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2014年09月

        

実家の庭の話

category - 日記
2014/ 09/ 30
                 
私は、特に悩みもないと昨日の日記に書きましたが、
ちょっと誤解を招く表現だったかなと思っています。

都合が悪いと感じることはいろいろ起きてきます。
昔の私だったら、迷わず「悩みがある」と言ったでしょう。

どういう選択をしなくちゃいけないか考えます。
そこそこ大変です。

特に都合の悪いことはけっこう大きなことなので、
ちょっとここには書けません。
でも、今の私は、けっこうな大きなことでも「悩み」というよりは、
この経験をしっかり受け止めて生きていこうと思えるので、
特に悩みがないと書いたのでした。



ここに書けることで最近のことを挙げると、
実家のお隣の方から、空き家にしておくなら、
もっとしばしば来て、空き家に見えない努力を
きちんとしてくださいと言われました。

きょうはその話を書こうと思います。

とりあえず、お隣と接している土地の木が延びているのと、
リフォームの間、草取りにも除草剤まきにも行かなかったので、
庭の草が茂っているのを、大至急何とかしてと言われ、
出勤前に通ったりして、そこそこ何とかしてきました。

やはり、。空き家に見えないためには、その家に人が
しばしば出入りしているのが一番かなと
オットと話して、そうしようかということになりました。

実は近いうちに、実家を壊そうかと思っていたのですが、
建物が立っていない土地の固定資産税って、
4倍になるそうなんです。
たまたま見たテレビで知りました。
壊す前に知ってよかったです。

単純計算で、年10万円の土地の税金を払っている人は、
家を壊したら、年40万になってしまうんです。
10年で300万20年で600万の差が出るんです。
簡単に壊せないです~。
かと言って、実家を人に貸す気も起きません。



ちょっと困ったな、面倒だなという気も起きましたが、
実家や実家の庭と会話しながら(怪しい?)
時間を過ごすことは、今の私にいいのかもしれない・・・
ふっとそんな気持ちになりました。

今日も、出勤前に庭の手入れをしてきました。
草取りは大変だし、除草剤は仕方なく撒いてきましたが、
地球に毒になるので、気持ち的には撒きたくありません。

そうだ、人工芝を敷いてしまえばいいんだと思いました。
業者さんに敷いてもらうと、そこそこ敷地が広いので高いけれど、
自分で敷くのは数万円で出来そうです。
庭の土にありがとうと言いながら敷こうと思いました。

私が中学・高校時代は、自転車通学だったので、
庭にあった自転車置き場にお世話になりました。
もうその自転車置き場はなくて、今は草が生えているのですけど、
あの場所にも、心を込めて敷こうと思いました。



庭はかつて、母が専業主婦だったことは、
かなりきれいで手入れの行き届いていた庭でした。
季節の花がいつも咲いていました。

父が脱サラしてしまって、母が手伝わなくてはいけなくなり、
庭はどんどん荒れてしまいました。
母にとってそれは淋しいことだったと今なら思いますが、
当時は、母は忙しくて大変だなとは思っても、
私がもっと庭の手入れをしてあげようとは思い至らなかったです。

社会人になった私は、庭には興味を持っていませんでした。
草取りくらいはたまにしていたけれど、
苗を買ってきて植えようなどとは全く思いませんでした。

苦情電話には、正直、苦痛だなぁと思いましたが、
専業主婦だったころの母が庭の花で楽しんでいたことを
庭にありがとうとたくさん言おうと思います。

実家に時々寄って、そうするといいよってことで、
苦情電話が来たのかもしれません。



心の中で両親に声をかけることは時々ありますが、
ここ数年、お仏壇の前でそうすることは減っていました。
たまにはゆっくりお線香をあげて、
仏壇の前でおしゃべりするのもいいかもしれませんね。


出勤前に実家に寄ることが多くなると体にきついので、
休みメインに行くつもりです。
            
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こだまでしょうか

category - 日記
2014/ 09/ 29
                 
「こだまでしょうか」という詩があります。
ACのCMで、長い間ずっとテレビで流れたので、
とても有名になった、金子みすずさんの詩です。

昨日から、この詩が頭にすぐ浮かんできます。
暗記しているわけではないので、
正確に読みたいと思って、調べました。

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「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。


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何度読んでも、しみじみといい詩です。

誰ともこんな風に関わりあえたら理想的。

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宇宙に「ありがとう」って言うと、
宇宙に「ありがとう」が増える気がしています。

陰と陽はワンセットなので、ありがとうしかない理想世界が
この世に出現するなんて全く思っていませんが。

例えば、「ああ、疲れた~」なんて言わないで、
「こんなに働ける元気な私でありがとう」と神様に。
「立ちっぱなしで頑張ってくれてありがとう」と足に。
「今日もよく動いてくれてありがとう」と手に。

自分を責めやすい方にはこれはおススメかと思います。
自分の手をなでながらありがとう。
脚をなでながら、頭をなでながら、目や耳を触りながら。
どこでもいいので、自分にありがとうと言うのに、
体の部分を使うと抵抗がなくていいんじゃないかな?と思います。


「ダメなヤツ」っていうと
「ダメなヤツ」っていう。

「大嫌い」っていうと
「大嫌い」っていう。

「こだまでしょうか」のこんなパターンは避けたいですよね。

手や足や耳や目に「ありがとう」って言ってた方がきっといい。
コーヒーが美味しかったら、コーヒーにありがとう。
カップにもありがとう。コーヒーをゆっくり飲める時間にもありがとう。

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私は今、特に悩みもなく元気で生きています。
生きていることがとてもありがたいです。

家族って、魂としては幻想だと思います。
人間としてはもちろん現実ですけど)
2人の子の母親役は素晴しい経験なので、
もう少し続けさせて欲しいと思っているのです。
生きていないとできないことです。

この家と実家の片づけをする使命を持っている気がするので、
できたらそれを出来る範囲できちっとやっておきたいです。
小さな使命だなぁって?(笑)
                         
                                  
        

おねむの大福と居間の画像

category - 日記
2014/ 09/ 28
                 

  • 昨日ご紹介したカーペットは、我が家ではこんな感じ。

    カーペットに、段ボール製の丸い爪とぎを置いたら、
    ちょうどサイズがいいらしく、大福はよくここで丸くなっています。
    昨夜の画像ですが、眠っているのを写真を取ろうとしたら起こしてしまって、
    ねぼけまなこになっている大福でありました。 
     
    いつか日記に書いた「猫ドア」も、最初は使ってくれませんでしたが、
    今は日に何度も使っています。
    猫ドア、便利です。
    最初は使ってくれなくて、買っても無駄だったか!と思いましたが・・・。
     
    大福の横はテーブルの脚。
    後ろの丸い木枠は、私たちの椅子のオットマンの脚です。




後ろから写すとこんな感じ。

オットはテレビで映画を見るのが大好きなので、
右側の椅子で、背もたれを倒して、よくテレビを見ています。
もたれるとその分だけ背もたれが倒れる椅子です。

まだブラインドが来ないので、窓を開けると外から丸見え。
田舎の細い道なので、ほとんど誰も通らないんですけどね。
通るのは、登下校の小学生と、ご近所のお年寄りくらいかな・・・。
でも、窓がこんな風だと、ちょっと落ち着きません。
いつブラインドが出来てくるのか、明日にでも問い合わせようかな。
 
今日も仕事に行ってきます。
12時半に家を出るので、今から軽いランチです。
今日も元気で仕事に行けてありがたいです。 
 






                         
                                  
        

カーペットと猫の絵をポチ

category - 日記
2014/ 09/ 27
                 
灯りもネットで買ったけれど、カーペットもネットで買いました。

本当は、いろいろお店を回って探せるといいけれど、
時間的余裕がないのです。



猫がいるので、毛足が長いのはNGです。
毛足が短く、埃になりにくく、好みの柄の物を探しました。
ストライプ柄を選びましたが、なかなか可愛いです。

キリム・ギャッベを思わせる柄ではありますが、
もちろん本物のキリム・ギャッベではないですよ。
かなり薄いタイプのカーペットですが、気に入りました。

今日はケーブルテレビの方が来てくれて、
寝室に一度移動させたパソコンを、居間に移す工事をしてくれました。

さて、パソコンデスクと椅子の下にもカーペットが欲しくて探しました。




こちらのベージュをポチしました。
最初のカーペットを買ったショップさんでは、
ベージュが売り切れだったので他のお店でしたが。


小さなポスターも。
パソコンの近くに飾りたいと思って。

可愛いと一目ぼれ。

アンディ・ウォーホルのアートポスターの小さなサイズ。
これを額に入れていただくように注文しました。
ナチュラルフレームにしようと思っていたのですが、
口コミを読むと、ゴールドもやわらかい色でなかなかいいらしい。
小さい絵だし、ゴールドのフレームは今まで買ったことがないので、
今回はゴールドでお願いしました。





ポスターはもう1つ、同じ作者の絵で一目ぼれしたのがあって(気が多い?)
結構悩んだのですよ。


                         
                                  
        

菱木敏夫さんの講演会の話を少々

category - 日記
2014/ 09/ 26
                 
昨日の講演会は、あまりに怪しい内容でしたので、
ちょっとここでご紹介するのは難しいですね。(笑)
携帯電話からアンテナを取った人で、NASAにもいたという
科学者の方なのですが、すごく面白かったです。

とても怪しい話から書くと、エジプトのピラミッドは巨人が作って、
巨人を使っていたのは地球人だったとか。

人は寝てからはあちら側で、霊的なエネルギーの次元で
仕事をして、起きているときは現世の仕事をしているとか。

もっと盛り沢山で面白かったですが、
koalaさんってやっぱり頭ヘン?と言われそうなので、
あまり怪しくない話だけ少し書きましょうか。



「痩せたい」と願うと太るという説。

痩せたい、という言葉の前提は
今は太っている、ということになります。
幸せになりたい、と願うのは、
今は幸せではない、という前提があることになります。

良かった、良かった、というと良かった返ってくるのです。

今、生きていることが、最大限、100点満点、
良かった、良かった、という前提で願うといいですよ。



嫌な人がいます。

それは、自分に嫌なことをする普通の人がいるだけかも。

何が嫌なのか。
どこが嫌なのか。
それを掘り下げていくことが大事。

掘り下げていくと、自分が見える。
嫌な人と思っていたのは、
自分の嫌なところを見せてくれた素晴しい人かも。



幼児期に両親から受けたストレスは左ひざに来る。
左ひざを子供のころの自分の頭と想像して、
父親からのストレスだったら左手で、左ひざをなでながら、
父親の言葉(男言葉)小さなころの自分に謝ってあげる。
「仕事ばかりしてごめんな。もっと遊んでやればよかった」

母親からのストレスには、右手を使って同様に行うといい。
「いつも妹と比べて、怒って、ごめんね」など。
簡単なので、よろしければ、やってみてください。


                         
                                  
        

実家の手入れ

category - 日記
2014/ 09/ 26
                 
昨日の講演会の話を日記に書こうと思いつつ、
あれこれ忙しくて、朝はパソコンの前に座る暇なしでした。
職場の休憩時間にスマホで書いてます。

今日は、両親の永代供養をお願いしてあるお寺の、彼岸供養の日。
ここはとても熱心なお寺で、朝からお経とぶっきょうのお話が、
お昼ごはんつきで、午後の部もあり、
一日がかりのお寺なのですが、
不信心な私は、ここ数年、午後の部のみの出席で、
食事のどさくさに紛れて、退出しておりました。

今日もそのつもりでしたが、実は昨日、
講演会からの帰りに、実家のお隣の方から電話が。
今月は、手入れに行っていないので、
庭が荒れているだろうと気にはしていましたが、
やはりそのようで、今日は、お寺にはお布施だけお渡ししてご無礼し、
実家の庭の手入れをできる範囲でやってきました。

秋は少しこまめに実家の手入れに通おう…

さて、休憩は終わりなので、仕事、頑張ってきます♪
                         
                                  
        

行ってきます

category - 日記
2014/ 09/ 25
                 
今日は、浜名湖畔の風のサロンで行われる
講演会に出かけます。
今は電車を待っているところ。

行ってきます。

皆さまにとっても素敵な一日でありますように。
                         
                                  
        

人工芝で雑草対策

category - 日記
2014/ 09/ 23
                 
  • 今朝は、お墓とお仏壇の花を替えました。
  • お墓が徒歩1分だと、とても助かります。
お墓から帰ると、宅急便で人工芝が届きました。



1メートル×1.8メートルの人工芝を5枚買いました。
まず1枚目を敷いたところ。 


ランタナが咲いているところは、ハサミでカットして。



2枚敷きました。
そこで、2日後に台風が来ることを思い出した私。
遅いって~。(苦笑) 
 
 


とりあえず、2枚の真ん中に重石代わりにこんなのを置きました。
これは重いので、まさか飛ばないと思う・・・
 
さて、今から仕事に行ってきます。
 
 皆様にとって、いい一日でありますように。

                         
                                  
        

感謝についての怪しい日記

category - 日記
2014/ 09/ 22
                 
映画「ルーシー」では、ルーシーは最後にUSBメモリー?になりますが、
あのシーンからの連想で、すべての人、人に限らず全ての物が、
こういうメモリーを持っているかもしれないという気持になっています。
記憶や感情は脳がないと存在できないって誰が決めた?って。(笑)

記憶や感情があると想像すると、とても感謝の気持ちが湧いてきます。

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今朝は、燃えるゴミとして、木切れや草を運んで汚れた車の中を
掃除機で掃除していました。

この車で、どれほどのごみを運んできたかという思いが湧き、
「いつもゴミで汚すようなことにたくさん使ってごめんね。
でも、家が片付いたのは、あなたのおかげだよ。
本当にありがとう。まだこれからも運ばせてもらうけど、
今まで感謝もしてくなくて本当にごめんね。
ありがとう。感謝しています」

そんな心の声をかけながら、有難く掃除機をかけていました。

しかし、なんてことでしょう。
車の掃除がもう終わるくらいのタイミングで、
掃除機が、壊れちゃったんです!

最初は、フィルターが詰まった?と思って掃除機の掃除をしましたが、
それでも掃除機は蘇らなくて、作動しません。

買い替え??
掃除機さん、あなたにもお礼を言っていなかったです。
我が家をきれいにすることにとても役にたってくれてありがとう。

ここ数年、電化製品が続々と壊れて、新品に変わっていますが、
そういう時期なのかしらね。
しかし、他に買いたいものもあるので、
掃除機さん、できたら蘇ってください・・・。(爆)

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あらゆる物が記憶や感情を持っていると妄想してみると、
いろんなことに思いを込めずにやってきたなぁと思います。

ちょっと、この妄想ごっこ、やってみませんか?

例えば、野菜には野菜の記憶があるかもしれません。
畑に植えられて、育ててきたお百姓さんの気持ちも記憶するし、
その土地がずっと見てきた記憶も吸収するかもしれません。
そんな野菜を買ってきて、キッチンで調理します。


ピカピカの新鮮野菜だね!うちにきてくれてありがとう。
美味しいサラダになってね、なんて心でつぶやいてみる。(笑)
作ってくださった人にありがとう。
子どもたちがあなたたちから栄養を頂いて、
今日も元気に過ごしています、ありがとう、なんて言ってみる。

そんな感謝のつぶやきを記憶した野菜は、
子どもたちの体の中で、一層いい栄養になってくれるかも。(怪しい?)

お皿を洗う時だって、お皿にありがとう、ですよね。
今日も私たちの食事をのせてくれてありがとう。

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感謝が足りないと家が散らかると気が付きました。

今回リフォームして思ったけれど、家が物で溢れている我が家って、
もう使わないのに、とりあえずとってある物が多いのでした。

自分が感謝して使える、好みと量の物を置いて、
使った後は、お疲れ様と定位置に戻して、
また感謝を込めて使わせていただく。
そうでないものは、今までありがとう、と感謝を込めて手放す。
それが片づけであり、掃除だったか、と思い至りました。

疲れやすいお年頃なので(爆)、千里の道も一歩からという
地道な道のりで、そんな境地を目指したいなと思いました。

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ちなみに、私には感謝が足りない!と責めることは、
必要がないとも感じています。

感謝は自然に心の奥から湧き上がってくるものでした。
観念的な感謝よりずっと奥の方から湧いてくる気がします。

とても強く、とにかくありがたい気持ちですので、
湧き上がってきていない間、そういう気持にならなかったのは、
どうしようもないことですし、悪いことではないと思います。
感謝が湧いてくるときと、湧いてこなかったときの、
両方を経験することで、両方の視点が持てます。

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視点をたくさん持てた方が、生きるのが面白いし、
思い通りに行かないことが起きても、生きやすいのです。

年を取ると、シミもしわも出て、お尻は垂れるし、お腹は出るし、
いいことないと思われるかもしれませんけどね、
そうだったのか!という発見も多くて、
なかなか面白いのですよ、中高年の人生って。(笑)
                         
                                  
        

人は死なない 東大救命医独自の死生観

category - 日記
2014/ 09/ 20
                 
先日、友人と愛知県民の御用達コメダでおしゃべりしました。

死後の世界って、遠くにあるんじゃなくて、
見えないけれど、私たちのすぐそこにあるんだと思う、
全ては同時に存在しているんだと思うって、
ちょっと涙目になりながら、そんなことも話しました。

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その後、そういえばちょっと話題に上った、
矢作直樹さんの話をYou tubeで検索してみました。

友人が、本屋さんで、東大のお医者様でスピリチュアルな人の
本を買ったと話していました。

私も実はルーシーという映画を見た帰りに本屋さんに寄って、
その人の本を買って読みかけだったのでした。
その場では「矢作直樹さん」という名前は出なくて、
本もまだ、私は1/3くらいしか読んでいなかったですので、
彼女の買った本と私の買った本が同じかどうかもわかりません。
私の買ったのは「魂と肉体のゆくえ」という本でした。



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You tubeで検索すると、たくさんの動画が出てきました。
私が見たのはこれ。
別の物もまた見たいと思っています。

人は死なない 東大救命医独自の死生観

矢作直樹氏は、現役の東大病院救急部・集中治療部の部長さんです。
ついにこういう時代が来たのかと思います。
アメリカなどでも、現役の医師が、スピリチュアルな発言をすることが多いです。
ブラインワイス氏や、故エリザベス・キューブラー=ロス氏、
レイモンド・ムーディ氏などが有名です。

しかしこれは、かなりの同業者の批判、
権威失墜を覚悟した上での行動になるようです。

矢作氏ももちろん同様だと思いますが、批判する人もいる一方で、
よく言ってくれたという声もあるとおっしゃっていました。
医療従事者には、そういう経験をしている人がいるとおっしゃるのです。
これは理屈ではなく感覚だと。


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このYou tubeの動画をまとめるとこんな感じです。

肉体は滅んでも、魂はずっと続くので、人は死なない。

古代から、日本人は「あの世に行く」という表現をして、
人の死後の存続を信じていたと思います。

亡くなる時、亡くなる直前には、
はっと驚いた顔をすることがある。
これをお迎え現象と呼んでいます。
苦しそうな顔が、きれいな顔になります。
お迎えの人とお話でもされているのでは。

自分は365日救急医療、日々起きて、仕事が出来て、
飯が食えて、眠れれば充分、とおっしゃっていました。

若いころ、冬の北アルプスで滑落。
帰る途中で山を眺めていたら、もう来るなと声が聞こえたそう。
他の方でちゃんちやりなさいというメッセージと受け止めたとのこと。

核家族になって、死に立ち会う人が減っているので、
昔ならこんなに嘆き悲しまなかっただろうという人が増えている、
病院に入ったら治ると思っている人が増えたと感じるそうです。

先生にとって医療とは、天寿を全うするお手伝い。
自分の言っていることは、非科学的なのではなくて、
科学の入り口。科学は一つの方便。

「人は亡くなったらどこに行くのでしょうか」
「ここでしょうね」
人は亡くなっても、世界は重なっていて、
形のない世界はどこにあってもいい。
昔の人が言った「里山で見ていますよ」という感じ。

先生にとって、死とは「お疲れ様」
とりあえず、この世でのゴール。




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そんな動画をYou tubeで見た後に、読みかけの矢作直樹さんの本を読みだしたら、
すぐにこんな文章に出合いました。

いま私たちが生きている世界も、死んでいく世界も、
その波動、振動数が違うだけで、実は同じ「ここ」に存在しています。


とにかく私はこの考えに出会うようになっていたらしいです。
ダメ押しされた~。(笑)

もちろん、矢作直樹氏の本を手に取り、氏の本を読んだ友人と話し、
帰宅して氏の考えを聞く動画を見て、また本に戻ったのですから、
何度も同じ考えに出会っても、不思議ではないのです。

でも、ここに書けないことでも、その考えに出会ったので、
私としては、ダメ押しされたという感じです。
矢作氏は、お母さまの死後、霊媒役のご友人を通して、
お母さまと再会され、その時のことを「人は死なない」という本で
書かれているそうです。図書館に行って借りようかな?(笑)

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私たちの目に見える世界は、分子と原子で出来ていますが、
分子・原子の世界を拡大していき、
例えば原子核を直径10センチのボールとすると、
この原子核を回る電子の軌道は原子核を中心に半径5キロほどになるそうです。
この世界に、より小さな世界が重なっている可能性を
湯川秀樹博士が発表しているそうです。

また、最新の物理学のある理論では、物質を構成している素粒子は、
全ての空間に存在する極微の日もまたは膜の震動として
表されているそうです。
世界はこの震度数の違いのある世界が重なって存在しているという
科学的推論もあるそうです。面白い話ではないですか?

長くなりましたので、今日はこのへんで。
今日のメインは、動画のお話です。
本の話はまたいつか。

今日も怪しい日記を読んでいただいてありがとうございます。