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2014年07月08日

        

両親の誕生日と没日を聞かれました

category - 日記
2014/ 07/ 08
                 
昨日の朝、亡き両親に合掌、などと書き、実際に合掌して祈った私でしたが、
夕方、父方の叔母(父の妹さん)から電話がありました。

もう何年も会っていなくて、ご無沙汰していました。
お互いに、「すっかりご無沙汰してしまって」と挨拶したのですが、
電話の要件は、両親の誕生日と没日を教えて欲しいと言うことでした。
入会している組織で、亡くなった人のために
お経をあげてくださる催しがあるのだけど・・とのこと。
叔母の気持ちが有難く、お礼を言いました。



そんなことも覚えていないのは薄情みたいで、
なかなか電話できなかったという叔母。
「薄情だなんて・・・そんなこと気にしないでください~。
それが普通ですから・・・」と早速答えようとして、まさかのはて?

両親の没日は忘れません。
昭和16年10月6日が父の、昭和20年12月16日が母の没日です。

誕生日も忘れません。
父は8月2日、母は9月20日でした。
母は昭和11年生まれでした。
ぎりぎりに近いところで昭和2ケタ生まれだったのです。

しかし、父の誕生年は何年だったっけ?
父は昭和一桁の後半で酉年生まれでしたが、
酉年って7年だっけ?8年だっけ?
まさかの失念です。



シュウトメちゃんは昭和6年、叔母(実母の姉)は昭和9年生まれです。
それは書類に書く必要がたまにあるので忘れないんですね。
父の生年月日だって覚えていたのに、
シュウトメちゃんと叔母の間に父は生まれているんです。
2人のどちらかと1歳違うんですよ。どっちだったっけ?
昭和7年か8年。さあ、どっちだ?

「叔母さんが薄情なんかじゃなくて、私が薄情でした。
昭和7年か8年の。、酉年の方なんだけど・・・」これは私。
「7年か8年?・・・8年だったような気がしてきた」と叔母。
「酉年は間違いないので、調べたらすぐわかります。
折り返し電話しますね」と一旦電話を切りました。

酉年は昭和8年でした。
そして思いつきました。
母は昭和11年生まれ、これは間違いないんです。
シュウトメちゃんか叔母のどちらかと1歳違うけど、
どちらと1歳違ったんだろう?などと考えずに、
母と3歳違うっていうのは知っていたのだから、
そちらで計算すればすぐわかったのですよ。
ああ、脳みそつるつるだわ~。



でも、今回の脳みそつるつるで、叔母は安心したと思います。
母のことは知らなくても、父のことは、妹として、
生年月日も没日も覚えていないのは薄情と私に思われるかも?と
心配して、叔母は、すぐに電話できなかったと言っていました。

私が即答できないで「昭和7年か8年の・・・酉年の方なんだけど・・」と、
あれ?嘘?忘れてしまった~!という反応をしたことは、
叔母としては、あらkoalaさんも似たようなものだったわ、という気持ちになって、
自分が薄情かも?という気持ちは払拭されたことと思います。
父の魂は、娘が即答できるよりも、妹が気楽になることを喜んだことでしょう。
昭和11年生まれの母の3年前に生まれている、なんていう計算を
電話口でぱっと思いださなくてよかったんです。

久しぶりに聞いた叔母の声は元気そうでよかったです。



今日は、私が保護者のようになっている、母方の叔母を
病院に連れていく日です。

前回診察日に血圧を測ったら、最初190もあって驚きました。
すぐにはかりなおしたら170でしたが、それでも高すぎます。
叔母は普段は130くらいだと言い張ったので、
たまたま高かったかもしれないですねと先生がおっしゃり、
血圧帳を預かって帰り、老人ホームで記帳していただくことになりました。

高かったら診察に来てくださいねと言われました。
叔母は血圧測定拒否をしていたということを老人ホームで聞きました。
結局、毎日160くらいあったそうなので、今日、受診。

今までも血圧の薬を飲んでいるのですが、それが増えることになるのでしょう。
叔母が何のために血圧測定拒否をしたのか、よくわかりません。
薬が増えると体がだるくなるとか?
早く血管が切れてぽっくり行きたいとか?
お漬物やおみそ汁の量を減らされるかもと思うとそれが辛いとか?
最期のが一番可能性が高いのかな?
「腎臓が悪いわけじゃないから、薬の量が少し増えるくらいだと思うよ」と
叔母には言っておきましたが・・・。

ということで、今から家事と仕度をして、叔母の通院に行ってきます~。





            
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