がるのには、
腕の力が必要になります。

正面を向いて上がるよりも、後ろ向きで上がったほうが、
少ない腕の力で済むのですが、それでも今のシュウトメちゃんには大変。
洗面所で手を洗うくらいで人を呼ぶのもストレスということで、
手を洗うだけなのにこんなに大変な思いをしなくてはできない・・!と
ストレスで苦しくなったのでありました。

こういう状況に慣れてきた薄情なヨメ、koalaは、
「大変だから、リフォームして便利にしてもらいましょうね~」と
スルーしようとしたので、これがまた癇に障ったようです。



「さっさと直してくれればいいじゃないか!」
「え?でも、タンスをどうするかとか、南側を壁にするかどうかとか、
全然決まっていないから、見積もりも頼めないじゃないですか・・・」

「そんなこと年寄りにはわからん!そっちで話し合って、
わしが困らんようにしてくれと言ったじゃないか。」
「…それは聞いてないよ、おばあちゃん。」

聞いていたら忘れるはずのないことです。

「それなら、古いタンスは捨てていいの?
南側の引き戸、壁にしたら暗くなると困るって言ってたけど、壁にする?」
「だから、そういうことは大工と話し合って、
一番いいようにしてくれればいいじゃないか」



「正月はな、koalaさんは泊まってほしくないみたいだけど、
わしは毎日送り迎えしてもらうより泊まる方がいい。」
「泊まってほしくないっていうより、今年のお正月みたいに、
寒冷蕁麻疹が出ると辛いですよって言ったんですよ。
一番寒い時間は施設でゆっくり寝てたら蕁麻疹が出にくいですよって。
「出るとは限らんから家に泊まる」
「それなら泊まるといいですよ」



「わしはもう落ち着きたいよ。
ごちゃごちゃごちゃごちゃはもうたくさんだ。」

「落ち着くっていうのはね、言いにくいけど老人ホームですよ。
今のおばあちゃんのお気に入りの施設は、老人ホームじゃないから
時々家に帰らなくちゃいけないし、それで環境が変わるから、
ごちゃごちゃしてるように感じるんですよ。
でも、あの施設にいたくて、家にも帰りたいのだったら、
そのたびに多少ごちゃごちゃしちゃうんですよ。」

ここまでの会話に少々うんざりしていた私でしたが、
途方に暮れたような顔のシュウトメちゃんを見て、
自分の衰えについていけなくなってとまどっている、
シュウトメちゃんの心の揺れがいとおしくなりました。

(大丈夫だよ、おばあちゃんは自分が思っているより強いんだよ。)

心の中でエールを送りながら言いました。


「お正月にはちょっと間に合いませんけどね、

春に帰ってきた時は、こんなに困らないようにリフォームしておきますね。」





「昨日はねぇ、デイサービスのSに行ったから、

ついでに横の老人ホームに入っている○○さんに会いに行ったんだよ」


Sという施設は同じ経営の老人ホームとデイサービスが隣り合っています。

○○さんは、もとご近所に住んでいたおばあさんです。


「わしが行ったら喜んでくれたよ。

あの人は、娘さんが3人いるんだが、誰も面倒見てくれないらしくて、

おじいさんが死んだあと、ホームに入ったんだ。」


誰も面倒見てくれないのか、面倒をかけたくないと思ったのかわかりませんが、

余計なことはもちろん言わずに黙って聞いていました。

シュウトメちゃんの娘さん2人は、会いにも来てくれないのですが、

きっとそのおばあさんに自分を重ねて、娘が面倒を見てくれないのは、

決して自分だけじゃないという慰めになっているのでしょう。


そのおばあさんの近況を語った後、気持ちが落ち着いたようで、

「わがまま言っちゃいかんな」とぽつりと言いました。






なるようになっていくのだから、目の前のことだけ考えて、

こっちが楽しいかなという道を選んでね、と思ったけれど、

それはちょっと言えずに、シュウトメちゃんの話を聞いていました。


シュウトメちゃんが脳溢血の後遺症で、

左側の手足が完全麻痺になってから33年です。

疲れたよね。


ヒステリー起こさなくなったシュウトメちゃんだから、

わがまま言ってもいいんですよ。

叶えてあげられそうなわがままだけしか叶わないだけで、

自分は本当はこうしたいんだという気持を表明することは、

封印することじゃなくて、どんどん表明した方がいい・・・

そうも思ったのですが、口にできませんでした。



                         
                                  
        

愚痴に関する考察(笑)

category - 日記
2014/ 11/ 09
                 
シュウトメちゃんは愚痴を言います。
聞き流しながら、そもそも愚痴って何だろう?と考えました。
分析癖があるので。
この癖、もう趣味の範疇かも。(笑)

今、自分が置かれている状況が不満だという表明かな?
いや、過去のついての愚痴というのもあるし、
このままではこうなってしまうという未来の状況への愚痴もあるので、
今現在の状況限定のことではないですね。

自分の人生に起きたこと、あるいは起きそうなことへの不満の表明でしょうか。
そう考えると、愚痴の思いが湧いてこないのは聖人・仙人の境地。



愚痴を聞いて気分が悪くなる理由の一つは、
そこに感謝がないからかなと思います。
不満が湧かず感謝しか湧かない境地とは程遠くにいる私たちが、
不満が湧いてくる、その感情を味わうことだって、
この世に生まれてきたからこそできる経験。

シュウトメちゃんの愚痴を悪いこと、改めるべきことととらえずに、
この世への不満をしっかり味わっている最中なのだと思えば、
大変な経験をしておられますねと頭が下がるかも。

侮辱したり見下したりしているのではないのですよ。
どんな経験も、そこで湧く感情も、
人類の経験・感情の多様性という視点で考えれば、
なるほどと受け入れていけるような気がします。
人情として受け入れがたいものも、もちろんありますが、
宇宙は人情など持たないので、すべて「あり」なんだと思います。



朝から怪しい日記を書いてしまいました。
まあ、珍しいことではないですが。(笑)


                         
                                  
        

被害者意識の話を聞き流せない時は、シュウトメちゃんとすれ違いの会話

category - 日記
2014/ 11/ 08
                 
シュウトメちゃんの介護はそこそこ大変ですが、
12日の入所で落ち着くことを期待しています。

お年寄りが環境の変化に弱い傾向があると言われますが、
帰宅して以来、頭痛になることが多いです。
他の症状はないので、お医者様に痛み止めと胃薬をいただいて、
様子を見てくださいと言われています。



自宅は疲れる、洗面もトイレも移動も大変だとシュウトメちゃん。
リフォームしたら少し楽になるよ、入所ももうすぐだよ、と私。

頭がぐちゃぐちゃで、モノがしっかり考えられない、とシュウトメちゃん。
何を考えるの?リフォームのことなら来年考えてもいいよ、と私。

リフォームのことじゃない、あそこでの人間関係のことだ、とシュウトメちゃん。
嫌なことを言う人の事だったら、考えたって無駄だよ、と私。

考えたって無駄かもしれんが、考えんわけにいかん、とシュウトメちゃん。
家にいる間、施設の嫌なところを思い出さなくてもいいじゃない、と私。

今朝の会話はこんな風にすれ違ったままでした。



シュウトメちゃんには話相手がいるんです。
でも、本当は、必要なのはこんな会話ではありません。

私は、こんな、すれ違いの会話を仕掛けたりしないで、
うんうんと聞いてあげる相手になってあげたほうがいいのです。

シュウトメちゃんは環境の変化に身も心も脳みそも疲れていて、
入所中の嫌だったことを私に聞いてもらうことで自分は癒されると、
多分、本能的に知っているから、毎日私とこういう会話をしたがります。

時々は、吐き出させてあげようと思って、そういう聞き役になるんですけど、
シュウトメちゃんの投げてくるストレスが重たくて、
その被害者意識、いい加減に捨ててよと思ってしまうので、
先に書いたようなすれ違いの会話になるんですよね。



昔、鏡の法則というのがありましたけど、それだと思います。
理不尽な言いがかりを付けられたら誰でも悔しいです。
その時陥る被害者意識を、私も持っているから聞き流せない。
その被害者意識をシュウトメちゃんが、私に良くわかるように、
拡大表示してるんでしょうね。
ホラ、人のことってはっきり見えますから。

私には、そのストレスを吐き出されるのがすごく重い。
ああ、また言ってるわ、言いたいんだよねと聞き流す役が嫌になるのね。
そりゃ、自分の中に被害者意識があれば、人の被害者意識を見せつけられて、
刺激されるのは嫌なんでしょうね。
他人事みたいな言い方ですが、潜在意下のことなんて、
健在意識からしたら他人事みたいに思えても仕方ない気がします。



愚痴をそのまま聞き流せない時には、何度も自分の意見を繰り返す私。

その人はみんなに意地悪なんでしょう?

一部の人以外は、その人を嫌ったり避けたりしてるんでしょう?

他のほとんどの人は優しいんでしょう?
みんなに嫌われて可哀想な意地悪の人が少しいて、
おばあちゃんに同感してくれる、優しい人が半分以上いて、
それがそんなに問題ですか?

もし家にいても、施設の人間関係のことを考えたいのなら、
優しい半分以上の人のことを考えたほうがうんといいですよ。



こう切り返されると、シュウトメちゃんは、
愚痴を聞いてもらった感がないんですね。

私の言葉は新設層ではあるけれど、ある意味では拒絶です。
「私はそんな愚痴、聞きたくないんです」の意味がこもってるから。

まあ、本心だから仕方ないわと思ってます。
シュウトメちゃんが愚痴を言いたいのも、本心だから仕方ないです。
私も、多分シュウトメちゃんも、自分の本心が大事だから、
相手が自分と似た感覚に変わってくれればいいのにと思ってます。
昔はそうでない相手に腹を立てたけれど、同居生活30年、
相手は自分の希望通りに変わらないという真実は学びました。(笑)



さて、私は私の楽しい計画を立ててます。
今月末に、オットと奈良に紅葉を見に出かけます。

談山神社のすぐ近くの宿の予約が取れました。
実は温泉好きな私は、温泉のあるホテルを狙ったのですが、
そこはその日の空室はありませんでした。

でもよく考えた、紅葉の名所の目と鼻の先にあるホテルの方がいいよね?

大神神社や法隆寺、明日香村も近い地区なので、
どこを回ろうか検討中。

大神神社は、昔読んだ「アマテラス」という漫画の番外編に出ていて、
一度行きたいものだと思っていた場所なんですよ。
三輪山がご神体の、日本最古の神社です。

三輪山は、昔は観光客が入れるようなところではなかったのですが、
現在はいくつかの規則を守れば入れることになっていました。
登りたい・・と思いましたが、オットがまだ腰が良くないし、
今回は車で行く旅行なので、オットの体調を思うとパスですね。

私は日本人が太陽を毎朝拝んでいたとか、神聖な山を拝んでいたとか、
そういう話が大好きで、そういう自然を畏敬する思いというのは、
日本人のDNAの中に残っているのではと感じています。
大神神社に行くのもとても楽しみです。

                         
                                  
        

コスモスを抜きました

category - 日記
2014/ 11/ 07
                 
昨日はシュウトメちゃんの病院のはしごのため
仕事を休んでいました。
遅めのお昼を食べ、休憩してから、
気になっていた、花壇のコスモスを抜きました。

コスモスは盛りを過ぎてしばらく置いておくと、
種がこぼれて、来年も花をたくさん咲かせてくれます。
もうそろそろ抜かなくてはと思いつつ日は過ぎて。(苦笑)



結構な量なのよ、コスモスさんたち。

今までは乾かして、ゴミ袋に入れて、燃えるゴミの日に運んでいたけれど、
体力使うので、オットに丸投げをしようかと思っています。

軽トラを借りてきてもらって、ブルーシートを敷いた上に載せて、
燃えるゴミ処理場まで、直接搬入してもらうの。
とても楽ちん。今までもそうしてもらえばよかったわ。(←今更です。爆)

コスモスさん、今年もありがとう。
そして・・・コスモスさんの下に隠れていた子たち、
ごめんね。日当たりうんと悪くて。



この画像に写っている花壇のうち、前の3/2がkoala家の、
後ろの1/3はご近所さんの花壇です。
花壇というか畑というか。






今までコスモスさんたちに光を独占されて、
日陰に甘んじてひょろひょろしている球根から出た芽たち。
自分で植えたくせに、この子たちの名前も花の様子も忘れている
薄情な植え主でごめんね。
今からいっぱい日を浴びて、春に咲いてくださいね。

ブログ的には、コスモスの満開時の画像が欲しい所ですよね。
撮ってない~。(爆)
                         
                                  
        

シュウトメちゃんとの同居生活、再び(たった一週間ですけど)

category - 日記
2014/ 11/ 06
                 
シュウトメちゃんは、50歳の時に脳溢血で倒れたそうです。
私が嫁に来る3年前のことでした。

一時は寝たきりになると言われていたシュウトメちゃんでしたが、
自分がこのままだと、次女が私の世話をすることになって、
嫁に行けなくなるという思いが強く湧いたそうです。

昔のことなので、クリスマスケーキの比喩が使われた時代です。
イブの24日を過ぎたクリスマスケーキなんてみんな見向きもしない。
今思うと噴飯ものでしょうけど、24歳までに結婚しないと遅いという
社会の風潮が本当にあったんですよね。

次女さんが普通に(独身のままの女性は少なかったのです)結婚できるよう、

シュウトメちゃんは必死で歩く練習をして、

病院で奇跡的と言われた回復ぶりを見せたそうです。

(長女さんはその時既に嫁いでいました。)




しかし、後年、惜しかったねとも言われました。
シュウトメちゃんは、脳溢血で左半身が完全に麻痺したのですが、
そういう人たちのリハビリのスペシャリストと施設設備が整った
専門的な大病院に入院していてのリハビリだったら、
つかなかっただろう歩行の悪い癖がついていると。

でも、シュウトメちゃんも、次女さんもオットも、
そんなことは知らなかったのです。どうしようもなかったのです。

専門的な大病院で治療を受けたら違う結果になった。
他の病気やけがやけがにしても、そういうことはあったし、
今でもあると思います。

同じ病院であっても、医学は進歩していますから、
脳溢血になったのが2~3年後の事だったら、

きっと違った結果になったいたことでしょう。

言い出したらきりがありません。

その時に一生懸命、最善と思われることをした、
そのことが大事なんだと思います。
シュウトメちゃんは、次女さんのために、必死でリハビリをしました。



確かに、歩行の悪い癖は、確実に筋肉や骨に悪影響を与え、
年を取ってからのシュウトメちゃんを苦しめました。
でも、お医者様でさえ、これは寝たきりになってしまうかなと思われた
脳溢血の重篤な後遺症を、シュウトメちゃんは必至で克服したのです。
自分が再び歩きたいというのはもちろんですが、
何より次女さんのためだと、痛くても辛くても必死で歩行練習したのです。

悪い癖がついていたとしても、必死で練習して歩けるようになった、
その時のシュウトメちゃんの気持ちを想像すると、
本当に良かったね!と胸が熱くなります。
確かにその後、骨が変形して痛くなって久しいですし、
その次女さんは仲違いして、全く顔を見せに来ませんが、
それとこれとは別問題だと思っています。
本当に良かったね!とその時のシュウトメちゃんを想像して言っています。
一昨日のブログで書いた、意識のタイムトラベルでね。(笑)



家に帰ってきたシュウトメちゃんは、施設が快適だった分、
家での暮らしが不便でなりません。

ベッドのマットレスは、レンタル業者さんから借りている、
床ずれになりにくいものですが、前回着ていただいたときに、

ベッドごと最新式の物に変わったので、寝た感じが違うのでしょう、
眠れないと言いましたので、変えていただこうと思います。

出来ることはしていこうと思いますが、今の家では限界だらけ。

リフォームするなら、タンスを捨てましょう、置き場所がないと言いましたし、

部屋の片面でいいから、引き戸を壁にすれば、

そこからのすきま風はなくなるから壁にしませんかと言いました。

タンスは捨てたくないし、すきま風は嫌だけど壁は部屋が暗くなるというので、

もっと密閉性のある、明り取りの窓付きの引き戸もあるけれど、

それは結構高いですよと言っておきました。





見ていると、本当はリフォームは急いで必要最低限のことをして、

家に滞在する日をもっと減らした方が快適だろうなと思います。

快適さと家に住む経験と、どちらを取るかですよね。

それは本人が決めることだと思います。


今のシュウトメちゃんは、家に住む経験を選択して、

昨日から文句ばっかり言ってます。(爆)


この日記を書く間も、6回くらい呼び出されてシュウトメちゃんの部屋に
行ったり来たりで書いているので、なかなか書き終わりません。


シュウトメちゃんの文句は、クールに聞きましょうね、と自分に言ってます。

これはこう対処できる、という文句にはさっさと対応してあげましょう。

これはどうしようもない、あるいはそこまで負担を強いられたくない、

そう思うことについては、さらっと聞き流しておきましょう。

それでも何か問題がありますか?

・・・・・ないんですよね。(笑)



シュウトメちゃんの仕度が整ったら、今日は2つの医者をはしごします。

お天気が良くてありがたい!
雨だとそこそこ大変なのですよね。文句も増えるだろうし。(笑)

今日も、皆様が幸せでありますように。